グリオブラストーマは膵臓ガンと並んで治療が困難なガンだ。ただ他のガンと比べると Glioblastoma Multiforme (GBM) と呼ばれるだけあって極めて多様な形態を示し、遺伝子検査が可能になった今では腫瘍内のゲノム多様性は大きいことが知られている。
今日紹介するカナダ・トロント大学からの論文は、マウス GBM モデルを用いて、ガン発生の初期からガン細胞の多様性を追跡した研究で、1月1日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Gliomagenesis mimics an injury response orchestrated by neural crest-like cells(グリオブラストーマの発生は神経堤様細胞が参加する損傷反応に似ている)」だ。
初期の GBM の研究が難しいため、発生過程はほとんどわかっていない。そこで、p53 と Pten 、2種類のガン抑制遺伝子を任意の時間に神経細胞からノックアウトする GBM モデルを用いて、発ガンスイッチを入れてから定期的に脳を MRI で検査し、早いステージからガン発生を検出する努力を行い、初期、中期、後期と異なる時期の GBM 組織や細胞を採取することに成功している。
Single cell RNA sequencing により GBM は少なくとも6種類以上の異なる細胞に分類でき、それぞれはさらに増殖の有無で分けることができる。要するに最初の段階から様々な細胞腫からできており、それぞれが増殖している。
ただ、初期段階から追跡できたことで、後期にはほとんど存在しない神経堤細胞を特徴付ける遺伝子を発現するガン細胞が、初期から中期に大きな割合を占め、その後急速に低下することが明らかになった。また、これと平行して初期から中期にかけて、間葉系の幹細胞といえる細胞腫が増殖していることがわかった。ガン抑制遺伝子をノックアウトする同じCre組み替え酵素で神経細胞をマーキングしているので、脳内の間葉系幹細胞 (MSC) も神経由来と考えられる。
一方後期で最も増殖しているのは神経幹細胞様の遺伝子発現を示しているが、由来を追跡すると神経堤細胞様の細胞に起原があり、この細胞が増殖を続けるうちに様々な変異を蓄積して神経幹細胞様の前駆細胞へと変化すると考えられた。
本来成熟脳には存在せず初期段階で出てくる神経堤様細胞と MSC の出現を正常脳で誘導する条件を調べると、脳に損傷を受けたとき、同じような細胞が現れることが明らかになった。すなわち、GBM 発生初期過程で脳組織が何らかの損傷を受けて、これが多能性を持つ神経堤様細胞とそれを支持する MSC の増殖を誘導する可能性が示唆された。
この実験系では、発ガンのスイッチは p53 と Pten 遺伝子がノックウとされることなので、それぞれの遺伝子ノックアウトと脳の損傷との関係を調べると、Pten 遺伝子がノックアウトされることで組織損傷が誘導されることがわかった。
以上に基づいて発ガン過程を考えると、まず p53 により発ガンのスイッチが入り、Pten ノックアウトにより脳損傷が誘導されると、神経堤様細胞、そしてそこから MSC が誘導され増殖を始める。それぞれは増殖の助け合いセットを形成して増殖を続けながら、神経堤様細胞は様々な系列へ分化して多様性を形成する。この過程で、遺伝子コピーの増幅や欠損が起こり、ゲノムでも多様化するが、その結果神経幹細胞様のガンが最も大きなポピュレーションとして勃興し、神経堤様細胞数は低下する。
このシナリオを確かめるため、最後に人間の GBM 手術サンプル組織上で網羅的に遺伝子発現を調べる Visium 法を用いて調べ、神経堤様細胞を含むマウスで見られた種類が存在することを確認している。また、腫瘍を形成するクローンを特定し、同じクローンが様々なタイプの細胞を形成していることを明らかにしている。
以上が結果で、MRI で初期のガンを特定するという一手間で、GBM の多様性の基盤が明らかにできている。治療のヒントまでは出てこないが、初期であれば MSC による腫瘍増殖のサポート分子をブロックしてガンを抑制する可能性はある。