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1月13日 嗅覚受容体の異所性発現はガンの転移を促す(12月17日号 iScience 掲載論文)

2022年1月13日
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3δ株感染では主症状の一つだった嗅覚障害が、オミクロン株ではほとんど発生しないという話を聞いて、嗅覚受容体の発現が結構環境変化に左右されるのだなと感心しているときに、思いがけなくガンの転移と嗅覚受容体の関係を示したハーバード大学からの論文を見つけた。大学の後輩でアラバマで脳外科医として働いている知人、中野伊知郎さんも共著者として参加している。タイトルは「Olfactory receptor 5B21 drives breast cancer metastasis(嗅覚受容体5B21は乳ガン転移を促す)」で、12月17日号のiScienceに掲載された。

私が気づかなかっただけで、ガンの転移や悪化に異所性に発現した嗅覚受容体(OR)が関わっている可能性は、多く発表されているようだ。特に、前立腺ガンや乳ガンでは、転移や悪性度との関連が指摘されていたようだ。考えてみると、嗅覚受容体はG共役性受容体なので、異所性に発現され、刺激物質が存在すれば、細胞の活性を変化させても不思議は無い。

この研究では人乳ガンをマウス血中に注射し、脳、骨髄、肺に転移し増殖できた細胞から細胞株を樹立し、新たに発現してきたORを調べている。人間のORは800種類以上存在するが、転移できた乳ガンでは20種類ぐらいのOR遺伝子の発現が上昇している。

この中から、特に脳転移で上昇しているOR5B21に注目し、研究を進めている。OR5B21は親株と比べ、脳転移では15倍、肺転移では10倍高い発現が見られている。残念ながら、ヒト乳ガンのデータベースサーチでは、乳ガンでOR5B21の発現が上昇していることは述べられているが、脳転移でさらに上昇しているかどうか述べられておらず、実際の臨床例でも同じことが言えるのかは分からないと言わざるを得ない。

とはいえ、実験動物系ではOR5B21は確かに刺激され、STAT3/NFκB/CEBPβ分子経路を介して、乳ガン細胞の上皮間質転換を促進し、またメタロプロテアーゼの発現を上昇させて、結果として転移が上昇することを示している。

またノックダウンすると、転移能力が低下し、マウスの生存期間も延びることが示されている。

結果は以上で、出されたデータが完全とは言えない部分が多いので、結論が一般化できるのかどうかは判断できない。しかし、ORがこれほど様々な場所で発現するとは考えたことが無かった。ORは、抗体やTcRと同じで、一つの細胞には一つの受容体しか発現しないように出来ている。おそらく、エピジェネティック機構の異常で起こるガンの異所性発現では、このルールが守られているのか、それも是非調べてもらいたいと思った。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月12日 アルツハイマー病の進行速度を決める原因を求めて(1月5日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年1月12日
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アルツハイマー病(AD)の進行を決めるのが、細胞外へのアミロイドβの沈着と、細胞内でのTau分子の沈着の二要因であることは疑う人はいない。ただ、それぞれの病態への寄与、相互作用などについては分かっていないことが多い。従って、それぞれの要因と、病気の進展速度を相関させる臨床研究が重要になる。

今日紹介する米国クリーブランドのケースウェスタンリザーブ医大からの論文は、通常のADと比べて急速に進行するrapidly progressing AD(rpAD)と、一般的な徐々に進行するAD(spAD)の違いを、Tauタンパクの構造の違いから説明しようとした研究で1月5日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Distinct populations of highly potent TAU seed conformers in rapidly progressing Alzheimer’s disease(急速に進展するアルツハイマー病ではTauを増殖させる高いシード活性を持つ構造を持つ異なるTauが存在している)」だ。

この論文を読んでまず驚いたのが、病理的にも、遺伝的にもまだはっきり違いが認められないのに、病気の進行が6倍も速く、多くが3年で亡くなる一群の患者さん(rpAD)が存在することだ。病気の修飾に関わるApoEタイプのe4が、spADより少ないが、これも半分ぐらいで、全くないわけでは無い。

実際、rpADの進行はプリオン病に近く、またTauが構造変化により、プリオンのように同じ構造のTauを増殖させる可能性が示唆されていることから、おそらくTauが沈殿しやすい特殊構造をとることが、rpADの原因では無いかと着想し、亡くなった患者さんの海馬に沈着するTauの生化学的分析を行っている。

プリオンについて言えば、他のタンパク質をプリオンに変えてしまうシード構造はほぼ1種類しか無い。しかし、この研究の結論は、Tauについては、確かにプリオンと同じシード活性を持つ構造が存在して病気の進行を左右しているが、その活性は一つの構造に収束するのでは無く、少なくとも4種類以上の構造が、シード活性を持ち、病気の進行に関わるという結果だ。

このシード活性を持つ構造を特定するために、この研究では正常Tauでは折りたたまれて隠れている部位を認識する抗体、および構造変化により獲得されたタンパク分解酵素抵抗性を指標にして、rpADで特に上昇している分画を特定している。

これらの分画は、rpADだけで無く、spADでも存在しており、また経過とともに増加してくることから、AD自体が、Taunopathyと呼ばれる、特定の構造を持ったシードTauが、同じ構造のTauを増殖させることが背景になっていることを示している。

最後に、rpADとspADの違いを求めていくと、最終的に蔗糖密度勾配法で分画され、タンパク分解や塩化グアニジウム抵抗性で、4Rと呼ばれているスプライシング型由来のTauの量がこの差を決めていることを明らかにしている。

以上が結果で、ADがTaunopathyが関わること、さらに複数の分子構造がシード活性を持っているため、多様な病態が成立することが理解できる研究だと思う。しかし、AD治療にはまだまだ長い道が横たわっていることを実感した。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月11日 スパインの興奮特性 (1月7日号 Science 掲載論文)

2022年1月11日
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神経の樹状突起はスパインと呼ばれるとげのように突き出た突起で覆われており、これが興奮性シナプスを形成し、他の神経アクソンからのシグナルを受け取る。これまで紹介したように、一本の樹状突起上のスパインは、刺激に応じて独立した形態変化を起こせることから、それぞれが独立した興奮依存性生化学的ユニットを形成している。すなわち、神経細胞や樹状突起とは独立して、興奮への反応性を変化させる仕組みを持っている。とはいえ、細胞膜はつながった一つの細胞の一部なので、興奮伝達という電気生理学的観点から見たとき、どの程度独立しているのかは明確ではなかった。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、細胞膜での電位を測定するための色素を開発し、これを用いて樹状突起と個々のスパインの膜電位を測定し、スパインの独立性について調べた研究で、1月7日号Scienceに掲載された。タイトルは「Voltage compartmentalization in dendritic spines in vivo(樹状突起スパインの生体内での電位区画化)」だ。

この研究では、スタンフォード大学により開発されていた、膜電位により分子構造を変化させる脱リン酸化酵素を用いた電位センサーを、シナプス局在に関わる分子PSD95と結合するH鎖抗体ナノボディーと結合させたGEV1と呼ぶ遺伝子を開発している。このキメラ分子遺伝子を神経細胞に導入すると、細胞膜上のシナプスと同じ場所に発現し、樹状突起やスパインの局所的膜電位を、生きたマウスの脳内で測定することが出来る。

この方法で膜電位を測定しながら同時にパッチクランプ法で細胞の膜電位を測定すると、神経が刺激されたとき、個々のスパインや樹状突起膜上での膜電位の変化を測定することが出来る。神経が刺激されると、パッチクランプでは大きな活動電位(AP)と、それに続く神経全体に及ばない閾値以下の電位変化が観察される。同じ神経をGEV1センサーで測定すると、APはダイナミックレンジが狭いためか、キャッチできないが、それに続く閾値以下の反応や、APとは無関係の膜電位の変化を捉えることが出来る。

次に、この方法で神経全体の興奮とスパインの興奮の関係を調べると、APが発生するときには同じようにスパインも反応して、細胞全体で一つの反応ユニットであることが分かる。しかし、閾値以下の膜電位変化を記録すると、樹状突起とスパイン全体が連動した膜電位変化とともに、それぞれのスパイン独自の活動が見られることが分かる。

実際に末梢神経を刺激して脳内の興奮を調べると、樹状突起と連合したスパインの興奮回数は上昇するが、スパイン独自で起こる膜電位の変化は全く変わらず、それぞれが異なる機能を持っていることが示唆される。

最後に、光刺激で樹状突起を刺激したとき、個々のスパインを刺激したときの膜電位の変化を調べると、樹状突起を刺激したときには、樹状突起膜もそれにつながるスパイン膜もともに脱分極が見られる一方、スパインだけを刺激したときは、スパインから樹状突起へ興奮が減衰しながら局所的に伝わることを明らかにしている。この結果に基づき、スパインと樹状突起の電気結合モデルが示されているが割愛する。

結果は以上で、神経、樹状突起、スパインの興奮を個別に記録できたという点が重要で、今後このパターンの背景にある分子基盤、また電気ユニットとしてスパインが独立していることの機能的意義が研究されていくことになるだろう。しかし、何でも出来るようになってくるのには驚く。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月10日 指紋の型を決める機構(1月6日号 Cell 掲載論文)

2022年1月10日
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個人の特定に現在利用されるのは、ゲノム、指紋、そして顔認証の3種類が中心だ。今でこそ監視カメラなどの顔認証技術が進んだおかげで、顔認証は法的にも利用されるようになったが、少し前まではゲノムと指紋が主流だった。ゲノムは当然として、なぜ指紋を顔認証に匹敵する個人認証に使えるのか、その成立の仕組みはよく分からなかった。

今日紹介する上海・復旦大学からの論文は、四肢形態形成に関わる遺伝子群が、指紋パターンの形成にも関わることを様々な角度から示した面白い論文で1月6日号のCellに掲載された。タイトルは「Limb development genes underlie variation in human fingerprint patterns(四肢形成遺伝子が人間の指紋パターンの多様性に関わる)」だ。

個人を特定できる指紋といえども、完全にランダムに形成されるわけではない。この分野の研究者によると人間の指紋は大きく6種類にわけられる(例:https://www.researchgate.net/figure/Major-Fingerprint-Types-Whorl-Arc-Tent-Right-loop-Left-loop-and-Double-Loop_fig1_289246081)。この研究では、それぞれの指紋型を持つ人のゲノム解析を行い、それぞれの型に相関するSNPを探索している。

詳細は省くが、これまで知られていた毛根や汗腺の発生に関わるEDARの様な、皮膚上皮に発現する遺伝子領域だけでなく、四肢の発生に変わる様々な遺伝子領域のSNP(一塩基遺伝子多型)が特定された。これらSNPから想定される遺伝子ネットワークを調べると、SNPと相関している遺伝子の多くは、まさに四肢形成の中心を担う分子として研究されてきた、WntやSHH、さらにはNOTCHシグナルに関わる分子であることがわかった。すなわち、四肢発生過程の延長に指紋形成があり、逆に皮膚発生に関わる過程の分子の関与は少ないことが明らかになった。

このように、SNPリストはできても、指紋形成メカニズムをこのリストからだけで説明するのは難しい。この研究ではまず、両手の中指3本の指紋が良く似ていることに注目し、この共通のパターンと相関するSNPを詳しく解析し、骨髄性白血病の原因遺伝子として知られるEVI1の発現に関わるSNPを特定した後、今度はEVI1自体の指紋形成への関与について、一つのシナリオに到達している。

EVI1は完全欠損すると胎生致死に至る。そこで、Jumbo変異として知られる多肢形成が起こる変異をヘテロに持つマウスの発生を調べると、通常なら連続している指のシワが、断裂することを発見する。また、マウスや人間でEVI1発現を調べると、指紋が形成される前に、指の間質細胞で発現して、細胞の増殖に関わることが明らかになった。すなわち、四肢形成の過程で間質細胞に発現するEVI1の多様性が、間質細胞の分布パターンの多様性を誘導し、このパターンが指紋が維持されるための基盤になることを示している。

指の長さと、指紋のパターンを調べると、渦巻き型と強い相関が見られることから、発生時期の間質細胞の多様性が指紋形成だけでなく、手の形成全体に関わっており、指紋形成もその中の一つの変化として捉えられることを示唆している。

以上が結果で、間質細胞の増殖の仕方のムラによって、指紋の基礎が作られるという話は面白い。ただそれだけでなく、例えばEVI1発現を決めるSNPが指紋と相関することは、指紋から白血病リスクを予測したりする可能性すら示唆しており、さらには手相による占いの根拠にすら発展するかもしれない(?)。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月9日 自閉症児に見られる感覚異常の原因を探る:自閉症の科学50(1月5日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年1月9日
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自閉症スペクトラム(ASD)の背景には、神経発生過程のちょっとした違いによる神経ネットワークの変化があることが想定されている。中でも、神経興奮を抑制するGABA作動性の神経活動の異常と、それによる感覚異常がASDに関わる可能性が示唆されている。このHPでも、脳内には到達しないGABAシナプス刺激剤を投与すると、感覚異常が改善され、ASD様症状が抑えられることを明らかにした論文(https://aasj.jp/news/autism-science/11245)や、細菌叢がASDの症状に関わるのもGABA作動性の抑制神経の活動が低下しているためである可能性を示す論文を紹介してきた(https://aasj.jp/news/watch/10310)。

今日紹介する英国キングズカレッジからの論文は、Spatial Suppressionと呼ばれる感覚抑制で誘導される脳波記録と、プロトンMRSと呼ばれる脳内のGABA濃度を測定とを組み合わせて、ASDの感覚異常がGABA作動性神経の低下に起因する可能性を示した研究で、1月5日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「GABA B receptor modulation of viual sensory processing in adults with and without autism spectrum disorder(ASDおよび正常成人の視覚処理はGABA B受容体により変化させられる)」だ。

これまで、ASDの感覚異常の一つとして、Spatial suppuressionの低下が知られていた。これは、画面に現れる対象物(例えば縞模様)をコントラストを変えて提示し、同時に背景の方も視覚認識を邪魔するような模様を様々なコントラストで提示し、対象物を正確に認識できるかどうかを調べるテストだ。典型人での視覚認識では、対象物のコントラストが鈍っても、周りの邪魔するパターンが強くなっても、認識力は低下する。ところが、ASDの人では、このような低下があまり認められないことが知られていた。

この研究では典型人、ASDを3群に分け、1群は何もしない、2群は少ない量のGABAシナプス刺激剤、そして3群に多い量の刺激剤を服用してもらい、spatial suppressionテストを行ったときの脳波を記録、視覚認識が低下するかどうかを調べている。

結果は、刺激剤を投与していない場合、期待通り典型人ではspatial suppression テストで誘導される脳波の変化が強く表れるが、ASDではこの変化が見られない。すなわち、脳の反応としては周りの背景に邪魔されることが少ない。

ところが、GABAを刺激する薬剤を多く投与したグループでは、これが逆転し、ASDでは認識が邪魔されるのに、典型人では影響が少ない。この結果は、GABA刺激の量が、spatial suppression の程度を調節していることを強く示唆しておりASDでも典型人と同じレベルにGABA刺激を高めてやると、視覚の認識異常が正常化することがわかる。逆に、正常人で同じ量のGABA刺激剤を服用すると、spatial suppressionが見られなくなるのは、刺激が過剰になると回路がうまく働かないことを示している。

このようにGABAの量によりspatial suppressionが調節されていることを確認した後、プロトンMRSと呼ばれる技術を用いて、spatial suppression課題を行っているときの、視覚野でのGABA濃度を測定している。結果は完全に期待通りで、spatial suppressionによる脳波の変化と、GABA濃度の間には強い相関が見られる。そして、ASDでは、GABA濃度の上昇が見られない。

以上の結果から、少なくとも視覚については、GABA抑制性神経の活動の低下が感覚異常を誘導し、それが自閉症様症状にも寄与する可能性が示された。薬剤による症状改善も示されていることから、この過程を標的にした治療法の開発も期待できる、重要な貢献だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月8日 自閉症幼児はお母さん言葉への反応が低い:自閉症の科学49 (1月3日 Nature Human Behaviour オンライン掲載論文)

2022年1月8日
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まだ言葉を理解できない幼児期にも、子供は様々な形で母親との密接なコミュニケーションを図っている。その中の重要な手段の一つがMothereseと呼ばれる、お母さんが幼児に向かってゆっくり、優しく、心を込めて話しかける言葉だ。これを聞くと、幼児でなくても心が暖かくなるのだが、他人とのコミュニケーションが苦手な自閉症スペクトラム(ASD)の子供では、Mothereseに対する反応も、典型児とは異なっている可能性がある。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は寝ている幼児のMothereseを含む様々な声に対する反応を、機能的MRI(fMRI)に用いて調べ、予想通りMothereseに対する反応が低下していることを明らかにした研究で、1月3日Nature Human Behaviourにオンライン掲載された。タイトルは「Neural responses to affective speechi, including motherese, map onto clinical and social eye tracking profiles in toddlers with ASD(Mothereseを含む気持ちのこもった言葉に対する神経反応は、自閉症幼児のアイトラッキングによる臨床的、社会的反応と対応させられる)」だ。

この研究ではまず、2歳前後の典型児およびASD児が睡眠中に、1)比較的淡々とした話しかけ、2)少し心を込めた話しかけ、そして3)Mothereseを聞かせ、そのときの脳の反応を記録し、それぞれの話しかけ方に対する反応の違い、およびASD児と典型児の反応の違いを比べている。

それぞれの話しかけ方については、前もって成人に聞いてもらって、Mothereseが最も気持ちがこもって聞こえることを確認している。また面白いことに、典型児と成人でそれぞれの言葉を聞いたときのfMRIの反応にも大きな違いはない。Mothereseに私たちが抱く気持ちは一生続くようだ。

次に、ASD児と典型児の反応を比較すると、典型児で見られる左右の言語野の反応が低下している。この結果がこの論文のハイライトになるが、ただ論文ではあまり議論されていない気になるポイントがいくつかあった。まず、典型児でそれぞれの話し方に対する反応の違いを見ると、それほど大きな差はない点だ。例えば語りかけが聞こえる方向への視線の固定など、行動ベースではmothereseに強い興味を示すという点で差があるのに、fMRIの反応自体はそれをあまり反映していない様に思える。一方、ASD児の言語野での反応は典型児と比べると低下しているが、言語野に隣接する左後側頭部に、特にMothereseを聞いたときに強い反応が見られており、ASD児でMothereseに対しては強い反応が見られるのではと興味を惹いた。一方、同じ後部側頭葉でも右側では、Mothereseに対する反応が低下している。今後は是非このあたりをもう少し議論してほしいように思う。

ただ、典型児、ASD児の反応のばらつきは大きい。そこで、他の行動異常と相関させる工夫を行っている。例えば、各児の社会性のスコアをfMRIでの変化とプロットすると、左脳言語野の反応との相関がはっきり見られる。

そこで、similarity network fusionと呼ばれる手法で、脳fMRI反応や行動などをベースに、各児をクラスターに分けると、cluster 1(典型児)からcluster 4(ASD児)まではっきりとわけることができ、話しかけが聞こえる方に視線を固定するテストでは、クラスター4の反応が図抜けて落ちている、すなわち話しかけに対する反応が落ちていることがわかった。また、クラスター4では先に述べたfMRIによる右脳後部側頭葉のmothereseに対する反応がはっきり低下していることも示している。

結果は以上で、脳のmothereseに対する反応という点では、まだ解析は深まっていないように感じた。すなわち、脳の機能と症状の相関の原因を追及することはまだまだ難しい。しかし、言語野の反応や、それに隣接する後部側頭領域の反応では、mothereseに対する反応ははっきりと違っているようなので、2歳児という早い段階での脳を調べる意味で、期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月7日 妊娠中の異常を血液中のRNAを用いて予測する検査法の開発(1月5日号 Nature オンライン掲載論文)

2022年1月7日
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現在、胎児の発達と異常の診断のほとんどは、超音波検査に頼っているのではないだろうか。ただ、子癇としても知られる妊娠高血圧腎症と呼ばれる異常の診断的中率は高くない。この診断率を母親の血液のバイオマーカーを用いて高めるための試みが様々な方法を用いて進められている。

今日紹介する米国企業Mirvieを中心とする国際チームからの論文は、母親の血液に流れている微量な母親および胎児由来のRNAを用いた妊娠の進行状態とともに、妊娠高血圧腎症を高い確率で予測する方法の開発で、1月5日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「RNA profiles reveal signatures of future health and disease in pregnancy(RNAプロファイルにより妊娠中の健康と病気を予測する)」だ。

この研究は、すでに開発されたAIを用いた診断法の検証になる。この分野は全くフォローしていなかったが、AIやcell free RNAなどを用いた診断法開発が流行っている現在、このような論文がNatureに掲載されたのは逆に驚く。この分野はほとんどフォローしていないが、かなり画期的なことなのかもしれない。

検査自体は、母親の末梢血0.2-1mlからRNAを抽出、そこからcDNAライブラリーを作成し、遺伝子配列を決定した上で、その中から妊娠時期と相関する約700種類の遺伝子を選び出し、そのリード数と妊娠時期との相関を機械学習させたモデルを作成している。

このモデルと妊娠時期との相関はほぼパーフェクトで、誤差は2週間以内と、超音波診断による妊娠時期推定と合致する。この高い相関に寄与する遺伝子を調べると、母親側、胎児側双方から放出されるRNAが存在し、例えば母親側のホルモン産生に関わる分子、また胎盤の発達に関わる遺伝子、さらには胎児側の心臓の発達に関わる分子のRNAが、高い相関に寄与していることがわかる。

次に、こうして得られた正常妊娠のモデルから逸脱する例として、妊娠高血圧腎症を発症した例を集めて、正常からの逸脱がRNAライブラリーにも見られるかどうかを調べている。すると、着床に関わるタイトジャンクション分子クローディン7をはじめいくつかの分子の発現が妊娠高血圧腎症患者さんでは上昇し、これらの相関を合わせて診断すると、AUCと呼ばれるスコアで0.83とまあまあの予測精度が得られ、陽性的中率では32%と、これまでの方法と比べ臨床的にはかなり満足いく結果が得られることが明らかになった。

結果は以上で、この結果がどの程度画期的なのか、産科の先生に聞いた方が良さそうだが、発症予測が難しい妊娠高血圧腎症を胎盤発達に関わる分子の残影から予測するというのは説得力がある。検査にかかる費用など、まだまだ解決すべき課題は多いと思うが、期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月6日 染色体リモデリングを標的にする抗がん剤の開発(12月22日 Nature オンライン掲載論文)

2022年1月6日
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多くのガンで、エンハンサーとプロモーターの相互作用をリモデリングして転写活性を高める仕組み、すなわちスーパーエンハンサー形成によりガンドライバー分子の発現を高める仕組みが働いている。これまで転写因子を標的にした薬剤の開発は、正常細胞の転写にも影響するため難しいとされてきたが、高いエンハンサー活性への依存性が高まっているガンについては十分可能性があると考えられるようになり、アセチル化ヒストン結合因子BRD4の阻害剤の開発などを皮切りに、開発が進んできた。

今日紹介するミシガン大学からの論文は、転写の本家本元とも言えるSWI/SNF複合体を標的にした薬剤開発の話で、12月22日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Targeting SWI/SNF ATPases in enhancer-addicted prostate cancer(エンハンサー中毒の前立腺ガンでSWI/SNF ATPaseを標的にする)」だ。

多くの分子が集まったSWI/SNF複合体(SSC)はATP 依存的にクロマチンをオープンに保って、転写因子が遺伝子にアクセスできるようにする重要な機構で、当然この複合体が形成できないと、染色体は閉じて、スーパーエンハンサーは崩壊する。この可能性を狙って、SSCの中のATPase(SMARCA2,SMARCA4など)を抑制する阻害剤の開発が行われている。この研究では、ATPase活性を標的にするのではなく、ATPaseのブロモドメインに結合して、そこにVHLプロテアーゼをリクルートして、ATPase分子そのものを分解する薬剤AU-15330を開発している。タンパク分解により転写因子を壊す薬剤として、骨髄腫治療に用いられるサリドマイド、レナリドマイドがあるが、AU-15330も同じ原理だ。

当然二つの分子に結合できる複雑な化合物で、薬剤として使うのは難しそうに見えるが、エンハンサー依存性が高い腫瘍の多く、特にアンドロゲン依存性の前立腺ガンの増殖を抑えることが分かった。

あとは、

  1. AU-15330処理により速やかに3万以上の場所でクロマチンが閉じる。
  2. その結果前立腺ガン増殖に必要なアンドロゲン受容体や、FOXA1の標的遺伝子への結合が抑制される。
  3. スーパーエンハンサー形成が抑えられ、エンハンサーとプロモーターの結合が消失する。

など、期待通りの効果が得られる一方、ガン増殖を抑制する濃度では、正常細胞にはほとんど影響がないことを確認している。

そして最後に、前立腺ガン細胞をマウスに移植する実験系で、AU-15330治療実験を行い、単独ではガン抑制効果は少ないが、アンドロゲン受容体阻害剤と組みあわせると、ガンの増殖をしっかり抑えることを示している。

以上が結果で、多くの場合ガンの増殖を完全に抑制できないこと、また実際には正常のクロマチンにも影響が有ることから、正直臨床に持って行くには、まだまだ高いハードルがあるように思える。しかし、SWI/SNFのような本家本元のクロマチン調節の仕組みが治療標的になったと言うことだけで、大きな前進だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

言語の起源について語る、Zoomミーティング

2022年1月5日
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このミーティングはすでに開催し、ジャーナルクラブで配信しています(https://www.youtube.com/watch?v=yVk5hqD-H20)。

昨年11月15日、言語使用と道具使用に共通の脳領域が関わることを示した論文を紹介しました(https://aasj.jp/news/watch/18320)。このとき、友人の濱崎さんから、人間進化の観点から考えることが重要との指摘を頂きました。それを受けて、一度この辺を皆で考えてみようと言うことになり、1月7日昼の2時から、博多の友人信友邸にお邪魔して、「言語の起源」について、話題提供しながら語り合うことになりました。平日の昼なのでYoutube同時配信はしないので(録画は配信予定です)、もし興味のある人は、メールでzoomアカウントをリクエストして頂けば、返信で送ります。

カテゴリ:ワークショップ

1月5日 重症歯周病、フィブリン、NETosis :よく出来た3題噺 (12月24日 Science 掲載論文)

2022年1月5日
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今日は身近な病気の話を紹介する。米国・国立衛生研究所、歯学部門からの論文で、主に実験的だが、重症歯周病のメカニズムを明確にしたよくまとまった話だ。タイトルは「Fibrin is a critical regulator of neutrophil effector function at the oral mucosal barrier(フィブリンは口内粘膜バリアーでの白血球機能の重要な調節因子)」で、12月24日号のScienceに掲載された。

この研究はプラスミノーゲン遺伝子の機能異常は口内炎になるという遺伝疫学解析からスタートしている。プラスミノーゲンは活性化されプラスミンへと転換し、これによりフィブリンを分解する。従って、この遺伝解析結果は、口腔粘膜の炎症がフィブリンの分解と強くリンクしていることを示している。

これを確かめるため、この研究ではプラスミノーゲン遺伝子欠損マウスを調べると、確かに歯槽骨が吸収され、歯根が露出することを確認する。同じ症状は、活性化出来ないプラスミノーゲン遺伝子を持つマウスでも起こる。

一方、プラスミノーゲン欠損マウスでも、フィブリンが出来ないフィブリノーゲン欠損遺伝子を併せ持っていると、歯槽骨の吸収は見られない。すなわち、フィブリンの沈着が最終的な歯周病の引き金を引いていることが明らかになった。

ではフィブリン沈着がなぜ強い炎症に発展するのか?これを調べるために、フィブリンが沈着した歯周組織に集まってくる細胞の変化を調べると、浸潤細胞のほとんどが好中球で、免疫性の炎症と言うより、細菌感染による細胞浸潤に近い病理過程が起こっていることが分かる。事実、プラスミノーゲン欠損マウスでも無菌マウスでは歯槽骨の吸収がないことは、細菌感染により誘導される好中球浸潤が重要な役割を果たしていることが分かる。

こうして浸潤してきた好中球は、フィブリンと結合するインテグリンを発現しており、例えばインテグリンと結合できない変異を持つフィブリン遺伝子を持つマウスでは、細胞浸潤が強くても歯槽骨吸収は見られない。すなわち、好中球がインテグリンを介してフィブリンと結合することで、好中球が活性化され、炎症が起こる。

実際、試験管内の実験系で、好中球がフィブリンによって特殊な細胞死、NETosisに陥り、DNAを周りに吐き出して炎症サイトが形成されることも示している。

最後に、NETosisにより組織へ放出されるDNAをDNaseIで分解すると、炎症が抑えられること、あるいは好中球のえらスター背が欠損すると、炎症が抑えられることを示している。

以上のことから、凝固線溶系への介入、インテグリン阻害、そしてDNaseIやエラスターゼ阻害剤など、様々な治療可能性が明らかになった面白い論文だと思う。

これらは全てマウスの話だが、人間でもプラスミノーゲン遺伝子顆粒に歯周病リスクSNPが存在しており、重症歯周病については同じと考えていいのではと思う。

最も身近な炎症にも光が当たってきたようだ。

カテゴリ:論文ウォッチ
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