1型糖尿病が自己免疫疾患であることは間違いなく、免疫全体を抑制するCD3抗体や、あるいは制御性T細胞を介して免疫反応を抑える治療法が試されている。とすると、1型糖尿病を理解し、治療法開発が可能な重要な過程が、β細胞で自己抗原が発生する過程になる。このことを最も明確に示しているのが、1型糖尿病リスクとして特定されているインシュリン遺伝子の多型の存在だ。
今日紹介するオランダ・ライデン大学からの論文は、これまで1型糖尿病の発症を送らせるとして知られていた多型がインシュリン自己抗原発生を抑え、さらにβ細胞の活性も高める作用を持つこと、そしてそのメカニズムを明らかにした重要な研究で、3月19日 Cell にオンライン掲載されたタイトルは「Genetic protection from type 1 diabetes resulting from accelerated insulin mRNA decay (1型糖尿病のリスクを下げる遺伝子多型はインシュリンmRNAの減衰を早める)」だ。
これまで1型糖尿病の発症を抑える多型として知られていたのは、プロモーター領域にリピート配列を持つ多型で、胸腺内でインシュリンを転写翻訳することで、インシュリン抗原に対するトレランスを誘導するとされてきた。一方、著者らは同じ多型がインシュリン遺伝子の3‘側の翻訳されない領域 (3’UTR)の多型と強く連関しており、プロモーターの活性ではなく、mRNA の減衰速度の違いで糖尿病の発症を抑える可能性があると着想した。
というのも、β細胞では4割近い転写産物がインシュリン遺伝子からの転写で、当然細胞は強いストレスに晒される。しかも、ストレスによりリボゾームと mRNA とのマッチングが狂い、インシュリン遺伝子から自己には存在しない新しいネオ抗原が発生することも知られている。とすると、もし mRNA が3’UTR の多型で早く分解されるとすると、ストレスが低下し、ネオ抗原の合成も低下すると考える。
この研究では、3’UTR の多型に絞り、糖尿病の発症を遅らせる多型 (P) が RNA 分解を促進しているかどうかを、臓器ドナーから得られた膵臓β細胞を用いて調べている。
この結果ヘアピンループ構造をとる 3’UTR を持つ遺伝子多型は、特に小胞体ストレス存在下では分解速度が速区なることが明らかになった。そしてこの分解を小胞体ストレスで誘導されてくる IRE1α が担っていることを突き止めている。すなわち、インシュリン遺伝子の mRNA が安定だと、小胞体ストレスが上昇し、mRNA を分解するために IRE1α が誘導されるが、1型糖尿病になりやすい多型ではこの作用を受けないために、ストレスが持続することになる。一方、糖尿病を遅らせる多型は、速やかに mRNA が分解され、ストレスの発生を抑えることになる。
さらに、リボゾームと mRNA のマッチングがずれて発生するネオ抗原について調べると、mRNA 分解されやすい多型は小胞体ストレスが軽減されるため、発生が強く抑制されることが確認され、小胞体ストレスとリボゾーム上での翻訳のずれが自己免疫病を誘導するネオ抗原発生の原因であることも確認している。
ただ、mRNA が早く分解される結果はネオ抗原発生抑制だけにとどまらない。小胞体ストレス自体が低下するため、β細胞の活動が上昇し、グルコースに反応しておこるインシュリン分泌も高まることがわかる。
また、グルタミナーゼの発現が低下することも、ネオ抗原が修飾され、組織適合性抗原と強く結合することを抑えて、免疫原性を抑えること可能性も指摘している。
以上のように、インシュリン遺伝子のように大量に転写・翻訳される場合、単純に mRNA の量を増やすのではなく、ちょうどいい量に mRNA を調整することが重要なことがよくわかる。従って、細胞ストレスを抑える遺伝子多型を誘導した後、膵島細胞移植に利用することの重要性がわかる。おそらく、1型だけでなく、2型糖尿病にもこのような多型は関係しているのではないだろうか。
インシュリン分泌を続けるという作業がいかに細胞にとってストレスになるかよくわかる論文だった。