ヒストンアセチル化はヌクレオソーム構造を緩めてRNA ポリメラーゼの結合がたやすくなり転写を高める。これに対してヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)がアセチル基を外して染色体を閉じ、転写が抑えられる。基本的にはゲノム全体にわたる単純な原理で、到底このような非特異的過程を標的にして薬剤を開発できるとは思えないのだが、実際にはガンを始め様々な疾患についてHDAC 阻害剤が開発され、実際に成功を収めている。これはHDACファミリーの個々のメンバーが、特定の遺伝子領域の調節に関わる一種の特異性があるからで、今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は核内受容体NCoR1/2と結合することでHDAC活性が発揮されるHDAC3のHDAC活性の調節について研究している。タイトルは「Dichotomous engagement of HDAC3 activity governs inflammatory responses (HDAC3は2種類の異なる作用機序で炎症反応を調節する)」で、8月5日Natureにオンライン掲載された。
この研究ではHDAC3ノックアウトマウスが致死的であるにも関わらず、HDAC 活性だけを失わせた突然変異マウスは生まれて来ることに着目し、HDAC3にHDAC活性以外の機能があるか検討している。マクロファージをLPSで刺激する自然免疫系(NCoRが関わっていることがわかっている)が誘導される遺伝子のうち700程度がHDAC3依存性で、HDAC3 ノックアウト(KO)マクロファージでは誘導されなくなるが、そのうち半分がHDAC3点突然変異(PM)遺伝子を再導入することで元に戻る。すなわち、HDAC活性に依存する転写と、依存しない転写に分けられることが明らかになった。
これがこの研究のハイライトで、あとはHDAC活性に依存しない転写誘導メカニズムと、依存性、非依存性転写の関係の比較を進め、以下に述べる面白いHDAC3の2面性を突き止めている。
- HDAC活性非依存的に誘導される遺伝子はATF2転写因子とHDAC3の協調により調節を受けており、炎症により誘導されるサイトカインなどが中心。
- 一方HDAC活性依存的な調節を受ける遺伝子は、ATF3転写因子とHDAC3が協調することで抑制され、Toll like familyシグナルに関わる遺伝子が中心。
- HDAC3は、LPS下流のp65により調節を受けるが、HDAC活性非依存的遺伝子の発現は高まる一方、HDAC活性依存的遺伝子の調節領域ではHDCA3の分離が促進され、遺伝子抑制が外れる。
- 以上の結果から、HDAC3を完全にノックアウトすると、HDAC活性非依存的炎症遺伝子の誘導を抑えることができるため、Toll経路の炎症反応が誘導されても、マウスはLPSに抵抗性を獲得し、結果としてLPSに対する抵抗性は上昇するが、HDAC活性だけを欠損させた変異では、非依存的な炎症はそのまま残った上に、本来ならLPSで抑制される炎症反応まで加わってkLPSに対する感受性が上がることが予想される。このことをノックインマウスを用いて証明している。
以上、少し複雑で理解しにくいかもしれないが、多くのHDAC阻害剤が脱アセチル化活性を標的にしているとすると、HDAC活性以外の機能を考慮して作用を考えることの重要性を示す興味深い研究だと思う。