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1月25日 脳とAI (1月15日 Nature オンライン掲載論文)

2025年1月25日
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昨年のノーベル物理学賞を受賞した Hopfield さんは、エピソード記憶を可能にするニューラルネットワークを開発したが、Hopfieldネットワークの記憶できるパターン数はネットワークを形成するニューロンの数で決められ、これを超えるパターンを入力すると、記憶全体が崩壊することが知られていた。この限界を超えるために様々なモデルが提案されているが、ICメモリーと違って、ニューラルネットでエピソード記憶を実現するのは今でも簡単でない。

今日紹介する MIT からの論文は、我々の脳で空間やエピソード記憶に関わる嗅内野、海馬、感覚野の構造を参考にしたネットワークを構築することで、Hopfieldネットワークが抱える N-Clif と呼ばれている限界を超えて記憶が可能であることを示した研究で、1月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Episodic and associative memory from spatial scaffolds in the hippocampus(海馬の特別な空きゃフォールドから生まれるエピソード記憶及び連合記憶)」だ。

エピソード記憶とは経験したイベントを時間や空間に即して記憶し、呼び出せることで、連合記憶とは異なるイベントを関連させて記憶することを意味する。我々の脳ではこれらのタスクは海馬で行われていることはよく知られているが、2014年にノーベル症を受賞した場所細胞とグリッド細胞の発見以来、空間だけでなく、エピソード記憶も同じ海馬の構築を用いて行われることがわかってきた。

Moser さんたちのグリッド細胞の発見の意義は、私たちの脳の中に、基本的には変化しない物理空間の表象が形成されていることを示したことだ。すなわち、カントが構想した経験の認識に必要な先験的な枠組みが実際に脳に形成されていることが示された(実際ノーベル賞の受賞理由にカントとMoserさんたちの発見の関係が書かれている)。

ネットワーク的にさらに説明すると、グリッド細胞は経験とは関係なく、しかし互いに刺激し合う結果、嗅内野上の厳密な座標に沿って発生初期に形成される。そして、感覚野から来る刺激に合わせて形成される場所細胞は、グリッド細胞が形成している不変の座標を参照して決められる。

研究では、インプットにより変化する感覚野と海馬のネットワークに、嗅内野の不変のグリッド細胞ネットワークを統合させた新しい Vector-HaSH と呼ぶモデルを作成し、空間記憶、エピソード記憶、連合記憶に関するパーフォーマンスを、Hopfieldネットワークと比べている。

ただ具体的実験の詳細については全く門外漢で、殆ど理解できていない。しかし、脳のグリッド細胞と同じ機能を導入することで、Hopfiekdネットワークでは崩壊していたニューロン数以上のパターンの記憶が成立できることを示していることはよくわかった。

そして、このメカニズムについての解析から、空間認識で海馬の場所細胞がグリッド細胞と連合することで、場所細胞の複雑性が、グリッド細胞が形成される2次元空間に展開し直され単純化されると同じように、複雑なエピソードがグリッド細胞ネットワークに2次元展開して単純化されることで、ニューロン数を超えるエピソードが記憶できるようになることを示している。すなわち、連合記憶に必要な参照相手をグリッド細胞ネットワークが提供している(全く個人的解釈で、間違っておればごめんなさい)。

以上が結果で、繰り返すが特にニューラルネットでの処理については理解できていないことを断っておく。ただ、我々の脳の構築、特にネットワーク活動を反映してシナプスが変化する海馬/感覚ネットワークと、経験に殆ど影響されないグリッド細胞ネットワークが統合されている機能的意味がニューラルネットにより示されたのは感慨深い。

現在カントのアプリオリを現代の脳科学と対比させるために論文を読んでいるが、中でもグリッド細胞の機能に興味が引かれていた。そんな中で今日紹介した研究はグリッド細胞の機能を全く異なる視点から教えてくれ、人間の脳とAIを比較する新しい研究領域の重要性を再認識した。

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