このHPでも自閉症スペクトラム(ASD)の症状に腸内細菌叢が関与していることを示唆する論文を何回も紹介している。もともとASDでは便通異常や食習慣の違いなどが指摘されていることから、ASDと腸内細菌叢に何らかの相関があってもいいとは思うが、例えば今年3月紹介したベーラー大学から発表された論文は、ASD児の便移植により同じ症状がマウスに移せるという驚くべき結果を報告し、細菌叢の変化自体がASD症状の原因であると結論している(https://aasj.jp/news/watch/15247)。
こんな論文を見ると、細菌叢が原因かと考えてしまうが、この現象を生み出したあらゆる可能性を検討し直し、結論が正しいか調べ続けることが科学の責務で、特にASD児への便移植治療が行われていることを考えると(https://aasj.jp/news/watch/10036)、細菌叢の変化が原因か結果か慎重に見極める必要がある。
今日紹介するオーストラリア・クイーンズランド大学からの論文は、ASDと細菌叢といった単純な相関ではなく、細菌叢とASDの示す様々な症状データとの相関を突き詰めていくことで、細菌叢がASD症状の原因になっていることを否定した研究で、11月24日号Cellに掲載されている。タイトルは「Autism-related dietary preferences mediate autism-gut microbiome associations(自閉症に関連する食事の好みが自閉症と腸内細菌叢の相関を媒介している)」だ。
ゲノム研究もそうだが、ビッグデータを元に、病気を調べる手法はどうしても結果がばらつく傾向が出る。従って、これまで示されてきたASDと腸内細菌叢との相関は、新しい目で常に再検討していく必要がある。
この研究ではASD99人、その兄弟姉妹51人、そしてASDではない子供について、便の細菌叢を検査するとともに、体重などの身体データ、ゲノムなどのオミックスデータ、様々な行動、生活習慣データを全て集め、細菌叢がASDのどの性質と相関するかについて詳しく検討している。
さらに、細菌叢の検査も、細菌種のみを特定する16SrRNA解析ではなく、存在するバクテリアの全ゲノム配列を調べるメタゲノム解析を行っている。この論文では、大変なメタゲノム解析データの一部しか利用されていないが(例えば代謝マップなどがわかる)、それでも定量的にもより正確な細菌叢データを用いていると言える。
こうして得られた様々なパラメータ間の相関を比べて、細菌叢とASDとの関わりを追求すると、
- 細菌叢の構成と相関を示すのは、正常、ASDを問わず、年齢やBMIだけで、ASD診断は全く相関が見られない。
- 個々の細菌種とASDとの相関を調べると、Romboutsia timonensisといくつかの細菌種がリストされるが、これまで報告されているPrevotella, Firmicutesなどは、全く相関が見られない。
- メタゲノムから想定される、細菌叢ゲノムの示す様々な機能との相関も全く存在しない。
- ASDでは、食事の多様性が強く見られる。この多様性と並行して、細菌叢の多様性が特定できる。すなわち、ASDの子供の中には、肉をあまり食べない、あるいは食が単調になるなどの性質が見られることが多く、このような習慣で細菌叢の多様性が決まる。従って、ASDと弱く相関する細菌叢も、基本的には食習慣や、便通異常の結果と考えられる。
結果は以上で、ASDを単純なグループとして考えてしまうと、行動や食習慣の違いを見落とし、間違った結論に陥る可能性を示唆している。そして、現在進む便移植治療については、より慎重になるよう促している。
外野としては、どちらが正しいのか混乱するが、多くのパラメーターを同時に検討することの重要性はよくわかった。細菌叢と自閉症、原因と結果についての議論はまだまだ続きそうだ。