腸の幹細胞マーカーを駆使した遺伝子操作によるHans Clevers研究室からの数々の仕事によって、直腸ガンは幹細胞で遺伝子変異が起きたことで発生するという考えがドグマ化していた。しかし考えてみると、これはAPC/ras をガンのドライバーとした研究で、直腸ガンへの他の道はないのか、見直すことは重要だ。
今日紹介する米国バンダービルド大学からの論文は、ガンになる前のヒトのポリープの細胞遺伝学的解析からヒントを得て、直腸ガンへは幹細胞ルートの他に、メタプラジア(異形成)ルートが存在し、両方のガンは特に誘導される免疫反応などで大きく異なっていることを示した、重要な研究で、12月14日Cellにオンライン掲載されている。タイトルは「Differential pre-malignant programs and microenvironment chart distinct paths to malignancy in human colorectal polyps (異なる前ガンプログラムと微小環境がヒトの大腸ポリープの悪性化の異なる道を示す)」だ。
ガン発生への道を知るためには、もっと早い段階での解析が必要と考え、この研究では62のポリープを、組織、エクソーム、そしてsingle cell RNAseq(scRNAseq)を用いて調べ、
- ポリープは、従来から指摘されているように、組織学的に2種類(AD型、SER型)に区別できる。
- AD型はWntシグナルなど幹細胞の特徴を残し、一方SER型は分化した細胞が障害により異形成を起こしたときに見られる特徴を持っている。
- ガンドライバー変異は、AD型でras変異、SER型ではBRAF変異が多い。
- scRNAseqを用いた系統樹から、AD型は幹細胞由来で、SER型は分化した栄養吸収を行う細胞由来。
- オルガノイド形成は、AD型のほうが遙かに簡単。
以上、様々な方法で特定できる異なるポリープ形成の道が存在すること、特に幹細胞型だけでなく、腸内の細菌叢などの作用で起こった障害により誘導されるメタプラジア(細胞の胎児化を伴う)を基盤にする道の存在を特定した後、このデータにもとづいて大腸ガンのデータを見直している。
結果、ガン化の過程で、ポリープ発生時の特徴は強く抑えられるものの、元の性質は残っており、従来の大腸ガン分類の多様性と一致する。さらに驚くことに、染色体不安定を示す直腸ガンのほとんどは、幹細胞型由来ではなく、分化マーカーを発現したメタプラジア由来であることがわかった。
染色体不安定を示す直腸ガンは、ネオ抗原が多く、高い免疫反応が誘導されることが知られているが、実際キラー細胞の浸潤はメタプラジア型ポリープ由来ガンで多い。しかし、この浸潤はまだ染色体不安定性のないポリープ段階から存在し、そのまま直腸ガンまで維持されている。一方で、抑制性T細胞は、幹細胞型のポリープで多く見られる。
この結果は、染色体不安定性によるネオ抗原の生成がガン免疫反応を誘導すると言った単純な関係以外に、メタプラジアからポリープ段階で、すでに免疫監視との関係が成立している可能性を示唆する。一方、抑制性T細胞が幹細胞型ポリープに多く浸潤するのも、深い意味がある可能性がある。
結果は以上だが、ポリープからガンまで、2つの道筋が示され、診断法が示されたこと、そして、それぞれの道が免疫と異なる関わり方を持つことが示されたのは、直腸ガンの臨床に大きなブレークスルーになるのではと期待できる。