意外な分子がガンの悪性度を決めるということがある。今日紹介するスイスガン研究所からの論文はFragile X症候群の患者さんが持つFMR1遺伝子がガンの免疫回避に関わっていることを示した、意外な現象についての論文で、11月18日 Science に掲載された。タイトルは「Aberrant hyperexpression of the RNA binding protein FMRP in tumors mediates immune evasion(腫瘍で見られるRNA結合タンパク質FMRP の異常な高発現は腫瘍の免疫回避を助ける)」だ。
何度も紹介しているが、FragileX症候群は、FMR1遺伝子に挿入された CGG 繰り返し配列にエピジェネティックなサイレンシングが起こるため、遺伝子発現が抑えられることで起こる病気で、基本的には知能の発達障害や、自閉症様症状が症状の中心になる。この変異で発現が低下する FMRP分子は、RNA結合タンパク質として、シナプスのシグナル伝達や構造形成に関わっているため、神経特異的な異常が発生すると考えられている。
研究では、FMRP分子の発現が様々な腫瘍で上昇していることに着目し、FMRP発現がガンの悪性度と関わるのではと考え、FMRP遺伝子ノックアウトガン細胞を作成、移植実験をおこなっている。結果、免疫不全マウスに移植した場合全く増殖に差がない一方、正常の同種マウスに移植すると、FMRP分子を発現しないガンは増殖が抑制されることを発見する。この結果が、この研究のハイライトで、FMRPの発現がホストの免疫系を回避に関わることがわかった。
すでに述べた様に FMRP は様々な分子の発現を調節するため、何か特定の分子のカスケードが現れるわけではなく、メカニズムの研究は大変になる。ガン周囲組織のリンパ球はもとより、マクロファージに至るまで、詳しい解析を行い、この回避に貢献する分子を特定するのに成功している。
長い話を短くまとめて以下に列挙するが、なぜこれほどうまく免疫回避に関わる分子を指揮者の様にうまく纏めているのか、不思議なぐらいできすぎた話になっている。
- FMRPが発現すると、IL33が誘導され、抑制性T細胞が誘導され、免疫が低下する。
- 一方、T細胞の誘導を促す、CCL7を中心とする様々なケモカインは発現が抑制される。逆に、FMRPが欠損すると、これらのケモカインが発現し、腫瘍局所にT細胞を引きつける。
- FMRPは Pros1 の発現を介して、組織のマクロファージを免疫抑制型に変える。一方、FMRPの発現が低下したガン細胞では、免疫活性化型のマクロファージが誘導される。
- FMRPは免疫抑制型マクロファージの誘導に関わるエクソゾームの誘導も促す。
以上が主な結果で、FMRPが調節する遺伝子は決してランダムに選ばれているわけではなく、免疫回避のためにわざわざ選んできたとすら思える、一連の遺伝子セットを上げ下げして、免疫回避を助けていることがわかる。
ただ残念ながら、ガンのデータベースをもとに、FMRPの発現レベルがガンの生存期間とか変わるかを調べているが、ほとんど相関は認められていない。その意味では、ここで示されたシナリオがどこまで生理学的かわからないが、FMRPで変化する遺伝子セットをひとまとまりの指標として見ると、ガンの予後との相関が認められることから、免疫回避のガンのプログラムが必ずあると結論している。ぜひ、FMRPがサイレンスされた患者さんでは、発癌過程でこのサイレンシングが消えるのかどうか知りたいところだ。