ガンが様々な遺伝子変異を重ねるなかで新しい抗原を発現し、それに対するガン免疫が誘導されることを疑う人はいない。とはいえ、免疫によるガン抑制は多くの場合成功せず、これをより高い確率で成功に導くチェックポイント治療が Allison や本庶先生により開発された。それでも、ガン細胞は自分にアタックしてくる免疫から逃れようと不断のチャレンジを繰り返しており、免疫を逃れるためのガンの戦略が続々明らかになり、現在この逃避メカニズムを抑える治療法の開発が続けられている。
ただガンと免疫のバトルは基本的に細胞表面上で繰り広げられると勘違いしてしまうが、今日紹介するテキサス St. Jude 小児病院からの論文は、キラー細胞がガン細胞に働きかけて細胞内の自然炎症メカニズムを誘導することがガンを殺す重要な経路になっていることを思い起こさせてくれた。タイトルは「VDAC2 loss elicits tumour destruction and inflammation for cancer therapy(VDAC2欠失はガンの破壊と炎症を誘導してガンの治療を可能にする)」だ。
遺伝子スクリーニングを通して、ガン細胞が免疫から逃れる過程を抑える分子を探索するという点では、この研究も特に新しいことはない。ただ、この過程でリストされてきた遺伝子の中から、ミトコンドリアに発現している電位依存性の陰イオンチャンネル (VDAC2) に注目したことで、ガンとキラー細胞の相互作用をミトコンドリアの側から眺めてみている点が特徴と言える。
VDAC2 をノックアウトすると CD8 T細胞に対する感受性は格段にしかも持続的に高まる。その結果、チェックポイント治療と組み合わせると、ガンの増殖をほとんど止めることができる。すなわち、ガンが VDAC2 を強く発現することで、キラー細胞のアタックから逃れていることがわかる。
なぜ細胞内の分子がキラー活性を抑えるのか調べていくと、キラー T細胞が分泌するインターフェロンγ に反応してガン細胞内で自然炎症過程と細胞死が起こるのを VDAC2 が抑えることが明らかになった。事実、インターフェロンγ が分泌できない T細胞では、VDAC2 をノックアウトしてもガンのキラー細胞への感受性は上昇しない。すなわち、キラー T細胞はガン細胞の細胞膜に穴を開けるだけでなく、インターフェロンγ を介して炎症性アポトーシスを誘導しており、これを VDAC2 が抑えていることになる。
さらにメカニズムを探ると、インターフェロンγ により誘導されるミトコンドリアの機能異常がおこり、ミトコンドリア DNA が細胞質に遊離する過程を VDAC2 が抑えていることが明らかになった。逆から見ると、VDAC2 が存在しないと、ミトコンドリアから DNA が細胞質へ遊離し、細胞内で外来 DNA を検出する GAS-STING 経路が刺激され、自然炎症を誘導する様々なサイトカインが分泌されると同時に、ガン細胞の細胞死への経路にスイッチが入る。
STING が活性化されると、ガン細胞から CCL5 ケモカインが分泌され、より多くの T細胞がガンの周りにリクルートされるとともに、カスパーゼの活性化から細胞死へと進む。このように、キラー細胞はガンのミトコンドリアに働いて、細胞の中からガン細胞を殺す仕組みを持っている。
この仕組みを VDAC2 は抑制するが、これはインターフェロンγ により活性化される BAK と結合して、BAK が Bax とともにミトコンドリアから細胞死のシグナルを出すのを抑えることを明らかにしている。
結果は以上で、キラー T細胞が細胞内のアポトーシス回路のスイッチを入れるメカニズムの一端が明らかにされた。従って、この回路を抑える VDAC2 を標的にした治療は十分可能だが、同じメカニズムは当然正常細胞にも働いているので、簡単ではないだろう。しかし、細胞の内外から細胞を壊すためのこれだけのメカニズムを見事に回避するガン側のメカニズムを目の当たりにすると、この戦いに勝利することが簡単でないことを実感する。