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12月5日 ワクチン開発に必須のアジュバント研究(12月3日号 Science Immunology 掲載論文)

2021年12月5日
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Covid-19に対する様々なワクチンが開発され、またその効果も明らかになってきているが、背景にある科学を調べてみると、結局はその成功は科学的研究力の差であることがよくわかる。

今回のパンデミックでは、脂肪ナノ粒子に封入したmRNAワクチンが最も輝かしい成功を収めたが、これはmRNAの持つアジュバント活性を、修飾した核酸で至適に調節できたこと、利用された脂肪粒子がリンパ節に速やかに移行し、樹状細胞に取り込まれてそこで抗原が合成されたことが大きな要因ではないかと思う。例えばウイルスベクターでは、このような性質を調節することは無理とは言わないまでも、簡単ではないだろう。

一方で、自然免疫系をコントロールし、強い免疫反応を誘導するためのテクノロジーはかなり進んでいる。これを利用して、スパイクなどのタンパク質抗原を用いたワクチンがノババックスのワクチンだと思う。このワクチンの構成を見て欲しいが(https://www.allfunctionalhealth.com/blog/vaccine-update-and-novavax)、スパイクに変異を導入した安定化させた抗原が、サポニンをベースとするケージ様の粒子Matrix-Mにまとめられている。 これは初めて認可されたサポニンベースのワクチンのようだ。

一方、パンデミックが始まったばかりの時期に中国から発表された組み替えタンパク質ワクチンが利用していたのは英国GSKの開発したTLR4を刺激するMPLAと呼ばれるアジュバントだったと記憶している(これは成功しなかったようだが)。

今日紹介するMITからの論文は、ノババックスと同様のサポニンベースのナノケージとGSKが開発した MPLAを合体させたSMNPが、これまでのアジュバントと比べると強い免疫誘導効果があること、そしてそのメカニズムについて調べた研究で12月3日Science Immunologyに掲載された。タイトルは「A particulate saponin/TLR agonist vaccine adjuvant alters lymph flow and modulates adaptive immunity (粒子状サポニン/TLRアゴニストワクチンアジュバントはリンパ流を変化させ獲得免疫を高める)」だ。

結果を箇条書きにすると、

1)自然免疫刺激能力は、MPLAをサポニン粒子に合体させたSMNPが一番高い。

2)さらに、IgG1 抗体産生能も、サポニン粒子だけ、あるいはGSKのMPLA単独より10倍高い誘導能力がある。

3)濾胞T細胞の強い活性化を誘導する。

4)リンパ節に直接SMNPを注射する実験から、このアジュバント構造がマクロファージ数を減少させることで、タンパク抗原がそのままB細胞にアクセスすることを可能にし、早いB細胞反応が起こる。

5)このようにマクロファージ数が低下した状況でもT細胞刺激に必要な抗原処理細胞は必要十分量存在し、SMNPでは強くIL21が誘導されることと合わさって、より強い濾胞T細胞刺激が可能になっている。

6)SMNPを皮下注射すると、マスト細胞を刺激し、おそらく遊離されるヒスタミンなどでリンパ流が上昇し、その結果SMNP ワクチンのほとんどが、所属リンパ組織に取り込まれ、注射部位には残らない。

以上が結果で、特に6番目の結果は驚く。すなわち、皮下注射でもほとんどのワクチンを所属リンパ節に届けることが出来、リンパ節ではマクロファージの数を減らすことで、T細胞に対するペプチド処理は残したまま、抗原特異的B細胞を高率に直接刺激できるという優れものだ。

コロナに限らず、今後様々なワクチンが必要とされるとき、より免疫を自由にコントロールするという意味では、このような技術の開発は重要だ。我が国も新しいワクチン研究に投資をするようだが、投資側も必要な科学を見極めて研究を選ぶ必要がある。今のAMEDにその能力があるのか、お手並み拝見と言うところだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月4日 ES細胞を用いた1型糖尿病細胞治療臨床研究(12月2日号 Cell Stem Cell 掲載論文)

2021年12月4日
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私が全ての公職を辞したのは2013年で、当時プログラムディレクターを務めていた再生医療実現プロジェクト、特にiPSを臨床に使うという道筋がついたことで、安心してやめる気持ちになれた。有効かどうかは別として、その後黄斑変性を皮切りに、パーキンソン病、心不全、角膜など期待通り臨床応用が実現しているのは、予想以上だったと思っている。

実現化プロジェクトを文科省の石井さんと始めたのは、iPSから分化した細胞を作るという基礎研究と、臨床応用の間には、臨床応用に必要な工夫、安全性、倫理など大きな壁が立ちはだかっており、分化した細胞の純度や機能などの優劣を競うだけの研究、すなわち研究のための研究だけではらちが明かないと考えたからだ。従って、最初選んだ研究者たちには、論文業績は問わないから、臨床研究までのハードルを全てクリアーするために力を注いで欲しいとお願いした。

これらの成功を見ていると、やはり臨床に向けての様々な連携がないと、この分野で高い競争力を維持することが難しいことがわかる。この点から言うと、私がやめる前後はまだいい線をいっていた膵臓β細胞を多能性幹細胞(PSC)から調整する研究は、現在、低迷しているように思う。やめた後、日本IDDMネットワークとのお付き合いが増えて、研究助成申請書も見る機会があるが、はっきり言って細胞移植治療推進という観点からは研究のための研究で終わっているように思う。

そんな折、今日紹介するカナダ、アルバータ大学やブリティッシュコロンビア大学とViaCyte社から発表されたPSC由来細胞を用いた1型糖尿病の治療治験についての2編の論文は、β細胞治療もここまで来たかという感慨が深い論文であるとともに、我が国での研究は、よほどの大発見があるか、あるいは臨床中心に再編しない限り、世界からますます遅れていくという印象を深くした。Cell Stem Cell に発表された論文は2編あるが、ここでは2編目の論文のみ紹介する。タイトルは「Implanted pluripotent stem-cell-derived pancreatic endoderm cells secrete glucose-responsive Cpeptide in patients with type 1 diabetes (移植した多能性幹細胞由来膵臓内胚葉細胞はブドウ糖に反応してCペプチドを一型糖尿病患者さんで分泌する)」だ。

まずこの分野を歴史的に見ておこう。ES細胞から膵臓細胞培養法というと、D’Amourたちの2005年の仕事が際だっており、この仕事を知ったとき、細胞の大量生産とコストを考えながら研究することの重要性を思い知った。この時点で、我が国の研究は大きく遅れをとってしまった。

一刻も早く臨床へと言う彼らの意図がわかるのは、このプロトコルからβ細胞は作れるが、効率とコストを考え、あえてβ細胞にこだわらず、身体の中でβ細胞へ分化したら良いと割り切り、実際の臨床応用には途中段階のPancreatic endoderm(PE)を使うよう方向転換したことだ。

この結果ViaCyteというベンチャー企業がPE細胞をカプセルの中に詰め込んで治験を行い、C-ペプチドの分泌を確認したのが2018年だ。ただ、この方法は完全に移植細胞をホストから守ろうとして、逆に異物反応を誘導しうまくいかなかったようだ(というのも2018年学会発表以降論文が出ていない)。

これに対し、ViaCyteは、完全に細胞を隔離するのではなく、ホスト側の血管も入ってこれるカプセルを開発した。この論文では、このカプセルに2-5億個のPE細胞を詰め込み、この治験では15人に移植している。その後、C-ペプチドの分泌を中心に、様々なパラメータを調べるとともに、最後はカプセルの一部または全部を取り出し、組織学的に検討している。

結果だが、

  1. 血管が入ってくるカプセルなので、免疫細胞の浸潤も有り、免疫抑制剤を持続的に使う必要があるが、このカプセル自体の有害事象はほとんどなく、多くの患者さんが、1年以上カプセルを移植されたまま過ごせた。
  2. 一番重要なのは、移植前はCペプチド(プロインシュリンからインシュリンが切り出された残り)が存在しない患者さんで、移植後4ヶ月ぐらいから血中のCペプチドが検出されるようになっている点で、ばらつきは多いが、ともかく全例で見られている。すなわち、移植した細胞がβ細胞へ分化して働いた。
  3. 完全にインシュリンから離脱できた例は1例だけだが、必要なインシュリン量が2割減ると同時に、低血糖発作は劇的に低下、また低血糖の自覚が明瞭になってきた。
  4. 移植した細胞は食事に反応してCペプチドを分泌する。
  5. 末梢血での抑制性T細胞の数が増えてきている。
  6. 組織学的に、ホストの血管が侵入し、β細胞の分化がカプセル内で起こっている。
  7. ただ、この方法ではβ細胞より、α細胞への分化が強く誘導されるので、今後の改善点になる。

が重要なものだろう。

いずれにせよ、多能性細胞から誘導した膵臓内胚葉移植で論文として現れたのはこれが最初だと思う。最初の論文には、エドモントンプロトコルで有名なアルバータ大学も入っており、21世紀に入って進んできた基礎研究が、材料工学、臨床医などの協力で一つにまとまった成果だと思っている。

私がプログラムディレクターをしていたときからすでに10年がたつが、現在もβ細胞分化プロジェクトに関わる我が国の研究者は、この総合性をいかにして日本で実現するのか具体的な提案をまず示すべきで、個別にこれまでの研究をただ続ければいいという話でないと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月3日 1型糖尿病を誘導するキラー幹細胞(11月30日 Nature オンライン掲載論文)

2021年12月3日
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木曜日から金曜日はNatureとScienceのウェッブサイトがアップデートされるので、今週はどんな話に出会えるかといつも楽しみだ。トップジャーナルにこだわるのはナンセンスとわかっていても、確かに面白いと思える論文に当たる確率は多い。名の通ったワイナリーにも裏切られることも多く、また名もないワイナリーにおいしいワインがあるのはわかっていても、高くても名の通ったワイナリーを買うと、高い確率で満足できるのと同じだろう。もちろん生産者(研究者)も、トップジャーナルなど気にしないよほどの実力者は別として(友人の月田さんがそうだったが)、なんとかトップジャーナルに論文を掲載したいと望んで、研究をしていると思う。かくいう私のラボでも、Natureなどのトップジャーナルにアクセプトされると上等のワインを開けた。

今日紹介するスローンケッタリング・ガンセンターからの論文も、トップジャーナルを読む期待を満足させてくれる論文の例で、1型糖尿病でβ細胞を傷害するキラーT細胞の細胞動態を解明し、自己免疫成立過程理解に新しい可能性を開いた面白い研究で、11月30日Natureにオンライン出版された。タイトルは「An autoimmune stem-like CD8 T cell population drives type 1 diabetes(自己免疫活性を持つ幹細胞様のCD8T細胞集団が1型糖尿病の原因)」だ。

極めて真面目な研究だ。誰もが利用している1型糖尿病モデルマウスNODで糖尿病が発症するまで、自己抗原として知られているIslet specific glucose-6-phosphatase catalytic subunit related protein:IGRP)由来ペプチド反応性のT細胞を、ペプチドとMHCが結合した抗原で染め、病気の進行とともに膵臓支配リンパ節と膵臓に現れる抗原特異的T細胞を丹念に追跡している。

驚くことに、病気が進むと特異的CD8T細胞の数はリンパ節内T細胞の2割にも及ぶようになる。そしてこの抗原特異的T細胞がTCF1と呼ばれるT細胞自己再生に関わる転写因子発現で、TCF-highと-lowに分けられること、リンパ節には両方存在するが、膵臓内にはTCF1-lowしか存在しないことを発見する。

Single cell RNA seqを用いた細胞分化過程の解析から、抗原特異的T細胞分化は、リンパ節のTCF1-highから、TCF1-lowへ、そして膵臓のTCF1-low細胞へと分化することを確認している。

面白いことに、同じ抗原をリステリア菌に発現させ、感染を模した実験系で誘導された抗原特異的T細胞では、同じようなリンパ組織のメモリー細胞を誘導できないことから、この現象は膵臓β細胞に対する自己免疫反応に特徴といえる(この辺の実験はかなりプロフェッショナルを感じさせる)。

Single cell転写解析から、一般的な幹細胞の自己再生に働くWntシグナルがTCF1-hig細胞でも強く効いていることから、血液幹細胞と同じように、TCF1-highから、分化したTCF1-lowへの階層性が確立しており、自己再生能力が分化に応じて低下すると考え、この可能性をそれぞれのポピュレーションの移植実験で調べている。

期待通りと言うべきか、細胞移植により糖尿病を誘導できるのはTCF1-highの幹細胞だけで、分化した細胞では一時的な細胞障害は起こっても長続きしない。さらに、このCD8T幹細胞は、血液幹細胞と同じで、1次ホスト、2次ホストと継代することが可能であることを明らかにしている。

そして、転写解析から幹細胞がリンパ節内で自己再生しつつ分化すると、様々な細胞移動に関わる分子が発現し、膵臓に移行し細胞障害性を発揮することがわかる。

結果は以上で、幹細胞から分化、そして細胞移動、最後に細胞障害と美しいまでのキラーT細胞の階層性に裏付けられて、1型糖尿病が成立していることがよくわかった。

ここまで来ると、なぜリンパ節で自己再生が維持できるのかについて解明して欲しいと思う。これがわかると、幹細胞レベルで自己免疫の成立を抑えることが可能になる。さすがトップジャーナルと思わせる、納得満足の論文だった。今度1型糖尿病ネットワークの人たちと勉強会をするので、是非知らせてあげたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月2日 自閉症スペクトラムと腸内細菌叢:原因か結果か?(11月24日号 Cell 掲載論文)

2021年12月2日
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このHPでも自閉症スペクトラム(ASD)の症状に腸内細菌叢が関与していることを示唆する論文を何回も紹介している。もともとASDでは便通異常や食習慣の違いなどが指摘されていることから、ASDと腸内細菌叢に何らかの相関があってもいいとは思うが、例えば今年3月紹介したベーラー大学から発表された論文は、ASD児の便移植により同じ症状がマウスに移せるという驚くべき結果を報告し、細菌叢の変化自体がASD症状の原因であると結論している(https://aasj.jp/news/watch/15247)。

こんな論文を見ると、細菌叢が原因かと考えてしまうが、この現象を生み出したあらゆる可能性を検討し直し、結論が正しいか調べ続けることが科学の責務で、特にASD児への便移植治療が行われていることを考えると(https://aasj.jp/news/watch/10036)、細菌叢の変化が原因か結果か慎重に見極める必要がある。

今日紹介するオーストラリア・クイーンズランド大学からの論文は、ASDと細菌叢といった単純な相関ではなく、細菌叢とASDの示す様々な症状データとの相関を突き詰めていくことで、細菌叢がASD症状の原因になっていることを否定した研究で、11月24日号Cellに掲載されている。タイトルは「Autism-related dietary preferences mediate autism-gut microbiome associations(自閉症に関連する食事の好みが自閉症と腸内細菌叢の相関を媒介している)」だ。

ゲノム研究もそうだが、ビッグデータを元に、病気を調べる手法はどうしても結果がばらつく傾向が出る。従って、これまで示されてきたASDと腸内細菌叢との相関は、新しい目で常に再検討していく必要がある。

この研究ではASD99人、その兄弟姉妹51人、そしてASDではない子供について、便の細菌叢を検査するとともに、体重などの身体データ、ゲノムなどのオミックスデータ、様々な行動、生活習慣データを全て集め、細菌叢がASDのどの性質と相関するかについて詳しく検討している。

さらに、細菌叢の検査も、細菌種のみを特定する16SrRNA解析ではなく、存在するバクテリアの全ゲノム配列を調べるメタゲノム解析を行っている。この論文では、大変なメタゲノム解析データの一部しか利用されていないが(例えば代謝マップなどがわかる)、それでも定量的にもより正確な細菌叢データを用いていると言える。

こうして得られた様々なパラメータ間の相関を比べて、細菌叢とASDとの関わりを追求すると、

  1. 細菌叢の構成と相関を示すのは、正常、ASDを問わず、年齢やBMIだけで、ASD診断は全く相関が見られない。
  2. 個々の細菌種とASDとの相関を調べると、Romboutsia timonensisといくつかの細菌種がリストされるが、これまで報告されているPrevotella, Firmicutesなどは、全く相関が見られない。
  3. メタゲノムから想定される、細菌叢ゲノムの示す様々な機能との相関も全く存在しない。
  4. ASDでは、食事の多様性が強く見られる。この多様性と並行して、細菌叢の多様性が特定できる。すなわち、ASDの子供の中には、肉をあまり食べない、あるいは食が単調になるなどの性質が見られることが多く、このような習慣で細菌叢の多様性が決まる。従って、ASDと弱く相関する細菌叢も、基本的には食習慣や、便通異常の結果と考えられる。

結果は以上で、ASDを単純なグループとして考えてしまうと、行動や食習慣の違いを見落とし、間違った結論に陥る可能性を示唆している。そして、現在進む便移植治療については、より慎重になるよう促している。

外野としては、どちらが正しいのか混乱するが、多くのパラメーターを同時に検討することの重要性はよくわかった。細菌叢と自閉症、原因と結果についての議論はまだまだ続きそうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月1日 スマフォでCovid-19感染の予兆をキャッチする(11月29日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2021年12月1日
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Covid-19第5波真っ盛りの今年の夏、我が国のデパートで高級腕時計の売り上げが急増したというニュースが流れた。リベンジ消費のはなしだが、時を刻む腕時計に、今も多くの人が特別な価値を認めている証拠だと思う。しかし、私も含めて腕時計に特別な思い入れを持たない人間も多くいる。そんな人間が一端Apple Watchなどスマートウォッチに変えると、おそらく普通の時計は買わなくなると思う。特にスマフォと連動しているので便利だ。

医療の面から見ると、スマートウォッチはウエアラブルセンサーとしての機能を備えており、身体活動は言うに及ばず、心拍数から酸素飽和度まで、多くのパラメーターを持続的に測ることができる。特異的な検査でないので、病気の診断には役立たないと思ってしまうが、持続的に計測する威力は絶大で、以前紹介したように、心拍数、運動、体温、皮膚電位の4種類のデータは、多くの血液検査データと相関させられ、体調変化を知るためのセンサーとして使えることが示されている(https://aasj.jp/news/watch/15916)。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、スマートウォッチのこのような機能を用いてCovid-19感染をキャッチできるか調べた研究で11月29日Nature Medicineにオンライン掲載された。タイトルは「Real-time alerting system for COVID-19 and other stress events using wearable data(ウエアラブルデータを用いてCovid-19および他のストレス要因に対するリアルタイムアラートシステム)」だ。

この研究ではApple WatchおよびFitbitのユーザーを対象に、安静時心拍数を基本として、感染などの身体ストレスを検知するアプリケーション、NightSignal(https://github.com/StanfordBioinformatics/wearable-infection)を設計、このデータを対象者が毎日インプットする症状およびCovid-19感染についての情報と相関させ、スマートウォッチによりCovid-19感染がどこまでキャッチできるか調べている。

対象者は3318人で、そのうち84人がCovid-19陽性と診断され、18人は全く症状が見られなかった。さて結果だが、「こんな簡単な指標だけでよくまあ!!」と驚く結果で、なんと症状のでたCovid-19の80%でアラートがでており、無症状者18人のうち14人も、確定診断前後にはっきりとアラートが出ていたことがわかった。

ではいつアラートが出たのかを調べていくと、症状が出た場合は、平均で発症の3日前にアラートが始まっている。もちろん最もアラートが多く出た時期は、発症の日と一致している。一方、無症状者ではほとんどがPCRテストより前にアラートが出ており、診断以後にはアラートがほとんど出ない。

重要なメッセージは以上で、他にも症状の進行や、ワクチンとの相関も調べているが、省いていいだろう。要するに、身体的ストレスは、自覚症状がない場合も捉えることができ、特に感染症でその威力を発揮することが示された。

もちろん、現在のようなCovid-19が流行している段階を除くと、どの感染症にかかっているのかも知りたくなるだろう。この研究でも始めているが、特徴的な症状をインプットすることで、感染症の種類を大まかに診断できるようになると思う。

さらに最近紹介したようにCRISPRを用いて、結果をスマフォで検出するCovid-19検査まで開発されている(https://aasj.jp/news/watch/14464)。すなわち、オンライン診療などと議論している我が国の遙か先を、技術は可能にしつつあると言える。

このような論文に対して、おそらく正確でないとか、心配させるだけだとか、様々な批判が出ると思う。しかし、同じことはcovid-19パンデミックの初期にも多く見られた。今でこそPCRは日常化し、マスクは国民の習慣になったが、最初の頃は、PCRは混乱を招くだけという専門家の批判は多かったし、マスクに至っては、厳密な基準を適用して、意味がないとまで言う人たちまでいた。

しかし、病原体の確定診断なしに医療はないことは当然だし、マスクで一滴でも飛沫が吸収されるのなら、できることは何でもやるという姿勢が重要だと思っている。その意味で、身体に対するストレスが感染アラートとして使えるなら、一人でも早期に気づくという意味で使った方がいい。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月30日 Senolysisでインシュリン感受性を改善できるか?(11月22日 Cell Metabolism 掲載論文)

2021年11月30日
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そろそろ科学ジャーナルでは、今年の10大ニュースを選ぶ作業に入っているはずだ。読んだ論文から自分で選ぶとしたら、沈滞する我が国科学を励ます意味でも、東大医科研の中西さんの、「グルタミンからアンモニアへの代謝を抑えることで老化した細胞を積極的に殺すsenolysisを実現できる。」という論文(https://aasj.jp/news/watch/14787)は入れたいところだ。これまでsenolysisというと、ガンに用いる薬剤を組みあわせることが必須だったが、少なくともマウスレベルで、代謝阻害で同じ効果が得られることを示したのは大きいと思う。

いずれにせよ、senolysisの効果を確かめる研究は広がりを見せている。今日紹介する米国コネチカット州Ucon Health研究所からの論文は、脂肪組織のp21発現の高い細胞を除去することで、インシュリン感受性が高まり、ブドウ糖代謝が改善するという研究で、11月27日Cell Metabolismにオンライン掲載された。タイトルは「Targeting p21 Cip1 highly expressing cells in adipose tissue alleviates insulin resistance in obesity(脂肪組織p21高発現細胞を除去すると肥満によるインシュリン抵抗性を改善できる)」だ。

これまでもsenolysisを用いて代謝を改善する試みが行われてきたが、ほとんどはp16発現細胞を標的にしている。ただ、この研究では脂肪組織に注目し、不思議なことに高脂肪食を与えたマウスの内臓脂肪組織ではp16発現がほとんど見られない一方、同じ細胞老化のマスター遺伝子p21が高発現していることを確認し、p21発現細胞を除去することで、高脂肪食による代謝異常を改善できるか調べている。

結果は期待通りで、耐糖試験およびインシュリン感受性ともに改善が見られる。一方、脂肪量や体重には変化が見られないことから、インシュリン抵抗性だけが改善できたことになる。また、一月ごとにp21発現細胞を除去するだけで代謝改善を維持することができる。

この研究では、老化細胞が有害性を示すシグナルについても検討しており、p21発現細胞でNFkBを阻害すると、senolysisと同じ効果があることも示している。すなわち、老化細胞による自然炎症が代謝異常を引き起こしていることになる。

最後に、ヒト脂肪細胞をマウスに移植して代謝異常を誘導する実験系を確立し、このときダサニチブ+ケルセチンというsenolysis定番治療で、インシュリン感受性を改善させられることも示している。

以上、脂肪組織ではp21が老化誘導の主役であること、細胞老化の問題の一端がNFkBによる炎症誘導であること、そしてヒト脂肪組織移植により、ヒトの細胞老化を調べることができる点などが重要だと思う。

ただ、全体としては少し雑で、最終的に脂肪組織のどの細胞の細胞老化が問題かなどははっきりしないのが問題だと思う。実際インシュリン抵抗性はまだまだ複雑な過程だ。

最後に、p21が強く発現すると、わざわざ細胞を人工的に除去しなくとも、周りのマクロファージに食べられるという論文(https://aasj.jp/news/watch/18217)を紹介したが、この論文との整合性も気になる。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月29日 αシヌクレインによる神経変性のメカニズム:シヌクレインとリソゾームがつながった(11月17日 Neuron オンライン掲載論文)

2021年11月29日
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パーキンソン病(PD)は何らかの原因で黒質ドーパミン神経が細胞死に陥ることで発症する、と書いてしまえば簡単だが、様々な分子が関わる複雑な過程で、すでに多様な遺伝的リスクが特定されつつある。ただ、病気発症の引き金になる何らかの原因として最も注目されているのが、αシヌクレインだ。この分子の合成が上昇する重複変異がPDの遺伝的原因になると言うだけでなく、変異がないケースでもαシヌクレインの蓄積が関わっているのではと考えられている。さらにαシヌクレインが異常沈殿して形成されるのがレビー小体であることがわかり、αシヌクレイン異常蓄積という目で、神経変性疾患を見ることで、PD、レビー小体認知症(LBD)、多系統萎縮症などを統一的に考えることが可能になってきた。

今日紹介するシカゴ・ノースウェスタン大学からの論文はαシヌクレイン(αSNL)遺伝子重複のあるPD患者さんのiPSから誘導したドーパミンニューロンを作成し、αシヌクレイン量が増えることで発生する異常を細胞レベルで解析した研究で11月17日Neuronにオンライン出版された。タイトルは「Rescue of a-synuclein aggregation in Parkinson’s patient neurons by synergistic enhancement of ER proteostasis and protein trafficking (小胞体のタンパク質恒常性維持とタンパク質輸送を高めることで、パーキンソン病でのシヌクレイン凝集を抑えることができる)」だ。

私のような素人でも、αSNLが増えれば小胞体(ER)ストレスが誘導されると連想はできるが、それ以降の話は極めて複雑に調節されているER輸送の話なので、しっかり学ぶことはほとんどなかった。その意味で、専門用語が多いとは言え、この論文は頭の整理には最適だ。ただ、実験の詳細は一般の人にはわかりにくいと思うので、結論のみを箇条書きにして紹介する。

  1. 遺伝的PDの一つにリソゾーム蓄積病の原因遺伝子でβglucocerebrosidase(GCase)をコードするGBA1遺伝子変異が特定されているが、αSNLを過剰発現する患者さん由来ドーパミン神経のERでGCaseが蓄積し、活性が低下している。すなわち、αSNLとGBA1遺伝子がつながった。
  2. αSNLの過剰産生によりCANXやGRP94などのシャペロンと結合すると、GCaseはシャペロンが利用できなくなり、タンパク質の成熟がストップし、その結果GCaseの蓄積と機能低下が起こる。このため、GCzaseがリソゾームで働かず、リソゾーム病と同じ状態が生じる。
  3. 通常ERでタンパク質のうっ滞が生じると、これを感知するUPRシステムが働き、ER輸送が高まる。実際、GBA1変異によるGCaseの蓄積では、これが見られる。しかし、αSNLの蓄積がトリガーになる場合、なぜかUPRシステムが働かず、緊急の処理機能が動員されず、ERが分解する。
  4. 以上のことから、αSNL増加が引き金になるとき、利用できるシャペロンの低下によるERでのタンパク質蓄積、その結果のERストレスが発生だけでなく、ストレスを感知するUPR系が鈍って、処理機能を動員できなくなる2重の問題が発生する。
  5. シャペロン機能を高める薬剤と、GCaseのER輸送を高める薬剤を合わせると、神経内でのGCase蓄積を強く抑えることができる。

なぜαSNL蓄積がUPR感知を抑えるのかは明確ではないが、GPA1変異でわかっていたリソゾーム異常とαSNLが私の頭の中でもようやくつながった。

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11月28日 皮膚幹細胞のエピジェネティックメモリー(11月26日号 Science 掲載論文)

2021年11月28日
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新型コロナウイルス禍の結果、コロナウイルスやワクチンだけでなく、多くの専門的な情報がわかりやすく紹介されたと思っている。エピジェネティックメモリーもその中に含まれている。例えば、感染が深刻になり始めた最初のころ、BCG注射でウイルス感染の進行を抑えられるという研究が一般でも大きく取り上げられたが、自然免疫系の細胞が炎症により教育されるエピジェネティックメモリーに他ならない。

今日紹介するロックフェラー大学のFuchs研究室からの論文は、毛根のケラチノサイト幹細胞が、皮膚の損傷治癒を経験した後、修復後の毛根のない皮膚で上皮型の幹細胞に転換したとき、この複雑な歴史がどのようにエピジェネティックメモリーとして記録されているかを調べた面白い研究で、11月26日号のScienceに掲載された。タイトルは「Stem cells expand potency and alter tissue fitness by accumulating diverse epigenetic memories(幹細胞は分化能力と環境への適応を様々なエピジェネティックメモリーを集めることで達成している)」だ。

単一細胞レベルでエピジェネティックメモリーを解析することは、ATAC-seqやsingle cell RNA seq、さらにはHiCなどのトポロジーアッセイまで、可能になっている。従って、細胞が様々な経験をしてエピジェネティックメモリーを積み重ねることを可能にする実験システムの構築が一番の問題になる。

この研究ではさすが皮膚のことを知り尽くしたFuchsグループならではと思える実験システムが利用されている。実際には、毛根バルジ領域にある幹細胞(HFSC)だけが損傷治癒に関わる皮膚損傷を与え、HFSCが損傷を経験したあと、最終的に上皮型幹細胞(EpSC)に転換する実験系を用いて、各段階でのエピジェネティックな変化を追跡できるようにしている。

この結果、HFSCは、バルジ環境、皮膚損傷環境、EpSC維持環境と順々に経験する。もちろん、それぞれの場所に合わせて遺伝子発現は変化し、その意味でエピジェネティック状態も大きく変化していく。実際、HFSCが最終的にEpSCに転換し、毛根のない皮膚の維持に関わる幹細胞として働くようになると、この機能だけでなく、single cell RNAseqで読み取られる遺伝子発現上では、本来のEpSCと全く変わらなくなる。

しかし、ATAC-seqで染色体構造を調べてみると、HFSCは本来のEpHCとは染色体構造が変化したまま維持されている。すなわちエピジェネティックメモリーが蓄積している。

後はこのエピジェネティックに変化した領域を調べ、元々HFSCとして形成されたメモリー、炎症によって誘導されるメモリー、細胞の移動により誘導されるメモリー、そして新しくEpSCに変化することで形成されたメモリーが、集まっていることを発見する(具体的分子については全て省く)。

そして、この変化が決してATAC-seqによって発見される変化だけではなく、実際の機能でもメモリーとして残っていることを示している。すなわち、新しい損傷に対して迅速に治癒が起こるし、細胞移動のスピードが上昇しているし、さらに普通は毛根の再構成に関われないEpSCと違い、HFSCから転換したEpiSCは、HSFCと同じで毛根形成に関わることができる。

以上が結果で、エピジェネティックメモリーが環境により誘導され、維持されること自体は新しいことではないが、同じことを幹細胞で見事に示したというのは、さすがFuchs研究室と思わせる面白い論文だった。しかも、毛根再生法開発にも重要な結果だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月27日 染色体外環状DNAがスーパーエンハンサーのように集まってガンのドライバーとして働く(11月24日 Nature オンライン掲載論文)

2021年11月27日
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昨日のYoutube勉強会で紹介したように、私たちのゲノムは細胞の分裂ごとに何回もDNA切断を経験する(https://www.youtube.com/watch?v=Hz9tCq8xWiA)。当然このとき、近接したカ所で切断が起こると切り出された断片は環状DNAとして細胞内に残り、もしレプリコンとして複製される構造を持っておれば、細胞内にエピゾームとして残る。このエピゾームの中にガンのドライバー遺伝子がコードされ、ガンの増殖を助けるという研究がこれまで何度も発表されてきた。

個人的には否定する理由もないし、ガンによっては問題になるかもしれないと考える程度だったが、今日紹介するスタンフォード大学からの論文を読んで、染色体外DNA(ecDNA)が、多くのガンで働いているかもしれないと思うようになった。タイトルは「ecDNA hubs drive cooperative intermolecular oncogene expression(ecDNAがハブとして分子間のガン遺伝子の協調を駆動している)」だ。

これまで細胞内でecDNAを直接観察することはあまり行われてこなかったように思う。基本的には長くても100kbぐらいのプラスミドなので、少なくとも私は小さなドットが見える程度だろうと思っていた。この研究ではMyc遺伝子の増幅が見られる細胞株で、Myc やEGFR, FGFRなどのガン遺伝子をプローブとしてin situ hybridizationを行うと、大きな領域がMycなどのプローブで染まり、これは染色体上のMycから出るシグナルとは全く別物であることを発見する。すなわち、ecDNAが個別の環状DNAとしてではなく、大きな集合体を形成していることを発見する。

さらにecDNAからの転写を、染色体内遺伝子からの転写と比べると、細胞によってはほとんどがecDNAであることが明らかになり、ecDNAの集合によって強いエンハンサー活性が発揮されていることを見する。

ここまで来ると誰でも、一種のスーパーエンハンサーが形成されている可能性を思いつく。そこで、多くのエンハンサーをまとめ、メディエーターにつなぐBRD4やTetRを蛍光ラベルして観察すると、このecDNAクラスターに局在することがわかった。すなわち離れて存在するecDNAがスーパーエンハンサーによりまとめられクラスターを形成している。

この可能性は、スーパーエンハンサーを抑制するブロモドメインを持つBRDの阻害剤JQ1で細胞を処理すると、スーパーエンハンサーと同じように、ecDNAの集合体が消失することかも示された。

これらの結果をMycの増幅が存在する大腸ガン株でさらに詳しく調べ、この細胞ではnon-coding RNA PVT1とMycの融合したecDNA、MycだけのecDNAを中心に、様々なecDNAが存在していること、また、PTV1−MycとMycだけのecDNA同士が一つのクラスターに集まり相互に転写を高めていることを明らかにする。すなわち、ecDNAはバラバラに存在していても、BRDにより集合することで、ecDNA上に存在する異なるガン遺伝子の高い発現を可能にしていることを示している。

同じ可能性を、FGFRを持つecDNAとMycを持つecDNAが共存する細胞で、詳しく確認しているが、詳細は省く。

要するに、遺伝子増幅が起こるような染色体不安定性がガンで発生しやすく、その結果ガン遺伝子を含む領域がecDNAとして染色体外に移行すると、このようなクラスター形成の結果、さらに強い増殖力を獲得し、他のガン細胞を駆逐する可能性を示した結果だ、いずれにせよ、全てはin situ hybiridizationでecDNAを見るところから始まっており、かなり説得力が高かった。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月26日 コケイン症候群でヌクレオチド除去修復異常が悪液質まで進む理由(11月24日 Nature オンライン掲載論文)

2021年11月26日
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今日の午後8時、Repair-seqの論文を紹介するとともに、DNAの2重鎖修復全般についても短く解説する予定だ(https://www.youtube.com/watch?v=Hz9tCq8xWiA)。短い時間でまとめるつもりなので、DNA修復に興味がある人は是非見てほしい。さて、DNA損傷は二重鎖切断だけではない。一般の人にも最もポピュラーなのは、紫外線障害によりピリミジンダイマー形成など、核酸自体を化学的に変化させる。これに対しては、ミスマッチ除去修復という、これも複雑な過程で対応しているが、この過程に関わる様々な遺伝子突然変異の研究から、研究が進んでいる。

この過程が傷害されると、細胞ストレスによる炎症と、突然変異によるガン発生など共通の症状が見られるが、完全に説明できないのがコケイン症候群と呼ばれる病気で、障害を受けたDNA上で止まってしまった転写機構を感知し除去修復を誘導する役割があるCSAor B遺伝子の変異によることがわかっている。ただ、この遺伝子が欠損すると、他の除去修復分子変異と異なり、脳や腎臓の障害が誘導され、悪液質が進み、予後が極めて悪い。

今日紹介するオックスフォード大学からの論文は、コケイン症候群の悪液質発症のメカニズムを明らかにし治療の可能性を示した研究で、11月24日号Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Aldehyde-driven transcriptional stress triggers an anorexic DNA damage response(アルデヒドによる転写ストレスが、食思不振を伴うDNA障害を誘導する)」だ。

紫外線から体を守っていても、コケイン症候群は進行する。すなわち、紫外線と同じようなDNA障害を誘導する原因が体内に存在する。この研究ではまず、フォルムアルデヒドが紫外線と同じよDNA障害を誘導し、除去修復機構が欠損すると、細胞死に陥ちることを示している。

フォルムアルデヒドを体の中で処理するのがAdh5なので、次にこの分子の欠損したマウスを作成し、これにコケイン症候群遺伝子CSBの突然変異を掛け合わせると、マウスにコケイン症候群と同じ症状を誘導することに成功している。マウスではCSBの変異を導入してもコケイン症候群を誘導できていなかったことから、マウスではフォルムアルデヒド除去機構が発達しており、Adh5ノックアウトを掛け合わせて初めて、同じ症状が見られるようになることを示している。

いずれにせよ、コケイン症候群を再現できたので、次にマウスで詳しく病態を調べ、特に腎臓の障害が著しいことを確認する。そして、single cell RNAseq を用いてネフロンの障害とともに、尿細管からGDF15と呼ばれる食欲を強く抑制する分子の分泌が高まっていることを発見する。すなわち、腎臓の障害とともに、食欲が抑制され、これが悪液質を誘導することを突き止めている。

ネフロン細胞の障害については改善できないが、GDF15を抗体で抑制すると、食欲は元に戻り体重減少や悪液質を止めることができることから、病気の進行を遅らせることができることがわかった。

結果は以上で、なぜ同じ除去修復プロセスに関わる遺伝子変異でも、コケイン症候群だけ全身の複雑な障害が出るのかよく理解できるともに、DNA修復がうまくいかないことが、多様な症状につながることも再認識できた。幸いアルデヒドの蓄積が主原因であるとすると、GDF15に対する抗体だけでなく、食事を工夫したりしてさらに進行を止める可能性も出てきたと思う。

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