「炎症は痛みを抑える」などと書くと、ほとんどの方は書き間違いだと思われるはずだ。というのもギリシャの昔から炎症はCalor(熱)、Rubor(発赤)、Tumor(腫れ)そしてDolor(痛み)を伴うものと決まっており、これを疑う人はなかった。しかし、炎症、特に自然炎症のメカニズムがわかってくると、なぜ痛みがインフラマゾームを活性化する炎症過程で誘導するのか明確に答えることは簡単でない。私の素人理解では、炎症による破壊組織から遊出される様々な分子が痛み受容体を刺激するためだろうと考えてきた。
今日紹介するデューク大学からの論文は、この意味で画期的で、自然炎症は実際には痛みを抑える働きがあるという、全く新しい可能性を示した研究で1月13日Natureにオンライン出版された。タイトルは「STING controls nociception via type I interferon signalling in sensory neurons (STING は痛み受容を感覚神経のインターフェロンシグナルを通してコントロールしている)」だ。
これまで抹消の痛み受容体刺激が中枢での免疫反応を誘導する過程は研究が進んでいたが、炎症自体が痛み受容体の機能に影響するかどうかについては研究されていなかったようだ、この研究では、自然免疫でインターフェロンが誘導される下流のシグナル分子STINGを髄腔内投与して脊髄の自然免疫系を活性化して、その時の様々な痛みに対する反応を調べている。
「炎症=痛み増幅」というこれまでの概念を覆し、ATING活性化は様々な痛みに対する閾値を上げて、痛みを軽減する。例えば、微小管形成阻害によるガン治療で見られる末梢神経障害やガン転移による骨の痛みまで、中枢でブロックしてくれる。逆に、STINGを阻害したり、あるいは STINGが欠損したマウスでは痛みの閾値が下がる。すなわち、STINGは炎症シグナルを受けて、常に神経の閾値を高めていることが明らかになった。
このメカニズムを探ると、神経系では炎症シグナルを受けたミクログリアでSTINGが活性化し、これにより1型インターフェロン(IFN)が分泌され、これが神経細胞でカルシウムやナトリウムチャンネルの量を調節して、痛み受容体の閾値を高めて、痛みを抑えていることがわかった。実際、IFNを髄腔内投与すると、痛みの閾値を上げて感受性を下げることができる。一方、神経細胞のIFN受容体をノックアウトするとこの効果はなくなる。
最後に猿を用いて同じ実験を行い、ADU-S100と名付けられたSTING活性化剤を髄腔に持続投与することで、IFN分泌が上がり、高い鎮痛効果を発揮することを示している。また、神経培養を用いて、同じ効果が人間でも得られることも示している。
結果は以上で、脊髄にカテーテルを用いて投与する必要があるが、新しいタイプの、しかも結構万能の鎮痛剤が開発できる可能性がある。ほぼ前臨床は終わっており、治験が行われるのもすぐではないかと期待される。
まさに炎症により痛みを抑える治療ができそうだが、これがギリシャ以来の炎症概念を損なうものでないことも申し添えた方がいいだろう。お分かりのように、これは全て中枢での話で、神経端末が存在する抹消では、おそらく炎症により痛み受容体が刺激されるというスキームは間違いがない。
しかし、IFNも痛み受容体も、外界からのストレス需要の鍵となる分子だが、これからは異なる細胞システムのストレスへの反応の統合を理解するための鍵になるように思う。