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4月23日 双方向に回転できるTCAサイクル(4月23日 Nature 掲載論文)

2021年4月23日
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まずWikipedia Creative Commons 掲載のTCAサイクルの過程を見てみよう。

Wikipedia :https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Citric_acid_cycle_with_aconitate_2_ja.svg より転載。

おそらく高校、大学で習ったように、細菌から人間まで、物質からエネルギーを合成するための最も基本的回路だ。ここでの矢印を見てもらうと、糖や脂質の参加により生成されたアセチルCoAがオキザロ酢酸からクエン酸への転換経路に組み込まれ、ぐるっと回ってくるうちにNADHなどが生成される。

これが無生物から生物の誕生過程(Abiogenesis)の早くから物質を作る基本過程になっていたのではと考える証拠がいくつか存在する。その一つは、この回路の中間生成物は、酵素が存在しない条件でも鉱物の触媒作用により合成されサイクルを形成できることを示す論文が報告されている。

Abiogenesisに興味がある私にとっては驚くべき論文だったので、今も講義で利用している。

もう一つの証拠は、光合成なしに有機物を自分で合成できるAutotorophでは、TCAサイクルの方向性を決める不可逆過程を異なる酵素過程で置き換えて、クエン酸からアセチルCoAを介してピルビン酸を合成する逆の過程を動かし、無機物の炭酸ガスの炭素を同化することができることがわかっている。

実際、鉱物触媒で形成されるTCAサイクルでも矢印はピルビン酸合成の方向に向いている。

今日紹介する論文は、Autotorophの中には、単純にTCAサイクル逆回しではなく、どちらにでも回転させられる古細菌が存在していることを示した論文で4月21日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「High CO 2 levels drive the TCA cycle backwards towards autotrophy (高いCO2濃度がTCAサイクルを逆回しして自己栄養を可能にする)」だ。

この研究では、データベースの解析とTCAサイクルに関わる酵素の検討から、逆回しのシステムではなく、一般的なTCAサイクルにクエン酸合成酵素を組み入れることで、逆回しが可能であることを明らかにしている。実験としては、炭酸ガスの炭素をアイソトープ標識し、それがTCAサイクル由来のアミノ酸のどの部位に組み込まれるかを調べ、分解の酸化サイクル、合成の参加サイクルのどちらも稼働することを示している。

その上で、逆回しするための自由エネルギーの壁を越える方法に、このような酵素がCO2そのものを使っていることを実験的に明らかにしている。すなわちCO2が高い環境では、合成型のTCA サイクル逆回りが起こり、物質が合成される。その結果、外部から栄養がなくても、生存できることを示している。

実験的にはこれだけだが、生命誕生のあとのCO2の高い地球環境を考えると、還元酸化両方のサイクルがCO2濃度に応じてバランスを取るという話は、確かに魅力的だ。そして、このような生物が現在もなお、サーマルベントのような条件で生きていることに深い感動を覚えてしまう。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月22日 南太平洋での民族形成(4月15日号 Nature オンライン掲載論文)

2021年4月22日
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一度は行ってみたいと思うが、ニューギニアからソロモン諸島、そしてバヌアツまで、南太平洋の島々は独自の民族が形成されている。以前紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/10041)、この民族にはユーラシア人とは異なるタイプのデニソーワ人ゲノムの流入が見られること、しかもこの遺伝子流入が2万年前後と、ユーラシアではデニソーワ人、ネアンデルタール人が滅んだ後に起こっていることから、デニソーワ人の末裔がこれらの島々にかなり最近まで生きていた可能性が示され、俄然研究が進み始めた。 

今日紹介するパストゥール研究所からの論文は、台湾の現地民族からインドネシアやニューギニア人、そしてバヌアツの人たち、317人の全ゲノムを平均36カバレージの精度で解読し、今生きている民族のゲノムから、南太平洋での民族形成の歴史を解き明かそうとした研究で4月15日Natureにオンライン出版された。タイトルは「Genomic insights into population history and biological adaptation in Oceania(オセアニアでの民族形成と生物学的適応についてゲノムから考える)」だ。

要するに多くの個体のゲノムを出来る限り詳しく調べることで明らかになった3500万箇所にものぼる多型の分布を元に、各人のゲノム形成史を、今回調べた個体及び、これまで知られている古代人ゲノムも含めたゲノムと比較して明らかにすることで、今回の場合南太平洋各島の民族の歴史的関係を明らかにしている。技術的には特に新しい話があるわけではなく、また古代人の骨が新たに発見されたというわけでもないので、解析から見えてきたいくつかの面白いシナリオをまとめておく。

  • 南太平洋の民族は、a)台湾現地人など東南アジア人、b)パプアニューギニア高地人、c)ビスマルク諸島、ソロモン諸島、バヌアツの住人、そしてd)ポリネシア人由来のグループ、の交雑により形成された。
  • パプアニューギニア高地人とビスマルク、ソロモン、バヌアツ諸島の民族は、なんとホモサピエンスが南太平洋に展開する前後4万年前にすでに分かれていた。
  • またソロモン諸島とビスマルク諸島の民族間も、南太平洋展開直後の2万年前に分かれ、原則的に孤立して生きてきた。
  • なんと約3000年前に、台湾現地人はソロモン諸島、バヌアツへ渡ってきて、交雑した可能性がある。一方で、台湾現地人がポリネシア民族を形成して、ポリネシア人を通して南太平洋諸国に台湾現地人のゲノムが入った可能性もある。
  • ネアンデルタール人ゲノムについては、ほぼ共通のオリジンを持ってるが、デニソーワ人ゲノムの流入を調べると、それぞれの地域で異なるパターンが見られ、それぞれの民族は、当時南太平洋に展開していたデニソーワ人と独自に交雑を繰り返した。
  • デニソーワ人由来で、自然免疫に関わる遺伝子や代謝に関わる遺伝子のいくつかが、環境により強く選択を受けたことがわかる。なかでも、HDL代謝に関わる遺伝子は、現在西欧化した食事の影響が、それぞれの島で大きく異なっていることを説明する可能性がある。

以上で、骨が出土するほどの興奮は覚えないが、このような結果を積み重ねて、古代デニソーワ人ゲノムの発掘を静かに待つのも面白い。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月21日 DNAメチル化を自由にコントロールするCRISPRテクノロジー(4月29日号 Cell 掲載論文)

2021年4月21日
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生命科学へのCRISPR/CAS最大の貢献はなんだろうと考えてみると、希望する場所で遺伝子を切断するという機能より、ガイドRNA により希望するゲノムサイトにCasタンパク質をリクルートできることだろう。Casに蛍光物質を結合させると、生きた細胞核内で見たい遺伝子の位置を調べることができるし、希望する遺伝子の転写のon/offが可能になる。他にもデアミナーゼを用いた一塩基編集など、ゲノムを正に編集するための技術が続々開発されている。

中でも期待しているのが、エピジェネティックな制御を自由に行う方法の開発で、事実、様々な論文がすでに発表されてきた。DNAメチル化を標的にする場合、素人から見るとCasにDNMT3をキメラにすればそれでいいと思ってしまうし、そのような論文も発表されてはいるが、使い物になる技術になるためには様々な改良が必要だったようで、今日紹介するスタンフォード大学とマサチューセッツ工科大学からの共同論文は、使いやすいDNAメチル化コントロール法開発には、かなり時間がかかったことを示している。論文のタイトルは「Genome-wide programmable transcriptional memory by CRISPR-based epigenome editing(全ゲノムレベルで転写の記憶をプログラムできるCRISPRを基盤とするエピゲノム編集)」だ。

エピゲノムをプログラムするということは、一過性の遺伝子導入によりエピジェネティックな変化を誘導した後、編集に用いた遺伝子が消失しても、編集結果が維持される必要がある。この基準で見ると、例えばCasにDNMT3aを結合しただけのコンストラクトでは、メチル化で抑制された遺伝子も、時間が経つとすぐに発現することがわかっていた。この問題を解決するため、Dnmt3AとCas9に加えて様々な分子を組み合わせる研究が進んでいたが、この研究ではDnmt3a,Dnmt3L Cas9.ZNF10 KRABドメイン(KRABの効果はすでに報告されてきた)の順番で結合させたベクターを用いることで、ガイドとともに一過性の遺伝子導入を行うだけで、50日以上遺伝子発現を抑制する、理想的エピジェネティック編集を可能にしている。

この方法で誘導されるDNAメチル化部位も、極めてガイド特異的で、これにより全ゲノムのどの部位も自由にメチル基を導入できることを示している。

これとセットにして、希望する場所のメチル化されたDNAからメチル基を取り除くTET分子とCas9をXTENと呼ばれる長いポリペプチド・スキャフォールドで繋いだコンストラクトを完成させ、これによりゲノムのどの部位のメチル化も外せることを明らかにしている。例えばこの技術を使えば、山中因子をわざわざ導入しなくとも、その遺伝子のメチル化を同時に外すという工夫も可能になる。

今後の標準となる技術開発としては、これで十分で、ガイドプールを用いて、細胞の増殖に必要な遺伝子をスクリーニングしたり、あるいは様々な遺伝子のエピジェネティックな状態を自由に編集できるなど、応用分野の可能性を示しているが、私自身は基礎生命科学へのポテンシャルに最も感心した。

まず、CpGアイランドが全くプロモーター部位に存在しない遺伝子でも、転写開始点の近くにメチル化されることで転写が抑制される部位を持っていることを示している。このことは、メチル化による制御がCpGアイランドに現局していると考えるのは間違いで、今回発見されたCpGアイランド以外のメチル化による遺伝子発現抑制の研究から、新たな可能性が生まれるのではと期待する。

それとも関係するが、実際どの部分がメチル化されると遺伝子発現が抑制されるのかを、プロモーター前後をカバーするガイドRNAを用いて、転写開始点前後の領域に部分的にメチル化を導入する実験で調べることができる。面白いことに、転写開始点前後かなり広い領域で、メチル化導入が遺伝子転写に大きな影響を持つことも示している。すなわち、任意の部分にメチル化を導入する技術により、部分的なメチル化がヒストン(H3K9)のメチル化を通して、クロマチン変化が導入され遺伝子転写が抑制される過程を、かなり正確に研究できるようになったと思う。

以上、メチル化による制御というと、黒丸が並んだ大きな領域による制御と考えてきたのが、一つの黒丸からスタートする制御として考えることが可能になり、DNAメチル化研究を大きく発展させる予感がする技術だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月20日 白血球が脳の炎症を抑える(4月15日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年4月20日
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例えば脳動脈瘤が破裂して脳出血が起こると、その急性効果だけで浮腫が起こり、脳圧が上がるため、脳外科的に血腫を取り除き、脳圧を下げる治療が必要になる。そして、この時期を乗り越えても、今度は出血が刺激になった炎症が発生し、様々な障害が起こる。ただ、他の部位の炎症と異なり、脳での出血後の炎症のプロセスについてはよくわかっていない。

今日紹介する天津医科大学からの論文は、脳出血に反応して誘導される白血球は、脳内に移行して炎症を抑えて、私たちを救っていることを示した研究で、出来過ぎと違うのかと少し訝しくは思うが紹介することにした。タイトルは「Brain injury instructs bone marrow cellular lineage destination to reduce neuroinflammation (脳損傷は骨髄細胞分化を脳の炎症を抑える方向へ誘導する)」だ。

この研究ではまず脳出血を起こした患者さんの脳手術の際に、頭蓋骨から骨髄を採取し、骨髄内での造血を調べ、血液幹細胞の増殖、および顆粒球/マクロファージ前駆細胞の増加が起こっていることを発見する。すなわち、脳出血が何らかのシグナルを発して、骨髄造血を高めることを発見する。

あとは、正常マウスの脳に自己血を注入して、障害なしに脳出血と同じ状態を作成し、この時同じ様に骨髄造血が高まることを確認している。特に、Ly6発現の低い単球の増殖が高まること、さらにこの細胞は炎症を抑えるIL10を分泌することを発見する。

また、骨髄造血細胞を新しくラベルしたあと、血液を注入して炎症を起こす実験を行い、なんと骨髄のLy6-low細胞はマウスの脳に浸潤し、そこでIL-10を分泌するマクロファージに分化することを明らかにしている。ただ、脳組織の検討が行われていないため、この細胞が実際に炎症を抑えているかどうかは確認できていない。すなわち、IL-10を分泌しているから炎症は抑えるのだろうという話になる。

あとは、なぜ脳への自己血の注入が骨髄に働きかけ、その結果Ly6-low細胞が作られるのかという問題について幾つかの実験を行い、以下の結果を得ている。

  • まず脳に血液が注入されるとおそらくアドレナリン作動性神経を介してノルアドレナリンが骨髄で分泌され、それを受けたβ3アドレナリン受容体を介して造血が誘導され、さらにLy6-low細胞が増殖する。
  • β3アドレナリン受容体シグナルは造血細胞のCd42 を誘導し、このG共役型受容体シグナルを介して、造血幹細胞からLy6-low細胞への分化が促進される。
  • マウスモデルで、β3アドレナリン受容体を特異的に活性化すると、出血による脳の障害が軽減する。
  • また、IL-3を投与して、骨髄でのGM前駆細胞の増殖を高めることでも、脳の炎症を抑えることができる。

などを明らかにしている。白血球がTregの様に炎症を抑えるというのは美しい話だし、荒唐無稽というわけではないが、できすぎた気もする。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月19日 サイクリンDの分解機構 (4月14日 Nature オンライン発表論文3編)

2021年4月19日
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昨日紹介した梅森論文のシナプス剪定もそうだが、とっくにわかっていると思い込んでいるだけで、分子メカニズムが明らかになっていなかった重要な過程は多く存在する。今日紹介する論文もその典型で、タイトルを見たとき、「え!こんなことがわかっていなかったの」と唸ってしまった。なんと、細胞周期のG1期からS期への移行に関わるG1サイクリン、CycDの分解に関わるユビキチンリガーゼを発見したという論文が3編も4月14日Natureにオンライン掲載された。

CycDは、G1期に誘導されS期まで一定レベルを維持し、分裂期に入ると分解されてしまう。S期、G2期、分裂期と別々に発現が上下するCycE, CycA, CycBと違い、各時期で発現が維持されてはいるが、必ず分解されてしまう。この分解にはユビキチンリガーゼとたんぱく質分解酵素が関わることがわかっていたが、最初のユビキチン化を誘導する分子が何か決まっていなかったらしい。

今日紹介する論文は、このユビキチン化にAMBRA1分子が関わるという話で、結論は同じでも、違う角度から取り組んできたグループが同時に発表している。

最初の論文はデンマーク・ガンセンターを中心にしたグループで、もともとAMBRA1の機能に興味を持ち、AMBRA1のノックアウトマウス解析を行う過程で、 AMBRA1がCycDと結合して分解を調節していること発見している。

次の、ニューヨーク大学からの論文は、逆にCycDの分解に関わる分子を様々な方法でスクリーニングする過程でAMBRA1を発見している。

そして、最後のスタンフォード大学からの論文は、乳ガンなどに広く使われる様になったCDK4/6(CycDを活性化するキナーゼ)阻害剤抵抗性が誘導される過程に関わる分子を探索する中で、AMBRA1がCycDのユビキチン化に関わることを発見している。

別々に紹介するのは馬鹿げているので、これらの論文からAMBRA1について重要な点をピックアップしておく。

  • AMBRA1はリン酸化されたCycDをユビキチン化する唯一のE3ユビキチンリガーゼ・アダプター。
  • AMBRA1が欠損すると、CycDの分解が起こらず、その結果としてRBのリン酸化が続いて、細胞周期の抑制が効かなくなる。
  • その結果、AMBRA1が欠損すると、細胞増殖の制御が効かなくなり、巨脳症などの様々な異常が起こる。
  • 増殖が高まることで、ミスマッチ修復のためのチェックポイント制御が効かなくなり、細胞死が起こる。
  • AMBRA1はCycDを分解することで、RB1を介して一種のがん抑制遺伝子として働いている。実際、多くのガンでこの分子の発現が低いと予後が悪い。
  • 現在使われているCDK4/6阻害剤の効果がAMBRA1発現低下により失われる。これは、CycDの量が増えることで阻害剤が効きにくいこともあるが、CDK4の代わりにCDK2と結合して機能を発揮するためで、実際CycDとCDK2の結合を阻害すると、CDK4/6阻害剤の効果が復活する

以上が結果で、発生やガンを理解する上で重要な分子が今まで発見されなかったこと、そしてほぼ同時に三方からAMBRA1のCycDユビキチンリガーゼ活性が発見されたのに驚いた。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月18日 シナプス剪定に関わるシグナルの解明(4月21日号 Neuron 掲載論文)

2021年4月18日
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内的、外的なシグナルに合わせてシナプスを再調整する神経可塑性こそが、我々の感覚システムの最も重要な特徴で、この背景にシナプス剪定と呼ばれる、シグナルを受けないシナプスを除去し、シグナルを受けたシナプスを分子的、構造的に高める過程が存在することが知られている。私の様な門外漢でも、このときシナプスが大きくなり接着面が高まる機構についてはある程度理解していたが、よく考えてみると、選定される側の神経は競争に負けたから当たり前だろうと考えていた。

今日紹介するハーバード大学、梅森さんからの論文は、シグナルが入らなかった剪定される側のシナプスの除去が、JAK2依存的なシグナルによるアクティブな過程であることを示した研究で、これまでほとんど研究が進んでいないシナプス除去についての研究に道を開くとともに、神経可塑性とその異常について頭の整理をつけてくれる力作だと思う。タイトルは「An activity-dependent determinant of synapse elimination in the mammalian brain (哺乳動物の脳で起こっている神経活動依存的シナプス除去)」だ。

従来の過疎性の研究にシグナルバイオロジーが統合された、実に多くの実験に基づくダイナミックな研究だが、基本はシナプス同士が競合している状況で、シグナルの入った方は、連結相手に働きかけ、残りのシナプスを除去するシグナルを送り、このシグナルにJAK2が必須であるという発見に尽きる。

まず驚いたのが、神経可塑性を調べる方法だ。通常、視覚などのインプットを操作して、その結果起こるシナプス結合を見るのだが、梅森さんたちは脳梁を通って対側の皮質と結合する脳梁神経繊維を胎児期にラベルし、繊維の数が脳の成熟に伴うシナプス剪定により変化する、まさに自然に起こる可塑性過程全体を可視化して調べている。当然最初にラベルされた神経繊維は生後の発達でシナプス数が減るのだが、このときシナプスのシグナルを破傷風トキシンを導入して抑制すると、繊維数が減らないことを明らかにする。しかも、こうして見られる除去は脳全体の活動が抑えられると、除去はみられないことから、シナプスシグナルが入ったときに、入っていない側の線維に起こることを明らかにしている。

そして、このときシグナルの抑えられた神経繊維でJAK2が上昇しており、JAK2を様々な方法でブロックすると、シナプス除去が起こらないことを示している。また、シナプスシグナルに関わらず、JAK2が活性化されるだけで、シナプス除去が起こることを示して、この過程のシグナル伝達にはJAK2が必要十分であることを明らかにしている。

あとは、このシナリオを完璧にするため、神経科学とシグナル科学を組み合わせた、実に多くの実験を行っており、実験自体も工夫に満ちたものだが、詳細は割愛する。是非若い研究者には自分の目で当たって欲しいと思う。この様な実験を基礎に、

  • 脳梁皮質神経だけでなく、視覚の成長過程でも、JAK2依存的なシナプス消去が起こっている。
  • JAK2の下流のシグナルは、炎症にも関わるSTAT1が中心(1型インターフェロンによる炎症に似ているのは面白い)
  • 一つの樹状突起に存在するシナプスは、一つのシナプスが活性化されたときだけに、他のシナプスを除去するシグナルが入り、シナプス自体が活性化されないと、除去は起こらない。すなわち、まだわからないシグナルがポストシナプス繊維からシナプスへ伝達され、JAK2を介してシナプス除去を行う。

と結論している。

ディスカッションでは、何がシナプスを除去する指令なのかが議論されており、一つの可能性としてClass1MHCとPirBの関与という、免疫抑制機構に言及しているが、わざわざ書くからにはよほど自信があるのではと期待する。もしこれが示されれば、ずいぶん昔カーラ・シャツが発表した、発生初期の可塑性にMHCが関与するという話も解ける気がする。詳しく紹介できなかったのが残念なぐらい、勉強できたという実感がある論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月17日 洞窟の土からネアンデルタール人DNAを回収して、洞窟内での人類史を探る(4月21日号 Science 掲載論文)

2021年4月17日
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忘れもしない2017年、古代DNAは骨から採取するものと思っていた私にとって、驚くべき論文が、古代人の骨から採取したDNA研究で先頭を走るライプチヒ・マックスプランク進化人類学研究所から発表された。なんと、土からDNAを回収して、その中から古代生物のミトコンドリアDNAだけを、化学変性を指標に選ぶことで、そこに生きていたネアンデルタール人を含む、多くの動物の存在を特定したという研究だ(https://aasj.jp/news/watch/6788)。

土に還るというと、骨によるバリアーがなくなるため、例えば雨水などで急速に拡散するように思えるが、この研究によると鉱物に守られるおかげで同じ地層に止まることができ、その時代に生きた生物を調べることができるようだ。

今日紹介するのも同じグループからの論文で、4年を経てついに、石器からネアンデルタール人が住んでいたことがわかる洞窟の土からDNAを回収し、洞窟の住人の歴史について推察しようとする研究で4月15日号Scienceに掲載された。ロマンチックなタイトルで「Unearthing Neanderthal population history using nuclear and mitochondrial DNA from cave sediments (洞窟内の沈殿物から回収される核DNA及びミトコンドリアDNAを用いてネアンデルタール人集団の歴史を発掘する)」だ。

この研究では、骨も石器も出土している有名なデニソーワ洞窟、骨が全く見つかっていないEstatuas洞窟、そして1個だけ発見されているChagyrskaya洞窟を選び、様々な有機物が沈殿している様々な層からDNAを抽出し、その中から人類のDNAをハイブリダイゼーションで精製し、そこからDNAの変性の仕方を指標に古代DNAを選択、短い断片のライブラリーを作成している。はっきり言って、あらゆる種類、あらゆる時代の生物が集まったDNAの中から、古代人のDNAを拾い出してくる作業なので、まさに大海の中で針を探すような作業が繰り返されている。これだけで感動してしまうが、努力は報われ、古代人DNAのライブラリーを作ることができた。

もちろんこれだけでネアンデルタール人のDNAとするにはまだまだ不十分で、配列解析から人類以外のDNAを排除していく途方もない作業を行なっている。重要なことは、すでに完全なネアンデルタール人のゲノム解析があるからこそ、土から回収された断片が、本当にネアンデルタール人のものかを判断できる。まさに、骨から初めて、次に土へと範囲を広げることが可能になる。

驚くのは、ミトコンドリアDNA(mtDNA)だけでなく、核内DNA(nDNA)もライブラリーを作成できることだ。

もちろん土に残るDNA断片なので、何人の持ち主から由来するのかを判断するのは簡単ではない。しかし、ミトコンドリアと断片の中のX染色体由来断片の割合を参考にして、なんと場所によっては完全に1人に由来するという断片を採取できている。ただ、基本的には様々な人から由来する断片の集まりになる。

このような複数人から由来する断片を用いて、この研究ではこれまで知られているネアンデルタール人ゲノムとの比較を行い、その洞窟に住むネアンデルタール人の由来を調べている。ただ、論文はまだまだ試行段階といえ、解析に必要なインフォーマティックスを開発したりテストしたりしているといった感じになっている。

それでも骨が全く残っていないEstatuas洞窟では13万年前に起こったネアンデルタール人の分散、及び10万年前の分散の歴史が残っており、異なるネアンデルタール人によって使われたことが明らかになった。

結果は以上だが、これからもっと面白いことがわかるぞという期待が湧いてくる論文だ。今後もなんとか骨を見つけ、完全なゲノムを増やすことが重要だが、点を面へと広げる意味で、このような研究の重要性は計り知れない。

しかしこの研究所での日常がどんなものか是非知りたいと思うし、多くの若い日本人研究者も、ここに参加して新しい人類学、古生物学を学んでほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月16日ドゥシャンヌ型筋ジストロフィーの進行を抑える(4月7日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年4月16日
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ドゥシャンヌ型筋ジストロフィーは筋繊維と膜外の細胞骨格を結合している分子複合体の中核になるディストロフィン遺伝子の変異により、筋肉線維と細胞膜が障害されることで、筋肉が進行的に変性する病気だ。私が卒業したての頃は、若くしてなくなる疾患だったが、最近は呼吸管理もしっかりできるようになり、生存期間は伸びている。それでも、横隔膜筋肉や、心筋に病気が進展するため、寿命は短い。現在、一部の変異には、エクソンを飛ばす遺伝子治療や筋肉幹細胞移植が期待されているが、まだ開発段階といっていい。

今日紹介するスイス・ローザンヌにあるEPFLからの論文は、ドゥシャンヌ型の筋ジストロフィー(DM)ではミトコンドリアを分解して新陳代謝を高めるオートファジーが低下しており、これを抑えるウロリチンにより病気の進行を遅らせられることをモデル動物で示した研究で4月7日号Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Urolithin A improves muscle function by inducing mitophagy in muscular dystrophy(ウロリチンAは筋ジストロフィーのマイトファジーを誘導して筋肉機能を改善する)」だ。

この論文では、DMの発症後、あるいは発症前の患者さんの筋肉の遺伝子発現を調べると、ミトコンドリアを分解して再生するプロセス、マイトファジーに関わる分子セットが低下していることの発見から始まっている。外野からDMを見ると、どうしてもディストロフィン遺伝子自体に目がいって、背景にある筋肉が変性する細胞学的過程を忘れてしまいがちだが、それでもなぜこのようなことがこれまでわからなかったのかと不思議に思えるほど納得の現象だ。しかも、発症前の筋肉でも見られることから、ジストロフィンの変異により、DMでは初期からマイトファジーの低下が見られることになる。

幸い、マイトファジーを活性化する天然成分ウロリチンA(UA)が、人間に投与すると老化した筋肉のミトコンドリア活性を高めることを、同じグループはNature Metabolismに発表している(Nature Metabolism, VOL 1 , JUNE 2019,595–603 )に発表しており、早速この薬剤をDMモデル動物で試している。

最初に線虫を用いてUAが確かにマイトファジーを活性化し、ジストロフィン欠損線虫の筋肉機能を改善することを確認した後、モデルマウスにUAを投与する実験を行い、PINK1などのマイトファジー分子のレベルが高まり、ミトコンドリアの数が増え、代謝活性が高まり、細胞学的にも生理学的にも、筋肉が活性化されることを明らかにした。

重要なのは、治療により筋肉幹細胞も正常化し、細胞のリニューアルも高まる点で、ミトコンドリア機能改善を通した筋肉自体の機能改善と、細胞のリニューアルの両方を通してDMを改善できることを示している。

最後に、人間のDMにより近いと考えられるジストロフィンとutrophinの両方の分子がノックアウトされたマウスにUA投与実験を行い、25%程度ではあるが、寿命の改善も見られることを示している。

もともとウロリチンAは植物の持つタンニンの一種から腸内細菌により合成される分子で、このグループによりヒトにも投与する研究が行われており、利用へのハードルは低いと思う。ただ、病気の性格上、長期効果を調べる必要があるとすると、実用化までの時間は長くかかることになる。サロゲートマーカーをうまく使うなど、治験の仕組みも見直す必要がある気がするが、思いがけない朗報の気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月15日 慢性的低栄養を改善する補助食の臨床治験(4月7日 The New England Journal of Medicine 掲載論文)

2021年4月15日
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ワシントン大学のJ.Gordonさんの研究室は、細菌叢と代謝栄養の関係の研究で世界をリードする研究を続けており、このHPでも何度も紹介した。一番印象に残っているのは、一卵性双生児で同じ家庭に育ちながら、片方だけが肥満というペアを見つけ出して、マウスに便移植を行うと、肥満の方からの便を移植されたマウスは肥満になったという論文だった(https://aasj.jp/news/watch/424)。よくまあこんなペアを探し出したと思うが、遺伝背景を含め科学で条件を揃えることの重要性をしっかり意識させてくれる研究だった。

Gordonさんの論文を読んできて感動するのは、開発途上国の低栄養児を、腸内細菌叢の科学を通して救うことが臨床的ゴールとしてはっきりしている点だ。その意味で、今日紹介する論文は、このゴールの到達点、すなわち開発途上国の低栄養を改善できる補助食についての治験研究で4月7日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「A Microbiota-Directed Food Intervention for Undernourished Children(腸内細菌叢を標的にした食品による低栄養児の治療)」だ。

この研究で治験が行われた補助食MDCF-2の開発については、すでにこのHPで紹介しているので(https://aasj.jp/news/watch/10582)詳細は避けるが、無菌マウスや無菌ブタを用いた細菌叢に対するプレバイオの前臨床実験と、第1相の臨床試験の結果開発された補助食だ。重要なのは、バングラデッシュで独自開発できるよう最初から開発を進めている点で、論文を読むだけでバングラデッシュの子供を科学で救いたいという気持ちが強く伝わる論文だった。

今日紹介する論文は、いよいよ第3相臨床試験で、12ヶ月、18ヶ月齢の、慢性的低栄養にさらされているバングラデッシュの小児を無作為化して、一方には一般的な補助食、他方にはMDCF-2を、それぞれ3ヶ月、日常の食事とともに摂取させ、体重などを比較している。

結果は明瞭で、WHOなど小児の成長指標に用いられる身長体重比や身長年齢比で比べると、MDCF-2摂取群の成長率は高い。示されたグラフを見ると、補助食を摂取している期間、MDCF-2摂取群とコントロールの差は明瞭だ。

バングラデッシュの国情から、一人一人に詳しい代謝検査とはいかないので、補助食の影響を確かめるため、採血して血中に存在する5000種類近くのタンパク質についてのプロテオーム解析を行うとともに、便の細菌叢を調べている。この結果、タンパク質の解析から骨格と脳の発達に関わるタンパク質が明確に上昇し、炎症に関わるタンパク質が抑えられていることがわかった。詳しくは述べないが、これまでの研究で健康なバングラデッシュの子供に多い細菌種が補助食により高まっていることがわかっている。

重要なのは、この補助食の目的は決してカロリーなどのマクロニュートリエントを直接改善するのではなく、高々25gぐらいの補助食を用いて細菌叢を変化させ、慢性的低栄養を改善しようとした点だ。まさにプレバイオで細菌叢を期待する方向へ育てることが確かにできることを明確に示した。まさにGordonさんの研究が結実したという実感を得られる。

今わが国メディアではプロバイオやプレバイオの宣伝で満ち溢れているが、このような状況を見れば見るほど、これまでの研究も含めGordon さんの業績を振り返ってみることの重要性がわかる。ともかく感動した。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月14日 QSER1:Bivalentプロモーターのメチル化制御の鍵になる分子(4月9日号 Science 掲載論文)

2021年4月14日
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最近はあまり聞かなくなったが、ES細胞やiPS細胞の多能性や分化についての論文が賑わっていた頃、Bivalent promoterとかBivalent genomeという概念が生まれた。

E.Bernsteinによって提唱された言葉で、ES細胞のヒストン修飾を調べると、転写抑制型のH3K27meと転写促進型のH3K4meが同時に存在している領域を指している。その後の研究で、一つの領域に2種類のヒストン修飾が存在していることも証明されている。強くDNAメチル化されている領域に挟まれた谷のように存在するメチル化されていない領域という意味でDNA methylation valles (DMV)とも呼ばれており、多能性を維持するために分化を抑制しながら、分化シグナルにすぐ反応するための巧妙な仕組みだと考えられている。

今日紹介するコーネル大学からの論文はこのDMVに焦点を当て、bivalent genomeでDNAメチル化が抑えられるのに関わる鍵となる分子QSER1を発見し、その機能を明らかにしたという、重要な研究で4月9日号のScienceに掲載された。タイトルは「QSER1 protects DNA methylation valleys from de novo methylation(QSER1はDNA methylation valleysが新たにメチル化されるのを防いでいる)」だ。

この研究ではbivalent promoterの代表として様々な発生過程に関わるPax6のプロモーターを用い、ヒトES細胞でのこのプロモーターの活性を変化させる分子のスクリーニングを、CRISPRによるノックアウトシステムを用いて行い、レポーター遺伝子発現が低下することがわかった分子リストの中のQSER1に着目し、この分子とbivalent promoterとの関係について研究を進めている。

Bivalent promoterの遺伝子発現が抑制されるということは、この領域がメチル化されてしまうことが想像される。そこでQSER1ノックアウトを行うと、期待通DMVとして知られるbivalent genome領域のほとんどが特異的にメチル化されることを確認している。すなわち、QSER1がbivalent genomeのメチル化をブロックする分子であることがわかった。

DNAメチル化の抑制には、新たにメチル化を行うDNMT3などの酵素をこの領域から除外するとともに、メチル化を外すTET1などと協調する必要がある。そこで、QSER1とTET1の関係を中心に研究を進めている。実験は、ゲノム全体のクロマチン構造と、bivalent部位に集まる分子を詳細に検討することで行われており、詳細は省いて結果だけを箇条書きにする。ただ重要な論文なので、多能性や、細胞分化を研究する人には是非自分で原著をあたって欲しいと思う。

結果だが、

  • QSER1とTET1それぞれのノックアウトではオーバーラップしたDNAメチル化領域が上昇するるが、QSER1ノックアウトの方がよりDMV特異的なメチル化が見られる。
  • QSER1はより大きなDMV領域のメチル化阻止に関わっている(メカニズムは不明)。
  • これらの領域にQSER1、TET1は結合しており、逆に新たなメチル化に関わるDNMT3はこの領域から排除されている。
  • QSER1,TET1それぞれ、あるいは両方をノックアウトしても、ES細胞の多能性の維持には大きな影響はない。しかし、embryoid bodyを形成させて自発的分化を誘導すると、分化の効率が低下する。

最終的には、なぜ大きなDMVにQSER1が選択的に働くのかなど、わからない部分も多いが、bivalent genomeに結合する分子が特定できたことで、またこの分野が進むと思う。

これまでbivalent promoterというと、多能性幹細胞の研究と同義語だったが、ガンで同じようなbivalent genomeがリプログラムされてくることが明らかになっており、俄然注目が集まってきた。この分子がわかったことで、ガンにおけるエピジェネティックリプログラミングの理解も進むと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ
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