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5月27日 RNAも糖修飾を受けて細胞表面上に発現できる(6月10日号 Cell 掲載予定論文)

2021年5月27日
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どんな分野でも、やってみようと思い立つ人が出てくるまで、考えもしないという可能性がある。そんな典型例が、今日紹介するハーバード大学とスタンフォード大学からの論文で、結論はRNAも糖鎖修飾を受け細胞表面上に発現するという話だ。タイトルは「小分子RNAはN-グリコシル化により修飾され細胞表面に提示される」」だ。

タンパク質や脂肪が糖鎖修飾されることは教科書的な知識だが、RNAなどの核酸が糖鎖修飾を受けるなどとは教えたことも、教えられたこともないし、いくらRNA が多様な機能可能性を持つことを理解しても、わざわざ細胞表面で何らかの機能をするとは思えない。

そんな常識を振り切って、RNAも糖鎖修飾されている可能性を探るため、細胞培養中に糖鎖を標識し、標識分子を指標に糖鎖修飾された全ての分子を回収した後、RNA以外の全ての分子が除去される厳しい処理を行い、RNAも糖鎖修飾を受けていることを発見する。面白いことに、このような糖鎖修飾を受けるRNAのほとんどはmRNAではなく、小分子non-coding RNAと呼ばれる分子であることを、核酸配列から示している。

このような研究に対しては、レフリーは最初から疑ってかかるので、ともかくRNAが糖鎖修飾を受けるということを証明するため、様々な実験を行なっており、その結果、

  • RNAに結合する糖鎖は、通常哺乳動物で見られるシアル酸が結合している。
  • RNAを就職している糖鎖の構造は細胞ごとに少しづつ異なっている。
  • 糖鎖修飾を受けたRNAは細胞表面上に存在し、レクチンに結合する糖鎖の近傍の分子を標識する方法で、標識できる。
  • シアル酸結合レクチンと二重鎖RNAに対する抗体が、細胞表面上の糖鎖修飾RNAと結合できる。

などが明らかにされた。化学上、N-グリコシル化が直接RNAに起こる可能性はないので、RNAに取り込まれるグアノシンが先に修飾され、その上にNグリコシル化が起こるのだろうと結論している。しかし、更なる詳細には今後の研究が必要で、例えばどうしてRNAが分泌されてしまわずに、細胞表面上に止まっているのか、そして何よりもその機能は何かなど、謎が多い。

新型コロナウイルスに対する自然免疫センサーの一つ、TLR7は細胞内で働いているとしているが、最近東大医科研の三宅さんたちは細胞膜上で機能していることを証明している。細胞がパンクした後のRNAを検出するのかなどと勝手に考えていたが、RNA自身が細胞膜に存在するとすると、様々な可能性が浮かんでくる。これは私の戯言に過ぎないが、おそらく、新しいイメージが多くの人に浮かんでいるのだと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月26日 光遺伝学を用いて視力を回復させる(5月24日号 Nature Medicine 掲載論文)

2021年5月26日
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先日AASJ理事会、総会を無事終えることができたが、昨年の新しい展開の一つは、日本網膜色素変性症協会が開催されたゲノムとゲノム医療についてのオンラインセミナーのお手伝いをすることができ、医学情報で患者さんのお手伝いをするというAASJの活動を広げることができたことだろう。このとき議論されたように、網膜色素変性症のおよそ半分で原因になる遺伝子変異が特定されており、CRISPR/Casも含め様々な遺伝子治療が行われている。ただ、これらは視細胞が存在している段階で、視細胞が失われた後は、現在神戸アイセンターで万代さんが取り組んでいる視細胞移植が必要になる。

これと並行して、視細胞回復は諦め、網膜に残っている細胞に視細胞の機能を与える治療法も試みられており、光感受性色素を網膜ガングリオン細胞に投与し視力を回復させる方法について随分前に紹介した(https://aasj.jp/news/watch/12530)。

今日紹介するパリのソルボンヌ大学からの論文は、光を感受するtdTomato分子とそれに反応するチャンネルロドプシンをコードする遺伝子を、網膜色素変性症で40年前に視力を奪われた男性の網膜に導入し、カメラで捉えたモノクロ像を、tdTomatoに適した波長の光に変え、それを網膜に投射する方法についての研究で、まさに光遺伝学を用いた視力回復法の開発と言える。タイトルは「Partial recovery of visual function in a blind patient after optogenetic therapy (視力が失われた患者さんの視機能を光遺伝学治療で部分的に回復する)」だ。

いつかは光遺伝学を用いた神経操作が人間でも始まると思っていたが、光を感知する網膜細胞という最もオーソドックスな細胞で光遺伝学が最初に導入されたことは納得できる。

しかし、網膜のような光に常に晒される場所に、光感受性の色素とチャンネルが常に発現している場合、光毒性の問題が必ず生じる。これを解決するため、この研究では毒性の少ない赤側にシフトした波長に反応するチャンネルロドプシンを用いている。

そして、自然の光を感知するのではなく、いったん画像センサーに取り込んだ映像を、ゴーグルを通して、590nmの波長の強弱に変換して、それを網膜に投影している。この赤側にシフトした波長のおかげで、瞳孔の反応が抑えられ、投射も問題なく行える。

結果の評価だが、白い机の上に黒い物体をおいて、それを感知できるか自己申告で調べると、遺伝子導入後に、ゴーグルで投影した時だけ、比較的大きな物体なら区別できるようになる。一方、自然の光には全く反応しないし、また遺伝子導入前には全く反応は起こらない。

さらに、脳波による脳活動で調べると、遺伝子導入した側の反対側の後頭皮質で、ものを認識した時だけα波の振幅の低下が観察され、他覚的にも光に反応していることがわかった。

他にも訓練することで、戸外に出て活動するとき、横断歩道のストライプの数を数えたり、室内でもお皿やカップ、あるいは携帯電話を認識したり、ドアや老化まで認識できるようになることを示している。

以上が結果で、ついに光遺伝学が利用されたのかという感慨は大きい。今後、レーザーを用いて画像の投影が可能になると、文字も含めてさらに詳細な情報を視覚的に得ることが、理論的には可能になるようだが、おそらく文字を読むというのが次のゴールになるのではと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月25日 病気のゲノム多型の意味を問うための途方もない苦労(5月19日 Nature オンライン掲載論文)

2021年5月25日
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21世期に入って、病気のリスクと相関するゲノム変化を解析する研究が急速に拡大し、今や個人のゲノムを調べるサービスを受けた米国人は3千万人に迫っている。ワクチンと同じで、この分野でも我が国のスピードは遅く、おそらく自分のお金を払ってゲノム検査を受けた人は百万人には達していないのではないだろうか。

一方、ではこのようなゲノム検査を受けたとき、自分の将来のリスクについてどれほど的確に予想できるのかと問われると、答えは簡単ではない。実際生命保険と同じで、確率論で示されても、結局自分が当事者になるまで、リスクを実感するのは簡単ではない。この実感のなさの重要な原因は、ゲノム検査で明らかになる遺伝子変化(この場合多型と言ったほうがいいが)のほとんどで、病気メカニズムとの関わりが解明されていない。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、病気とゲノムとの相関を調べる研究(GWAS)から発見される多型の意味を問うことがいかに大変かをしめす研究で、しかしこの困難を乗り越えたところに新しい病気の理解があることがよくわかる。タイトルは「Interpreting type 1 diabetes risk with genetics and single-cell epigenomics(遺伝学とsingle cellレベルのエピゲノミックスを組み合わせて1型糖尿病のリスクを理解する)」だ。

この研究ではGWASについても18942人の1型糖尿病(T1D)患者さんを集めて、50万人のコントロールと比べた新たなデータを、これまで発表されているデータと組み合わせ、多型マップの精度を一段と高めている。解像度は高まっているが、結果自体はこれまでと同じで、1)明らかにT1D発生の主因子となることがわかる遺伝子に連鎖する多型が特定される、2)T1Dに連鎖する多型はリュウマチやSLEに関わる多型と相関する、などがわかるが、ほとんどの多型については、発症メカニズムと相関させることは難しい。

結局ゲノムデータをエピゲノムデータと統合することが、多型の関わりを知るためには必要になるが、ゲノムと異なり、エピゲノムは細胞によって異なっているため、解析が簡単ではない。

この研究では、膵臓という臓器レベルでATAC-seqを用いたクロマチン解析を行い、遺伝子のどの領域がオープンになっているかを調べると同時に、膵臓に存在する様々な細胞の遺伝子発現をsingle cell RNAseqを用いて調べている。

この結果、膵臓に存在する各細胞レベルの遺伝子発現パターンと、完全ではないにしてもオープンな染色体構造を特定することができるので、その上に先に明らかにしたT1Dと相関する遺伝子多型マップを重ねる作業を行なっている。書くと簡単だが、実際には高い情報処理技術の必要な大変な作業だと思う。

こうして初めて、それぞれの多型がどの細胞を通して病気に関わるかがわかる。例えば有名どころで説明すると、免疫機能を抑制するCTLA4の上流の多型はT細胞を通していることや、IL10やIRF1はマクロファージを介して、さらにサイクリン依存性キナーゼCDKN1Cはベータ細胞を介してT1Dに関わることがわかる。

T1D発症には様々な要因が重なることがわかっているが、このレベルの解析があると、個々の患者さんに集まった多型を、関与している細胞と分子のシナリオになんとかつなげることが可能になる。

最後にその例として、これまであまりT1Dリスクとして研究されてこなかった嚢胞性線維症の原因遺伝子CFTR近くの多型を具体例として、このような研究の重要性について示している。

CFTRは欠損すると嚢胞性線維症を発症するが、患者さんでは糖尿病が発症することが知られている。今回特定された多型はCFTR遺伝子の膵管細胞特異的発現に関わるプロモーターに存在し、この多型が存在することでCFTRの発現が低下することを細胞で確かめている。また、遺伝子発現とゲノム多型を相関させるeQTLとこの多型は重なっていることが示されている。

以上の結果は、T1D発症にCTFRの発現が膵管細胞で低下することにより、イオンチャンネルの異常が起こり、これが自己免疫の引き金になる、あるいは免疫によるベータ細胞障害を高める可能性を示唆している。

これまでゲノム/エピゲノムの統合というと、GWASとeQTLの対応と同義だったが、single cell RNAseqや、将来予想されるsingle cell ATACseqによる、細胞レベルの解析が可能になることで、これまでの蓄積の利用が大きく加速するように感じている。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月24日 ネズミでの結果を人間で確かめる難しさ(6月10日号 Cell 掲載予定論文)

2021年5月24日
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昨日に続いて、単一神経細胞の記録が難しいため、人間の研究が遅れていた分野の論文を紹介する。

ノーベル生理学賞に輝いた英国の脳科学者、オキーフさんの業績は、海馬や嗅内野にナビゲーションに関わる場所細胞を見つけたと紹介されるが、本当の凄さは、外界についての記憶成立を、単一神経と領域の活動のズレから考えようとしたことで、昨日の「カテゴリーと個別」問題と同じで、脳ネットワークの特性を知るために極めて重要な貢献だと思う。

実際には、空間を動き回るときに活性化される領域が刻む比較的サイクルの遅いθリズムと、個々の場所細胞の興奮を記録し、該当する場所に近づいてくると細胞の興奮サイクルがθリズムから外れて早くなるという現象、Phase Precessionを発見した貢献だ。

オキーフさんは海馬の場所細胞の研究でこのphase precessionを発見したが、その後の研究でphase precessionは様々な場所で、様々な状況で起こることがわかってきている。しかし、電極による単一細胞の記録が必要なため、人間でphase precessionを特定するのは難しかった。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は昨日と同じでてんかんの発生源を特定するために脳内に設置するクラスター電極を利用して、ナビゲーションゲーム中での場所細胞を特定、人間でもphase precessionが起こるかどうかを調べた研究で6月10日号のCellに掲載予定だ。タイトルは「Phase precession in the human hippocampus and entorhinal cortex(人間の海馬と嗅内野でのphase precession)だ。

実験はマウスと同じで、実際に動く代わりに、ゴールを目指すテレビゲームで、画面上の様々な場所を確認しながらゴールに到達するまでの過程を、実際に通った軌跡記録と、その間の領域活動リズム、電極で記録できる各神経細胞の興奮記録を集め、まず人間にも単一電極で記録される場所細胞があるか、場所に近づくとき、場所細胞の興奮はその領域のθリズムに対してPhase precessionが見られるかを調べている。

ラットと違ってθリズム自体のサイクルが遅く、また強さが揃っていないという問題があり、それをなんとか克服して各細胞の興奮とθリズムの関係を調べると、ラットと同じように、人間の海馬や嗅内野には明確な場所細胞があり、その興奮は場所に近づくにつれphase precessionを示すことを明らかにしている。

幸い人間の場合広い領域に電極が留置されており、海馬や嗅内野だけでなく、扁桃体や前帯状皮質でも数は少ないが、場所に反応する神経が存在し、phase precessionが起こることを示している。

その上で、全体で記録した中から、場所とは別に、何かに反応してphase precessionが見られないか調べ、特定のゴールを目指すときに、必ずphase precessionが起こる神経細胞が存在すること、またこれらの神経は、嗅内野にはほとんど見られず、代わりに前帯状皮質、眼窩前頭野、扁桃体などに散財していることを明らかにしている。

個人的な意見だが、ゴール達成という、感情の関与が必要な脳内領域がより多く関与しているのは面白い。

結果は以上で、人間でも場所細胞がしっかり存在し、それが領域内で刻まれているリズムと齟齬を生じることが、、特定の神経細胞の興奮を浮き上がらせて記憶につなげる過程が人間でも起こっていることがよくわかった。また、この仕組みは様々な行動で使われていることは間違いないこともよくわかった。

例えば音楽を聞いたり演奏したりするとき、phase precessionが存在するのかなど、人間でしかわからないことは多い。てんかん患者さんの協力が得られれば、もっともっと複雑な記憶や行動を、クラスター電極で研究して欲しいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月23日 プラトンの形相も脳科学的に見れば納得できる(J.Neuroscience 4月号掲載論文)

2021年5月23日
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以前生命科学の目で読む哲学書でプラトンを取り上げたとき、プラトンの著書は劇場仕立てでわかりやすく書かれているのだが、その背景にある論理を追おうとすると、馬鹿らしくなってやめたくなる。しかし、現代の脳科学の知識で彼の言葉を読み直すと、妙に納得できることを書いた(https://aasj.jp/news/philosophy/10423)。

中でも、プラトンの形相(イデア)の概念はその典型だろう。もちろんプラトンの時代には、形相が質量より先に実在しているかどうかが問題になるのだが、例えば個別の椅子や机をなぜ椅子として認識しているのかというと、脳科学には、椅子のカテゴリーに反応する神経が存在しており、実際に感受している神経活動を統合するとき参照にするトップダウンの「形相」を与えていると説明できる。

驚くことに、このカテゴリーに対する反応は、単一神経細胞レベルで観察される。そのため、電極挿入実験がしやすいサルでは研究が進んでいるが、領域単位で脳の反応を見るしかない人間ではなかなか研究が進んでいなかった。

今日紹介するニューヨークにあるDonald&Barbara Zucker医科大学からの論文は、てんかんの発生する場所を特定する目的で脳内に埋め込んだクラスター電極を用いて、人間の顔や、机といった、一般的なカテゴリーに反応する単一神経細胞を特定しようとした研究でJournal of Neuroscienceの4月号に掲載された。タイトルは「Face-Selective Units in Human Ventral Temporal Cortex Reactivate during Free Recall (人間の内側側頭皮質に存在する、顔を見たときおよび想起するときに選択的に反応するユニット)」だ。

サルでの研究は、まだ京大で教授をしていたずいぶん昔から知っていたので、この研究で初めて人間でも同じようなカテゴリーに反応する神経が特定できたと言われてもにわかには信じがたい。しかし、人間で同じ実験を行うと、それぞれのカテゴリーについてはっきり自己申告できるので、結果はクリアになる。

実験では、内側側頭皮質にクラスター電極を埋め込んだてんかん患者さんに、身体、道具、模様、家、そして人間の顔の4つのカテゴリーに対応する、異なる個別の像を見たときの各電極での興奮記録を取り、どの顔でも、顔の写真を見たときに反応する単一ユニットを探索している。

期待通り、この領域には8人調べて、顔というカテゴリーに反応する31個の神経ユニットが確認され、さらに32個の複数の細胞からなるユニットが特定できる。その意味はわかっていないが、面白いことにそれぞれの神経で、顔を見たとき持続的に興奮したり、一過的に反応したりと、反応するパターンが異なっている。

おそらく道具などのカテゴリーに反応する神経もあるはずだが、この領域には家に反応する神経が存在している。そして領域全体の神経活動を主成分分析すると、顔に反応する神経と、家に反応する神経は全く分離することがわかる。すなわち、家に至るまで私たちはカテゴリー化し、それに対応する神経を持っている。

次の問題は、プラトン以来の古い問題で、実像(哲学的には質量)なしに想起するときに、このカテゴリー神経が興奮するかだ。そこで、例えばオバマさんの顔を思い出して、とリクエストして顔を思い出してもらうと、どの名前を告げてもこの神経は2秒間興奮を続けることがわかった。

そして、この反応が、様々な場所からのシグナルの結果ではなく、記録している限られた領域の回路で統合されていることも示している。

結果は以上で、この論文だけを読むとなるほどで終わるが、プラトンの形相を考えながら読んでみると興奮する論文だ。生命科学の目で読む哲学書でももっともっと脳科学の見解を書いていきたいと思っている。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月22日 Covid-19 ワクチンの副反応2: ワクチンによる血栓症治療についての症例報告(4月20日 J. Thrombosis and Haemostasis オンライン掲載論文)

2021年5月22日
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アストラゼネカ社やジョンソン&ジョンソン社のアデノウイルスワクチンにより普通では見られない箇所に血栓症が見られることがわかり、現在急速にその原因の研究が続けられている。重要なことは、最初報告されたときから、全例でplatelet factor -4に対する自己抗体が存在することで、これまでHeparin induced thrombosisとして知られていたヘパリンにより、PF4が重合して、それに対して抗体ができ、血小板が活性化されるのと同じメカニズムで血栓ができることが明らかになった。

私が最後に見た論文はThe New England Journal of Medicineでの緊急総説(図)だが、これによると、ヘパリンの代わりにPF4複合体を誘導する原因物質が特定されておらず、発症の頻度は低いが、死亡率が高いことから、多くの国で使用が抑制されており、またメディアによる報道もあって、接種可能な国でも人気が低い。

これらを受けて、2日前診断と治療のためのガイドラインが国連から発表された。

診断アルゴリズムとしては、血栓を疑わせる症状が現れたときは、ワクチン接種歴を聞き、ワクチン接種後4−20日の範囲であれば、ワクチン誘導の血栓症(VIPIT)を疑い、血小板低下、D-dimer上昇、血液像正常(血小板は除く)などが揃ったらVIPITを疑い、可能ならPF4-heparinに対する抗体を調べることが推奨されている。その上で、抗体を薄めるために高濃度免疫グロブリン投与が推奨されている。

今日紹介するウイーン医科大学からの論文は、この治療が成功した症例報告で、極めて稀な症例でも、瞬時に世界中に共有され、適切な治療につながっていることを示した論文だ。症例報告だが、紹介する。タイトルは「Successful treatment of vaccine-induced prothrombotic immune thrombocytopenia (VIPIT)(ワクチンにより誘導された免疫的血小板減少症の治療成功例)」だ。

患者さんは、アストラゼネカワクチン接種後一時発熱したが、アスピリン400mgを服用して軽快、その後は日常生活を送っていたが、8日目に大きな血腫ができていることがわかり、次の日は他の場所にも血腫ができていたので大学病院の救急を訪れている。

コロナPCR陰性、D-dimerの上昇、血小板減少が確認され、「血栓を疑いCTで全身を調べているが、明瞭な血栓は認めていない。そこで、VIPITが疑われ、PF4/heparinに対する抗体を調べると、異常値を示していたのでIVIPITと確定、すぐ治療を行なっている。

当然ヘパリンは絶対に使ってはならないが、凝固を防ぐ必要があり、ダナパロイド、フィブリノーゲンの低下を補うため、フィブリノーゲン、そして濃縮免疫グロブリンを入院後1、2日(ワクチン接種後9、10日目)に投与すると、すぐにD-dimerが低下し、血小板も投与すぐから上昇を始め、1週間で完全に退院できたという症例だ。

この症例は、ガイドラインに示された診断と治療を絵に描いたようなケースで、

ワクチン接種後、4日以降に様々な症状、特に頭痛や血腫などが見られたらVIPITを疑い、すぐに抗凝固剤(絶対ヘパリンは使わない)と濃縮免疫グロブリン(プレドニンとともに投与している)を投与すれば、すぐに回復するというものだ。

以上、我が国では当分は使われないようだが、使われるようになっても用意ができて居れば恐れる必要はないことを示している。ただ、アデノウイルスワクチンは今後も利用されると思うので、この原因についてはできるだけ早く特定されることを望む。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月21日 慢性腎臓病(CKD)と細胞老化(5月19日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年5月21日
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私もそうだが、年齢とともに腎臓ではいわゆる硬化と呼ばれる状態が徐々に進行する。老化と考えていいが、この硬化が基礎にあると、様々な急性腎障害により、老化過程がさらに促進される。最近、チロシンキナーゼ阻害剤とケルセチンを組み合わせて、老化細胞を除去するselolysis治療が、腎硬化症にも効果があることが示され、また以前紹介した、東大医科研の中西さん達が開発した、画期的senolysis治療法でも腎硬化症が抑えられることが示され(https://aasj.jp/news/watch/14787)、senolysis治療は腎硬化症の希望の光になっている。

今日紹介するエジンバラ大学からの論文は、細胞死を抑えているBcl2を阻害するだけで腎臓でのsenolysis治療が可能であることを示した研究で、5月19日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Cellular senescence inhibits renal regeneration after injury in mice, with senolytic treatment promoting repair (マウス腎臓では細胞老化が再生を抑制するので、senolyticな治療法で再生を促すことができる)」だ。

この研究の目的は、実験的に誘導した腎硬化症で蓄積した老化細胞を、Bcl2阻害剤ABT-262で除去し治療する可能性を確かめることだったと思う。

実験としてはほとんどモデル動物での話で、ヒトについては、高齢者の腎臓で老化細胞マーカー(p16,p21など)の発現を調べ、細胞周期が抑制された老化細胞が上昇していること、そして放射線照射で一種の老化を早めたヒト近位尿細管細胞を、Bcl2など細胞死を抑える機構を抑制する薬剤ABT-263で処理すると、老化細胞だけを除去できることを示しているだけだ。あとは、これに近い状態をマウスで誘導し、ABT-263の治療効果を確かめている。

これまでsenolysisの論文を紹介してきたが、Bcl2抑制というのはエアポケットの様に抜けていた。これは、Bcl2が抑制されると、免疫機能や造血への障害が予想できるからだが、なんとこの研究ではマウスをABT-263で処理しても、ほとんど副作用はないとしている。最近、AMLの治療にもBcl阻害剤がアザシチジンと一緒に使われる様になっているので、確かにBcl阻害もsenolysisの方法として考慮する価値はありそうだ。

あとはマウスモデルで、

  • 老化マウス腎臓では老化細胞が蓄積しているため、血流を障害して起こす急性腎障害で、強い腎硬化症が誘導されるが、まずABT-263を投与して老化細胞を除去しておくと、急性腎障害による腎硬化症を抑えることができる。
  • ABT-263処理により、老化マーカーを発現する細胞が減少させるとともに、急性腎障害による繊維化をおさえ、さらに尿細管細胞の再生増殖が高まる。すなわち、老化細胞の存在が、繊維化を高め再生を抑えていることを示し、senolysis治療の重要性を示唆している。
  • この結果、腎機能の改善も見られる。
  • 老化マウスでの結果をさらに確かめる目的で、若いマウスに放射線照射して老化を誘導し、これに急性腎障害を加える実験系で、ABT-263で老化マーカーを発現する細胞を除去できること、そしてその結果繊維化による腎硬化症を抑えることができ、さらに尿細管の再生も促すことができる。

を示している。結果は以上で、実験としては繰り返しが多く、また全て尿細管の話で、例えば糸球体の喪失も同じ様に防げるのかなどは今後の課題だろう。しかし、ある程度腎機能が改善していることから、腎硬化症に対するsenolysis誘導治療薬を使ってみる可能性はある様に思える。いずれにせよ、senolysisの重要性は疑う人はいない。その意味で、使える薬剤は多様なほどよい。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月20日 ガンが免疫システムから逃れるための必須のエピジェネティック因子:SETDB1 (5月5日 Nature オンライン掲載論文)

2021年5月20日
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チェックポイント治療など、ガンに対する免疫治療導入により、ガン治療の標的が、必ずしもガン細胞自体の増殖や転移に必須の分子だけではなく、ガンを異物と認識するのに役立つ分子へと拡大したことで、一つのガンに対して使える可能性の薬剤が増えると期待できる。

今日紹介するハーバード大学からの論文はこの典型で、ガンが免疫システムから逃れるために必須の分子を特定して、それを標的にした治療法を開発しようとした研究で5月5日Natureにオンライン掲載された)。タイトルは「Epigenetic silencing by SETDB1 suppresses tumour intrinsic immunogenicity (SETDB1によるエピジェネティックな遺伝子発現抑制はガンの免疫原性を抑える)」だ。

この論文は最初からガン細胞がホスト免疫機構から逃れるためのエピジェネティックスに絞って研究を続けている。エピジェネティックスに関わる936種類の遺伝子を標的にしたガイドを用いて、クリスパーで遺伝子機能をノックアウトするシステムを2種類のガン細胞に導入し、ガン細胞をマウスに移植、ノックアウトされると免疫機構にキャッチされる遺伝子リストをまず作成している。

逆にいうと、こうしてリストされる遺伝子はガンが免疫から逃れるために必須で、失うとすぐに免疫機構にキャッチされ、ガン細胞は増殖できなくなる。

この方法で2種類のガン両方でリストトップに躍り出たのがSETDB1で、抑制方のヒストンコードH3K9のメチル化に関わることが知られている分子だ。すなわち、この分子によるクロマチン構造変化により抑制される遺伝子セットが、ガン免疫の標的になることがわかる。

このようなドンピシャの分子がこれまで気づかれなかったのかと、ヒトガンの遺伝子データベースを調べてみると、この分子が増幅している細胞ほど、確かにチェックポイント治療の効果が落ちることがわかった。一方、他の抗ガン剤に対する反応性で見ると、この分子の発現はほとんど関係ない。

次にSETDB1によりメチル化されたH3K9により支配されている遺伝子を、クロマチン免疫沈降で調べると、LTR(long terminal repeat)を持つトランスポゾンが特に抑制を受けており、SETDB1ノックアウトで、これらのクロマチンがオープンになり、7割程度の領域ではH3K27のアセチル化も進んでいることがわかった。

SETDB1ノックアウトにより抑制が外れると、理論的に2種類の遺伝子発現が誘導されると考えられる。一つは、トランスポゾンのせいで抑制されていたホストの遺伝子、およびトランスポゾン自体の遺伝子だ。

不思議なことに、トランスポゾン近くに存在したため抑制していた遺伝子には、インターフェロン、NK細胞を活性化するリガンド分子、Fcγ受容体、さらにはMHCIなどガン免疫に関わる分子が多い。

また、予想通りトランスポゾンにコードされているgag, pol, envなどのレトロウイルス分子の転写も起こっていることが確認できる。

以上の結果から、ガン自体が多面的に免疫系に脆弱になることが予想されるが、SETDB1ノックアウトガン細胞の周りには、トランスポゾンによりコードされるペプチドがMHCIとが結合した複合体を認識できるCD8T細胞が出現していることを確認している。

結果は以上で、内在性のトランスポゾンを活性化させてガン免疫を誘導するという話は珍しくないが、SETDB1という明確な標的が見つかったことで、今後新しい治療戦略につながるのではと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

梅北2期、参加型ヘルスケアの活動として収録したビデオを公開します。

2021年5月20日
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梅北二期開発事業の中で、阪急阪神不動産の呼びかけに応じて、「参加型ヘルスケア」プロジェクトを立ち上げ、専門知識を一般の人にどのように伝えればいいか考えてきていますが、今回はリクエストに応じて、新型コロナワクチンの違いについて、メンバーで話し合い、収録しました。西川伸一のジャーナルクラブにもアップロードしたのでご覧ください。

カテゴリ:活動記録

5月19日 骨髄環境による乳ガンのリプログラムが転移を促進する(4月19日号 Cell 掲載論文)

2021年5月19日
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ガンは遺伝子変異の蓄積が基盤にあるが、エピジェネティックな機構の関与もはっきりしている。例えば、同じガンでも、ガンの幹細胞と呼ばれる細胞集団が存在しているということは、ゲノム変化ではなく、遺伝子のオン/オフを調節するクロマチンの構造の違いで、ガン内に多様性が生じていることを示す。このことから、エピジェネティック機構に介入する抗ガン剤の開発も現在進んでいる。

そこで、今日から2回に分けて、ガンのエピジェネティックスを扱った論文を紹介する。全てマウスを用いたモデル研究だが、ヒトでも同じことは十分起こっていると思う。最初のテキサス・ベーラー医科大学からの論文は乳ガン細胞が骨髄でリプログラムされ、多臓器転移のハブになるという研究で4月29日号のCellに掲載された。タイトルは「The bone microenvironment invigorates metastatic seeds for further dissemination (骨髄に転移した細胞は骨髄微小環境により活性化され他臓器に転移する)だ。

このグループは以前、エストロジェン受容体(ER)陽性の乳ガンも、骨髄に転移するとERの発現が低下、薬剤が効かなくなることを示していた(Developmental Cell 56:1100)。すなわち、骨髄により乳ガン細胞がリプログラムされることが示された。

これまで乳ガンについては、まず骨髄に転移した後、そこから多臓器に転移が進むと考える人も多かった。このグループも、骨髄の環境により、転移しやすい細胞へとリプログラムされるのではと着想し、研究を始めている。

結構マニアックな仕事で、まず骨髄に選択的に転移させる方法として、血管支配回腸動脈へのガン細胞注射、先に全身に回る回腸静脈注射を使い分けている。さらに、骨髄へ直接ガンを注射する実験も組み合わせて、全身転移が骨髄を経由しているのか、原発巣から直接他臓器に転移するのかを調べ、乳ガンが骨髄に転移すると、ここでリプログラムされ、他臓器へ転移する能力が高まる可能性が高いことを示している。面白いことに、骨髄転移した細胞はもう一度元のガン組織に侵入するが、乳ガンの原発巣が骨髄に転移する頻度はそれほど高くないことを示している。

以上のことから、乳ガンが転移しやすいのは、骨髄転移がおこったとき、リプログラムされ、新たな細胞に変化するからという可能性を示唆している。これを確かめるため、クリスパーとガイドRNAをコードする遺伝子を発現させ、導入したガイドに隣接するPAM配列自体に突然変異を導入して細胞を標識し、異なるタイミングで何度も何度も変異標識を加えながら転移を追いかけることで、原発、骨髄、他臓器転移でのクローンの多様性を調べている(詳細は省くの興味がある場合は以下の論文を読んでほしい。簡単で面白い方法だ)。

この結果、転移がゲノムの変異に基づく、クローンレベルの現象ではなく、多くのクローンがリプログラムの結果、他臓器へと転移するモデルが正しいことを示している。

最後に、リプログラミングのメカニズムを検討し、ポリコム因子EZH2が誘導され、ガンの幹細胞が発現するALDH1やCD44の発現を始め、転移に必要な遺伝子の発現が誘導される結果であることを示している。

これを確かめるため、EZH2ノックアウトガン細胞を作成し、同じように移植、転移を調べると、原発巣の増殖には影響がないが、転移は強く抑制できることを示している。

実際に同じことが人で言えるのかどうかは検討が必要だが、乳ガンでは初期から末梢血のガン細胞の数が多いなど、乳ガンの転移しやすさの原因が、検出不可能な骨髄転移が早くから起こっているため、末梢血に入りやすいと考えることもできる。だとすると、乳ガンの他の臓器への転移も、骨髄を介して起こっている可能性はある。乳ガン手術の際に、骨髄も採取して転移を探索するなど、今後の研究が待たれる。

カテゴリ:論文ウォッチ
2024年11月
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