先日、個人的にもずいぶんお世話になった豊島久真男先生を偲ぶ会が、大阪千里ライフサイエンスセンターで行われた。若い人たちはあまり知らないかもしれないが、豊島先生はラウス・サルコーマウイルスの温度感受性株を分離し、ガンが発癌遺伝子により誘導されることを見事に示した研究で有名で、日本のガン研究をリードしてこられた。
偲ぶ会は、3月22日に亡くなられた先生にゆかりの人々が短く思い出を語られる形式で行われたが、現役時代交流が深かった多くの先生にお会いすることが出来た。大阪大学の岸本先生は、豊島先生の Ras とスウェーデンの Carl Heldin の PDGFR についての研究を、自身が現役時代に強い印象を受けたシグナル研究として話しておられた。
そんなとき、その Heldin が彼のライフワークの一つ TGFβ受容体と、Srcの関係を調べた研究を見つけたので、豊島先生を偲ぶ意味も込めて紹介することにした。タイトルは「The type II TGF-β receptor phosphorylates Tyr 182 in the type I receptor to activate downstream Src signaling(タイプ II TGFβ受容体がタイプ Ⅰ 受容体の182番目のチロシンを活性化しSrcシグナルを活性化する)」で、11月15日 Science Signalling に掲載された。
TGFβシグナルは、TGFβ受容体 I. II を会合させ、SMAD をリン酸化して、転写を介して様々な過程に関わる、極めて重要なシグナル系だ。しかも、これだけでなく、ERK や Src などのチロシンリン酸化も誘導して、複雑な効果を生むことも知られていた。とはいえ、セリンスレオニリンキナーゼ機能を持つ TGF受容体が、Src のチロシンリン酸化を誘導できるのかなど、まだわからないことが多い。
今日紹介する論文は、シグナルの大御所がこの問題にチャレンジした研究で、久しぶりにシグナル研究について勉強したと実感できる研究だ。
まず、Src と TGFβR の両方の分子を発現している細胞を TGFβ で刺激で Srcz (416番目のチロシン)がリン酸化されること、このリン酸化には Src と TGFβ受容体の直接会合が必要なこと、しかし SMAD活性化を阻害する薬剤ではこのリン酸化が抑制できないことを明らかにする。
即ち、Src と TGFβRI は直接相互作用して Srcリン酸化を誘導するが、これには SMAD 活性化に関わるセリンスレオニンキナーゼ活性は必要ないことがわかる。驚くのは、TGFβ 刺激による Srcリン酸化を阻害する抗体を探すと、Src の阻害剤を加えたときに Srcリン酸化が抑えられることで、この結果は、TGFβRI と結合することで Scr が活性化され、自分自身をリン酸化している可能性を示唆している。
そこで、細胞フリーの実験系で、Src が TGFβRI に結合することで Src の自己リン酸化が起こることを確認している。また、そのとき TGFβRI のいくつかのチロシン残基もリン酸化されることを明らかにしている。
次に TGFβ の刺激による TGFβRI、II 両方の受容体が会合するところから、Src がリン酸化されるまでの過程を、生化学的に追求し、Src のリン酸化には TGFβRII のキナーゼ活性が必要で、この活性によりTGFβRI がリン酸化されることで Src への結合活性が高まり、これにより TGFβ依存的に Src の自己活性化が起こることが示された。
最後に、TGFβ刺激による細胞の変化を Src阻害剤存在下で調べると、SMAD活性化による転写活性は全く抑えられないが、アクチンの重合促進による細胞遊走能亢進が抑えられることを示している。
実際には、これ以外にも多くの実験を繰り返して生化学的過程を詰めているのだが、統べてて割愛した。しかし以上の結果は、ガンがさらに悪性化するときに重要な働きをしている TGFβシグナルも、少なくとも2種類の経路を活性化しており、転移に必要な細胞の遊走能の亢進などは、Src活性が大きな役割を持つことを示している。
大御所からシグナルのセミナーを受けた気分の論文だった。