過去記事一覧
AASJホームページ > 2020年 > 8月 > 5日

8月5日 ウイルスに対するモノクローナル治療様々(7月30日 The New England Journal of Medicine 掲載論文)

2020年8月5日
SNSシェア

WHOのテドロス事務局長が、「新型コロナウイルス(Cov2)に対する特効薬が今後も存在しない可能性がある」と述べたそうだ。特効薬など南北医療格差を拡大するだけで、途上国にはいくら待っても届くことはないと言う、警告の意味だと解釈したいが、医学上本気でそう思っているなら、最新の医学知識をほとんど勉強していない、公衆衛生テクノクラートと言う他ない。

というのも、コロナウイルスは最も複雑なRNAウイルスで、侵入後最初に起こるRNAの翻訳過程とそれに続くタンパク分解による機能分子生産過程を見るだけでも、途方もなく特殊で複雑な過程をうまく調節する必要があることがわかる。すなわち、ハイテク侵入部隊なので多くの条件が必要になり、戦線が延びて弱点が晒されやすい。これまでCov2に対する薬剤と称するものは、すべて他のウイルスに対して開発された、目的外使用だったが、Cov2がコードするほとんどの分子の構造と機能が刻々と明らかになりつつある今、Cov2特異的な薬剤が開発されることは時間の問題だと思っている。それも、ポリメラーゼに限らず、多くのCov2分子に対して開発されるだろう。

そして何よりも、昨日大規模治験入りが報道されたファイザーのモノクローナル抗体を皮切りに、各社入り乱れてモノクローナル抗体薬の投入が始まるように思う。と言うのも、Cov2に対するモノクローナル抗体は患者さんのB細胞から分離する抗体遺伝子を用いており、わざわざヒト化する必要がなく、いい抗体ならすぐに治験に入れる。実際、動物を用いた前臨床モデルでは、中和活性の高いモノクローナル抗体は治療効果が高いことが証明されている。

このように、高額になることを覚悟すれば、今後最も頼りになる治療法としてモノクローナル抗体薬が期待できると思っている。

例えば致死率9割に近いエボラ出血熱に対してレムデシビルと同時に治験が行われた2種類のモノクローナル抗体薬は、レムデシビルと比べて高い効果を示したことが昨年暮れに報告された(https://aasj.jp/news/watch/11936)。

7月30日号のThe New England Journal of Medicineにはさらにモノクローナル抗体薬の成功を示す結果が2報発表された。最初はシンガポール国立大学からの論文で、モノクローナル抗体により黄熱病ウイルスの増殖を予防できると言う研究だ。

この研究は、黄熱病に対するモノクローナル抗体の安全性と効果を調べる1相の治験で、実際の感染症予防ではなく黄熱病ウイルスを弱毒化したワクチンスタマリルを投与した時のウイルス血症抑制効果を調べて、効果を検証している。

私も接種を受けたが、スタマリルは弱毒化されているとはいえ、ウイルス血症が起こるため1週間程度様々な症状に見舞われる人が多い。はっきりいえばそのぐらいして初めて、一回投与するだけで有効なワクチンとして認められているのだろう。このスタマリル接種後のウイルス血症をTY104抗体は完全に抑えている。また、抗体の半減期は2週間程度で、有害事象も許容範囲という結果だ。

黄熱病はワクチンが存在するので、発症者はそう多くないが、それでも発症した場合は抗体治療の可能性が示されたと言っていいだろう。

これは抗体を治療に用いる研究だが、同じ号のThe New England Journal of Medicineには抗体をRSウイルスの予防に使う可能性を示した論文が発表されている。

RSウイルスは今も途上国の子供の命を奪う最も厄介なウイルスだが、まだ有効なワクチンは開発できていない。しかし、途上国で利用できるかは別として、モノクローナル抗体が治療だけでなく、流行時に予防的に投与することで、ワクチンの代わりに使えることが示されてきた。

このアストラゼネカ社からの論文はこの方向の集大成とも言える治験研究で、中和活性を高め、さらに体内での半減期を5ヶ月にまで延長させたRSウイルスに対するモノクローナル抗体Nirsevimabを流行前に1回筋肉注射された幼児(平均3.2歳)を150日間追跡し、RSV を発症した症例数を調べている。

結果は、感染者を70%抑え、入院治療の必要な患者数を80%近く抑えることができたと言う結果で、ワクチンと異なり注射後すぐに効果があることから、ハイリスクグループを対象に流行時一回予防的注射を行うのは現実的解決策になると思う。

実際同じような半減期を伸ばした抗体の予防的使用はエイズなどにも実用化が進んでおり、当然新型コロナウイルスについても高リスクグループを守る方法として定着すると期待している。

エボラウイルスの治験でわかったように、もちろんモノクローナル抗体といえども、例えば植物で作らせた抗体は効果が見られなかった。ただ、ワクチンと異なり、同じ抗体を治療や予防に利用できる点が大きな利点で、最終的に最も効果が高い抗体が生き残ればいい。また、一旦いい抗体ができれば、様々な操作を加えて使いやすくすることも可能になる。

研究の速度から、新型コロナウイルスに対して、特効薬ができるのは時間の問題だが、以上の例から、最初に実現化するのは、モノクローナル抗体による治療、および予防ではないかと思う。おそらく、感染が拡大している地域に旅行する前に、一回抗体を注射して出かけることすらあり得る話だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
2020年8月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31