言われてみるまで全く気づかなかったという話は多いが、今日紹介するミュンヘン・ヘルムホルツセンターからの論文はそんな例だ。この研究は、インシュリンで満たされた環境で、どうしてインシュリン受容体を発現している膵臓のβ細胞が、強いインシュリンシグナル下で正常に発生し、機能できるのかという疑問からスタートしている。そして、β細胞のインシュリン中毒を防ぐための分子があるはずだと探索を進め、ついに新しい分子に到達している。タイトルは「Inceptor counteracts insulin signalling in β-cells to control glycaemia(Inceptorはβ細胞でのインシュリンシグナルに対抗し血糖をコントロールする)」で、1月27日Natureにオンライン掲載された。
この論文を発表したHeiko Lickertは、彼がトロントRossant研究室のポスドクの頃から期待してきたが、彼のキャリアにとってこの研究はかなり大きな意味を持つ様に思う。論文からだけでは、彼がinceptorと名付けたインシュリン受容体の拮抗阻害分子をどう特定したのかわからなかったが、ともかく細胞外ドメインはインシュリン受容体や、IGF受容体に似ているが、チロシンキナーゼドメインを持たない受容体分子にたどり着き、構造からこれこそインシュリン受容体の作用を抑える調節分子だと確信して、研究を進めている。しかし、なぜ今までこんな分子が気づかれずに残って、Heikoを待っていたのか不思議な気持ちだ。
次に、inceptorに対するモノクローナル抗体を作成し、発生途上から成熟後まで発現を調べると、期待通り膵臓の内分泌・外分泌系が分化し始めるここからこれら分泌細胞で発現が見られ、成熟すると膵島に強く発現していることを確認する。
次にその機能を調べるために、ノックアウトマウスを作成している。マウスは正常に発生し生まれるが、生後5時間以内でほとんどが死亡する。死因を調べると、β細胞の数が増加し、結果インシュリンレベルが高まり、マウスが低血糖で死ぬことがわかった。まさに期待通りの結果だ。
コンディショナルノックアウトを作成してみると、正常状態では特に差はないが、ブドウ糖を注射してインシュリンに対する反応を見ると、インシュリンに対する感受性が高まっていることがわかる。そして、分離した膵島にインシュリンを加える実験を行い、inceptorが存在しないと、インシュリンやIGFに対する反応性が高まっていることを明らかにしている。すなわち、β細胞にのインシュリン受容体を介して強いインシュリン刺激が入ると、β細胞が過増殖を行うため、これを防ぐメカニズムが存在するという最初の仮説を証明している。
最後にインスリノーマ細胞を用いた細胞学的な実験で、inceptorがインシュリン受容体と全く同じエンドゾームからゴルジ体へと移行するためのメカニズムを共有し、細胞内へインシュリン受容体のinternalization を促進し、受容体の活性化を調節していることを明らかにする。さらに、inceptor細胞ガイドメインに対する抗体により、inceptorとともにインシュリン受容体のエンドゾームの取り込みが低下し、細胞膜にとどまることも示し、将来臨床的な利用が可能であることまで示唆している。
以上、inceptorがインシュリン受容体刺激後の細胞内へ取り込みを促進し、インシュリンのシグナルを抑えることでベータ細胞を守る全く新しい仕組みを示した。Heikoの得意満面の顔が思い浮かぶが、例えば過剰な糖を取りすぎておこるペットボトル症候群などに対する臨床応用も含めて面白い分野が開かれた様に思う。