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8月2日 変異型p53の二面性(7月29日号 Nature オンライン掲載論文)

2020年8月2日
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P53は最も重要なガン抑制遺伝子で、多くのガンで発ガン過程で遺伝子が欠失したり、あるいは機能欠損型変異が起こる。このような変異の中で、172番目や270番目のグルタミン酸がヒスチジンに変化した突然変異は、dominant negative型として知られ、正常p53機能が片方の染色体に存在してもその機能を抑えてしまい発ガンに関わると考えられてきた。

今日紹介するイスラエルヘブライ大学からの論文は変異型(R172H)の機能が腸内細菌叢の環境では2面性を持つことを示した論文でp53 分子の機能の多様性を改めて示した研究で7月29日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「The gut microbiome switches mutant p53 from tumour-suppressive to oncogenic (腸内細菌叢が変異型p53を腫瘍抑制分子から発ガン分子に変える)」だ。

もともとこの研究はp53(R172H)の発ガンメカニズムを探ろうと始められたのだと思う。この変異を腸上皮で発現するように遺伝子操作し、さらにp53の安定性を高めるようにCKIα遺伝子をノックアウトしたマウスを作成し、腸の変化を調べている。

と、驚いたことに、空腸ではガン抑制的に働くのに、大腸では発ガンを促進していることがわかった。すなわち、腸の環境に応じて働きが変わる。

腸の自己再生や、発ガンにはWntシグナルが関わっているので、次にp53(R172H)存在下で空腸と回腸でWntシグナルの強さを下流分子の発現を指標に調べると、空腸ではWntシグナルが抑えられ、一方回腸では高まっているという2面性があることがわかった。

この2面性が、上部と下部消化管の環境の違いによるのか、あるいは細胞自体の差によるのかを調べる目的で、腸の幹細胞を培養するオルガノイド培養を行い、変異型p53は本来Wntシグナルを抑え、発ガン遺伝子が揃った場合も、その増殖を抑える能力があることを示している。すなわち下部消化管へと移ると、このガン抑制機能からガン促進機能へとスイッチが起こることが推定される。

当然のことながら、腸内細菌叢がこのスイッチに関わる可能性が示唆されるので、変異型p53を導入したマウスを抗生物質で処理して腸内細菌叢を除去する実験を行なっている。結果は期待通りで、大腸で見られた上皮の異常増殖は見事に抑制され、腸内細菌叢がないと変異型p53はガン抑制的に働くことを明らかにしている。

最後に変異型p53をガン抑制からガン促進へスイッチする分子を探索し、漬物など、植物の発酵に関わる乳酸菌(プランタルム)や、枯草菌が合成するgalic acidがスイッチであることを突き止めている。実際、オルガノイド培養にgalic acidを加えると、変異型p53は増殖抑制ではなく、増殖促進を誘導する。

以上が結果で、残念ながらなぜgalic acidがスイッチを入れるのかについては明らかにできていないが、ここで調べられた変異型p53は決して珍しくないことを考えると、これを悪性化のシグナルにしない食事や薬といった介入方法の開発は重要となるように感じる。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月1日 新生児の言語認識機能(7月22日号 Science Advances 掲載論文)

2020年8月1日
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私たちが言葉や音楽を認識するプロセスは当然のことながら複雑だ。私たちの声を機器により分析すると、異なる波長での振動の集合体であることがわかる。この要素は大きく振幅変調(エンベロープ)と呼ばれる音の振幅の時間変化と、その枠の中で素早く振動する時間微細構造波に分けられ、実際デジタル処理による音楽の伝送はこのような分解した要素を別々にして処理する。言葉で言うと、基本的なシラブル認識はこのエンベロープの波形が認識される。結局音とは空気の様々な振動が時間の同時性として統合されたものになる。

これらを受け取る私たちの感覚器も、蝸牛有毛細胞の興奮に変換して認識しているので、基本的にはデジタル処理と同じだと思う。ただ、正確な時計の上に重ね合わせる電気的処理とは異なる時間統合が必要になり、言語特有の処理様式が知られている。声や音楽とは無関係の、振幅が異なるホワイトノイズを聞くときは同じSTGと呼ばれる脳領域が興奮するが、言葉の場合早いエンベロープは両側のSTG が興奮し、遅いエンベロープに対しては左側だけが興奮することが分かっている。すなわち、言語を他のノイズから抽出して処理している。

今日紹介するパリ大学からの論文は、この言語抽出処理能力が生まれたばかりの子供でも備わっているのか調べた研究で7月22日号のScience Advanceに掲載された。タイトルは「Speech perception at birth: The brain encodes fast and slow temporal information(新生児の言語認識:脳は早い波と遅い波を別々に処理している)」だ。

この研究ではなんと生後2ヶ月の子供に遠赤外線を感知する脳の血流系を用いた神経興奮計測を行っている。ヴォコーダーと呼ばれる一種のシンセサイザーを用いて、「Pa」のような簡単なシラブルを、1)元の声のまま、2)時間微細構造を全て取り除いた音、3)時間微細構造と早い波のエンベロープを取り除いた音、を聞かせて、STG興奮の違いを比べている。シラブルがPaであることを認識するためには3)の条件で十分可能だが、もちろん新生児が音を言語として認識しているかどうかはわからない。

実験の詳細は全て省いて結論だけを紹介すると、

  • 元の音に対する反応と、遅い波だけを残した音への反応がよく似ているが、早い波と遅い波両方のエンベロープが残った音に対しては、反応が異なる。
  • シラブルとしての認識は遅い波のエンベロープだけでいいので、Paという音を抽出して認識するシステムは出来上がっている。
  • 新生児でも、遅い波のエンベロープと早い波のエンベロープを別々に処理する回路が備わっている。
  • おそらく、今回使われた音は、成人の言葉に対して反応する領域の興奮を誘導している。

要するに、「言葉を他の音から抽出し、遅い波のエンベロープを共通の意味として認識するシステムが新生児で出来上がっており、一方音の詳細な特徴(例えば声の違い)を左右のSTGを用いて処理する仕組みも出来上がっている」、が結論になる。

個人的に考えると、「コミュニケーション」に関わる音の認識システムから進化しているように思えるが、言語の入り口の入り口でもこれほど複雑なことがよくわかる。

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