7月21日 昆虫に見られる水平遺伝子伝搬(7月18日 Cell オンライン掲載論文)
AASJホームページ > 2022年 > 7月

7月21日 昆虫に見られる水平遺伝子伝搬(7月18日 Cell オンライン掲載論文)

2022年7月21日
SNSシェア

以前顧問をしていたJT生命誌研究館でブログを連載していたが、2014年クリスパー手法を紹介するとき、生物が外来遺伝子流入と戦うだけでなく、それを積極的に利用してきたことを「水平遺伝子伝搬」というタイトルで書いた(https://www.brh.co.jp/salon/shinka/2014/post_000009.php)。この時、例に挙げたのが、昆虫と共生するボルバッキアからの遺伝子伝搬の研究を紹介したが、希とは言え、何十億年もの進化が終わった後も、種を超えて遺伝子が伝搬し、使われるのを見ると、生命は DNAという情報メディアを介して親戚なのだとつくづく思う。

今日紹介する杭州・浙江大学からの論文は昆虫の種を超えて見られる水平遺伝子伝搬 (HGT) を、昆虫のゲノムデータベースを用いてカタログ化し、その進化と機能について調べた研究で、7月18日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「HGT is widespread in insects and contributes to male courtship in lepidopterans(HGTは昆虫の間では広く見られ鱗翅類ではオスの求愛行動に関わる)」だ。

この論文もそうだが、生物情報の処理力で中国は高い能力をつけてきたと感じる。この研究では、218種類の昆虫ゲノムから得られる蛋白質のアミノ酸配列を昆虫相互とともに、細菌、カビ、ウイルスの配列と比べることで、1410種類の HGT と思われる遺伝子を特定している。

予想通り、これらの HGT の8割はバクテリアから、13%がカビから、そして残りは植物やウイルスから来ている。また、蝶や蛾などの鱗翅目で最も多く見られている。このように、バクテリアと共生し、そこから遺伝子を取り込むのは昆虫の特徴かも知れない。

さて、こうしてカタログ化した HGT が信頼できることを検証した後、次に注目したのが、バクテリアの遺伝子には存在しないイントロンが HGT で昆虫に取り込まれると HGT 遺伝子に挿入され、特に繰り返し配列が多いイントロンが挿入される点だ。

ゲノムを比較して、まずイントロンが昆虫自体のゲノムから導入されることを確認した後、HGT 後イントロン挿入により、遺伝子は長く複雑な構造に変化していくことを明らかにするとともに、同じステージの遺伝子発現データベースから、イントロンの存在によって遺伝子発現レベルが上昇していること、すなわちホストに合わせた遺伝子調節システムが進化していることを明らかにする。

ここまではほとんどデータベースを用いた情報処理技術を駆使した研究だが、最後に、リステリア菌から由来して、現在ほとんどの蝶や蛾に存在する

HGT の一つを選び、この遺伝子を鱗翅目の一種コナガ(Plutella xylostella)でノックアウトし、その機能を探っている。長い話を短くすると、この遺伝子はアルコールデハイドロゲナーゼに属するのだが、ノックアウトされるとオスの求愛行動が低下し、その結果卵の孵化確率が低下することを明らかにしている。

残念ながら、何故この遺伝子が求愛行動に関わるかは明らかになっていないが、リステリアの、しかも代謝に関わる酵素なので、面白い課題が新たに生じたように思う。

いずれにせよ、はっきりと課題が設定できれば、インフォーマティックスでここまで出来るのかと言うことをつくづく感じる研究だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月20日 腎移植患者さんでもチェックポイント治療は可能(7月6日 The Lancet Oncology オンライン掲載論文)

2022年7月20日
SNSシェア

チェックポイント治療がガンの免役学的排除を目指すものなら、もともと免疫的排除を抑える必要がある臓器移植患者さんは、チェックポイント治療を受けられるかどうかは、臨床上重要な問題だ。この論文を読むまで、この問題を考えたことはなかったが、これまでの臨床例では予想通り高い確率で、チェックポイント治療開始早期に臓器の拒絶が起こることが報告されていたようだ。

今日紹介するニュージーランド・Central Northen Adelaide Renal and Transplantation Serviceからの論文は、腎移植を受けて免疫抑制剤を服用している患者さんがステージ4の腫瘍を併発した場合も、PD-1抗体によるチェックポイント治療を受けられる可能性を示した臨床治験で7月6日 The Lancet Oncology にオンライン掲載された。タイトルは「Immune checkpoint inhibitors in kidney transplant recipients: a multicentre, single-arm, phase 1 study(腎移植患者さんでの免疫チェックポイント阻害治療:単群1相試験)」だ。

最終的に、チェックポイント治療効果が確認されているガンを併発した腎移植患者さん(平均69歳)をリクルートし、現在使用中の免疫抑制剤を利用したまま、通常量の PD-1 抗体治療を行って、移植腎の状態と、ガンへの治療効果を見た治験になる。

まずガンに対する治療効果だが、免疫抑制剤をそのまま使用しているにもかかわらず、24%で完全寛解が認められ、29%で部分寛解が認められている。このグループの現在までの平均生存期間は28週で、一般のガン患者さんでのデータとほとんど遜色はない。

チェックポイント治療中に起こる自己免疫症状をステロイドなどの免疫抑制剤で治療することがあるので、免疫抑制剤が必ずしもチェックポイント治療の障害になるわけではないことはわかっているが、移植で利用される多剤併用の免疫抑制でも PD-1 抗体が使えることは重要な情報だ。また、免疫学的にも今後詳しい解析が必要な面白い課題だと思う。

次に、チェックポイント治療により移植臓器拒絶が誘発されるかだが、結局2例の患者さんでしか起こらなかったことには驚く。そのうち1例は、抗体を除去する目的の血漿交換により拒絶を抑えることが出来ている。

ただ、チェックポイント治療のガンに対する効果と、拒絶反応は全く無関係ではなく、拒絶が起こった2例は、ガンに対する治療効果が認められていたグループで有ることを考えると、免疫を非特異的に高めることの問題も示唆している。

結果は以上で、小さな不可能をそのままにせず、注意深くチャレンジしていく臨床研究の重要性を感じるとともに、医師達の努力に脱帽。ガンの治療に占める免疫治療の重要性を考えると、この研究をきっかけに、もっと大きな不可能にもチャレンジが進むと思う。不適合の MHC に対する反応と、ガン抗原+自己 MHC に対するT細胞のレパートリーは大きく異なる可能性があるので、今後はより特異性の高い免疫療法を目指せば、移植とガンの免疫治療は間違いなく両立できるはずだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月19日 抗腫瘍自然免疫と IL12 : 臨床研究と動物実験をうまく組みあわせる(7月13日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年7月19日
SNSシェア

今回ワクチンの作用や副反応について広く知られるようになり、一般の人にも免疫成立に必要なアジュバント効果やそれを支える自然免疫の重要性が広く知られるようになったのではと期待している。ガンに対する免疫反応成立も当然同じことで、腫瘍局所での自然免疫の重要性が認識されている。

中でも、マクロファージや樹状細胞から分泌され、T細胞をヘルパーなどへと誘導する IL-12 とT細胞から分泌されるインターフェロンγ 経路は、ガンの自然免疫システムとして重視されており、コレラのサイトカインをガン免疫に応用できないか模索が続いている。しかし、IL12 を全身に投与してしまうと、強い副作用が必死で、効果は証明されていても臨床利用が難しい。そこで、アデノウイルスベクターを用いたワクチンと同じような局所投与が試みられていた。

今日紹介するバーゼル大学からの論文は、アデノウイルスベクターを用いた IL12 局所投与の臨床試験患者の解析から生まれた課題を、マウス実験で調べ直すサイクルをうまく組みあわせた研究で、IL12 治療の鍵を握るのが NK細胞であることを示した面白い研究で、7月13日号の Science Translational Medicine に敬愛された。タイトルは「NK cells with tissue-resident traits shape response to immunotherapy by inducing adaptive antitumor immunity(組織滞在型 NK細胞が抗腫瘍免疫治療の反応性を決める)」だ。

この研究では、アデノウイルスベクターに組み込んだ IL12(Ad-IL12)治療を行ったメラノーマ患者さんで、高い反応を示した患者さんの腫瘍組織でNK細胞が CD8T細胞と同時に増殖をしていることに着目し、マウスの実験系で、Ad-IL12投与時の NK細胞の役割をまず調べ、Ad-IL12 の効果には NK細胞が必須で有ることを証明している。

さらに、血管からの免疫細胞の遊走を阻害するフィンゴリモドを用いた実験で、IL12 により刺激された NK細胞が分泌するサイトカインにより、血液が腫瘍組織に集まることが重要で、やはり患者さんの組織の解析から CCL5 が NK細胞が分泌するケモカインであること、さらに、動物実験系で NK細胞がなくても、Ad-CCL5 を局所投与することで、抗腫瘍活性を高められることを明らかにしている。

同時に、CCL5 を分泌するNK細胞の解析から、元々組織内に常在するタイプのNK細胞であること突き止めた。さらに、患者さんのガン組織をそのまま培養してそこに Ad-IL12 を加える実験から、組織に常在するタイプの NK細胞が CCL5分泌細胞であること、そしてこの IL12-CCL5セットが、PD-L1抗体によるチェックポイント治療の成否を決める鍵になることを動物実験で確かめている。

以上の結果は、

  1. 全身投与は難しい IL12 を Ad-IL12 の形でガン局所に投与することで、全身のガン免疫を誘導できること、
  2. ガン組織の NK細胞の重要性、
  3. NK細胞が少ない場合は、Ad-CCL5 を加えることの重要性、

など、いくつかの臨床介入手段を示唆している。チェックポイント治療を、ワクチンレベルの確実な治療へと高めるための重要な研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月18日 脱水状態を感じる脳回路(7月13日 Nature オンライン掲載論文)

2022年7月18日
SNSシェア

以前、カロリーのない人工甘味料と、カロリーを持つショ糖の違いを感じて、最終的にショ糖を選ぶ脳回路が存在することを示した論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/18825)。このように、味や臭いだけではわからない栄養を直に感じるシステムは、野生動物がどの食物を選ぶのかにとって極めて重要なはずだ。

同じように、水はもっと重要かもしれない。液体だからいいというわけではない。高張液では脱水は改善されない。今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、血中の脱水状態をモニターして、どの液体を飲めばいいのか選ぶための脳回路を明らかにした研究で、7月13日 Nature にオンライン掲載された。

食物の摂取や水の摂取などの行動をドーパミン神経が支配していることは、一般の人にも広く知られている。この研究でも1日飲み水を与えなかったマウスに5分間自由に水を摂取させたときの、腹側被蓋野(VTA)ドーパミン神経(DA)の活動をまず調べている。これまで報告されているように、水を大喜びで飲んでいるときに興奮する DA の興奮が記録されるが、これ以外に水を飲んだ10分後ぐらいに興奮する DA を突き止め、これが水を腹で感じるときの脳回路ではと当たりをつけた。

このことは塩水を飲ますとわかる。喉が渇いて水にありついたという最初の興奮は塩水でも見られるが、10分後の興奮は見られない。また、飲むという行動をスキップして水を直接胃に入れたり、腹腔注射でも後の興奮は見られる。一方、高張液を注入した場合は、興奮が逆に抑制される。また、これまで栄養をとることで興奮する DA とは別の集団であることも確認している。以上のことから、摂食行動を支配する感覚は極めて複雑で、今回特定された DA は、喉の渇きではなく、血液の水バランスを感じる回路であると結論している。

DA はご褒美回路と言われたりするエフェクター回路で、行動を直接支配する。この興奮が、脳のどの領域で働いているのかを次に調べ、扁桃体基底核外側部(BLA)が、満足感を示す舌なめずりとともに興奮することを特定している。即ち、VTA-DA から BLA 回路を通じて、より身体な脱水感覚の正常化が満足感に変化している。

次に、VTA-DA 神経興奮に関わる上流の回路を検討する目的で、摂食行動に関わることが知られている視床下部外側部(LH)の GABA ニューロン(GA)との結合に着目して、水バランスの変化による興奮を調べると、水を注入後に LH-GA が興奮することを発見する。ただ、LH-GAの興奮を誘導する実際のセンサーについては、脱水により活性化される脳球下器官が関わっていることを確認しているが、完全には特定できていない。どのように水バランスという微妙な調節なので、複雑なセンサー群があるのかもしれない。

以上、SFO、LH-GA、VTA-DA、そして BLA と水バランスを満足に変換する回路を特定した後、この回路が本当にご褒美による行動変容につながるかを、異なる臭いを嗅がした後、胃に直接水と高張液を投与して、条件化する実験を行い、最終的にマウスが水が注入される方の臭いを選ぶことを確認している。

以上が結果で、喉の渇きを一瞬癒やすことで終わらず、しっかりその後で効果の評価をして、満足中枢反応をより安全なものへと変える複雑なメカニズムの一端がよく理解できた。最近確かに暑くなってきたことも一因とは思うが、熱中症が昔より多発しているような気もする。このような無意識の身体感覚を理解することで、新しい対処法が可能になればと考える。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月17日 百聞は一見にしかず:腸管上皮幹細胞の意外なダイナミズムを見る(7月13日 Nature オンライン掲載論文)

2022年7月17日
SNSシェア

腸管上皮は、クリプトと呼ばれる組織内構造から管腔に突き出した絨毛まで、一続きの幹細胞システムを形成しており、古くからアクティブな研究対象になっている。この領域の研究の質を一変させたのが Hans Cleavers らによる幹細胞マーカー Lgr5 の発見で、この遺伝子を基板に様々な遺伝子操作を加えることで、腸管幹細胞のダイナミックスとともに、発ガン過程も詳しく理解することが出来るようになった。また、ここから現在慶応大学の佐藤さんたちは、試験管内のオルガノイド培養を完成させた。

この成果を Cleavers らは一本のビデオにまとめよくミーティングで使っていた。今でもよく覚えているが、クリプトにある幹細胞が移動しながら Lgr5 を失って分化したり、クリプトでパネット細胞に分化したり、さらには上部に移動し始めた幹細胞がパネット細胞を超えて移動したりと、まさに見てきたようにモデルが作られていたが、実際には断片を組み合わせて考えられたものだ。

今日紹介するオランダ ガンセンターからの論文は、Cleavers の名前こそ載っていないものの、今やオランダの伝統となった Lgr5 細胞を中心にした幹細胞研究なのだが、Lgr5を標識する研究手法に生きたマウスの腸管のクリプト部位を直接顕微鏡で観察するという離れ業を組み合わせて、小腸と大腸での幹細胞ダイナミックスの違いを見事に示した研究で、7月13日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Retrograde movements determine effective stem cell numbers in the intestine(細胞の逆行が腸管幹細胞の有効数を決めている)」だ。

腸管の Lgr5 陽性細胞を、生後タモキシフェン注射で蛍光ラベルして生きたマウスでその細胞を追跡できるようにしたことがこの研究の全てだと思う。光を発する一つのクリプトを他のクリプトから区別して観察を続けることは決して簡単でないはずだ。ただ、それをやり遂げたとき、新しい発見があった。

まず、小腸と大腸のクリプトには、ほぼ同適度の数の Lgr5 陽性細胞が存在し、それぞれがオルガノイド形成能をほぼ同等に持っており、機能的にもほぼ同じと考えられるが、大腸と小腸では幹細胞の遺伝子発現は大きく異なっており、これは大腸ほど Lgr5 陽性細胞が中心から離れるほど、幹細胞性が失われること、逆に小腸ではクリプトのボーダーを超えなければ、Lgr5 細胞はほぼ同じ幹細胞性を持っていることに起因することを確認している。

次に、様々な場所の Lgr5 陽性細胞をラベル実験で、いくつぐらいの機能的幹細胞が1つのクリプトに維持できているかを調べると、小腸では大腸より多くの幹細胞が維持されていることを発見している。即ち、大腸では古典的な幹細胞システムの図に近く、中心から離れるに従ってすぐに幹細胞性を失うのだが、小腸では中心から離れても、また幹細胞として復活し、結果多くの幹細胞を維持している可能性が示唆された。

この精細な観察を説明できるよう、幹細胞モデルを形成すると、いったん中央から離れた幹細胞がもう一度中央へ戻るという、細胞の逆行現象がないと説明できないことが示唆された。そこで、今度は低い量のタモキシフェンで Lgr5 細胞が、ランダムに異なる蛍光マーカーを発現するように細工したマウスを用いて、細胞の逆行が観察できるか調べると、モデル通り小腸で10%近い細胞が、クリプトのボーダーまで来ても、また中心に戻る逆行が認められること、一方、大腸ではこの逆行が全く見られないことを発見した。

このボーダーからの逆行を誘導するシグナルを探し、最終的にボーダーにあるパネット細胞が発現する Wnt により細胞の遊走活性が上昇することが、逆行のシグナルで、パネット細胞が存在しない大腸では、当然この逆行が存在しないことになる。そして、傷害後の再生では、多くの幹細胞が維持できている方が、高い再生能力を示すことも示している。

以上が結果で、パネット細胞の Wnt により、一度クリプトから離れかけた幹細胞も、もう一度元に戻って他の幹細胞と場所争いをするという競争を維持することで、様々な状況に即応できる幹細胞システムが形成できるという面白いシナリオだ。著者らがいうように、この競争により常に幹細胞が置き換わることが、小腸にはガンがほとんど起こらない原因かもしれない。

骨髄細胞のクローン増殖が老化を促進していることがわかってきたが、幹細胞システム内で競争を維持する仕組みの重要性を実際に目で見えるようにしたという点でもこの研究は面白い。百聞は一見にしかず。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月16日 Y 染色体欠損血液が増えると寿命が短くなる理由(7月15日号 Science 掲載論文)

2022年7月16日
SNSシェア

2014年5月、老化に伴ってY染色体が欠損(mLOY)した血液の割合が増加し、この増加率に反比例して寿命が短くなることを示すスウェーデン・ウプサラ大学からの論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/1506)。 男性にとっては恐ろしい話なのだが、その後喫煙によりmLOY 確率が高まること、心血管障害、ガン、アルツハイマー病の発症率も、mLOY の頻度に比例することなどが報告されている。

今日紹介するバージニア大学からの論文は、mLOY のマウスモデルを作成し、これまで報告されてきたmLOYの臨床例を説明しようとした面白い研究で、7月15日号 Science に掲載されている。タイトルは「Hematopoietic loss of Y chromosome leads to cardiac fibrosis and heart failure mortality(造血細胞のY染色体欠損は心臓の線維化と心不全死を誘導する)」だ。

この研究の目的は、mLOY による死亡率の上昇をモデルマウスで明らかにすることで、そのために Y染色体中心体に存在する繰り返し配列を CRISPR/Cas9 で切断することで、Y染色体全体が欠損した血液幹細胞を作ることに成功している。

こうして作成したmLOY血液幹細胞を放射線照射マウスに注射し、老化するのを待って研究に使うという長丁場の実験だ。ただ、その前にUKバイオバンクのデータを用いて、mLOYと特に心血管系の疾患との相関を調べ、mLOY の増加に応じて心血管系の疾患が増えること、なかでも高血圧性心疾患、心不全、うっ血性心不全、動脈瘤などが mLOY と相関することを確認している。

さて、9割以上の血液が mLOY を持つマウスでは、期待通り老化が促進し、心臓だけでなく、肺や腎臓の線維化が進むことを示し、老化や線維化の原因が、移植した血液の問題であることを確認している。

さらに、大動脈を狭窄させて心臓負荷をかけると、mLOY を持つ血液を移植されたマウスでは、心不全の程度が高まり、組織学的には線維芽細胞の数が特に上昇していることを確認する。

次に single cell RNA sequencing を行い、mLOYに起因する異常の細胞レベル、分子レベルのメカニズム解析を行い、細胞では骨髄で作られ循環しているマクロファージが、心臓に生まれたときから存在しているマクロファージを置き換える能力が mLOY血液では高まっていること、そして一般的な炎症に関わる IL1β ではなく、このマクロファージが分泌する TGFβ により線維化が誘導されることが、血液のmLOY に起因する心臓線維化及び心不全の原因であることを突き止めている。

最後に、循環から心臓組織へのマクロファージの浸潤や、TGFβ の作用を抗体を用いてブロックすることで、血液 mLOY に起因する病理を抑えることが出来ることを示している。

これまで、mLOY は一種のロシアンルーレットみたいなものとして諦めていたが、この論文を読んでまだまだ対応のしようがある状態であることがわかった。また、マウスモデルの研究から、mLOY が起こっても、血液自体の増殖には影響がないことから、今問題になる血液幹細胞のクローン増殖とも異なることもよく理解できた。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月15日 定期検診で膵臓ガンを早期発見できるか(6月15日 Journal of Clinical Oncology オンライン掲載論文)

2022年7月15日
SNSシェア

2015年4月、「膵臓ガンの早期診断は可能か」と題して、スウェーデン・カロリンスカ大学で行われた、遺伝的ハイリスクグループについて定期検診による膵臓ガン発見スクリーニングの試みを紹介した(https://aasj.jp/news/watch/3240)。ただこの時は、対象人数が少ないことなどから、確かにステージⅠのガンを発見できるようだが、今後の大規模調査が必要だと結論しておいた。

同じような試みは各国で行われているようで、今日紹介するジョンズホプキンス大学を中心とした多施設共同研究の論文は、やはり遺伝的ハイリスクグループでも、1年に1回の検診で進行前の膵臓ガンを見つけられることを明らかにした研究で、6月15日 Journal of Clinical Oncology にオンライン掲載された。タイトルは「The Multicenter Cancer of Pancreas Screening Study: Impact on Stage and Survival(膵臓ガン早期発見のための多施設研究;定期検診のステージと生存に対するインパクト)」だ。

このグループは早期診断のための臨床治験を大規模に行っており、この論文では、まず、その中のCAPS5と名付けられた2014年から2021年まで追跡しているコホートについての中間報告になっている。

早期診断のための検査は、内視鏡による超音波検査か、MRCPと呼ばれる MRI を用いて胆管膵管を調べる方法が用いられ、他の検査は診断基準から外されている。

対象は、BRCA1 など何らかの膵臓ガンリスク遺伝子が有る、近親者に膵臓ガンがいる、そして既に他のガンにかかった、などの条件を満たす人たちを1年に1回検査し、膵臓ガンを発症した人をフォローアップしている。

ハイリスクでも、ガンの発見率は1年で160人に1人ぐらいなので、驚くほど高いというわけではない。この研究で最も重要な点は、定期検診により発見された9人の膵臓ガン患者さんのうち、7人がステージⅠで、さらにもう一人はステージ IIA で、手術が行われた点だ。一方、一人はステージⅢで発見されているので、1年(実際には6−14ヶ月の間隔)では、完全というわけではない。

膵臓ガン発見後、現在までの時間経過はそれぞれ違うので、この結果だけからは正確な統計はとれないが、推計学的計算を行っているが、生存期間は3.84年と、平均の1.5年を大きく上回っている。いずれにせよ、印象としてはかなり良い。

このような検査で問題になるのは、過剰診断だ。この方法で膵管の嚢胞が発見されると、やはり念のためと手術が勧められる。このコホートでは、8例が嚢胞と診断され、そのうち3例だけで前がん状態が発見されている。この3例は全員生存しており、経過観察中だ。

これに加えて、これまでの CAPS1-CAPS4 も合わせた結果も示されている。対象は同じで遺伝子診断を含むハイリスクグループで、結果は驚くべきものだ。一般に膵臓ガンの診断時、85%がステージⅣで、生存期間が平均1.5年だが、定期検診で見つかった膵臓ガンの57%がステージⅠで、平均生存期間は9.8年で、素晴らしい結果だ。一方手術して悪性所見がなかったケースは13例あるが、基本的に全員生存している。

以上が結果で、内視鏡超音波かMRCPによる検査は、間違いなく膵臓ガンの早期発見を保証することが示されており、少なくとも遺伝リスクのある人は、考えて損はないように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月14日 リンパ球が組織再生を助けるメカニズム(7月8日号 Science 掲載論文)

2022年7月14日
SNSシェア

組織再生をリンパ球が助ける可能性はこれまでも指摘されてきた。かなり古くは、γδ細胞が欠損すると、腸の絨毛の長さが短くなることが報告されていたし、今では腸管や皮膚の修復に機能しているということは、広く認められている。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文は、皮膚の損傷修復時の γδT細胞が分泌する IL-17 が、皮膚上皮の低酸素応答システムの発現を維持することに働いているという重要な発見で、7月8日号 Science に掲載された。タイトルは「Interleukin-17 governs hypoxic adaptation of injured epithelium(インターロイキン17が傷害された上皮の低酸素適応を調節する)」だ。

まず損傷治癒の初期過程で傷口に浸潤するT細胞を調べ、傷口には様々なT細胞が浸潤していることを確認した上で、中でも IL-17 産生細胞の発生に必須の RORγ遺伝子を発現した γδT細胞が急速に上昇することを発見する。

そこで RORγ遺伝子を蛍光マーカーで置き換えたマウスを用いて修復過程を調べると、治りが50%遅くなること、すなわち修復に RORγ陽性細胞が必須であることを明らかにする。

これがわかると、後は順々にその機能を追求していけば良い。RORγが調節する IL-17 が修復促進に関わることを、ノックアウトマウスで確認した後、上皮細胞での IL-17シグナル伝達経路を追跡している。

まず、上皮の修復に必須の低酸素応答システムHIF1の発現維持に、IL17が必須であることを明らかにしている。すなわち、急性の低酸素で HIF1 は誘導されるが、それが長期間維持されるためには IL-17 が必須で、これが修復に際しての RORγ陽性γδT細胞の主要な役割になる。

そして、主に阻害剤を用いたシグナル研究で、IL-17が ERK 及び AKT のリン酸化を介して mTOR を活性化するという、まさに代謝の核となるシグナル経路を介して HIF1 の転写及び翻訳を維持し続けていることを明らかにしている。

詳しいことはほとんど省略したが、この結果は重要で、大きな皮膚損傷での修復を、IL-17が促進できることを意味している。このサイトカイン自体は炎症誘導など様々な問題を引き起こす可能性はあるが、培養に使うことも含めて、様々な可能性が生まれたと思う。

また、これまで HIF1 が誘導されると、低酸素による反応として片付けていた過程も、総合的に見ることの重要性を示している。特に低酸素環境に対する、急性の反応と、慢性の反応は区別してかかることの重要性もよくわかった。

IL17 というと悪いイメージしかないが、新たな組織形成は全て炎症を元にプランされていると思うと、納得する。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月13日 スーパーエンハンサーから発ガン変異を探索する(7月6日 Nature オンライン掲載論文)

2022年7月13日
SNSシェア

今でこそ本庶先生はがんのチェックポイント治療の開発者として奉られているが、私が現役の頃は、なんと言っても免疫グロブリンクラススイッチ研究で有名で、最終的にクラススイッチに関わる分子 AID の発見と遺伝子クローニングに結実している。AID の機能を証明した論文が出たとき、本庶先生は医学部長だったが、教授会で「そろそろ上がりですね」と言って、「馬鹿な」と一括された。そのときは、PD1 という第二章があるとは想像だにしなかった。

さて、このAIDはクラススイッチだけでなく、リンパ節の胚中心と呼ばれる場所で、抗体遺伝子にさらなる突然変異を誘導して、より抗原にフィットした抗体生成に大きな働きをしている。ただ特定の領域に限られるとは言え、ゲノムに突然変異を積極的に導入する分子なので、AID が発現する細胞では腫瘍発生のリスクが高い。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、クラススイッチと変異が進行中のB細胞に由来するびまん性大細胞型リンパ腫(DLBL)でのスーパーエンハンサーの解析から、AIDによるエンハンサー部位の変異により腫瘍が発生していることを明確に示した研究で7月6日 Nature にオンライン出版された。タイトルは「Super-enhancer hypermutation alters oncogene expression in B cell lymphoma(スーパーエンハンサーの高頻度変異はガン遺伝子の発現を変化してB細胞腫瘍を誘導する)」だ。

これまでエンハンサーが集まって強い転写が起こるスーパーエンハンサー(SE)が発ガンにも関わることは何度も述べてきたが、では SE 自体の変異がガンで起こって、SE が形成されるのかという問題については、あまり研究が進んでいない。というのも、エンハンサーの変異を機能的に調べるのは簡単でない。

ただ、先にも述べたように DLBL は AID により変異が起こりやすいこと、また抗体遺伝子発現のための SE が形成されていることから、SE 自体の変異を調べる目的には最もかなった対象だと納得する。

アセチル化ヒストンの免疫沈降法で、SE と一般のエンハンサー(NE)を特定し、特定された SE 領域で変異を検索すると、DLBL 細胞株、実際の白血病細胞を問わず、SE 領域で突然変異が高いことがわかった。

抗体遺伝子の変異率の高い胚中心由来と考えられるリンパ腫のみで、SE の変異頻度上昇が認められることから、AID が SE の変異に関わると考えられるが、予想通り変異の種類を見ると、AID=deaminase活性による変異と断定できるの。以上のことから、DLBL では AID が上昇しており、SE として集まった領域を標的に変異が蓄積しやすく、これがリンパ腫発生に関わること想像される。

後は、SE に起こった変異が白血病発生に関わるかを調べる実験が行われ、

  1. リンパ腫での転座が認められる BCL6 では、転座がなくても遺伝子内のイントロンの SE に高率に遺伝子変異が認められ、通常はこの部位にリンパ球の分化を誘導する BLIMP1 が結合しているが、変異によりこの結合が消失し、分化が止まって増殖が起こると考えられる。同じ変異を持つ細胞株をの変異部位を遺伝子編集で正常化すると、腫瘍増殖がなくなるので、BLIMP1 結合が消失して、BCL6 の転写が高まることが白血病化に関わると考えられる。
  2. 同じように、SE により転写が上昇する BCL2 や CCR4 の SE を調べると、本来グルココルチコイド受容体が結合しており、転写が抑えられているのが、変異によりこの結合が壊れ、腫瘍発生に関わる。事実、SE 領域の変異を正常化すると、細胞の増殖は低下する。

以上、SE の中に、正常の分化では発現を抑える働きを持つ領域が変異により SE としてそれぞれの遺伝子の高発現に関わることで、白血病誘導に関わることを示した力作だと思う。他の腫瘍でも SE の関与が示されていることから、同じ手法で解析することで、難関だったノンコーディング領域の変異の機能がさらに明らかになるのではと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月12日 チェックポイント治療の効果を徹底的に調べる(7月7日 Cell オンライン掲載論文)

2022年7月12日
SNSシェア

チェックポイント治療は、ガン治療を変えたといっても過言でないが、分子標的治療などとは異なり、ガンの現場で何が起こっているのか正確に捉えることは難しい。というのも、モニターできる免疫システムがほとんど末梢血に限定されていた。

これを大きく変えたのが、チェックポイント治療(ICT)を手術の前に行うガンのネオアジュバント治療だ。これにより、チェックポイント治療のガン組織での効果を、切除した標本ではっきりと調べることが出来る。

今日紹介するハーバード大学と中国の Guangzhou Laboratory からの論文は、頭頸部扁平上皮ガンで行われるネオアジュバント治療の機会を捕まえて、PD-1 抗体による治療、あるいは PD-1 抗体に CTLA4 抗体を加えた治療のガン組織及び末梢血細胞への効果を抗原受容体レベルにまで調べた、よくここまでと思える力作で、7月7日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Tissue-resident memory and circulating T cells are early responders to pre-surgical cancer immunotherapy(組織常在型と循環型T細胞は手術前のガン免疫療法に反応する)」だ。

研究では PD−1 抗体治療14例、PD-1+CTLA4 抗体治療15例の患者さんについて、一部の患者さんでは治療前の確定診断のバイオプシー、治療後に行われる手術切除組織、そして手術までの間の末梢血、術後の末梢血を採取、ここに存在する血液細胞、特にT細胞について、主に single cell RNA sequencing を用いて調べている。

まず知りたいのが、ICT により、ガン抗原特異的T細胞が増殖しているのかだが、上皮に対する強い接着力を持つインテグリンαEを発現したT細胞が強く増殖している。またこのポピュレーションは、ガンを殺す様々な分子を発現し、さらに他の免疫細胞を惹きつけるケモカインを発現している。

抗原受容体 (TcR) を調べると、まさにこの集団で同じ TcR が繰り返し認められるクローン増殖が起こっている。面白いことに、クローン増殖を起こしたT細胞の半分は元々ガン組織に存在し、そこで増殖したT細胞クローンだが、それまでガン組織には存在せず、末梢組織からリクルートされてきた TcR を持つクローンも新たに出現する。

これらのガン特異的 TcR は、様々なガン抗原を認識しており、中にはこれまで頭頸部ガンの抗原として知られていなかったものも見つかる(何万というペプチドを用いた大変な仕事の結果、TcR に反応するガン抗原を見つけているので、徹底性に感心する)。

T細胞の大きな変化に合わせて、白血球や樹状細胞なども再編成される。

ガン組織でクローン増殖しているT細胞は末梢血にも発見され、治療開始後2週間がピークで、それ以降は末梢には現れない。

増加している細胞の遺伝子発現から、ICT はこれまで言われていたように抗原刺激による疲弊を抑えるより、細胞の増殖を助けていると考えた方がいい。

以上が主な結論だが、ICTを免疫が低下しない時期に行う重要性がよくわかる研究だ。他のガンでは異なる可能性もあるが、臨床と基礎の協力が必要な分野が拡大していることを感じる。

カテゴリ:論文ウォッチ