ミトコンドリア性心筋肥大症の研究から、ミトコンドリアでのATP合成が低下すると、心筋肥大が起こることが知られている。このとき、心臓細胞は増殖期に入るが、ほとんどは細胞分裂は行わず、最終的に核内でDNAの倍加が起こる。これが、心臓細胞が肥大化する原因になっている。しかし、ATPが合成できないのに、よりによってエネルギーコストの高い、細胞周期を動かして、細胞が肥大化するのは不思議だ。
今日紹介するロンドン・インペリアルカレッジからの論文はATP合成低下によりなぜ心筋肥大が起こるのかを追求した研究で12月8日Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Mitochondrial–cell cycle cross-talk drives endoreplication in heart disease(ミトコンドリアと細胞周期のクロストークにより心臓病での核内倍加が促進される)」だ。
まず、拡張性心筋症や大動脈狭窄による心臓でATP合成が低下しているのか確認するため、バイオプシーを行い、心筋のATPが確かに低下していること、またこれがミトコンドリアのATP合成経路の低下によることを明らかにしている。
後は基本的に、ミトコンドリアのATP合成に関わるATP5A1酵素を欠損させたマウス心筋で起こる代謝経路を解析し、ATP合成低下が細胞周期を回して核内倍加、心筋細胞肥大へつながる経路を突き詰めている。詳細を省いて結論を述べると以下のようになる。
- ATP合成が低下すると、当然ミトコンドリアのADP量が上昇する。この問題を代償するためADPはグリシンからギ酸合成への経路にリクルートされ、Mthfd1Lと呼ばれる酵素でギ酸が合成されるときにATPへと変換される。
- この経路が高まることで、DNA合成に必要なプリンの合成が高まる。これにより、細胞自体がストレス対応型の増殖へリプログラムされる。
- ADPの上昇は、エネルギーセンサーAMPKを活性化し、これにより細胞周期を抑えていたRb1の抑制がとれて、E2F活性化、細胞周期進行が起こる。ただ、細胞分裂には至らないため、核内倍加が起こり、また細胞の肥大化が起こる。
- このようなプログラムリセットを防ぐためには、ミトコンドリアでのATP合成を正常化することとともに、ギ酸合成によりADPをATPに転換するMthfd1L酵素を抑えることが重要。実際、この酵素を欠損させておくと、動脈狭窄による心肥大誘導での核内倍加を抑えることが可能になる。
以上、おそらくMthfd1L酵素活性を抑えることは可能だと思うので、今後この方法で心筋症や大動脈狭窄による心筋肥大を抑える治療は期待できるかもしれない。
しかし、学生時代は代謝はあまり好きな分野でなかったが、ここまで詳細にものがわかってくると、風が吹けば桶屋が儲かるのは当たり前といえる、思いもかけない経路がみつかる、面白い領域だと実感している。