2021年12月13日
私が大学に入学した頃は、発生学と言えばカエルやイモリの両生類を用いた生物学が中心で、教養でも「Developmental Biology of Amphibian」を用いて発生学を習った覚えがある。もちろんシュペーマン、マンゴルトの歴史的実験が多く記載された本で、古典的研究者像が湧き出ていた教科書だったと覚えている。
しかし21世紀に入ってから、両生類を用いた発生学をトップジャーナルで目にする機会は大きく減った。様々な理由はあるだろうが、他の動物での胎児操作技術が進展して両生類を使う理由が減ったのと、職人肌の研究者を育てる場所がなくなったのが大きな理由だと思っている。
しかし「どっこいカエルは生きている」、と思える、アフリカツメガエルの胚を使った楽しい論文がUniversity College Londonから、12月8日Natureにオンライン出版された。タイトルは「Collective durotaxis along a self-generated stiffness gradient in vivo(自発的に形成される固さの勾配に沿った様々な要因が共同したDurotaxis)」だ。
タイトルのdurotaxisとは、細胞外マトリックスなどのメカニカルな固さの違いを感知して、基本的には固いマトリックスの方に細胞が移動する過程を指し、化学的分子の勾配を感知するChemotaxisと区別して使われている。
この論文は、神経堤細胞が頭部のプラコードと呼ばれる感覚器源基に移動する過程にdurotaxisが関わることを証明することを目的にしている。
まず結論をまとめると、
神経堤細胞がプラコードの端に移動してくると、上皮組織からなるプラコードでフィブロネクチンなどのマトリックス産生が上昇して、固さの勾配ができ、それに沿って神経堤がさらに移動する。 この勾配は神経堤細胞がプラコード上皮と相互作用することで形成される。すなわち、神経堤細胞が勾配を誘導する。 この移動には、Chemotaxisを誘導するSdf1も関与するが、組織の硬さ勾配が形成されないと、Chemotaxisは機能できない。 勾配によりRACとそれによって調節されるアクトミオシンの極性が生じて移動の方向性が決まる。 プラコードの固さをNカドヘリンが低下させる。従って、Nカドヘリンの発現がないと固さの勾配が形成できない。
以上が結論で、書いてしまうとなるほどで終わるのだが、実際に行われた実験は、まさに職人研究者復活と言うべき実験のオンパレードだ。Sdf1を塗布したビーズを胚に導入してそのビーズを引っ張って正常より急な勾配を誘導して、正常のプラコードと競争させたり、プラコード上皮を胚から除いて神経堤細胞のランダムな移動を誘導したり、固さ勾配のあるポリアクリルアミドゲルを胚内に誘導して神経堤の動きを観察したり、その職人芸には驚かされた。
珍しく著者は2人だけだが、職人芸を研究者だけの手作りの世界が示されているので当然だろう。
若い研究者の人たちには、結論だけでなく、こんな実験の仕方もあるのだと是非論文を直に読んで欲しい。
2021年12月12日
なぜ肥満は健康を冒すのか、阪大の松沢先生など多くの開拓者の研究が行われてきたが、脂肪細胞から分泌されるアディポカインがその鍵を握っていることは確かだ。この中にはメタボに対してよい効果を示すアディポネクチンのようなアディポカインも存在するが、逆にインシュリン抵抗性を促進すると考えられているのがFABP4だ。FABP4はもともと自由脂肪酸の脂肪組織からの分泌に関わり、飢餓状態でエネルギーを脂肪組織から他の組織に移動させる役割を担っていた。さらに、脂肪組織だけでなく、アディポカインとして体の様々な細胞を、飢餓に適応したエネルギー代謝に統合する役割も担っていた。ところが、人間が飢餓を経験せず過食になると、飢餓に備えるFABP4は逆にメタボを促進する原因になる。特に、インシュリン抵抗性と糖尿病のリスク因子になることが、FABP4ノックアウトマウスの解析から示唆されていた。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、FABP4の膵臓β細胞への作用の分子メカニズムを解明した重要な研究で、12月8日、Natureにオンライン掲載された。タイトルは「A hormone complex of FABP4 and nucleoside kinases regulates islet function(FABP4のホルモン複合体とヌクレオシドキナーゼが膵島の機能を調整する)」だ。
FABP4ノックアウトマウスでは、ブドウ糖に反応するインシュリン分泌反応が高いことが知られており、この研究ではこの原因の一つが、膵臓の膵島の数がFABP-KOマウスで高まっていることを確認する。すなわち、FABP4は膵島に直接働くアディポカインであることがわかる。実際、2型糖尿病だけでなく、1型糖尿病でもFABP4の分泌が高まり、またFABP4ノックアウトマウスを1型糖尿病マウスと掛け合わせると、β細胞数が低下するのを抑えることができる。また、FABP4に対する抗体でも、1型糖尿病の進行を遅らせることができる。
以上のことから、FABP4 が直接β細胞に働き、様々なストレスによる細胞死を抑えることがわかるが、不思議なことにβ細胞の培養系にFABP4を加えても何の変化も起こらない。
この不思議を、FABP4がβ細胞に働くには、体内の他の分子と結合して初めて作用を持つと着想し、最終的にFABP4が細胞外のアデノシンキナーゼ(ADK)と結合したときに、試験管内でのβ細胞のブドウ糖依存性インシュリン分泌を誘導できることを発見する。すなわち、一般的なアディポカインと異なり、細胞外のADKとセットで効果を示す不思議な分子であることを明らかにした。
この複合体のβ細胞への作用をさらに詳しく調べ、ちょっと複雑でわかりにくいと思うが以下の様なシナリオを提案している。
まず、ADKはnucleoside diphosphate kinase (NDK)と複合体を作っており、細胞外のADPとATPのバランスをとっている(ADKはATPを上昇させる)。FABP4はADKと結合して、ADK活性を高め、NDK活性を抑えることで、細胞外のATPを高める。一方、FABP4が存在しないと、このバランスはNDKへ傾きADPが高まる。このADPは、P2Y受容体を介して細胞内のcAMP合成を抑える。β細胞ではこのcAMPシグナルがカルシウムの小胞体と細胞質間の移動に関わり、インシュリン分泌に必要なカルシウム流入効果を変化させる役割を持っている。すなわち、FABP4がNDKと結合して、ADP量が低下し、P2Y シグナルが低下すると、cAMPが上昇して、ERから細胞質へのカルシウム移動が誘導され、インシュリン分泌に必要なカルシウム流入効果が減弱し、インシュリン分泌が低下することになる。
少しわかりにくかったかもしれないが、FABP4がなぜインシュリン分泌を抑えるのかが初めて説明された。当然この結果、1型であれ、2型であれ、FABP4が高いとβ細胞へのストレスが上昇し、インシュリンが出ないだけでなく、β細胞の変成が起こり、糖尿病が進行すると考えられる。
もちろん、FABP4は様々な臓器に対して効果を持っており、全てがこの経路かどうかはわからない。従って、糖尿病の進行を抑える目的でFABP4の機能を抗体でブロックしていいかどうかは今後の研究が必要だろう。しかし、膵臓β細胞でP2Yシグナルをもし高めることができれば、細胞のストレスを改善できるという発見は、全く新しい糖尿病治療に向けた治療法の開発につながる期待を持っている。しかし、糖代謝は複雑だが面白い。
2021年12月11日
昨日はエクササイズが脳を活性化するという研究だったが、高齢者にとってエクササイズが重要な最大の理由は、もちろん筋肉の衰えを防ぐことだ。事実、筋肉が進行的に衰えるサルコペニアは高齢者にとって重大な問題で、これを防ぐには筋肉運動を維持するしかないのだが、ではエクササイズが筋肉ロスをなぜ予防できるのか、そのメカニズムはよくわかっていなかった。
今日紹介するローザンヌ・EPFLからの論文は、cytorと呼ばれるノンコーディング long RNAが運動により筋肉が維持される鍵となることを、人間から線虫までのモデルと、多彩なテクノロジーを駆使して示した研究で12月8日Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「The exercise-induced long noncoding RNA CYTOR promotes fast-twitch myogenesis in aging(エクササイズにより誘導されるノンコーディングRNA CYTORは高齢者の速筋形成を促進する)」だ。
すでに述べたように、データベースから細胞培養、線虫からマウス遺伝子操作、そしてよくまあここまでと思うぐらい様々なテクノロジーを用いた力作で、ここまでやらないとトップジャーナルには掲載されなくなっているのかと驚いてしまう。
この研究は最初からノンコーディング longRNA(nlRNA)に焦点を当て、すでに存在する筋肉運動と遺伝子発現に関するデータベースから、運動によって誘導されるnlRNA CYTORを特定している。
次に、CYTORの発現を様々な実験系でコントロールすることで、
運動によりCYTORが誘導されると、早い筋肉運動に関わるtype II筋管形成に必要な転写プログラムが発現し、速筋の筋管形成が促進されること、 CYTORがノックアウトされると、若い筋肉でも筋量が50%低下すること、 老化マウス筋肉に遺伝子操作でCYTORを発現させると、筋肉の低下を抑えることが可能であること、 元々CYTORを持たない線虫でも、CYTORを発現させると、筋肉の老化を防げること、
などを示し、エクササイズと連動したCYTORが速筋のtype II筋管誘導を介して、筋肉機能の維持に関わっていること、また老化による筋肉低下を考えるときの鍵になる分子であることを明らかにしている。
次は、運動によりCYTORが調節されるメカニズムについて、CYTORの発現と相関するSNP、rs74360724をゲノムデータ解析から特定し、これがエンハンサー領域として運動によりCYTORプロモーターに近接することで、CYTORが誘導されることを明らかにしている。残念ながら運動により働く転写因子についてはまだ特定されていないが、クロマチン構造の変化や、エンハンサーとプロモーターのルーピングまで、本当によく調べている。
そして最後は、ノンコーディングRNA,CYTORがtype II筋管誘導をプロモートするメカニズムだが、クロマチン構造の解析から、メカニカルシグナルに関わるTead1の転写が低下することを示し、ノンコーディングRNAがこの過程をどう調節できるか明確なシナリオを提出している。
一般の人にはTeadといわれても何のことかはわかりにくいと思うが、発生に興味のある研究者にとって、最後にTeadが出てくると、なるほどと膝を打って納得するシナリオだ。
本当に高いレベルの力作だと思うが、我々高齢者にとっては、なんとかこのnlRNAを細胞内で高めて筋肉老化を抑えたいと願う。また、CYTORに関わるSNPが特定できており、今後筋肉ロスが起こりやすい人とそうでない人を前もって特定できる可能性も、臨床的には重要だ。
2021年12月10日
昨日ピックアップした論文の中に、エクササイズについての面白い論文が2編発表されていたので、今日から2回に分けて紹介することにした。この2編にかかわらず、この頃エクササイズの効果を科学的に調べる論文が増えてきたように思える。様々なテクノロジーがそろってきて、これまで難しいと手がつけられなかった運動の科学が進んでいるのだと思う。我が国でも、東北大学の楠山さんは、なんと妊婦さんの運動が子供に及ぼす効果についての論文を発表している(Cell Metab. 2021 May 4;33(5):939-956.e8.)。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は1ヶ月、ランニングホイールで運動させたマウスの血液が、全身の炎症を鎮め、脳細胞の増殖を高める因子を含んでいることを示した研究で12月8日Natureにオンライン出版された。タイトルは「Exercise plasma boosts memory and dampens brain inflammation via clusterin(エクササイズ血清はClusterinを介して記憶を促進し、脳炎症を抑える)」だ。
エクササイズは、神経変性疾患の進行を抑え、記憶力を改善することが疫学的に示され、認知症の治療にも取り入れられている。運動はもちろん筋肉を中心とする身体の活動で、脳細胞も使ってはいるが、エクササイズの効果が脳に現れるためには、全身から何らかの因子が脳に指令を送ると考えられ、このような因子を特定し、治療に利用できないか研究が進んでいる。
昨年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のグループは、エクササイズで誘導され、老化でレベルが低下し、投与することで認知機能が改善するGpld1を発見している。これがトランスレーション可能か、高齢者の一人としては気になるところだが、今日紹介する論文も全く同じ方向の研究になる。
28日間、自由にランニングホイールで遊べる環境で過ごしたマウスの血清は、普通に飼育したマウスの血清と比べ、海馬の神経の増殖を促進し、コンテクスト記憶を高める働きがある。
この血清により脳細胞に起こる遺伝子発現の変化を見ると、炎症抑制に関わる因子が含まれることがわかったので、LPS投与による脳炎症にエクササイズ血清を投与すると、炎症を抑制する効果がある。また、この効果が凝固システムと補体への作用を介して発揮されていることを特定している。
エクササイズにより誘導される血中分子のトップ4を個別に検討する研究から、最終的にタイトルにあるclusterinがこの作用を媒介する一つの要因であることを示している。
結果は以上で、もう一度まとめると、エクササイズは凝固や補体に作用する因子の合成を高めることで、炎症を抑えるが、その中の補体カスケード抑制因子clusterinは脳血管内皮に働いて、脳炎症を鎮めることで、間接的に脳細胞の増殖や活動を高めているということになる。
最初の脳活動への影響を調べた結果は本当に驚くが、後は普通の論文といった印象だったが、一つでも運動効果のメカニズムが解明されることは重要だ。
2021年12月9日
オミクロン株の襲来で、ワクチンにより誘導された抗体や免疫反応が低下することがクローズアップされているが、免疫システムでは当然のことで、いつまでも免疫が続かないよう、一定の免疫反応の後、今度は免疫を抑えるチェックポイント機能が重要になる。ノーベル賞を授与された本庶先生のPD-1もこのような免疫抑制分子の一つだ。
とはいえ、今回のパンデミックのように免疫が持続して欲しいケースは数多い。なかでも、ガンに対する受容体を導入したキラーT細胞、CAR Tは治療に何千万円もかかっており、できるだけ長く持続して欲しい。しかし、この人工的キラー細胞も、抗原の刺激を持続的に受けると活性が低下することが知られている。当然、この低下を抑える方法の開発が続けられている。
今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、CAR-Tの活性を消耗させる試験管内の実験と、患者さんのデータベースを比べながら、CAR Tの消耗メカニズムを明らかにし、消耗を防ぐ方法のヒントを示した研究で、12月2日Cellオンライン版に掲載された。タイトルは「An NK-like CAR T cell transition in CAR T cell dysfunction (CAR T細胞の機能不全ではNK様細胞への転換が起きる)」だ。
固形ガン治療に向けたCAR Tの開発は、この分野の喫緊の課題になっているが、白血病に対するCAR Tと比べるとT細胞の消耗が激しい。そこで、膵臓ガンの発現するメゾセリンに対して開発されたCARTを試験管内でガンと共培養して消耗させる実験系を構築し、消耗に関わる分子機構の特定を試みている。
簡単にまとめてしまうのが気が引けるぐらい、様々な方法を使って、まさに徹底的に消耗メカニズムを検討しているのだが、結果としては、
消耗度と密接に相関する遺伝子群を特定することが出来る。 これらの遺伝子は、試験管内の系だけでなく、ガン組織に浸潤しているT細胞の遺伝子発現データベースからも確認することができる。 すなわち、CAR Tも、ガン浸潤キラーT細胞も基本は同じで、しかも試験管内の過程は実際の組織内での過程を反映している。 Single cell RNA seqから、CAR T を抗原で刺激し続けると、キラー細胞もある程度維持されるが、それ以外の消耗遺伝子を発現する集団が、少なくとも2種類現れてくる。
通常はこのような比較で終わるのだが、この研究では新たに現れた消耗CAR T細胞がNK細胞のプログラムを高く発現していることに気づき、この点についてさらに追求し、
NK様細胞はCAR Tから分化してくること。 試験管内だけでなく、生体内の実験系でもCAR Tが消耗するとNK受容体を発現すること。 リンパ腫治療でNK受容体陽性のCAR Tが末梢血に観察されると、予後が悪いこと。
などを確認し、消耗プログラムとNKプログラムがオーバーラップしていることを示している。
そして、両方のプログラムに関わるマスター遺伝子として、ID3とSox4を特定し、それぞれの遺伝子をノックアウトすると、CAR T のNK化と消耗を防げることを示している。
徹底的に調べてなんとか臨床へ結びつく結論にたどり着いたという研究だが、ID3やSox4をノックアウトして消耗しないCAR T が実現するには、患者さんのT細胞ではなく、誰にも注射できるCAR Tを用意する必要がある。この方向での実用化研究も進んでいることを考えると、意外と膵臓ガンに対するCAR T実現も早いかもしれない。
しかし、この研究もフィラデルフィアからで、この街はCAR T 研究のメッカになっているようだ。
2021年12月8日
論文を頑張って読んでいても、専門に研究しているわけではないので見落としていることは多い。今日紹介するフランス・グルノーブル大学から発表された、ハンチントン病が発生初期から始まっていることを示す論文を読んで、自分の頭の中でもう一度この病気の病態を考え直す必要があることを思い知った。タイトルは「Developmental defects in Huntington’s disease show that axonal growth and microtubule reorganization require NUMA1(ハンチントン病の発生異常から軸索伸展と微小管再構成にNUMA1が関与することを明らかにした)」で、11月17日Neuronにオンライン掲載された。
繰り返すが、ハンチントン病はハンチンティン遺伝子(HTT)の中に存在するCAGリピートが神経細胞死を誘導して起こる進行性の運動、認知障害だが、発症は脳が完全に形成されてから起こると思っていた。事実、平均的な発症時期は30歳を超してからだ。
しかし、病理的な研究からハンチントン病(HD)患者さんでは、発生時期に形成される外側溝の非対称性が見られ、実際には発生異常も起こっているのではと考えられていたようだ。
この研究は、マウスモデルを用いHDの発生異常を探り、さらにその分子メカニズムを明らかにしようとするチャレンジングな研究で、まずHD病では発生時期の神経軸索伸展が抑制されているという仮説に基づき実験を始めている。
胎児期に片方の皮質神経をラベル、反対側への軸索伸展を計測すると、HDマウスでは明らかに伸びが鈍化している。同じ軸索伸展抑制は、試験管内でも再現できるが、細胞学的にしらべるとこの原因が軸索伸展部位での微小管の束が低下していることと相関することを発見する。すなわち、アクチンではなく微小管再構成の異常がHD遺伝子により誘導されていることを明らかにしている。
この研究のハイライトは、軸索伸展部位に集まる分子の中から、HDで発現が低下して微小管再構成異常に関わるNUMA1を特定したことだ。さらにこの分子は、マイクロRNA,miR-124の支配を受けており、HDでmRNAが低下するとともに、オートファジーによる分子分解過程が高まることでNUMA1タンパク質の発現量が低下していることまで明らかにしている。すなわち、これら2つの過程は創薬ターゲットになる。
最後に、NUMA1発現を低下させることで、HDの発生異常を再現できること、さらにNUMA1を発現させることで、HDマウスの発生異常を改善できることまで示し、この目的にmiR-124抑制する合成RNAを生後注射すること、あるいは微小管安定化抗ガン剤エポチロンを投与することで、HD発生異常を正常化できることまで示している。
以上、
HD発生異常が神経軸索伸展異常であること。 この異常が微小管再構成過程の異常であること。 微小管再構成にNUMA1が関わり、これがHDで低下していること。 そして、様々な方法でNUMA1を正常化、あるいは微小管再構成を安定化させることでHD発生異常を抑えることが出来ること。
と盛りだくさんの結果が集まった、力作だと思う。今後、成人後に発症する過程と、発生異常との関わりを明らかにすることが重要だと思うが、私のHDに対する理解を一新する面白い論文だと思う。
2021年12月7日
私たちが習った発生学では、発生している胚だけが対象になっていたが、現在では遺伝子や細胞は見ても、実際の胚と向き合うことがない研究者も数多くいるはずだ。例えば、私のようにマウスES細胞を用いて研究した場合、マウス胚は容易に手に入るので、胚と細胞を行ったり来たりできるが、ヒトES細胞を用いている研究者は、実際のヒト胚を使うことはないだろう。
しかし細胞や遺伝子だけを扱っていても、研究対象は発生する胚の話で、細胞しか扱わない研究者にとっても、胚発生について深い見識のある研究者から意見を聞くことが大変重要になる。しかし胚発生過程について最新の論文まで熟知し、しかも自分の観察経験を核に知見が整理されている研究者となるとそう多くない。
私自身は京大に移ってから、マウス胚とES細胞を用いて中胚葉から血液血管の発生を研究していたが、まさにこの過程はエピブラストから外胚葉、内胚葉、中胚葉が現れるGastrulationと呼ばれてきた発生では最も重要な段階に対応する。知識のない私は、Gastrulationについて深い見識を持つ、ある意味で発生学の思想家とも言える研究者を探すことになるが、幸いそんな思想家と直接出会い、学ぶことができた。Lewis Wolpert、 Claudio Stern、Patrick Tam、そしてJanet Rossantなどが印象に残る人たちだが、自分が研究している過程を広い視野で見直すという意味では、本当に習うことが多かった。
今日紹介する熊本大学Goujun Sheng、スペインPompeu Farba大学のAlfonso Martinez Arias、そしてバージニア大学のAnn Sutherlandによる論文は、発生過程を熟知した新しい世代の思想家が現れていることを示すレビューで12月3日のScienceに掲載されている。タイトルは「The primitive streak and cellular principles of building an amniote body through gastrulation(原腸陥入による有羊膜類発生過程での原条と細胞の原理)」だ。
この論文ではgastrulation期に鳥や哺乳類に見られるprimitive streakの意味について、多くの論文に基づき一つの考えが示されるレビューだ。そのため、何が結論かを紹介するのはなかなか難しいが、結論を簡単にまとめてしまうと以下のようになるだろう。
鳥類や哺乳類のgastrulationを研究するとき、様々なオーガナイザー分子を発現するノードから伸びるbrachyury分子を発現する原条が形態形成と細胞分化をコオーディネートすると考えることが多いが、原条自体は、増殖を続ける上皮構造から中胚葉、内胚葉が分化を誘導される過程が、胚という限られた体制の中で起こることの表現でしかなく、実際原条なしのgastrulationは他の種では当たり前のことだし、しかも形態的原条形成が見られない試験管内でも、胚と同じスケジュールで細胞分化が起こる。
詳しくは自分で原著を是非読んでほしいが、このレビューを読んで私は、Shengの先生、Claudio Sternが行った、ノードを除去すると原条形成を含む全ての形態形成がストップし、その後新しいノードが形成されるの伴い発生が進行するという論文を思い出した(Development 1996 Oct;122(10):3263-73)。実際、Shengも含めて、ニワトリ胚で原条を眺めていた発生学者は、このレビューと同じ結論を感じていたのだと思う。
ただ、3人の新しい思想家たちは、この感覚を新しい時代に脚色し直して示している点が現代的で素晴らしい。すなわち、多能性幹細胞の開発により可能になった試験管内での胎児発生と、実際の形態発生を統合する研究の重要性を強調するとともに、原条形成をヒトの誕生として、それ以上の培養を禁じる倫理規範について、新しく議論し直す必要性を強調する立て付けで、レビューを書き上げている。
このように、全体をまとめることができる思想家でないと、一般社会とのコミュニケーションは難しい。ES細胞培養がただ役に立つと言うだけでは、相互理解はできないのだ。しかし、彼らは思想家であっても政治家ではない。是非思想家からの問題提起を受け止めて、一般の発生学者にとっても難しいGastrulation過程を理解しながら、倫理規範を考える政治的が現れ、ヒト胚培養について深い議論が進むことを期待したい。
最後に個人的なことになるが、Goujun Shengとは彼が神戸理研のチームリーダーになってから、長く付き合ってきた。当時の神戸理研には、思想家と呼べる研究者が多く在籍していたが、中でもShengの知識レベルは驚異的だった。実際、初期の卵黄嚢での血液発生に関する20世紀初頭の研究論文を探していたとき、Shengが全てコピーを持っていて提供してくれたのを覚えている。今後も日本で活躍してほしい研究者の一人だ。
2021年12月7日
二足歩行が、他の類人猿から分かれた人類がアフリカを出て世界に広がる最も大きなきっかけになったことは間違いない。この意味で、1976年Leakyにより発表の、タンザニアLaetoliで発見された366万年前の二足歩行の足跡についての論文は(論文1)、大きな反響を呼んだ。
論文1
ただ、その後でこの足跡が発見された場所(SiteA)に近いSite Gから、ほぼ完全な、しかも長い距離にわたる足跡が発見されたため(論文2)、歩行が不自然だったSiteAの足跡は、Leaky自身により小熊が二足歩行した結果ではないかと結論づけられ、忘れられていた。
論文2
今日紹介するオハイオ大学からの論文は、熊の足跡として忘れられたSiteAの足跡を再度分析し直した研究で、12月1日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Footprint evidence of early hominin locomotor diversity at Laetoli, Tanzania(タンザニアLaetoliに残る足跡は初期原人の歩行の多様性を示している)」だ。
現金なもので、SiteAの足跡はケアされずに放置されていたようだ。このグループは、同じ足跡をもう一度クリーンアップし、3D写真装置で計測し、現存の様々な動物の足跡、およびSiteGの足跡などとの比較を行っている。
まず、熊の二足歩行、チンパンジーの二足歩行との比較から、例えば爪の後がない頃、かかとが広いこと、などから原人の足跡と結論している。
その後で、足跡自体の計測結果を、ホモサピエンス、チンパンジー、SiteG, SiteSの足跡と比較し、原人と考えて良いが、SiteGやSiteSの足の持ち主、アウストラピテクス・アファレンシスとは異なる原人ではないかと結論している。
一つの実験で決定的に決められない課題については、何度も何度も、しかもプロの頭で繰り返し検討し直すことの重要性を示す論文だった。
今日は午後には、もう一つ発生学の最も重要な課題について考え抜いた熊本大学のShenさんの研究を紹介する予定でいる。
2021年12月6日
果糖の代謝など、小腸上皮は糖吸収に向けた様々なメカニズムを備えている。その一つがグルコシダーゼによる、二単糖から単糖類への分解で、これを抑えることでグルコースの吸収を抑えることが出来る。これに目をつけて、血糖の上昇を防ぎ、インシュリン分泌を抑える薬剤として放線菌から分離されたのがアカルボースで、我が国ではグルコバイとして売られている。
今日紹介するプリンストン大学からの論文は、このアカルボースの作用を不活化する酵素を、口内細菌や腸内細菌の一部が有しており、これがアカルボースの効果を減弱させるとともに、他のバクテリアの増殖にも影響し、アカルボースの副作用として知られている腸症状の原因になっている可能性を示す研究で11月24日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「The human microbiome encodes resistance to the antidiabetic drug acarbose(ヒトの細菌叢は抗糖如薬アカルボースの抵抗性を備えている)」だ。
なぜ放線菌が単糖への分解を抑える必要があったかと考えると、周りの細菌を抑えて自分が優位に増殖するためだ。当然放線菌は、自分ではアカルボースの作用を受けない防御機構が出来ており、これがアカルボースを特異的にリン酸化する酵素AcbKだ。
この研究ではまず、同じようなアカルボースリン酸酵素が人間の細菌叢の中に存在するか、ゲノムデータベースを調べ82種類の同じ活性を持ってそうな酵素ファミリーMakを発見する。
Makの一部を生化学的に調べると、ほとんど同じ活性があり、また構造的にアカルボースとの結合を見ると、同じメカニズムでリン酸化していることがわかる。さらに、この酵素を発現したバクテリアはアカルボースに対して耐性を持ち、2単糖から単糖の分解が可能で、この結果アカルボースを投与された患者さんで他の細菌を押しのけて増殖できる確率が高くなる。
当然同じ細菌は、アカルボースを不活化することで、高糖尿病薬としての活性を抑える可能性がある。これを調べるために、アカルボースを投与されたグループを含むコホート研究で調べられている便の細菌叢を調べ、Mak陽性細菌を持つ患者さんでは、Mak陽性細菌が存在しない患者さんと比べHbA1cのレベルが高く、さらに耐糖能も改善しにくいこと確認している。すなわち、Mak陽性細菌がアカルボースの効果を落とす危険があることを示している。
さらに面白いのは、Mak陽性細菌の多くが、いわゆる歯周病菌としてプラーク形成に関わる細菌である点だ。腸内細菌叢と比べても、陽性比率が際立って高い。ということは、歯周プラークを形成する細菌の中に、アカルボースと同じようなグリコシダーゼ阻害分子を形成するものが存在し、それに対する防御のためにプラーク形成菌ではMak耐性獲得に至ったのではないかと着想している。
これを証明するため、口内細菌叢ゲノムデータベースから、アカルボースに相当するグリコシダーゼ阻害分子合成経路を特定し、これらがプラーク内に存在するアクチノマイセスにより合成されていることを発見する。すなわち、歯周プラーク形成能の進化で、多くの菌が Mak遺伝子を獲得することで、アカルボース様分子を合成する菌と協力できるようになり、やっかいなプラーク形成が可能になったと考えられる。
臨床的にも重要だが、細菌叢内での競争と協調を考える意味で重要な研究だと思う。
2021年12月5日
怒りの感情がこみ上げると、血圧が高まって、下手をすると卒中に陥ると誰もが思っている。しかし、それが本当かどうか結論するには科学的な手続きが必要だが、この課題に真面目に取り組んでくれる医師はそんなに多くない。
今日紹介するカナダ・マクマスター大学からの論文は、卒中に関する大規模研究で、対象者に丹念な聞き取り調査を行い、卒中と感情的興奮や怒り、あるいは強い運動との関係を統計的に調べた研究で12月1日、European Heart Journal に掲載された。論文URL:(https://academic.oup.com/eurheartj/advance-article-abstract/doi/10.1093/eurheartj/ehab738/6447061?redirectedFrom=fulltext ).
1万3千人あまりの心臓および脳卒中の患者さんに丹念な聞き取り調査を行い、発症前一時間以内に経験した、1)強いエクササイズ、あるいは 2)強い感情的動揺や怒り、の卒中確率への影響を、オッズ比を計算している。
結果はウェッブで見ることが出来るので見ながら読んで欲しい(https://academic.oup.com/view-large/figure/316602638/ehab738f4.tif )。
まず怒りや感情的動揺は、卒中をオッズ比で1.3まで引き上げる。特に、脳出血については確率が2倍に上がる。
一方、強いエクササイズは、脳出血のオッズ比を1.5に引き上げるが、ほとんど影響はないと言える。
すなわち、予想通り怒りや動揺は、卒中の危険を高めるという通説は証明された。