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8月21日神経分化をミトコンドリアが調節する(8月14日号 Science 掲載論文)

2020年8月21日
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ミトコンドリアは細胞の代謝を調節する中枢で、広い意味で細胞とは独立した器官として分裂や融合を行っているが、当然細胞の増殖や分化状態とは無関係にミトコンドリアが振舞うことはなく、細胞の必要性に応じて分裂・融合過程は調節されている。しかし、ミトコンドリアの状態を決めるのは、細胞の方だと個人的には思っていた。

今日紹介するベルギーLeuven大学からの論文は、ミトコンドリアの状態に合わせて細胞の運命が決まる場合があることを示した研究で8月14日号のScienceに掲載された。タイトルは「Mitochondrial dynamics in postmitotic cells regulate neurogenesis (分裂後の細胞でのミトコンドリアの動態が神経形成を調節する)」だ。

神経発生は、幹細胞の増殖と、分化の調節で決められており、幹細胞から分化細胞へのコミットメントには非対称分裂による運命決定機構が働いており、そのメカニズムは多くの研究者を引きつけてきた。このときミトコンドリアは細胞の分裂時に分裂して小さくなるが、その後融合して元の大きさを取り戻す。

この研究ではこの時のミトコンドリアの回復を調べ、分裂後12時間まででは、次にまた分裂する幹細胞ではミトコンドリアの融合が進みサイズが大きくなるが、分化する側の細胞ではミトコンドリアは小さいまま維持されていることを発見する。

もちろん、これが幹細胞と分化細胞との代謝の違いを反映した結果だと考えられるが、このグループはミトコンドリアの融合を強制的に高めてやる、あるいは分裂を止めることで、逆に細胞の運命が決まらないか、阻害剤を用いて調べてみている。阻害剤自体の影響が強く、解釈は難しい点もあるが、分裂後の細胞でミトコンドリアの融合が高まり、断片化したミトコンドリアの数が減ると、増殖する幹細胞の数が増えることがわかった。すなわち、ミトコンドリアの状態が、細胞のコミットメントを決めている。

次に、同じことが実際に胎児脳で起こっているか、融合を高める薬剤処理を胎児脳に投与し調べると、予想通りミトコンドリアのサイズが高まると、幹細胞の比率が増える。

最後に、ミトコンドリアの動態が細胞の分化を変化させるメカニズムについて検討し、ミトコンドリアの電子輸送を高めるCCCP処理は神経細胞分化を誘導し、一方その下流で活性化されるサーチュインの阻害剤では逆に細胞分化が抑えられることを示している。

以上をまとめると、一般的に不等分裂で決まると言われている細胞の運命も一定程度の可塑性があり、この時ミトコンドリアの状態が運命決定過程に介入する。この時、なぜ分化細胞で融合が抑えられているのかわからないが、この結果おこるミトコンドリア代謝変化がサーチュインを介して(サーチュインはヒストン脱アセチル化酵素)染色体構造を変化させ、転写のプログラムを最終的に決定するというシナリオになる。

これは神経幹細胞の話だが、他の幹細胞システムでも同じようなことが観察されるのか、重要な問題だろう。ただ、これを解明するためには、最終的に分化細胞でミトコンドリア融合が遅れるメカニズムを明らかにする必要があると思う。

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