6月21日 マクロファージを抑えると顔がむくむ(6月16日 Science Translational Medicine 掲載論文)
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6月21日 マクロファージを抑えると顔がむくむ(6月16日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年6月21日
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現役時代を振り返ると、あまりストレスもなく楽しんで過ごせた思い出が多いが、そのルーツは、最初に自分自身の研究室を持つことができた熊本大学時代に、それまで互いに何の接点もないのに、「一緒に研究しませんか」という私の呼びかけに応じて留学先から集まってくれた仲間との7年間にあったと思っている。中でも、新しい仲間がいなかったら自分では考えも及ばなかった仕事が、オクラホマからやってきた林さんの着想と突破力、ワシントンからやってきた国貞さんの分子生物学的知識、そして大学院生の吉田くんや江良くんたちが、ワイワイ楽しみながら完成させた研究、op/op大理石病マウスの持つCSF-1遺伝子の変異を特定した論文だ。

その後、私自身は、林さんと共に東レの須藤さんとこのシグナルを抑制するmAb、AFS98を作成した以外は全くopマウスについて研究したことはないが、この論文のおかげで、経済的苦境を何とか乗り越えて、ストレスのないラボ運営ができるようになったと有り難く思っている。

ところがガンの免疫療法が始まってから、CSF1Rの阻害剤やCSF1Rに対する抗体が、ガンを助けるマクロファージをガン局所から除去して、ガン免疫を高めるという可能性が示唆されてから、CSF-1を使った研究は再活性化され、臨床治験段階まで進んでいる。

抗体を注射する実験を最初にやった私たちは全く気づかなかったが、臨床例からこのシグナルを長期間抑制すると、顔の浮腫が副作用として必発することがわかってきて、その原因の特定が必要になってきた。今日紹介するミュンヘンにあるロッシュ研究所からの論文は、CSF-1シグナル抑制による浮腫の原因を特定し、治療法を開発した研究で6月16日Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Macrophage depletion induces edema through release of matrix-degrading proteases and proteoglycan deposition(マクロファージの除去はマトリックスを分解するプロテアーゼとプロテオグリカン沈着を介して浮腫を誘導する)」だ。

懐かしさから紹介することにしたが、研究はオーソドックスな病因解析で、地味だ。まず、浮腫の原因となる血管、リンパ管、マトリックスなど、様々な要因をCSF1R阻害マウスで調べ、最終的にマトリックスを分解するMMPの分泌が上昇し、その結果ヒアルロン酸やプロテオグリカンなどの保湿性のマトリックスが沈着し、そこに水分が溜まることで浮腫が起こることを明らかにしている。

驚くのは、長期間投与すると体重が30%も上がるほどの浮腫がくる点で、いかにマトリックスの保湿効果のバランスを取ることが重要かがわかる。

この研究では、マクロファージ自体から分泌されるMMP プロテアーゼが重要で、ファイブロブラスト、血小板、顆粒球などから産生されるMMPの影響は少ないことを示しているが、長期投与の場合も同じように結論できるのか、もっと他のマクロファージ依存性メカニズムがあるのかを明らかにする必要があると思う。

最後に、MMP阻害剤をCSF1R阻害と組み合わせた実験を行い、MMP阻害剤、特にMMP3阻害剤を組み合わせたときに、浮腫が抑制できることも示している。

また、臨床現場で血中のヒアルロン酸を指標にすると浮腫を早期に検出できることを示している。

以上が結果で、浮腫が起こることすら知らなかった私にとっては、なるほどと納得するとともに、熊本大学時代を思い出す論文だった。

熊本時代というと、ATLの発見者で、京大研修医時代、私の主治医にもなっていただいた高月清先生には大変お世話になった。高月先生の助けなしには、楽しい研究生活はなかったと思う。その高月先生が先日亡くなられた。思い出が一つずつ消えていくのも、避けることができない現実だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月20日 プロバイオ研究のお手本(7月22日 Cell 発行予定論文)

2021年6月20日
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巷には免疫力を高めるヨーグルトといった宣伝が溢れているが、どこまで確かな治験に基づくものかほとんど分からない。有名な世界的研究所とコラボしているという事実で、製品が優れているという錯覚を生み出そうとする宣伝まで平気で行われているのを見ると、ここにも我が国科学技術の劣化を感じてしまう。

一方、ロイテリ乳酸菌のように、数多くの研究論文が存在し、トップジャーナルに何度も登場するプロバイオも存在する。自分で確かめることができない消費者のために、本当に効果のあるものを提供する力も、一国の科学力に直結する。栄養学は総合的人間学であり21世紀が栄養学の世紀でもあることを忘れて、マーケティングで済ませていると、今回のワクチンと同じ轍を踏むことになる。

今日紹介するカロリンスカ研究所とネブラスカ大学からの論文は、プロバイオティックスの研究とはこうあるべきだと教えてくれる研究で、7月22日号のCellに掲載予定だ。タイトルは「Bifidobacteria-mediated immune system imprinting early in life(新生児の免疫システムに見られるビフィズス菌によるインプリンティング)」だ。

これまでの多くの研究から、新生児期の免疫システムの発達経過が将来の健康に関わることがわかってきており、またこの発達に腸内細菌叢が関与することもわかっている。しかし、これを利用して新生児期の免疫システムを好ましい方向に向けることに成功した研究はまだない。

もともとカロリンスカ研究所は新生児期の免疫システムと腸内細菌叢の発達研究をリードしており、この研究でも、研究所で誕生した新生児208人について64種類の免疫に関わる細胞と355種類の血清タンパク質を経時的に検査するコホート研究を走らせている。この結果、生後すぐから腸内のCD4T細胞は抗原に反応して増殖、末梢血でも検出できるようになることがわかる。

これと並行して腸内細菌叢も変化を続け、特に母乳から供給される様々なビフィズス菌の増加は一般的に見られるが、その割合の個人差は大きい。

次に、腸内のビフィズス菌の量と、末梢血の免疫システムの関係を調べると、ビフィズス菌が多い子供ほど、炎症性サイトカインを抑えて抑制性T細胞を増やす方向への変化が見られ、逆にビフィズス菌が少ないと、キラーT細胞や炎症性細胞とともに炎症性サイトカインのレベルが高まることが明らかになった。特に、自然免疫を抑えるIL1RAの発現がビフィズス菌量と相関していることに注目している。

ではビフィズス菌の何が免疫システムを変化させているのか?著者らは、オリゴ糖分解能ではないかとあたりをつけ、腸内細菌叢のゲノム解析を進め、ビフィズス菌のオリゴ糖分解系に関わる遺伝子発現と抗炎症的免疫システムの発達が関わることを確認している。

このレベルで研究が終わるのが普通だが、この研究ではネブラスカ大学とベンチャーが共同開発したEVC001と呼ばれたビフィズス菌株を投与することで、腸内環境を抗炎症型に変えられないか治験研究を行なっている。今度はカリフォルニア大学で誕生した新生児60人に、1週目から4週目まで、1.8×1010菌を投与60日目に様々な指標を調べている。

結果は明瞭で、EVC001を投与した子供全員で、腸内細菌叢のオリゴ糖分解遺伝子発現が高まっており、抗炎症的サイトカインプロフィルに変化していることがわかった。

このメカニズムをさらに調べるため、子供の便の上清を集め、これを試験管内でCD4T細胞に加えると、未熟な細胞を培養した時、EVC001を投与された子供の便上清がTh1分化を強く誘導し、これがオリゴ糖分解産物による作用でインターフェロンβ依存的に誘導される、IL-27やIL-10により、抗炎症的環境が出来上がると結論している。また、CD4T細胞のガレクチンの発現を、腸内の抗炎症環境の指標として使えることも示している。

結果は以上で、コホート研究を基礎に、介入のためのプロバイオを開発し、その効果を人間で確かめたという驚くべき力作で、21世期のプロバイオ研究はこうあるべきというお手本になると思う。もちろん、今回参加した子供たちの長期の追跡研究も重要だが、本当に新生児の腸内環境を整えられる時代が来るかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月19日 新型コロナウイルス翻訳時のフレームシフト機構(6月18日号 Science 掲載論文)

2021年6月19日
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新型コロナウイルス(CoV2)を学んでいると、ウイルスゲノムが驚くほど巧妙に組織化されていることに驚く。ウイルスRNAがホスト細胞への侵入に成功すると、すぐ翻訳が始まる。この時は、ウイルスの3‘側にあるスパイクなどの構造タンパクは後回しにされ、まずウイルスゲノムの複製や、ウイルスゲノムを自然免疫から守るnsp群の翻訳が行われる。ただ、それぞれの分子が別々に翻訳されるのではなく、一本のペプチド(実際には2本)として翻訳されたものを、できたばかりの2種類のタンパク分解酵素で切り出すことで合成される。

このため最初に必要なタンパク分解酵素PLと3CLは、分子の並びの最初の方に位置して、翻訳出来次第ペプチドを切り出せるようになっている。必要な分子から無駄なく高効率に合成できる、まさに合目的な遺伝子の並びの美しさに、進化を感じることができる。

実際には、この最初の翻訳では、同じ一本のゲノムから、nsp10を境にした短いペプチドpp1aと、ウイルス複製分子を含む長いペプチドpp1abを合成されるが、これは長い方の翻訳が、1塩基フレームシフトして戻ってリスタートすることで、そのまま翻訳したらストップコドンにより翻訳が止まるのを避けて、長いpp1abが合成できるようになっている。

なぜ最初から全部作らないのか、不思議だが、このようなフレームシフトはウイルスでは見られても、決して私たちの細胞では起こらない。従って、このフレームシフトを阻害できれば、ウイルス複製酵素をブロックすることが可能になる。

今日紹介するチューリッヒ工科大学からの論文は、このフレームシフトが起こるプロセスを、RNAバイオロジーの粋を集めて解読し、この過程を標的にした薬剤開発が可能であることを示した研究で6月18日号のScienceに掲載された。タイトルは「Structural basis of ribosomal frameshifting during translation of the SARS-CoV-2 RNA genome(SARS-CoV2 ゲノムの翻訳時に起こるリボゾームフレームシフトの構造学的基礎)」だ。

この研究では試験管内のウサギ網状赤血球由来の翻訳系で、翻訳後のRNAがそのままリボゾームにとどまるような細工をした上で、フレームシフトが起こる領域にまで進んだ翻訳複合体がmRNAやtRNAも含めて精製できるようにして、フレームシフト前後の翻訳複合体の状況を観察している。

クライオ電顕を含む高度な手法を用いた解析が行われており、さすがウイルスRNA学のプロと感心するが、詳細は割愛して結論だけをまとめると次のようになる。

  1. フレームシフトが起こる3‘側に3箇所のステムループ構造からできたpseudoknotと呼ばれる構造が存在し、これがmRNAがリボゾームの翻訳トンネルの中に入るのを阻害する。これにより、翻訳がフレームシフトが起こる場所で一時停止する(実際停止していることは、2個のリボゾームが存在する場所を調べるdisome法を用いて証明している)。
  2. このpseudoknotはリボゾームに存在するRNAヘリカーゼで最終的には解消され、翻訳が進むが、一時的な停止による構造変化で、tRNAとマッチングするサイトが押されてコドンがずれ、この結果Asnに続いて、翻訳が再開するとき、Glyの代わりにひとつずれたコドンに対応するArg以降、複製酵素を含む長いpp1abが合成される。
  3. このフレームシフトの効率は、pseudoknotの構造だけでなく、短いpp1aaのストップコドンの位置、および、できてきたペプチドの構造で決まり、全てのコロナウイルスは、このフレームシフトを促すツィンクフィンガーサイトが保存されている。
  4. この構造変化の強さや時間で、2種類のペプチドが、同時に最も適したバランスで合成される。
  5. 現在存在する化合物ではまだ薬剤として利用するまでには至らないが、この調節機構を薬剤で変化させ、複製酵素合成を止める可能性がある。

以上、これまでも地道に研究が積み重ねられてきた領域で、フレームシフトの効率を調節するいくつかの要件が明らかになった研究と言ってしまえばおしまいだが、改めてフレームシフト機構の巧妙さを知り、頭の整理ができる素晴らしい論文だった。

ともすれば、インド株、イギリス株など、スパイク上の変異だけで語ることが多いが、実際にはウイルス増殖効率を決めている要件は複雑で、その差が病原性や感染性の差に繋がることも理解して欲しいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月18日 リキッドバイオプシーによるガン治療可能性の予測(6月16日 Nature オンライン 掲載論文)

2021年6月18日
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末梢血に漏れ出てきたガン由来のゲノム断片を検出して、体内に存在するガン細胞の有無を予測する技術は、リキッドバイオプシーと名付けられ、体内に潜むガンを検出できる期待の星として登場した。私も何回か紹介して、かなり期待したが、今のところ普及が進んだという印象はない。実際、早期に診断できたとしても、他の診断基準でガンの再発などがはっきりしない限り、リキッドバイオプシーの結果だけで、治療方針を変えることが難しい。結局何もできないなら、診断に利用する意味もなくなる。

今日紹介する英国Queen Mary 大学からの論文は、この技術を尿路上皮ガンのアジュバント・チェックポイント治療の効果予測に利用できることを示した研究で、6月16日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「ctDNA guiding adjuvant immunotherapy in urothelial carcinoma (尿路上皮ガンのアジュバント免疫治療を末梢血ガン由来DNAがガイドする)」だ。

これまで何回か紹介してきたが、手術可能な腫瘍を切除した後、取り残したガン細胞の存在を予測して化学療法などの全身療法を行うことをアジュバント治療、このアジュバント治療を手術前から行うことをネオアジュバント治療と呼んで、今や多くのガンに対する標準治療になっている。さらにこのアジュバント、ネオアジュバント治療をPD-1やPD-L1に対する免疫チェックポイント治療薬を用いて行うための治験が世界中で進行している。

この研究ではPD-L1抗体を用いた尿路上皮ガンアジュバント治療治験に、リキッドバイオプシーを組み合わせ、ガン治療効果を予測できないか調べている。まず、リキッドバイオプシーに用いるゲノムマーカーを探索する目的で、個々のガンのエクソーム解析を行い、最終的に16種類の変異をガンマーカーとして選び、このうち2種類以上のマーカーが陽性になった場合、末梢血ガンDNA(ctDNA)陽性と判断している。

さて、結果だが治験参加者全体で見た時、ctDNA陽性=ガンの残存を示しており、予後が悪い。すなわち、これまで通り手術の完全性を予測する方法としては有効なことがわかる。

この研究ではPD-L1に対する抗体によるアジュバント治療を行っており、これを利用してアジュバント治療効果をctDNA陽性、陰性例で比べると、明らかにもともと予後が悪い陽性例で効果がはっきりする。一方、ctDNA陰性例では、免疫治療の効果はほとんど見られない。すなわち、取り残しがある場合は、それをctDNAで診断でき、免疫治療の効果を期待できるという結果だ、さらに、ctDNA陽性例で、アジュバント治療により陰性に転換したケースでは、長期生存が期待できることも示している。

データを見ると画期的な結果に見えるが、よく考えると当然で、取り残しがあれば予後は悪いが、チェックポイント治療で対応可能で、その効果は1ヶ月目のctDNAで判断できるという話で、治療法としては何も変化がないのだが、ctDNA検査で治療効果の予測が可能という結果になる。

これを確かめるため、少数例ではあるが、外科手術前に免疫治療を行うネオアジュバント治療でもctDNA検査を行い、抗体治療の効果をctDNAで判断できることも示している。

最後に、これまで尿路上皮ガンの悪性度を示すバイオマーカーと、ctDNA検査から見られる免疫治療への感受性の相関についても調べており、まずctDNAで検出できるガン残存の頻度は、細胞周期関連遺伝子やケラチン遺伝子の発現と相関すること、そしてチェックポイント治療への感受性は、ガン組織のインターフェロン関連遺伝子の発現、扁平上皮ガン関連分子の発現、そしてガンの突然変異の数などが相関していることを示している。

ctDNA陽性例で細胞周期関連遺伝子発現が高いことは、より悪性度が高いことを示しており、取り残しが発生しやすいことと当然関連するが、ケラチン遺伝子の発現はひょっとしたらDNAの流出のしやすさに関わるのかもしれない。いずれにせよ、この論文は、ctDNAが治療効果を判定するバイオマーカーとして利用できることを、私に実感させてくれた。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月17日 太るとなぜ血圧が上がるか(6月1日号 Cell Metabolism 掲載論文)

2021年6月17日
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高血圧と肥満が密接な関係にあることは誰でも知っている事実で、肥満の人が高血圧と診断されたら、減量が最初の治療になる。この原因は、肥満による動脈硬化など、大血管の問題が先行するからで、その後網膜、腎臓、神経系などの微小循環系の異常へと病気が進展すると考えている。

ところが今日紹介するミュンヘンのヘルムホルツセンターからの論文は、高脂肪食を続けて体重が増え始めると、視床下部特異的に微小血管が増生し、その結果交感神経の過興奮が生じて血圧が上がることを示した、ある意味意外な研究で、6月1日号のCell Metablismに掲載されている。タイトルは「Obesity-associated hyperleptinemia alters the gliovascular interface of the hypothalamus to promote hypertension(肥満によるレプチン上昇により視床下部のグリア血管界面が変化し、高血圧になる)」だ。

おそらく肥満と交感神経の興奮の関係を研究していたのではないかと思うが、まず高脂肪食で肥満にさせたマウスを調べると、高血圧が発症するより前に、視床下部の血管の密度が高まっていることを発見する。しかも、他の脳領域での血管網にはほとんど変化がなく、さらに血管内皮の基底膜の肥厚まで見られるようになることを発見している。

この発見が研究の全てで、あとは視床下部の血管増生を起点に過食まで、あるいは高血圧までの経路を、遺伝子ノックアウトや生理学を積み重ねて丹念に調べている。詳細は省いて、高脂肪食による肥満から順番に著者らが明らかにした経路を説明しよう。

  1. 高脂肪食を投与すると、白色脂肪組織が肥大し、肥満を抑えるホルモンの一つレプチンが誘導される。
  2. 通常レプチンは食欲や代謝の調節に関わる神経に働いて肥満を防ぐのだが、視床下部には血管に接して並んでいるアストロサイトが存在し、これがレプチンで刺激され、HIF1α経路を介し、最終的に血管増殖因子VEGFが局所で分泌される。
  3. こうして分泌されるVEGFにより、視床下部のみで血管密度が高まる。これは、視床下部特異的な現象で、レプチンが上昇しても、他の脳領域では血管増生は起こらない。
  4. 血管増生により、メカニズムは明確ではないが、視床下部の交感神経の興奮が高まり、これにより高血圧が誘導される。
  5. こうして誘導される高血圧は、レプチンのレベルが下がると、元に戻りうる。

以上が結果で、実際には細胞や時期特異的な遺伝子操作を繰り返してこの結論を導いており、ここまでしないと論文にならないのかと思うほど大変な力作だ。同じことが人間で起こっているかどうかを確かめるためには、視床下部の血管の状態を詳細に調べるテクノロジーが必要だが、簡単ではなさそうだ。肥満が器質的な高血圧だけでなく、反応性の高血圧を持続させるとすると、心筋梗塞など様々な病態を再検討する必要があるかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月16日 NMNサプリをテストする (6月11日号 Science 掲載論文)

2021年6月16日
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よほどの思想家は別として、アンチエージングは人間の素朴な希望で、それに応えるべく、巷には様々なサプリが溢れている。しかし、ほとんどの場合、その効果を正確に確かめるのは、簡単ではない。

以前、外国語教育が将来の認知能力に影響があるかを調べたエジンバラ大学からの論文を紹介したことがあるが(https://aasj.jp/news/watch/1660)、この研究はなんと1936年にスタートして、そのとき11歳だった児童が70歳を超えたあと、2010年まで70年以上にわたって観察し続けている。このように、本当にアンチエージング効果があることを証明するには、長い時間がかかる。

従って、多くのサプリは、老化研究に基づいているとはいえ、人間に対してアンチエージング効果があるかどうか確かめているわけではない。結局、有名人で元気な高齢者が服用しているからという錯覚マーケティングで、高齢者を引きつけるのが常套手段で、買う方もアンチエージング効果があるかどうか本当は知る術がない。

それでも、老化研究の科学をヒトに応用しようと思うと、科学的根拠があるサプリについては地道に治験を進めるしかない。そんな研究がワシントン大学栄養学研究センターから6月11日号のScienceに発表された。タイトルは「Nicotinamide mononucleotide increases muscle insulin sensitivity in prediabetic women(Nicotinamide mononucleotideは糖尿病予備軍の女性の筋肉のインシュリン感受性を高める)」だ。

老化を抑えるルートには、活性酸素などのストレス軽減、ゼノリシスなど、いくつかのルートが見えてきたが、この研究ではNAD依存性の脱アセチル化酵素サーチュインを活性化するNADの前駆体、nicotinamide monoclueotide (NMN)の服用効果を、BMIが30を越した平均61歳、糖尿病予備軍の女性を対象に調べている。

NMNは、アンチエージングサプリとして巷に溢れているが、高純度のNMNを提供する企業は多くなく、実際にはかなり高価なサプリだ。この研究では我が国オリエンタル酵母社のNMNを1日250mg服用してもらっているが、おそらく一錠数千円はかかるのではないだろうか。

全て無作為化偽薬を用いた臨床治験で、10週間服用後、採血だけでなく、組織バイオプシーまで行い、その効果を調べている。

おそらく最も重要な結果は、10週間服用すると、血中にNMN由来代謝物が上昇するとともに、筋肉細胞内の代謝物も上昇している点だろう。これまで示されてきたように、サーチュイン活性化に必要なNADは、白血球では上昇しているものの、筋肉では上昇しておらず、NMN服用は意味がないのではと言われてきたが、今回代謝物が上昇していることが示され、サーチュインの活性化が起こっていることを強く示唆した結果だと思う。

次に、インシュリンを一定レベルにしてグルコース利用を調べる方法で、筋肉のインシュリン感受性がNMN服用で高まることを示し、これがインシュリンシグナル経路が高まった結果であることを、AKTやmTORなどのリン酸化で示している。

ただ、この変化は筋肉だけで見られ、脂肪組織や肝臓のインシュリン感受性は変化しなかった。個人的には、全身の効果があるのではと思っていたが、脂肪組織や肝臓の代謝はあまりサーチュインに影響されないのかもしれない。

サーチュインは7種類もあり、核やミトコンドリアで働いているため、NMNが作用する分子経路を特定しづらくしているが、この研究ではNMN服用により筋肉に起こる遺伝子発現の変化、さらにインシュリンレベルを一定にした状態でのNMNの効果の両方を調べ、定常状態では遺伝子転写レベルで大きな変化はないが、インシュリン刺激で300種類以上の遺伝子転写が即座に上昇するよう、リプログラムが起こっていることを示している。

中でも、PDGFに反応するシグナル経路が高まっているが、これ自体は筋肉の代謝や運動力には影響がなく、インシュリン感受性を上げるのに一役買っているのではないかと結論している。

以上が結果で、10週間ではあるが、検出された効果が筋肉に限定していることには少し驚いたが、服用したNMNが、ほとんどの細胞にちゃんと侵入し、血液ではNADの上昇、筋肉ではNMN代謝物の上昇として検出されることが明らかになったことは、サプリを用いる医学が正しい方向へ歩み出す大きな一歩になったと思う。今後、他の効果についても綿密な研究がようやく可能になったと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月15日 ガンとインフラマゾーム(6月9日 Nature オンライン掲載論文)

2021年6月15日
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新型コロナウイルスの重症化までの経過を見ていると、動き出した免疫や炎症をタイムリーに抑えることの重要性を感じる。裏返せば、ガンのように免疫を高めたい時に、ノーベル賞の対象になったPD-1やCTLA−4以外に多くのチェックポイント機構が必要で、事実この数年で多くのチェックポイント分子が発見されてきた。

さらに、PD-1のような抗原特異的T細胞を対象にするだけでなく、免疫が誘導される局所の炎症を上げたり下げたりする仕組みも重要になる。局所炎症を上げて免疫を高めるために、ワクチンは自然免疫誘導刺激とセットになっているが、これも続きすぎると炎症が拡大するので、これを抑える仕組みが存在する。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、リンパ球ではなく、免疫を助ける樹状細胞などの骨髄球のチェックポイント機構TIM-3の機能をマウスで詳しく解析した研究で、炎症と免疫の最新研究を知る上でなかなか面白い論文だった。タイトルは「TIM-3 restrains anti-tumour immunity by regulating inflammasome activation(TIM3はガン免疫をインフラマゾーム活性化を調節することで制限している)」で、6月9日Nature にオンライン掲載された。

この研究はTIM-3と呼ばれる、リンパ球や樹状細胞など様々な細胞に発現している分子の機能研究と位置付けられる。この分子の研究は、もともとチェックポイント分子として臨床研究が進んでいる分子で、実験的にはTIM-3に対する抗体がガン免疫を高めることが知られている。ただ、PD-1のようにT細胞に効いているのか、それとも他の細胞を介してガン免疫に関わるのか、決着はついていなかった。

この研究では、マウスモデルで、リンパ球や樹状細胞などそれぞれの血液細胞系列特異的に遺伝子ノックアウトを行い、どの細胞でTIM-3の発現が抑えられたときにガン免疫を高められるか検討し、リンパ球ではなく、樹状細胞やマクロファージで発現が抑えられたときに、腫瘍局所のキラーT細胞が増加し、腫瘍を抑制することを明らかにしている。また、腫瘍組織に集まるCD8キラー細胞は、増殖性の高い一種の幹細胞タイプのT細胞で、ここから多くのキラー効果を発揮するエフェクター細胞が作られる。

すなわち、TIM-3が欠損すると、樹状細胞の機能が高まり、その結果CD8T細胞の幹細胞様の増殖が誘導され、ガンを抑えてくれていることがわかる。実際、TIM-3ノックアウト顆粒球を調べると、抗原を提示する能力が高まり、免疫増強に必要な分子の発現が高まっていることがわかる。

最後にTIM-3効果の分子機構をさらに調べていくと、TIM-3が欠損した樹状細胞では、自然炎症の核になるインフラマゾームの形成が高まっていること、そしてインフラマゾームの活性を、カスパーゼ1阻害剤、IL-1阻害剤、そしてNLRP3阻害剤を用いて抑制すると、TIM-3欠損による抗腫瘍効果は消失することを明らかにしている。 すなわち、TIM-3はインフラマゾームの形成を抑えて炎症を抑制する活性を介して、ガン免疫を抑えるチェックポイントであることがわかった。

以上のことから、TIM-3に対する抗体も十分役立つことはわかるが、もっと重要なメッセージは、ワクチンと同じで、免疫には必ず自然免疫活性化がセットでガン局所の炎症を調節して抗がん作用を発揮させることだといえる。インフラマゾームについては、ガンだけでなく、肥満から糖尿病に至るまで、研究が急速に進んでおり、ガン免疫治療にも大きな貢献が見込まれる。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月14日 脳脊髄中の髄膜白血球は血管を通らず直接隣接する骨髄から移動する (6月3日 Science オンライン掲載論文)

2021年6月14日
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「常識は破られるためにある」などとうそぶけるのは、破れたことがわかった後のことで、実際には、常識に照らして何かおかしいと感じる感性を突き詰めることができる人だけが、この言葉を語る資格がある。

今日紹介するマインツ大学からの論文は、組織中の白血球は必ずしも血管を通って移動してくるとは限らないこと、具体的には脳脊髄の髄膜に存在する白血球は、近接する骨髄から直接に開いている管を通って移動してくるという驚くべき発見で、6月3日Scienceにオンライン掲載された。タイトルは「Skull and vertebral bone marrow are myeloid cell reservoirs for the meninges and CNS parenchyma (頭蓋と脊椎の骨髄は髄膜と中枢神経実質中の骨髄球を直接供給する)」だ。

実際には常識には徐々に疑問が投げかけられるもので、米国やドイツの研究室から、頭蓋骨髄から脳へのチャンネルが存在し、炎症やガンなどの状況でこのチャンネルが機能して、血球のリクルートメントや、ガンの転移が起こる可能性が示唆されていた。

ただ、これまでは異常な状況での特殊なルートとして考えられてきたが、この研究では定常状態で骨髄から脳への直接ルートがどの程度使われているのか調べる目的で、蛍光標識されたマウスと普通のマウスの血管を吻合して30日間、血管を通る細胞を完全に一体化する方法を用いて、組織中の白血球が置き換わった率を調べている。もし全てが血管ルートを通るとすると、蛍光細胞と非蛍光細胞の比率は50/50になる。

実際、30日経つと末梢血だけでなく、多くの組織で比率は50/50になるが、脳及び脊髄の髄膜や硬膜の顆粒球はほとんど置き換わらないことを発見している。すなわち、血管を通る髄膜への顆粒球の移動はほとんどないという、驚くべき結果になった。

あとは、本当に血管を通らず、直接頭蓋や脊椎の骨髄から髄膜へ移動していることを確認する実験をこれでもかこれでもかと、繰り返し、

  • 頭蓋骨髄のCXCR4ケモカインシグナルを抑制すると、近接する脳髄膜への顆粒球の移動が促進されるが、他の組織には影響がない。
  • 蛍光分子を発現するマウス頭蓋骨を移植すると、移植後30日後でも近接する脳髄膜には標識か琉球が認められる。
  • 放射線照射で骨髄造血を抑制する実験で、一部の骨を放射線からシールドすることで、限られた場所からだけ血液が供給される実験系を用いると、頭をのぞいて全身の骨をシールドした場合は、脳髄膜にはほとんど顆粒球がリクルートされないが、逆に頭の骨をシールドした場合は、ほとんど正常のリクルートが見られる。

など、創意に溢れる実験で、脳脊髄髄膜の顆粒球は、骨髄から脳へのチャンネルを通る細胞移動で起こることを示している。

さらに、移動してきた細胞のsingle cell RNA解析などから、この移動にCCR1ケモカイン受容体を刺激するケモカインが関わることも示している。

最後に多発性硬化症モデルや、脊髄損傷モデルで、神経系が障害されたとき、まず近接骨髄から白血球がリクルートされ、脳血管関門に邪魔されることなく迅速な細胞移動が可能になっており、血管を通る移動はその後起こることを示している。

重要な結果は以上で、定常状態でも、脳髄膜、さらに脳実質への顆粒球リクルートメントが、近接骨髄から直接行われることが証明されたのではと思う。もちろん多くの研究室で追試されることが必要だが、いったん非常識が常識になると、例えば脳内のリンパ管の存在の時と同じ様に、今度はその意義を巡って多くの研究が進むだろう。これにより、脳内の炎症と他の組織の炎症の違いなどの理解が進むことを期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月13日 サルから人への進化:汗腺の多い皮膚(4月20日号 米国アカデミー紀要 掲載論文)

2021年6月13日
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現役を退いて8年になるが、生命科学分野の進歩や技術革新はいちじるしく、ウカウカすると新しいことが全く理解できなくなってしまうのではと恐怖を感じる。いよいよその時は論文ウォッチも引退になると思っているが、まだそこまではボケていないと走り続けている。

とはいえ、現役時代によく目にしたような内容の論文に出会うと、懐かしく紹介したくなる。今日紹介するフィラデルフィア、Perelman医学校からの論文は、発表から2ヶ月経ってはいるが未読の中に紛れ込んでいたので改めて読み直すことになった論文で、サルから人間に進化する過程で、汗腺を増加させて体を冷やす能力を身に着ける過程を、遺伝子の変化から推察する研究で、4月20日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Repeated mutation of a developmental enhancer contributed to human thermoregulatory evolution (発生過程で働くエンハンサーに起こった繰り返す変異により人間の体温調節機構が進化した)」だ。

このグループは以前から汗の組織、エクリン腺の発生について研究しており、転写因子Engrailed1(En1)が、エクリン腺特異的に発現していること、さらにヒトの発生過程では、サルやマウスと比べると高い発現が見られることを発見していた。そこで、エクリン腺の数がヒトで多いのは、発生初期に皮膚プラコードでEn1の発現を調節するエンハンサーの活性に差があるからだと着想し、ヒトでの高い発現に関わる領域を探索している。

配列の比較から哺乳動物のEn1発現に関わる領域を209個所リストし、エピジェネティックスのデータベース、染色体免疫沈降法などを組み合わせ、最終的に23種類に絞り込み、ウイルスベクターに組み込んだレポーターシステムでマウス胎児に導入して、皮膚のプラコード特異的に発現する領域の中からECE18と名付けた領域を特定している。

次に同じ領域を、マウス、チンパンジーゲノムからクローニングし、同じレポーターシステムで調べると、期待通りヒトのECE18が最も高い活性を持っていることが確認できる。

あとは、ヒトケラチノサイトを用いて変異を導入したヒトECE18の活性を調べ、、ヒト特異的な高い活性にどの領域が必要か調べているが、これは難航したようで、結局SP1結合領域を中心にに幾つかの変異が蓄積することで、現在の人のECE18領域が進化したと結論している。

これを証明するため、最後にマウスECE18をクリスパーで人型にかえたマウスを作成し、2倍程度の発現の上昇が見られることを示しているが、残念ながらエクリン腺の数が増えた汗をかきやすいマウスまでには至らなかった。そこで最後に、En1の発現が半分に低下させたマウスを用いて、残っているEn1のエンハンサー領域をヒト型ECE18に変えたマウスを作り、ついにECE18がヒト型になるとエクリン腺の数が多くなることを証明している。

以上、転写調節研究を、進化と絡める起承転結のはっきりしたグランドストーリーの典型論文で、本当に懐かしく読んだ。ただ、ゲノム研究が進んだ今、おそらくこの領域を人間の進化や多様性からも見直すことが可能だろう。一枚の論文を書くために大変な労力が必要な研究だが、もっと多くのグランドストーリーを聴きたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月12日 病理診断から人間を排除する(6月11日 Science 掲載論文)

2021年6月12日
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例えば腫瘍の臨床診断の最後は病理診断で、最近では様々なバイオマーカーを用いて診断も行われる。しかし考えてみると、末梢血のバイオマーカーを用いた診断と比べ、腫瘍と他の細胞との相互作用について最も密度の濃い情報が得られるのが、腫瘍組織の免疫病理検査だが、この利点を生かして、治療戦略に大きく関与するところまでは行っていない。

実際FDAが認可した病理診断基準は、PD-1抗体治療の適用を決めるためのPD-L1発現を調べる病理検査しか存在しないようで、DNAレベルの検査やsingle cell RNA seqなどに早晩置き換えられるのではと危惧される。

今日紹介するジョンズホプキンス大学からの論文は、免疫染色を用いた病理診断が普及できないのは、データの解読にバリエーションの大きい病理医などの人的ファクターがあるからではと考え、完全に人間を排除したプラットフォームを開発しようとする試みで6月11日号のScienceに掲載された。タイトルは「Analysis of multispectral imaging with the AstroPath platform informs efficacy of PD-1 blockade(マルチスペクトルの組織像をAstroPathプラットフォームで解析することでPD1治療の効果を予想できる)」だ。

研究自体は、機械でどこまで免疫染色した病理組織を読めるかと言う話だが、これを思い立ったモチベーションが、天体の分析に用いられるAstroPathというプラットフォームの存在だ。

現在高感度の反射望遠鏡で宇宙の広い範囲を撮影して、宇宙の精密な地図を作るSDSS計画が進行中だが、こうして得られた映像を解析する目的で作られたAstroPathを、6色異なるスペクトラムの蛍光色素で染色した組織の解析に使えるようにしたのがこの研究だ。

天体では星がまばらに存在しているので、組織観察には役に立たないと思われがちだが、SDSSにより示された天体は、数億個の星がぎっしりと詰まった像で、まさに細胞がひしめいている組織と同じで、確かに技術はそのまま利用できる。

ただ、このプラットフォームに合わせるためには、染色から工夫が必要で、示された図からみると、バックグラウンドが高くても、S/Nレンジを高めた染め方を新たに開発している。

あとは、単染色から始めて、細胞の輪郭、細胞あたりの蛍光強度の処理方法、など様々なパラメーターを最適化している。いずれにせよ素人には分かりにくい、しかし最も難しい過程だと思う。

その結果、大きな組織切片の億単位の細胞について、染色データを得て、任意のパラメーターについて2次元に再展開し、自動分析することが可能になっている。FACS解析と違って、蛍光強度については、4段階に分ける方法で分析しているが、これでも細胞一つ一つが41種類のどれかに分別され、驚くことに1枚のスライドから得られるデータ量は5TBになる。これを聞くと、病理診断から人的ファクターが除かれるのにはまだまだ時間がかかる気がする。

とはいえ、普及の問題は別にして、この方法で何が可能かを示す必要がある。この研究では、これまでの研究で示されていたCD8T細胞のPD1発現量が高いと、チェックポイント治療の効果は低く、一方、中程度から低レベルのPD1の発現が見られると治療効果は上がること、またCD163陽性の白血球が存在すると予後が悪いことなどを確認すると同時に、CD8陽性細胞の中の極めて稀な集団FoxP3+PD1+細胞の存在は、予後に強く相関することなどを示し、人的要因をのぞいてバイアスなしに解析することの意味を強調している。

最近の顕微鏡技術の発展のおかげで、実際に可視化することの重要性を嫌というほど感じるが、逆に判断には人間を除去することが重要とする、AI宣伝論文だろう。しばらくすると、優秀な病理医と、このAIの真剣勝負が始まる気がする。ただ、結果は見えている。

カテゴリ:論文ウォッチ