2024年9月20日
現在前立腺ガンなどには、高線量率小線源療法(ブラキセラピーと呼ばれている:BT) が行われる。この方法は腫瘍内に小線源を埋め込むことで、周囲の正常組織への放射線影響を抑えようとするもので、当然ガン組織内でも線量の違いが生じる。
今日紹介するウィスコンシン大学からの論文は、BT が免疫チェックポイント治療(ICI)と相性がよく、その理由がガン組織の放射線量に違いが生じることでガン組織に異なる免疫環境が作られることを動物実験で示した研究で、9月18日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Intratumoral radiation dose heterogeneity augments antitumor immunity in mice and primes responses to checkpoint blockade(腫瘍内の放射線量の不均一性がマウスの抗ガン免疫を高め、チェックポイント治療効果を高める)」だ。
この研究では一般の均質な放射線照射 (EBRT) や BT 、そして ICI 単独では治療が難しいことがわかっているガンを移植したマウスに、様々な線量の BERT や BT の放射線治療と ICI を組み合わせたときにガン抑制効果が得られないかを調べ、BT と ICI を組み合わせたときだけ絶大な効果が生まれることを発見する。このとき、BT の線量は多すぎると併用効果が低下する。
この原因がガン組織内の線量の不均質性によるのではないかと考え、線量と腫瘍環境の遺伝子発現を調べると、遺伝子発現パターンが線量を反映し、BT では線源からの距離に応じて遺伝子発現パターンが異なっていることを確認する(組織上での遺伝子発現ライブラリー作成方法まで用いて放射線の量と組織反応の相関性を示している)。
どの遺伝子がどこで発現しているのかなどの詳細は全て割愛して紹介するが、要するに低い線量部位が存在することが重要で、そこではキラー細胞やヘルパー細胞が集まり、逆に抑制性T細胞は減る腫瘍組織が成立している。逆に、高線量領域では抑制性T細胞が増えて、キラー細胞やヘルパーT細胞が減っている。
BT と ICI で誘導されたガン免疫には CD8T細胞と CD4T細胞の両方が必要で、これは局所での反応がリンパ組織で免疫記憶へと発展する必要があるためで、脾臓の CD8T細胞のインターフェロンγ分泌が BT と ICI で最も高い値になることを示している。
この論文で示された免疫系やサイトカインの解析は、著者独自の解釈が多くわかりにくい。しかし、これら分子機構の集まった結果としてのガン免疫成立を指標としてみると、ガン組織が暴露される線量の不均一性が存在する BT の方が ICI との相性がいいという結果は、極めて面白い。ガンを殺すために、どうしても必要な線量を照射することは当然のことだが、一部低線量部位を残すことで、ガン免疫を育てていけるという話だ。とすると、例えば別々の場所で増殖する転移性のガンを使って、両方とも低線量で免疫を育てた方がいいのか、あるいは片方は高線量、片方は低線量照射して ICI と組み合わせた方がいいのかといった実験は重要になる。もし一部の組織に低線量で照射することが最も重要なら、放射線治療を諦めた場合でも、一部の転移巣に低線量照射を行い、ICI と組み合わせることで免疫を高めることができる。もしこれが正しいとすると、BT だけでなく EBRT でも同じ結果が得られるかもしれない。まだまだ臨床に即した実験を期待したい。
2024年9月19日
TGFβ はガン転移を誘導するシグナルとして広く知られている。このメカニズムについて我々のレベルでは、TGFβシグナルは転移につながる上皮間葉転換(EMT)やマトリックスの繊維化を促進し、ガンの転移を促進するで終わっているが、もちろん専門家は膨大なエネルギーを使ってさらに分子間相互作用を追求する。
今日紹介するスローンケッタリング癌研究所 J.Massague 研究室が9月6日 Cell にオンライン発表した論文は、プロの研究を学べる格好の論文で、TGFβ が Ras をドライバーとする肺ガンの転移を誘導する詳細なメカニズムを理解することができた。タイトルは「TGF-β and RAS jointly unmask primed enhancers to drive metastasis(TGFβ と RAS は協力してあらかじめ決められたエンハンサーの抑制を外して転移を促進する)」だ。
J.Massague は TGFβシグナル研究のトップを長く走ってきた大御所で、我々が単純に RAS = ガンドライバー、TGFβ = 転移 と分けて考えてしまっているのを、なぜ RAS をドライバーとするガンが TGFβ で転移するのかという統合的問題として設定し、この問題から始めている。
膨大な仕事で、SMAD の機能から構造まで熟知していないと思いつかない実験が行われており、まず紹介しきれないので、明らかになった結論について一つ一つ解説する。
まず、RASドライバーの TGFβシグナルに関わる役割だが、RREB1 と呼ばれる転写因子が RASシグナルにより活性化されることで初めて TGFβ 下流の転写が始まる遺伝子群が存在し、これらが EMT や線維化に関わる遺伝子を誘導するのに必須であることを明らかにする。
次に RREB1 の役割をゲノム上の結合部位を探索して調べると、TGFβシグナルを下流の SMAD2/3 が結合するエンハンサー部位近くに存在して、SMAD2/3 が結合すべきエンハンサー部分を指定する役割があることがわかる。すなわち、RAS によりRREB1 がまず一部の SMAD 結合部位に結合して、閉じられていたクロマチンを SMAD 結合可能にする役割があることがわかる。
次に、RREB1 下流で SMADリクルートに関わるさらに詳しい分子メカニズムを調べる目的で、まず RREB1 に結合するタンパク質を82種類を特定、クリスパーノックアウトスクリーニングにより DHX9 と INO80 と名付けられたタンパク質が、RREB1 が SMAD結合部位を指示するために必須の分子であることを明らかにする。
続いてそれぞれの分子の SMAD との関わりを調べると、DHX9 は SMAD3 と、INO80 は SMAD4 と結合していることが明らかになった。SMAD3-DHX9、SMAD4-INOX80 は TGFβシグナル下流で複合体を形成し、この複合体を形成することで RREB1 が指示するエンハンサー部位へリクルートされることがわかった。
次に、INO80/SMAD4 の機能について調べているが、SMAD4 は転移に関わると言われていたがそのメカニズムはわかっていなかった。Massague は SMAD4 が他の SMAD と比べ少し異なる構造を持っており、この部位に INO80 が結合すると着想し、INO80 と SMAD4 の結合部位を初めて決めることに成功している。SMAD構造を熟知したまさにプロの目を感じる。そして、INO80/SMAD4 は転写因子として働くのではなく、RREB1結合により指示された部位の転写を抑制しているヒストン構造を除去して、DHX9/SMAD3 がエンハンサー部位に結合できるように準備することを明らかにしている。
最後に DHX9/SMAD3 は、アクセス可能になった DNA結合部位と結合して、ヒストンアセチル化酵素CBP をリクルートし、転写を活性化する。
以上さすが Massague と感心する研究で、是非自分で読んでみてほしい。
2024年9月18日
細胞内で凝集した Tauタンパク質をユビキチン化してプロテアソームで分解できることが明らかになって、俄然、細胞内Tauを標的にした治療法の開発が進み出した。このブログでも、脂肪ミセルに包んだ抗体を鼻から投与し、脳内のTauを脳神経に届けて除去するテキサス大学の方法(https://aasj.jp/news/watch/24763 )、そして細胞内のTauを認識するナノボディーにユビキチン化に関わる TRIM21のRing domain を結合させたキメラ遺伝子を脳内に導入して凝集Tauを分解させるケンブリッジ大学の遺伝子治療法(https://aasj.jp/news/watch/25114 )を紹介した。
今日紹介するのは同じケンブリッジのグループとMRCが共同で発表した論文で、ナノボディーの代わりに凝集活性が強いTau自身を使って凝集Tauをユビキチン化する面白い遺伝子治療法の開発で、9月13日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Co-opting templated aggregation to degrade pathogenic tau assemblies and improve motor function(鋳型による凝集性を用いて病原性Tauを分解し運動機能を改善する)」だ。
凝集TauにTRIM21分子のRingドメインをリクルートしてユビキチン化するという原理は、ナノボディーを使った方法と全く同じだが、今回はなんと凝集力が高まった変異Tau自体にRingドメインを結合させ(Tau-Ring) 、この分子が自然に凝集Tauに集まる性質を利用して、凝集Tauをユビキチン化する、いわば毒をもって毒を制する方法だ。
期待通り Tau-Ring を発現させた細胞では、凝集Tauを加えても完全に分解される。この分解がユビキチン、ユビキチン化されたTauに結合するシャペロンVCP、そして分解するプロテアソームの経路で進むことを阻害剤の実験から、また凝集Tauは完全に分解され、他の神経に伝搬する小さな凝集を残さないこと、そしてRingドメインに変異を導入する実験で、Ringドメインがダイマーを形成することがユビキチン化に必須であることなどを明らかにしている。すなわち、凝集Tauの分解は、典型的なユビキチン・プロテアソーム経路で行われる。
次に、アルツハイマー病、進行性核上性麻痺と、異なる凝集形態をとるTau を、患者さんの脳から分離して、それぞれに対する活性を調べ、異なる形態をとるTau凝集塊も、この方法で完全に分解できることを明らかにしている。
そして最後は、脳に遺伝子を届けることができる新しいアデノウイルスにTau-Ring遺伝子を組み込み、Tau凝集により運動麻痺が起こるマウスモデルに静脈注射してTau-Ringが脳内の届けられること、それにより凝集Tauが分解され、その結果マウスの歩行機能が正常化することを明らかにしている。
以上が結果で、ナノボディー / Ring 論文と比べてみたが特に治療実験は異なるモデルが用いられているので比較がしにくい、おそらく遺伝子の大きさもそれほど違いがないので、効果については今後、実際の治験で試していくしかないと思う。いずれにせよ、どちらも治験が可能な材料はほぼ揃っているので、臨床での検討は遠くない話だと思う。Tau標的の治療可能性が揃ってきた。
2024年9月17日
東京オリンピックのレガシーの一環としてアスリートのゲノム解析を目指したプロジェクトが中止されたという。2017年度から始まったプロジェクトらしいが、後からアスリート選別や差別につながるという懸念が出て中止したようだ。一見、人権擁護からも当然のように見えるが、私には日本政府の研究補助に潜むあらゆる問題が表面化しているように見える。
元々遺伝学は違いを探す学問で、文字通り discriminate 、差別するための学問だ。ただ、社会的な意味で差別するのは、違いを受け取る社会の方で、ゲノム研究のためには、最初から個人のセキュリティーを守る仕組みを考えておく必要がある。多くのサンプルを採取するのに膨大なお金を使った後、差別はダメと研究を中止するとしたら、最初から計画がゲノムを調べるようにできていなかったことになり、計画立案者はもとより、それを審査した専門家、予算をつけた役人の全ては何らかの処分を受ける必要がある。要するに、杜撰なプロジェクトを、東京五輪というバブルに乗せて始めたことが問題だ。
これに限らず、日本では個人データの典型である医療データを統一的に構築し、将来の医療に役立てるための取り組みが、大きく遅れをとっているように思う。しかし、今政府が追いつこうと莫大なお金を投与している大規模言語モデル LLM を考えると、DNAを情報集約ポイントとする LLM と、自然言語を情報集約とする LLM が統合される重要な分野で、その意味で日本人の健康データがまだまだ統合的に使えないということは、LLM の本当の進展を妨げると思う。
今日紹介する米国コロンビア大学から、そしてドイツ・ミュンヘンのヘルムホルツ研究所から発表された2篇の論文は、現状の電子化された健康レコード (EHR) を、疫学や病因解析に使えるようにストックするための方法開発論文で、どちらも Nature Medicine に掲載された。
どちらもオープンアクセスなのでぜひ自分で読んで欲しい。
最初のコロンビア大学からの論文は、アスリートゲノムでも問題になった究極の個人情報ゲノムをどのように他の EHR と統合し、しかもセキュリティーを守れるプラットフォームについての研究で、いわゆるブロックチエーン技術を EHR とゲノムデータ管理に使っている。
ブロックチェーンはビットコインなどの仮想通貨に使われており、分散型ネットワーク、暗号化技術、そして新しいブロック追加や、ネットワークへのアクセスのすべてが記録されることで、誰が参加したかを明らかにしてセキュリティーを守る方法だ。
プラットフォームの詳細については全く理解していないが、このプラットフォームを ALS のデータセットと組み合わせて、重要な遺伝子の SNP を発見できることを示している。
ブロックチエーンは管理者ですら自由に変更を許さない分散型のネットワークで、レガシープロジェクトも中止するのではなく、このようなブロックチェーン型のデータ管理を導入する機会にしてほしい。
次のミュンヘン・ヘルムホルツセンターからの論文は、検査項目が完全には統一されていない現状の EHR からデータを集めて統一したプラットフォームを作り、それぞれの患者さんを異なる時点で把握した上で、特定のポピュレーションを抜き出して解析できるプラットフォームを確立している。わかりやすく言うと、single cell RNA sequencing データをもとに、個々の細胞の特徴を多次元空間にマップする解析方法と似たプラットフォームの構築だ。
ただ、single cell RNA sequencing と比べると EHR の形式が統一されていないなどの問題は大きく、様々なマルチモーダル EHR を整理し直して、それを一つの多次元情報を持ったベクトルとして管理する方法だ。
これにより、例えば子供の肺炎を、さらに詳しく分類したり、コロナ患者さんの肺病変と予後を予測したり、データに含まれているコンテクストを解析することができる。また、データコーディングについてさらに検討を加えれば、トークン化して LLM モデルも構築できる。要するに、最初から全部のデータを集めるというコホートではなく、実際の臨床記録を使えるようにするプラットフォームの解析で、重要な貢献だと思う。
このように、Nature Medicine には多くの臨床データ管理の研究が発表されるようになってきたが、日本のプレゼンスはほとんどないように思う。その一つの原因は、医学データのしまい方にもあるので、若者が自由にしかしセキュリティーを守ってデータを使って、新しいプラットフォームが作れるようにすることが、役所の重要な仕事だと思う。
2024年9月16日
以前述べたことがあると思うが、多くの論文を読んでいると、著者を見ずに論文を読み進むうちに中国からの論文ではないかと気づくことがよくある。気づきの原因を探ると、まず普通考えない疑問にチャレンジするのだが、なぜ常識を疑ったのかの理由がはっきりしない。研究は最新の方法を組み合わせて行っているが、実験から実験の論理が飛ぶ。そして最後がちょっと尻切れトンボで、掲載するかどうかのボーダーラインにあるなといった感じの研究だ。
今日紹介する上海交通大学からの論文は、迷走神経が空腸上皮の細胞形態を調節して脂肪吸収を減らすという研究で、著者を気にせず読んでいるうち中国からの研究ではないかと途中で著者を見て納得した研究だ。論文のタイトルは「A brain-to-gut signal controls intestinal fat absorption(脳腸間シグナルが小腸の脂肪吸収を調節する)」だ。
この研究は最初から背側迷走神経核 (DMV) の刺激で高脂肪食による肥満を防げるかという実験を行っている。通常脂肪の吸収は胆汁で脂質はミセル化され、上皮に到達するとモノグリセリド、遊離脂肪酸は拡散で取り込まれてトリグリセライドが再合成され、カイロミクロンというキャリアーに詰め込まれる。あまり神経が関わる過程は見つからないのだが、DMVを抑制すると体重が減り、血中脂質が低下、便中の脂質は上昇する。
意外な結果で面白いが、なぜ DMV 抑制実験を行おうとしたのかについての理由が、幽門胃切除術+迷走神経除去手術で脂肪摂取が低下するからと言う少し無理な論理だ。しかし面白いが、脂肪摂取が抑えられる理由は様々考えられる。例えば、当然腸の運動が阻害されるはずで、この影響などを調べる必要があると思うが、空腸を支配する DMV 特異的に、脂肪吸収が抑えられるという結果だけで押し通している。
次の実験が、延髄のスライスを使った DMT 興奮抑制実験でクズの根に含まれるフラボノイドで、中国漢方で脳卒中に使われ、神経保護材として使われるプエラリンが、DMT の自然発火を抑制することを示し、また腹腔注射、あるいは脳に直接プエラリンを投与することで、脂肪摂取を抑え、体重を減らす効果がある。
突然プエラリンが出てくるという論理飛躍があるのも特徴だが、漢方との関わりが示唆されるので中国からの研究と確信した。ちなみに上海交通大学は漢方を近代医学と統合する研究が盛んで、これまでもこのブログで紹介した。とはいえ、急に漢方と関係があるプエラリンが出てくるのには驚く。しかし、プエラリンを飲んで脂肪吸収が抑えられるならいいと思うが、残念ながら経口投与実験が行われていない。
一方で、プエラリンがなぜ効果を持つのか、プエラリンをラベルして結合分子を GABA 受容体と特定し、受容体ノックアウトマウスを用いた証明や、クライオ電顕を用いてプエラリンの結合部位を決める研究などは、力量を感じる。
最後に、メカニズムの検討に移っているが、先に述べた空腸の運動についてはほとんど言及せず、すぐに腸上皮の形態変化を電顕で調べ、上皮細胞のブラッシュボーダーを形成している微絨毛の長さがプエラリン投与など DMV 抑制により短くなっていることを発見する。
以上をまとめると、DMV は刺激により腸上皮の微絨毛の長さを維持し、脂肪吸収を高めているという驚くべき結果だが、話はここで終わり、メカニズムについてはアプローチしないまま研究は終わっている。
最初述べた全ての要素が存在する典型的な中国の研究で、プエラリンを抗肥満薬に使えるかも知らないというアトラクションまであるが、しかし、細胞の形態変化を通じて脂肪吸収を抑えるとすると、プエラリンも長期に飲んだりすると問題になる気がする。
2024年9月15日
Lipid nanoparticle (LNP) は Covid-19mRNA ワクチンデリバリーカプセルとして一躍有名になった。リポタンパクを感知する TLR4 を適当に刺激して、mRNA とともに自然免疫を誘導できるアジュバント効果を発揮し、強い免疫を誘導するのはまさにワクチン用にできていると思ってもいいベストマッチだった。
ところが遺伝子治療などの目的で使うためには、自然免疫誘導効果は大きな壁になる。このため様々な処方で自然免疫誘導活性を抑え、遺伝子導入効率を高める方法の開発が今も続けられている。
今日紹介するカナダアルベルタ大学と Entos Pharmaceutical 社からの論文は、 LPN にオルソレオウイルスの細胞侵入機構を併せて、これまでの LPN にはない性質を付与したデリバリーシステムについての研究で、9月10日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Safe and effective in vivo delivery of DNA and RNA using proteolipid vehicles( DNA と RNA を安全に効率よくデリバーできるタンパク・脂肪ビークル)」だ。
オルソレオウイルス粒子が細胞内に侵入する際に利用する FAST タンパク質に注目し、これを LPN に実装して細胞侵入を高めることができないかを調べている。
まず2種類の FASTタンパク質を単独、あるいは様々な部位を組み合わせたキメラタンパク質の細胞融合活性を調べ、至適な FASTタンパク質を完成させている。次に、このタンパク質はそのままにして、様々な脂質との組み合わせや、量比をスクリーニングし、最終的に導入効率の高い60nmという比較的大きな粒子を選んでいる。リポフェクタミンやよく使われる LNP と比べると、細胞毒性はほとんどなく、遺伝子導入効率も高い。
オルソレオウイルスの特徴は、細胞側の取り込み機構エンドサイトーシスを介さず、細胞質へ遺伝子を投入できる点で、遺伝子の変性が防げるのと、何よりもエンドゾーム内に発現している様々な TLR自然免疫刺激受容体刺激を避けることができる。この性質を FAST を組み込んだ LPN でも再現できるか調べており、まずエンドゾームに取り込まれる通常の LNP と異なり、6割が細胞質に直接遺伝子を注入できることを示している。
あとは使い勝手で、
静脈注射したとき、多くの臓器に分布して遺伝子発現を起こす能力が FAST は高い。一方、一般的な LNP はどうしても肺と肝臓にトラップされる傾向がある。
筋肉注射を行ったとき、比較したファイザーやモデルの LPN は肝臓や脾臓にも漏れ出るが、FAST はほとんど筋肉にとどまる。
期待通り、自然免疫誘導性はもちろん0ではないが強く抑えることができている。
FAST は異物だが、強い免疫反応は起こっていない(ただ、繰り返し投与などの実験は行っていない)
グリーンモンキーに静脈注射したとき、まず期待通り多くの臓器で遺伝子をデリバーできる。一方炎症性サイトカインは一過性に上昇するが、すぐに元に戻る。また FAST に対する抗体誘導も1匹で観察された。
最後に、全身にフォリスタチン遺伝子を導入して筋肉増強効果があることを確認している。
オルソレオウイルスを使うというのは面白いし、遺伝子発現ではトップとはいえないが、使い勝手ではすぐれた LNP ができたと思うが、Cell に掲載されているのには少し驚いた。元々カナダは筋肉研究が強く、この研究でも筋肉へのデリバリー実験まで行っていることを考えると、研究のゴールは筋ジストロフィーなどの治療を見据えているような気がする。とすると、結構いいデリバリーシステムが完成したといえる。
2024年9月14日
今日紹介するコペンハーゲン大学、リジェネロン、そしてローザンヌ大学という国際チームからの論文は、フランスの博物館に保存されているラパ・ヌイ人のゲノム解析で、太平洋の孤島、イースター島の歴史を教えてくれる面白い研究。9月11日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Ancient Rapanui genomes reveal resilience and pre-European contact with the Americas(古代ラパ・ヌイゲノムはヨーロッパ人が接触する前のラパ・ヌイ人とアメリカ人の接触を明らかにした)」だ。
ラパ・ヌイ人といわれてもほとんどわからないが、モアイ像で有名な巨石文化を持ったイースター島の先住民で、ゲノム解析からなんとパプアニューギニアから海を渡って移住してきた民族であることがわかっている。以前パプアニューギニア人が長い船旅をいとわず太平洋の島々に移住した歴史についてのゲノム研究を紹介したので(https://aasj.jp/news/watch/15427 )、ラパ・ヌイ人が何千キロも離れたイースター島に渡ってきたことは驚きではないが、この島の歴史にはいくつかの謎が残されていた。
一つ目の謎は、イースター島の悲劇の話で、ヨーロッパ人が奴隷として人々を連れ去り、また伝染病を持ち込んで民族がほとんど絶滅の危機にさらされた悲劇が歴史的にもよく知られているが、ヨーロッパ人との接触前の人間の愚かさを示す、もう一つの悲劇の話だ。すなわち、深い森で囲まれたイースター島の木を無秩序に切り出したため、生活必需品のカヌーが作れなくなり、文明が滅びたという話で、ヨーロッパ人と接触する前のゲノムの多様性解析から人口動態を調べ、この話の検証をまず行っている。
結果は、パプア人がイースター島に移住したときから緩やかに人口は増え続けていたことを示しており、人間の愚かさを示す逸話は間違いで、ヨーロッパ人がコンタクトしたとき3000人と報告されているイースター島の人口を、勝手にヨーロッパ人が人口減少の結果だと解釈した結果といえる。
もう一つの謎は、現在のラパ・ヌイ人に見られるアメリか原住民のゲノムが、ヨーロッパ人とのコンタクト前の交雑を示すのかという謎だ。ただラパ・ヌイ人がアメリカに渡ってまた戻ってきたという伝承はあるようだ。
この研究ではポリネシア人、アメリカ先住民、そしてラパ・ヌイ人のゲノムを比べ、人種形成過程を調べている。言うまでもなく、ラパ・ヌイ人がポリネシアゲノムを中核としていることがわかる。つぎに特にアンデスのアメリカ原住民のゲノムの流入がはっきりと認められ、25-30年で世代を計算すると、1300年から1400年の間にアメリカ先住民との交雑が起こったと考えられる。
結果は以上で、これ以上のことははっきりと結論できないが、この短い間におそらくラパ・ヌイ人は南アメリカに4000kmの旅をして、そこでアメリカ人と交流し、また島に戻ってきたのではないかと結論している。
その後ヨーロッパ人が来島し、結局最大の悲劇はこれに起因するのだが、その結果闇に葬られた民族の歴史がヨーロッパに残る標本のゲノムから明らかにされるとは皮肉だ。
2024年9月13日
人間の場合、生後卵子が増殖することはない。すなわち、生理が始まると生まれてきたときに持っている卵子をいくつかずつ活性化し、生殖に使わない場合は捨てていく。この活性化が始まるのが初潮で、活性化できなくなるのが閉経で、この間が女性の生殖年齢になる。これまでのゲノム解析により、この生殖年齢の個人差は大きく、なんとこの長さにかかわるコモンな多型は300種類近く知られている。しかもその多くは、DNA損傷修復に関わることから、生まれてから同じ卵子を維持することに我々が多くの投資をしていることがわかる。
今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は、UK Biobank のエクソームデータから、アミノ酸変異を伴う変異で生殖年齢に大きな影響を持つ9種類の遺伝子を特定し、それぞれの意義について調べた研究で、9月11日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Genetic links between ovarian ageing, cancer risk and de novo mutation rates(卵子の老化とガンやデノボ変異との関係)」だ。
今回特定されたのは、タンパク質の変異が起こる遺伝子変異で、コモンな多型ではなく希な多型だ。従って、この変異を持つ人たちを発見して、生殖年齢が短いことをわかった上で、卵子凍結も含めた出産計画を考えてもらうことは重要になる。
この中の ZNF518A と名付けられた遺伝子は初潮が遅れ、閉経が早まるという強い影響を持つ。面白いことに、これまでコモン多型として特定されていた多くが、この転写因子の結合部位の多型であることが特定されたことで、この転写因子の卵子保存に関する重要性がうかがわれる。
次に、これらの変異が発ガンと関わるかを調べている。この9種類のうち、7種類がDNA修復に何らかの形で関わっており、また発ガンリスクとして有名な BRCA1 遺伝子も含まれている。当然のことながらBRCA1 は多くのガンのリスク遺伝子になっている。今回リストされた遺伝子のうち4種類が発ガンリスクを高めることが確認された。このうち3種類はすでに知られているが、今回新しく特定された SAMHD1 遺伝子の機能不全は、脳の炎症性変性疾患遺伝子として知られており、今回の研究で新たに、男性の前立腺ガン、男女の中皮腫のリスク遺伝子になることが示された。
最後は誰もが知りたいポイント、すなわち生殖年齢に大きな影響を持つ遺伝子は、突然変異蓄積に関わり、次世代の新しいデノボ変異の頻度を上げるかという問題が、親と子供のゲノム変異を調べるトリオコホート研究を使って調べている。2種類のデータセットを用いて調べているが、いずれのデータセットでも相関が認められた遺伝子は見つからなかった。他にも相関がないか様々な方法で調べ、今回リストした生殖年齢を短くする遺伝子変異は、デノボ変異を高めないと結論している、
多くの遺伝子がDNA損傷に関わる遺伝子であることを考えると意外な結果といえる。修復異常が発生すると、速やかに除去する機構があるのかもしれない。いずれにせよ、生殖年齢が短くなったからといって、不妊ではないことを考えると、子供のデノボ変異にほとんど影響がないという結果は重要だ。ただ、さらに対象の数を増やして確認してほしい。
以上、あまり目にしないユニークなゲノム研究だが、少子高齢化が進み、結婚年齢が遅くなっている先進国にとっては極めて重要な研究だと思う。是非、望まれる場合はお母さんのゲノムを調べることをルーチンにすれば良い。
2024年9月12日
Covid-19に感染後、ウイルスは消失しても様々な症状が続くケースは post-acute sequelae of SARS-CoV-2 (PASC) 、あるいは long covid とよばれ、感染者の10%−30%に見られるという報告がある。様々な PASC の中でも、2%ぐらいの患者さんで発症する、重度の肺炎・肺線維症は死に至る最も重要な状態で、治療法の開発が待たれる。
今日紹介するバージニア大学からの論文は、ウイルス感染後の肺繊維化をマウスモデルで再現し、治療の可能性を示した研究で、疾患も出る研究の重要性を示す論文だ。タイトルは「An aberrant immune–epithelial progenitor niche drives viral lung sequelae(免疫細胞と上皮の異常なニッチがウイルス感染後の後遺症を誘導する)」で、9月4日 Nature にオンライン掲載された。
Covid-19 後、ウイルス治療は成功しても、肺炎が持続、肺線維症に至ると肺移植しか治療方法がなくなる。調べてみると米国で行われる肺移植の10%は Covid-19 感染後の患者さんで行われている(https://humanmedicine.msu.edu/news/2024-lung-transplants-covid-patients.html )。この研究では肺移植を受けた患者さんから切除した肺を詳しく調べ、CD8T細胞とマクロファージがケラチン8(KRT8)を強く発現している異常上皮の周りにクラスターを作り、そこに繊維化が起こっている像が特徴的であることを発見する。
次に、マウスにウイルスを感染させ、同じような病変を誘導できるモデルマウスの作成に取りかかる。最初はCoV-2に感染できるようにしたマウスを用いて同じ病変ができないかいろいろ試しているが、肺炎、肺損傷が起こっても、同じような病変を再現することはできなかった。
そこで、自然感染可能なインフルエンザにスイッチして、トライアンドエラーを繰り返し、最終的に B5系統の老化マウスに感染させたときに、人間の肺で見られたのと同じ、CD8 /マクロファージ / KRT8 上皮を核とした肺病変を誘導できることを確認する。
こうして疾患モデルができると、次はメカニズムに基づく治療法開発に進む。この研究では、病変の核となっているCD8T細胞を除去することで、肺病変を抑えられるか調べている。末梢血の T細胞が低下するぐらいの抗CD8抗体では影響がないが、肺のCD8T細胞も除去できる濃度の抗体を用いると、炎症から繊維化を止めることができる。
そこで、CD8T細胞とその周りのマクロファージが分泌するサイトカインを調べ、TFN と γインターフェロンが T細胞から、IL-1β がマクロファージから分泌され、これが上皮をKRT8発現型へと変化させ、正常の修復を不可能にしていることを明らかにする。
そこで、感染後に TNF 及び γインターフェロンに対する抗体、あるいは IL-1β に対する抗体を用いて感染マウスを処理すると、KRT8上皮誘導を抑え、修復を促進できることを示している。
結果は以上で、モデルマウスを作成することで様々な治療可能性が示される典型的な研究だ。IL-1β は老化とともに上昇する典型的なサイトカインで、受容体抑制抗体は治験が行われているし、もちろん他のサイトカインに対する抗体も存在するので、タイミングを選べば肺線維症への発展を抑える治療になると期待される。さらに、インターフェロンの産生を抑える JAK 阻害剤バリシチニブが重症 Covid-19 の予後を改善することも知られていることから、是非標準治療プロトコルを確立してほしい。
2024年9月11日
現在ガンなどの治療に使える様になった分子標的薬の多くは、ATP を基質にしてリン酸化を行うキナーゼ阻害剤だ。一方 Ras など多くのガンで変異が見られる GTPase は、多くの製薬会社が開発を諦めたぐらい小分子化合物が入り込む鍵穴がはっきりしなかった。
これをこじ開けるきっかけとなったのが K-Ras の12番目のグリシンがシステインに変異した部位のシステインと共有結合できる化合物の開発で、今や何種類もの薬剤が開発されるようになり、このブログでも何度も紹介してきた。この共有結合する化合物の利点は、特異的反応を確実に検出できることで、開発された化合物を他の GTPase の解析に使う可能性が生まれてきた。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、これまで K-Ras (G12C) 変異に対して開発されてきた共有結合型化合物を利用して、他の GTPase も含め薬剤開発が難しかった鍵穴をこじ開けられないか調べた研究で、9月9日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Targeting Ras-, Rho-, and Rab-family GTPases via a conserved cryptic pocket(Ras-、Rho-、 Rab-ファミリーの GTPase を標的にする薬剤開発を保存された隠れポケットを手がかりに進める)」だ。
タイトルの Cryptic pocket というのは、薬剤が結合して初めて明確になる分子の鍵穴のことで、K-Ras の場合共有結合型化合物が見つかったことで、K-Ras の鍵穴として同定された。当然同じような性質は、同じ Rasファミリーだけでなく、タイトルにある Rho-、Rab-ファミリー分子などの GTPase にも見られるのではと着想したのがこの研究だ。
手始めに、すでに開発されている10種類の化合物を、H-Ras、N-Ras の他の Rasファミリーとの結合を調べると、多くの化合物が H-Ras、N-Rasにも結合し、現在使われている sotorasib や JDQ443 は細胞レベルでも N-Ras に効果があることがわかった。すなわち、これらの薬剤は K-Ras 変異以外にも使える。
個人的に最も驚いたのは、H-Ras、N-Rasでも12番目がグリシンで、システインへの変異 G12C が起こることで、確かに GTPase の構造が極めて類似していることがよく理解できた。
次に同じように、Rho や Rabファミリーの分子についてもこれらの化合物の結合を調べ、Ras ほど強くないが、様々な部位に起こったシステインへの変異分子と結合する化傍物が見つかることを明らかにしている。
その上で、構造解析をベースにさらに多くの化合物を設計することで、Rho、Rabファミリー分子と比較的強く共有結合する分子を開発できることを示している。
また、このような隠れポケットへの結合だけで機能を阻害できない場合も、以前紹介した分子の構造変化を抑制するサイクロフィリンをリクルートするタイプの阻害剤(https://aasj.jp/news/watch/22741 )利用可能であることまで示している。
他にも隠れポケットをこじ開けるための他の部位の構造についても解析しており、見えないポケットも必ず開けることができるので、共有結合型化合物を手がかりに、GTPase 全体を見渡した創薬が可能であることを示している。
化合物を設計する時代に間違いなく入っていることがよくわかる。