ずいぶん昔になってしまったが、2015年4月にこのブログで、類人猿にはなく、ネアンデルタール人も含む人類だけに存在する遺伝子ARHGAP11Bの発見について紹介した(https://aasj.jp/news/watch/3151)。大きな形質変化は遺伝子重複による新しい分子機能の誕生により起こることが多いが、この遺伝子も猿にも存在するARHGAP11Aの重複で誕生し、しかも本来の機能を全く失っていること、さらに新皮質特異的に発現し、マウスに強制発現させると驚くことに、マウスの脳にシワができたことを報告した。
この研究を行ったのは、ドレスデンで極性問題など優れた神経細胞生物学研究を続けているHuttnerのグループだが、今年、ついにこの分子がミトコンドリア内でアポトーシスなどに関わるPTPを阻害することで、グルタミンを分解してエネルギー変換を高め、神経幹細胞の増殖と高めることを発表した(Neuron 105:867, 2020)。
最初ARHGAP11B発見の論文を紹介した時、私も興奮して「もうすでにサルにこの遺伝子を導入する研究が行われているはずだ。」と書いてしまったが、今日紹介するHuttnerグループからの論文はまさに、猿(実中研のマーモセット)にこの遺伝子を導入したら、予想通り皮質の細胞数が増えたという話で、7月31日号のScienceに掲載された。タイトルは「Human-specific ARHGAP11B increases size and folding of primate neocortex in the fetal marmoset (人類特異的ARHGAP11Bはマーモセット胎児で新皮質の大きさとシワを増大させる)」だ。
この遺伝子発見後のHuttnerの執念の論文と言っていい。我が国の佐々木さんたちが磨いてきたマーモセットの遺伝子導入技術の助けを借りて、遺伝子発現に関わる領域ごとこの遺伝子をレンチウイルスに組み込み、受精卵へ遺伝子導入している。
Huttnerらしいと思うのは、人間化したマーモセットを見たいと思いつつ、それには倫理的問題があるので、帝王切開で発達途中で胎児を取り出し、新皮質がどう変化するかだけに焦点を当ててデータを取っている。
幸いこの方法で導入した遺伝子は新皮質に発現して、皮質のサイズを増大させるとともに、脳の褶曲といえる脳回の形成が進んでいることを示している。色々計測しているが、写真で見ると一目瞭然の変化だ。
最後に、皮質の各層の細胞数について調べ、皮質下部の神経細胞はあまり変化していないが、Satb2やBrn2で標識される上部の神経細胞数が大きく上昇していることを示している。そして、この変化が脳室下のラディアルグリア細胞、すなわち感細胞の増殖が高まる結果であることを示している。
結果は以上で、私が期待した実験に5年かかったということは、実中研のマーモセットに到るまでの道のりが長かったことを示している。しかし、読んでみるとマーモセットはこの目的には最適の動物に思える。今後は、脳のオルガノイドなどを用いて、マーモセットから、アカゲザル、チンパンジー、人間の比較が行われるような気がする。