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1月3日 ゲルマン民族の移動の詳細がわかる古代ゲノム解析法(1月1日 Nature オンライン掲載論文)

2025年1月3日
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論文ウォッチとタイトルをつけてこの HP に掲載した記事は今日で4121に上る。まる10年以上書き続けてきたことになる。続ける過程で最も印象に残るのは、ドイツ・マックスプランク人類進化学研究室から始まった古代ゲノムの解析で、ネアンデルタール人やデニソーワ人のゲノムが私たちホモサピエンスの形成に大きく関わるという驚きだった。

ただ、あれから10年経って、古代ゲノムの対象が様々な記録も存在している歴史学の領域に移ってきたように感じる。直感的には時代が近くなると骨も多く採取でき、例えば民族の移動の解析もより容易になると考えてしまうが、実際にはそうでない。現在、他の人類との交雑やあるいは現生人類でも民族間のゲノム混合割合を調べる方法として f-statistics が使われる。例えば日本人を縄文、弥生、古墳時代のゲノムの混合として定義する方法だ。しかし、これだと逆に関西の一族が九州に移動して新しい集団を形成したと言った詳細な歴史を調べることができない。というのも、縄文、弥生をベースにする f-statistics では両者を区別することが難しいからだ。

今日紹介する英国クリック研究所と理研数理創造プログラムからの研究は、個々のゲノムの系統関係を推定した後 f-statistics を計算することで統計学的精度を10倍近く高められるという発見に基づいて Twigstats と呼ばれる解析方法を開発し、これを用いて主に中世ヨーロッパの民族の移動を詳細に調べた研究で、1月1日 Nature にオンライン掲載された。筆頭著者の Leo Speidel さんは現在は理研数理創造プログラムに所属しているようなので、日本のゲノム解析にも是非参加していってほしいと思う。

さて、中世ヨーロッパを調べるときのベースの民族として、鉄器時代のゲノムからスカンジナビア、英国、中央ヨーロッパ、東ヨーロッパ、ハンガリー、スロバキア、そしてイタリア地区のゲノムをレファレンスとして解析に用いている。

ポーランド、スロベニアなど南東ヨーロッパ、ドイツを中心とした中央ヨーロッパ、イタリア、英国、スカンジナビアから発見された中世時代のゲノムを Twigstats で調べると、イタリアを除くほとんどの地域ではっきりする傾向として、スカンジナビアのゲノムの流入がはっきりしている点だ。

面白いのは、海でつながっている英国やポーランドなどの東ヨーロッパへは、スカンジナビアゲノムが直接流入している。一方、ゲルマン民族の大移動として知られるドイツ・フランスを含む中央ヨーロッパでは、スカンジナビアの影響は少ない。しかし、南スカンジナビアとオーバーラップする Baiuvarii と呼ばれる現在の北ドイツ民族が南に拡大している点で、これがゲルマン民族の移動として我々が習った移動に当たるように思う。

実際ドイツと陸続きのスロバキアでは、中世に Baiuvarii のゲノムの割合が急速に増加しているし、イタリアでもスカンジナビアの影響はほとんどないが、Baiuvarii を基点とするゲルマン民族の影響を受けて、ゲノムでは中央ヨーロッパ型に変化している。ここからわかるのは、イギリス、東ヨーロッパにはおそらく海を介してスカンジナビアのバイキングの移動、そして北ドイツ Longobald や Bauvarii を基点とするゲルマンの移動が中世を形作っているのがわかる。

スカンジナビアといっても広い。また、調べていくとスカンジナビア以外の民族ゲノムの流入も認められる。例えばノルウェーはほとんどヨーロッパ中央からの流入はないが、英国からの流入が見られる。一方、スウェーデンは中央、東ヨーロッパ、英国からの流入が見られる。デンマークはもっと中央ヨーロッパとの交流が強く不思議なことに英国からのゲノム流入はない。

以上が主な結果で、この背景にある戦いや民族融合の様式の歴史があるはずで、今後この移動線を歴史にまとめ上げるのことが必要になる。いずれにせよ、この分野ほど文理融合が必要なことはない。実際、各国の博物館の遺物だけではなかなか興味がわかなかった私も、ゲノム史を知るようになってからは、けっこう足繁く通うようになった。今年も新しい歴史の背景が続々明らかになると期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ
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