GPT-4に人間が空飛ぶ馬を構想した歴史について尋ねてみると、ペガサスの起原はギリシャの叙事詩で紀元前7世紀からだが、インドの有翼の馬や中国の天馬など、紀元前1500-700年にかけて多くの文明でイメージが共有されていると答えが返ってくる。すなわち、我々は古くから馬を見て空駆ける姿を想像していた。
実際、空を飛ぶということは有酸素運動を高いレベルで行い、結果として生まれる活性酸素を除去する能力が必要だ。この有酸素運動を可能にする様々な分子の発現を調節している転写因子が NRF2 で、さらに NRF2 は活性酸素を検知する KEAP1 により調節されている。すなわち、活性酸素が上昇するとKEAP1 の機能が低下し、NRF2 の分解が起こらず安定化する。このセンサー活性を高める突然変異が鳥類の進化で起こった結果、鳥類で高いレベルの有酸素運動が可能な飛行が可能になったことが2020年に報告された。
今日紹介するジョンズホプキンス大学からの論文は、鳥の KEAP1 の論文を発表した同じグループが、今度は速く走る能力を持つ馬も同じような KEAP1 の変化があるのではと着想して行った研究で、3月26日 Science に掲載された。タイトルは「Running a genetic stop sign accelerates oxygen metabolism and energy production in horses(遺伝的ストップサインを走り飛ばすことで馬では酸素代謝とエネルギー生産が促進される)」という、洒落のきいたタイトルになっている。
この研究では、鳥の研究の続きで最初から KEAP1 に焦点を当てて馬の進化を調べている。最初は機能変化に関わる馬特異的変異を発見するつもりだったのだろうが、なんと馬やロバで15番目のアミノ酸がストップコドンに変わってしまっていた。もちろん KEAP1 がないと NRF2 の機能は上昇するが、ノックアウトは致死的であることがわかっているので、おそらく変異でできた UAGストップコドンが翻訳時にアミノ酸として読み直されるコードの見直しが起こっていると考えた。
ある意味では回り道を余儀なくされるのだが、その結果馬で特異的にリボゾーム上で特定の RNA を検出して UAG をシスティンに読み直すメカニズムが存在することを特定する。このこと自体は大変面白い発見で、しかも生化学的に詳しく解析されているが、割愛する。
結果、馬では15番目のアルギニンがシステインに変わったKEAP1が作られていることがわかる。また、線維芽細胞や筋肉細胞を用いた生化学的解析から、馬の細胞ではNRF2の分解速度が低下して安定化し、核に持続しおり、これが馬型のKEAP1の活性を反映していることがわかる。
すなわち、KEAP1の15番目のシステインへの変化で、活性酸素を検出する領域の活性が高まり、NRF2 の分解が抑えられ、その結果ミトコンドリアの ATP 産生の安全な増加が可能になることが明らかになった。
実際、馬細胞では活性酸素を加える実験で、対応能力が高く、細胞死がほとんど起こらないことが明らかになった。
その結果、馬の筋肉細胞では人間の倍にものぼる酸素消費能力が生まれており、これが変異型の KEAP1 の機能によることを明らかにしている。
以上が結果で、馬の運動能力の高さを支える変異を KEAP1 だけでなく、リボゾーム状での UAGコードの読み直しに必要な変異まで特定し、生化学的に検証した優れた研究で、読み応えがあった。しかし、馬の運動能力も鳥の運動能力も、同じ分子の機能によって支えられているとは、ペガサスを構想した先人が聞けば驚くだろう。