若い読者の皆さんは見ていない人も多いと思うが、我々世代が最も鮮烈な印象を受けた映画がスタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」だった。リヒャルトストラウスの交響詩「ツァラトストラはかく語り」に乗って夜が明けた太古の地球、様々な動物たちが起き出した世界で、サルから道具を使う人類が生まれる歴史が描かれる。そして人類誕生の象徴として描かれるのが、得体の知れない人工物に興奮したサルのなかの一匹が、動物の骨格から大腿骨をつかみ出し、道具として使いはじめ、この骨器を用いて争いに勝利したあと骨を空に投げると、その骨が急に同じ形をした宇宙船に変わり、音楽もヨハンシュトラウスの「美しき青きドナウ」へとスイッチする。
この長いオープニングで、道具の使用が宇宙船まで連続した人類だけの歴史であることが描かれるが、キューブリックが石器ではなく骨器を最初の道具として描いたことは興味深い。というのも、石器は400万年まえのアウストラピテクスから発見されており、またチンパンジーなども簡単な石器を作ることが知られているが、間違いなく道具として使われたことが確認できる骨器は50万年前のエレクトスの遺跡からしかこれまで見つかっていなかった。
今日紹介するスペイン国立歴史学研究所と米国インディアナ大学からの論文は、人類進化研究の重要な地域として注目されているタンザニア オルドバイ峡谷で発見された150万年前の骨器を作っていたと考えられる工房についての研究で、3月5日 Nature にオンライン掲載された)」。
タイトルは「Systematic bone tool production at 1.5 million years ago(150万年前の組織的骨器生産)」だ。
この研究はタンザニア オルドバイ峡谷で発見された150万年前のエレクトスの遺跡から、1万に上るアシューリアン型石器とともにそれに匹敵する骨器と思われる骨の断片を発見したことが全てで、あとはこの骨器が道具として製作されたものであることを証明するための記述に終始している。ただ、これを骨器というのか食べ跡というのかは専門家の議論に任せて、著者の側に立って骨器として紹介を進める。
まず殆どの骨器は2tを超える大型動物の骨を用いており、象やカバ、そしてバッファローの占める割合が多い。そして、多くはフレッシュな骨を割って骨髄を取り出したあと、道具へと加工されたことがわかる。一部は死後時間がたってから道具に使ったと考えられ、映画に出てくるような骨格になった骨を使った可能性は低い。
アシューリアン石器はそれ以前の石器と異なり、何度も叩くことでエッジを歯のように細工していることが特徴で、人間が目的を表象し、それに会わせたプランを作ることができるようになった証拠と考えられているが、骨器も同じような細工が行われて、斧や包丁のような形態が作られていることが写真で示されている。
重要なのは、石器と異なり長くて大きな道具が骨から作られていることで、重い石器の間を埋めていることがわかる。
要するに、今回発見された骨は、まさしく道具で、決して食べるときに割ったり砕いたりしたものではないことを様々な方法で確認し、150万年前に骨器が道具として使われたと結論している。
これが最も古い骨器になるが、もしそれ以前にないとすると、エレクトス誕生によってより人間らしい知能を備えて石器を急速に進歩させたのに重なって骨器ができたと考えられる。しかし、なぜこの時点から50万年前まで、様々な場所でエレクトス遺跡があるのに、骨器が発見されないのかという謎が残る。今後の発掘にかかってい入るが、大型の骨器も、最終的に石器に取って代われ、使われなくなったが、その後矢尻などよりファインな胴部の誕生に会わせて復活したと考えるのがいいのかもしれない。しかしアフリカのエレクトス進化から目が離せない。