ラクトースを含む乳製品を接種すると腹痛や下痢がおこるLactose intoleranceは、食生活に密接に関わる最も有名な糖の代謝異常だが、世界には他にも様々な糖代謝異常が存在する。
今日紹介するコペンハーゲン大学からの論文は、グリーンランドやシベリアなど北極圏に暮らす人たちに高率で見られるsucrase-isomaltaseが欠損した個体の代謝状態を調べた研究で、なぜ北極圏の人たちだけにショ糖やイソマルターゼ分解能が欠失するのかという問題は別にして、この酵素が欠損することで健康を維持できるといううらやましい話が示された。タイトルは「Loss of sucrase-isomaltase function increases acetate levels and improves metabolic health in Greenlandic cohorts(グリーンランドのコホートから、Sucrase-isomaltase機能が失われると酢酸塩レベルが高まり、代謝上の健康が改善することがわかる)」だ。
グリーンランドに高率でsucrase-isomaltase(SI)が欠損した人たちがいて、子供時代に腹痛や下痢などの症状が現れることは知られていたが、成長とともに軽減するので、一種のラクトースイントレランスと同じと、成長後についての調査は進んでいなかった。
今回、2千人規模のグリーンランド人コホートを対象に、35歳以上のSI遺伝子欠損を持つ個体(ホモ個体)を、SI活性を持つコントロールと比較している。
まず驚くのが、SI欠損個体の割合が、14%に上ることで、他の人種にはほとんど見られないことを考えると、極地の生活ではショ糖やイソマルトースを食べることがほとんどないのかもしれない。
ただ、このおかげでSI欠損個体では、2型糖尿病のリスクは全くなく、体重や体脂肪は全員痩せ型で、高脂血症も全く存在しないという驚くべき結果だ。ショ糖などを分解できないため、当然のことだと思ってしまうが、例えばグルコバイ投与により、糖の吸収を抑えた治療で達成できる健康度とは、遙かに高いレベルの健康度に達している。
このより高い健康度が達成できている原因についてさらに追求すると、血中酢酸塩が著しく高いことがわかった。しかも、この酢酸塩は、ショ糖を摂取したとき、本人はそれを分解できないのに上昇することから、腸内細菌の作用で分解できなかったショ糖が短鎖脂肪酸に変換されることで体内に摂取されることがわかった。すなわち、インシュリンの分泌を誘導してインシュリン耐性の原因になるショ糖やイソマルトースが、バクテリアにまで渡った結果、今度は代謝を改善する酢酸塩として提供される面白い共生が成立していることがわかる。
結果は以上で、当然この酵素を対象とした、グルコバイと同じような薬剤が開発されるのだろう。しかし、この話は、一日中草を食べ、また反芻する動物のことを思い出させてくれた。反芻動物は一日中食べ続けているので、インシュリン分泌が続くのではないかと心配して、一度調べたことがある。すると驚くなかれ、反芻動物はほとんどのエネルギーを糖質としては摂取せず、腸内細菌により分解された短鎖脂肪酸として摂取していることを知った。同じような共生関係が人間でも成立できることを知って、是非この論文を紹介しようと思った。