女性は X染色体を2本持っているが、個々の細胞レベルでは片方だけを使って、もう片方は完全に不活化している(この詳しいメカニズムについては先日紹介したばかりだ:https://aasj.jp/news/watch/26014)。これはオスでは一本しかない X染色体からの遺伝子発現量をそろえるためで、このおかげで X染色体上の多くの遺伝子の発現量がオスメスで同じようになるように維持されている。
今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、ゲノムレベルでは完全に同じでも、母親由来の X染色体と、父親由来の X染色体で機能に差がある可能性を追求した面白い研究で、1月22日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The maternal X chromosome affects cognition and brain ageing in female mice(母親由来X染色体は雌マウスの認知及び脳の老化に影響する)」だ。
この研究では Xist を片方の染色体でノックアウトできるマウスを作成し、全ての細胞が母親由来の X染色体だけを使っているマウスを作成し、母親、父親それぞれ由来の X染色体をランダムに利用している正常マウスと比較している。殆どの臓器では両者で差がなかったが、海馬機能を反映する空間記憶では、若いときから母親由来の X染色体だけを使っているマウス(Xmマウス)では異常が認められた。さらに記憶力の低下は、年齢とともに低下した。
ゲノムレベルではどちらの X染色体も違いはないので、エピジェネティックな違いであると想定してまずメチル化を調べると、血液では全く違いは見られないが、海馬で老化とともに Xmマウスのメチル化速度が高まっていることがわかり、生物学的老化が進んでいることがわかった。
ここまでなら「まあそんなこともあるか」で終わるのだが、このグループはさらに踏み込んで、Xm が発現すると蛍光が発するようにして、正常の XXマウスの細胞を母方の X(Xm) を発現している細胞と、父方の X(Xp) を発現している細胞に分けてメチル化を調べると、母方の X のみメチル化速度が高まっていることを発見する。
そこで、Xm と Xp でメチル化されている遺伝子を調べるとシナプス形成に関わる遺伝子及び免疫機能に関わる遺伝子などが Xm のみで強くメチル化を受けることを発見している。またこれら遺伝子の発現で比べると、Xm からは殆ど発現がない。
すなわち、なぜか Xm ではメチル加速度が高まって、いくつかの遺伝子の発現が抑制されることが、Xm だけになったマウスで老化による認知症の進行が高まる原因と考えられる。そこで CRISPR を用いてプロモーターからの転写を高める方法をこれら遺伝子に用いて認知機能を調べると、これらの遺伝子の発現を正常の老化マウスの Xm でもう一度オンにするだけで、認知症の進行を抑えられることを示している。
結果は以上で、面白いがちょっと不完全な気がする。
実際には CRISPR オンの実験を、Xm だけからなるマウスでも見てほしかった。そして何よりも、オスの場合全ての X は母からなので、同じようにメチル化されているのかなども知りたいところだ。また、Xmだけでメチル化が早まるというそもそもの原因も知りたい。このように、答えより疑問が多く残る研究だが、現象は面白い。また、正常女性の認知症を抑える新しい方法が生まれるかもしれない。