1月11日パーキンソン病関連論文2編 (1月9日号Neurology掲載論文他1編)
AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ

1月11日パーキンソン病関連論文2編 (1月9日号Neurology掲載論文他1編)

2018年1月11日
私たちのNPOにはパーキンソン病の患者さんたちがよく立ち寄られる。そのため、私だけでなく、NPOのメンバー全員が、何か役に立つ情報がないかいつも探してくれている。そして、この数日の最大のトピックスが、理事の一人藤本さんが見つけてきたtechcrunchというキュレートサイトに出ていた、パーキンソン病の患者さんの足がすくむのを回避できるデバイス、レーザーシューズの記事だった(http://jp.techcrunch.com/2017/12/22/2017-12-21-laser-equipped-shoes-help-parkinsons-patients-take-the-next-step/)。 靴につけたレーザーから足を踏み出す目標になる線を地面に投射して歩行を助ける、極めて簡便なデバイスだが、グッドアイデアだと記事を見て感心した。幸いこの記事が紹介していた元の論文をダウンロードすることができたので、今日はこの Neurologyの論文とともに、わかりやすい論文を他にもう1編紹介する。 1. パーキンソン病の立ちすくみを軽減するレーザーシューズ(1月9日号Neurology掲載論文)
パーキンソン病が進行すると、歩行中に立ちすくむ症状(Freezing of gait:FOG)が出て、転倒などの原因になる。原因が理解できているわけではないが、次に踏み越えるべき線が地面に引いてあるとFOGを克服することができることがわかっている。もちろん、あらゆる場所に線を引いておくわけにはいかない。そこで開発されたのがレーザーシューズだ。

靴に組み込んだレーザー照射装置で歩くときに、目標線を地面に投射し続けるレーザーシューズの開発と、その効果の検証を行ったのが今回オランダのトゥウェンテ大学からの論文だ。

まずレーザーシューズだが、かかとが地面について体重がかかったときだけ進行方向に向かって直角の線が、地面についている側の靴から投射される仕組みになっており、歩いている限り約40cm前方に線が描かれる。これをめがけて、患者さんは足を下せばいい。

FOGを示した17人の患者さんにこの靴を履いてもらって、前後の歩行、カウントダウンしながらの歩行、命令に応じて回転する、ロードコーンを取ってくるなどの課題を行ってもらい、FOGが起こるかどうか調べる。

結果は期待以上で、L-ドーパの効果のオン状態、オフ状態何でもFOGをそれぞれ、37%、46%減らすことができる。そして、患者さんも自覚的に歩きやすくなったことを自覚できている。

どうして今までできなかったのかが不思議なぐらいだが、患者さん目線に立って初めて可能であることがわかる。

2、強いトレッドミルでの運動は進行を遅らせる(12月11日号JAMA Neurology掲載論文)
 コロラド大学からの論文で、128人のパーキンソン病の患者さんを無作為に3群に分け、トレッドミルで心拍数が最大心拍数の80%に保つ運動、60%に保つ運動を、1日30分、週4日、6ヶ月続けてもらい、運動しないグループと症状の進行を比べている。

結果だが、最大心拍数の80%になるよう調整した運動を6ヶ月続けたときだけ病気の進行がはっきりと抑えられている。医師の管理下で行っており、治験中に特に問題になる事故はなかったようだ。これは仕事をしながら続けられる治療法なので、取り入れればいいと思う。 いずれも明日から利用できる方法で、患者さん目線で多くの研究が行われていることを実感する。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月10日:マウスの話だが横紋筋肉腫は血管内皮由来だった(1月8日Cancer Cell掲載論文)

2018年1月10日
Rhabdomyosarcoma(横紋筋肉腫)は小児や青年に見られる肉腫で、特に、首より上部にできる肉腫はほぼ6−7割が10歳以下の小児に発症することが知られている。発症場所から考えて、横紋筋やその前駆細胞である衛星細胞が直接ガン化したとは考えにくいが、筋肉のアクチンやMyoDなどの発現が見られることから、横紋筋細胞への分化能を有する間質細胞由来の肉腫と考えられてきた。

今日紹介するテネシー州St.Jude小児病院からの論文は、少なくともマウスの横紋筋肉腫モデルは血管内皮への分化能を持つより未熟な細胞由来であるという結果を示した研究で1月8日号のCancer Cellに掲載された。タイトルは「Hedgehog pathway drives fusion-negative Rhabdomyosarcome initiated from non-myogenic endothelial progenytors(ヘッジホッグシグナル経路が筋肉には分化しない血管内皮前駆細胞から細胞融合のない横紋筋肉腫の発生を起動する)」だ。

多くの横紋筋肉腫の発症にはヘッジホッグ(hh)シグナル経路がガンのドライバーとして働いていることが知られており、このグループもhhの下流シグナルが入りっぱなしになるSmoothenの変異型遺伝子を導入したマウスモデルを用いて横紋筋肉腫誘導を行ってきている。ところが、これまで間質幹細胞に特異的という前提で使ってきたプロモーターの特異性が、思いの外広いことがわかり、実際にはどの細胞ががん化しているのかを探る研究を行ったのがこの研究だ。

結果は、この実験系でがん化している細胞は、胎児発生時に中胚葉から分化し、体内に広く分布する血管内皮細胞に分化能を有する前駆細胞であることを突き止める。そして、この血管内皮への分化能を示す前駆細胞が内皮細胞へ成熟する前に活性型smoothenが働くと、筋肉系へと分化し、横紋筋肉腫が発生することを突き止めている。面白いのは、横紋筋肉腫のもう一つのガンドライバーRasをsmoothenの代わりに用いると、横紋筋肉腫にはならず、血管内皮の性質を維持した血管肉腫ができる。このことは、未熟前駆細胞からの横紋筋肉腫発生には、hhシグナルによる横紋筋細胞への分化誘導が必要であることを示すとともに、Rasをドライバーにして発生する横紋筋肉腫は血管内皮とは別の起源により誘導されていることを示している。

最後に血管内皮起源をさらに確認するため、血管増殖因子の受容体陽性細胞でSmoothenを発現させる実験を行い、胎児の中にすでに横紋筋肉腫と言える細胞の増殖が見られることを確認している。

この結果が、人間にどこまで当てはまるのかについては、この研究だけで結論はできない。しかしhhシグナルが血管内皮の前駆細胞を分化させることについてはマウスも人間も同じと言えるので、おそらくSmoothen変異をドライバーとする横紋筋肉腫の中に、同じようなプロセスを経てガン化した肉腫が含まれているのは間違いないように思う。またこの結果は、大人になると消失するものの、かなり長期にわたって、このような多能性の前駆細胞が体内に存在していることの証明になっているように思う。これも、大人のガンとAYA世代のガンが別物であることのいい例だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月9日:進む腫瘍溶解性ウイルスによるガン治療(1月3日号Science Translational Medicine掲載論文)

2018年1月9日
米国だけでなく、世界中の臨床治験が登録されている米国のClincalTrials GovサイトをOncolytic virus(腫瘍溶解性ウイルス)で検索すると、我が国の治験を含む、なんと73の様々な段階の治験がリストされてくる。分裂中の細胞でより増殖するウイルスを用いてガン細胞を殺す治療で、実に多くのウイルスがその候補として研究されている。中でも、単純ヘルペス、アデノウイルス、レオウイルスが中心だが、ウイルス注入のみで高い効果が得られるのか、疑問を持つ向きも多い。

しかしこの雰囲気が、チェックポイント治療登場でかなり変わってきたように思える。昨年9月に紹介したCellの論文のように、ウイルスで一部のガン細胞を殺し、マクロファージに処理させてガン免疫を高め、チェックポイント治療効果を高めるという戦略だ(http://aasj.jp/news/watch/7362)。

今日紹介する英国リーズ大学中心に発表された論文は、チェックポイント治療とガン溶解ウイルスとの併用がどの程度可能かを実際の患者さんで調べた研究で1月3日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Intravenous delivery of oncolytic reovirus to brain tumor patients immuneologically primes for subsequent checkpoint blockade(静脈注入したガン溶解レオウイルスは脳腫瘍に到達し、続くチェックポイント治療の準備をする)」だ。

アイデアも、研究としての手法も別段注目するほどの研究ではないのだが、ほとんど治療手段のない高グレードグリオーマの患者さんを対象にここまでの実験研究をやるのかと感心したので紹介する。

グリオーマにガン溶解性ウイルスを用いる可能性はこれまでも研究されているが、多くの場合、ガンに直接ウイルスを注射する方法が用いられる。これは、ウイルスが脳血液関門を越えて、脳内に移行しにくいと考えられているからだ。しかし、もし注入のしやすい静脈ルートなら臨床応用も容易になる。さらに、ガン局所では脳血液関門が壊れているという報告もある。

そこでこの研究では、

1) このグループが研究してきたレオウイルスを静脈注射した時、脳内のグリオーマに到達するのか、
2) グリオーマに感染することで、ガン免疫を誘導している可能性があるか、
を確認するため、9人の患者さんに高濃度のレオウイルスを注射、3−17日後に摘出した腫瘍で、

1) ウイルスがガン細胞に感染しているか、
2) ガン局所で免疫反応が上昇しているか、
3) チェックポイントに関わる分子の発現に変化があるか、
を調べている。

おそらく、この患者さんたちはチェックポイント治療は受けていないのだろう。全員が平均469日で亡くなっており、これはこのガンの一般的な経過と同じだ。すなわち、全員が将来に向けた貴重な資料を残すためだけに治験に参加してくれたことになる。

この解析から、

1) ばらつきは大きいが、ウイルスは脳内に到達し、ガン細胞の一部、特に分裂中の細胞に感染が確認されるが、正常組織にはほとんど見当たらない、
2) ガンの一部の細胞死を誘導できる、
3) キラーT細胞の浸潤がウイルス投与で高まる、
4) おそらくインターフェロン誘導を介して、PD-1及びPD-L1の発現が高まっており、チェックポイント治療の対象になる、
5) マウスを用いた実験では、レオウイルス静注に続いてチェックポイント治療を行うと、生存期間が伸びる、
がわかった。

実際のデータを見ると、本当にこれでチェックポイント治療の効果を高められるのか、疑問に思うが、静脈投与でウイルスは脳に到達することから、次はチェックポイント治療と組み合わせた治験を行って、今回参加された患者さんの意志に報いてほしいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月8日:強いオスを選ぶ競争メカニズムの原点(1月5日号Science掲載論文)

2018年1月8日
クジャクを見ると、生殖上の競争を勝ち抜くために、壮大な形質変化が進化の過程で生まれることを示している。これは、性生殖、すなわち異なる個体のゲノム同士の組み換えが、種の保存に重要で、想像を絶するほどのコストを払ってもペイするだけの価値があることを意味している。

ただ、オス・メス型の性生殖を行わない、自殖型の動物も存在し、それを見ていると多様性の維持には組み換え自体が重要で、異なる個体である理由はそれほどないこともわかる。とはいえ、ほとんどの動物はオス・メス型の性生殖を行うことから、間違いなく個体間の競争が重要で、基本は強いオスが勝つ構造が必要になるはずだ。

今日紹介するメリーランド大学からの論文はこの競争に関わるメカニズムを、交配型と自殖型のカエノラブティティス(即ち線虫)を比べて明らかにしようとした力作で1月5日号のScienceに掲載された。タイトルは「Rapid genome shrinkage in a self-fertile nematode reveals sperm competition proteins(自殖型線虫に見られる急速なゲノム収縮は精子間競争に関わるタンパク質を明らかにした)」だ。

実験に用いられる線虫(C.elegance)は自殖型だが、多くの線虫種はオス・メス交配で、一般的に自殖型よりゲノムサイズが大きいことが知られている。この研究では、進化的に最も近く、また人工的に種間で生殖可能(例えば現代人とネアンデルタールを思い浮かべればいい)な線虫C.nigoni(交配型)とC.briggsae(自殖型)を選んで、ゲノムを比較し、自殖型と交配型に分かれることでどの遺伝子が必要なくなるかを調べている。

なんと自殖型ではゲノムサイズが25%近くも減少しており、26000近い遺伝子のうち、3000遺伝子が失われる。さらに詳しく見ると、オスで発現している遺伝子が多く、やはり強いオスを選ぶ戦いというのがこの種では正しいことがわかる。

そして、競争を支える分子の詳細な検討から、他の自殖種でも欠損し、すべての交配種に存在する、しかもこれまでほとんど研究されていなかった、精母細胞に強く発現するmss分子に焦点を当てて研究を進めている。

Mssは合成された後小胞体を介して細胞膜に結合したまま、細胞膜のピットを形成する役割を持つようだが、詳しい機能はほとんど分かっていない。この研究ではまずmssを欠損した精子は、卵子に接合はできるが、正常型の精子と競争させると、全く生殖できなくなることを示している。次に、もともとmssの存在しない自殖型にこの遺伝子を挿入し、mssが精子間競争に勝つために重要であることを示している。

最後に、mssを導入した自殖型線虫と普通の自殖型線虫を維持して、オスと雌雄同体型の比率を調べると、通常すぐに雌雄同体型優位で、オスが消失するのに、mssを導入した自殖型線虫では12代にわたってオスの比率が維持されることも明らかにしている。

これまで精子の泳ぐ能力などの違いで精子間競争に関わる分子は知られていたが、この研究で明らかになったmssは自殖型では全く存在しない点で、正真正銘のオスの競争力に関わる原点とも言える遺伝子だ。残念ながら、その細胞学的機能は分かっていないので、今後さらなる研究が必要だが、それも時間の問題だろう。いろんな想像を掻き立てられる面白い論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月7日:食物中のトレハロースがクロストリジウム強毒株進化を促進した(Natureオンライン版掲載論文)

2018年1月7日
トレハロースは熱など様々な条件に最も安定な糖だが、精製にコストがかかっていたため、使用は化粧品などに限られていた。その後、デンプンから安価に精製する方法が開発され(最初は1kgが700ドルしたのが、現在では3ドルで精製できる)、多くの食品に添加されるようになって現在に至っている。もともと、多くの自然にある植物に含まれていることから、最も安全な糖として広く使われるようになった。

今日紹介するテキサスベーラー大学からの論文は、確かに食品としてトレハロースが危険というわけではないが、病原性の高いクロストリジウムの病原性を高める役割を果たしていることを示した、ちょっと恐ろしい研究で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Doetary trehalose enhances virulence of epidemic clostridium difficile(流行性のクロストリディウム・ディフィシル強毒株の毒性は食事の中のトレハロースにより増強される)」だ。

この研究は、2000年から2003年に流行したクロストリディウム・ディフィシル(CD)RT207株、および1995年から2007年の間に10倍も症例数が増えたRT078の進化が、食品中の炭水化物の変化により誘導されたのではと着想し、様々な炭水化物を調べた結果、2000年以降に広く使われだしたトレハロースが両方の菌株に利用されるが、他の菌は利用できないことを発見する。

次に、トレハロースが利用できるようになるための分子変化を探索し、TreA分子の有無がトレハロースの利用可能性を決めている原因遺伝子であることを突き止める。

この結果をもとに、ではTreAの発現が2000年前後で始まったCDの進化を説明できるか次に検討し、試験管内の実験で、流行性を獲得した株は500倍低い濃度のトレハロースがあればTreAの発現が誘導できること、そしてTreAオペロンを1010種類のCDで調べ、RT028株を含む多くの株では、この違いがTreRリプレッサー遺伝子の1塩基置換により起こっていることを突き止めている。

次に、TreRが正常型の菌株をトレハロースで培養すると、TreBの機能が突然変異によって欠損した細胞株が得られることから、おそらく流行株でのレプレッサー変異が、食品として含まれるトレハロースへの新たな環境適応として選択されたことがわかる。

次に、流行性株をマウス腸内に移植し、トレハロースを含む/含まない2種類の餌を与えて腸炎による死亡率を調べると、トレハロースを摂取することで毒性が強くなることから、トレハロースにより誘導されるtreAが毒性を決めていることを明らかにしている。

以上の結果は、RT027株の話で、同じようにトレハロースが利用出来るようになったRT078株ではtreAは正常のままだ。そこでこの株についても遺伝子の比較を行い、トランスポーターptsT遺伝子が新たに獲得されたこと、これによりトレハロース存在かで細胞の増殖が高まることを確認している。

最後に、私たちの腸内のトレハロース濃度でtreAの誘導が起こることも確認しており、これが決して実験的な条件で起こったことではないことを示している。

まとめると、トレハロースが食品等に使われるようになり独立してトレハロースを利用出来る突然変異が誘導され、これがtreAの発現が高い流行性強毒変異株を誘導し、こうして生まれた強毒株はトレハロース存在下で毒性を最大限発揮するという結果だ。

恐ろしい話だが、2つの重要なポイントがある。一つはCDの強毒株は抗生物質の使いすぎにより発生したという考えは再検討される必要があること、そしてトレハロースを摂取しなければ、流行株でもトレハロース摂取を完全に止めれば毒性が弱いことだ。大至急臨床の現場で確かめるべき重要な論文だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月6日:新しい簡単な耳鳴りの治療(1月3日号Science Translational Medicine掲載論文)

2018年1月6日
私自身40歳ぐらいから既に30年近く耳鳴りが続いているので、耳鳴りの論文は余計に気になる。2015年にも頭蓋の外から磁場を当てて耳鳴りを治療するJAMA Otholaringology Head Neck Surgeryに掲載された治験研究を紹介したら、読者で耳鳴りに悩む方から、我が国でも治療は行われているが、もちろん保険外で一回5万円かかるという情報を頂いた(http://aasj.jp/news/watch/3789)。副作用はないが十回は治療が必要なのは、ちょっと抵抗があるだろう。

今日紹介するミシガン大学からの論文は大掛かりな機械が必要のない耳鳴りの治療法開発の研究で1月3日のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Auditory-somatosensory bimodal stimulation desynchronizes brain circuitry to reduce tinnitus in guinea pigs and human(聴覚と体性感覚の二峰性の刺激により脳回路を脱同期させてモルモットと人間の耳鳴りを低下させる)」で、耳鳴りに悩む方々の初夢になればと紹介することにした。

耳鳴りを感じる人ならわかるのだが、何か運動をしたり、痛みを感じたりすると感じなくなることが多い。これは、耳鳴りが純粋に聴覚回路の異常興奮だけで成立しているのではなく、体性感覚など様々な感覚を巻き込んだ回路異常であることを示唆している。神経生理学的に詳しく見ると、聴覚神経の入力を受ける紡錘細胞(FC)は、体性感覚刺激を媒介する顆粒細胞から直接、あるいは車軸細胞を介して回路を形成している。原理的には、耳鳴りはFC細胞を中心とする回路が長期的に増強し(LTP)、同調性が高まっている状態と考えることができる。LTPは長期記憶で、シナプス自体が転写レベル、さらにはエピジェネティックに完全に変化してしまうことで起こるため、耳鳴りは治しにくい。しかし、回路は他の神経にも開いているので、このシナプスを抑制する回路を高めることで治療する可能性が出てくる。

この研究では聴覚への刺激と、首への電気刺激を様々な間隔で与えることで、FC細胞の興奮に影響できるか調べ、音を聞かせた後電気刺激をすると、FCの同期性を抑えられ、逆に電気刺激してから音を聞かせると同期性が高まることを突き止めている。この結果に基づき、音に晒すことで耳鳴りを誘導したモルモットのFC細胞の同期的興奮が、音を聞かせた後電気刺激を与える二峰性刺激で抑えられることを確認している。

この結果を受けて、患者さんの耳鳴りのピッチに合わせて選んだ音をイヤフォンから聞かせた後、首の後ろ、あるいは頬に置いた電極を通して電気刺激する機械を各人に持ち帰らせ、1日30分一ヶ月続けさせている。さらに、一ヶ月休んで、今度は対象と実験群を入れ替え、2峰性刺激で耳鳴りが改善するかを調べている。専門家ではないので、TFI指標がどの程度に相当するかを実感できないが、耳鳴りが長期間続いている人ではこの機器による治療効果が確かにあるという結果だ。基本的に、この機械の副作用はない。

これまでの方法と比べ、生理学的にも納得できるし、また動物実験の裏付けもある。何よりも、音を発生し、一定の間隔で電気刺激を与える機械はそんなに高価なものではないだろう。音の調整など、耳鼻科やあるいは店頭での調整が必要だろうが、私も使ってみたいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月5日:オナガザル科スーティーマンガベイのエイズウイルス抵抗性のメカニズム(Natureオンライン版掲載論文)

2018年1月5日
私が卒業した1973年には、エイズは存在しなかった。ただ、1980年代になって、ゲイに多い後天的免疫不全病が報告され、ウイルス病として特定されるまでは様々な研究が行われていたのを覚えている。もっとも印象に残っているのは、ドイツに留学している時、マウスの肛門に精子を注入すると免疫不全が誘導されるという論文だ。私自身まだエイズのことを聞いたことがなかった時で、不思議な実験をする人がいるのだと思った。

その後、エイズウイルスが特定されてから、ではどうして急にこのようなウイルスが現れたのかが大問題になった。結局エイズウイルスの起源、サル免疫不全ウイルスに感染していたチンパンジーを食用のために殺した人間が感染し、体内でエイズウイルスができ、そこから広がったことが示された。さらにチンパンジーの感染源が探索され、オナガザル科のスーティーマンガベイなど小型のサルを襲って食べたチンパンジーに感染、その中で2種類のウイルスが組み換えを起こしてサル免疫不全ウイルスが出来上がったことが明らかにされた。

今日紹介する論文はこのエイズ起源についてのシナリオの延長と言える研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Sooty mangabey genome sequence provides insight into AIDS resistance in natural SIV host(スーティーマンガベイのゲノム配列は自然のサル免疫不全ウイルス宿主のエイズ抵抗性にヒントを提供する)」だ。

チンパンジーがスーティマンガベイ(以後マンガベイ)を食べてサル免疫不全ウイルスSIVに感染した理由の一つに、マンガベイではウイルスに感染しても病気が発症しないため、ウイルスが蔓延し、キャリアになっていたことがある。事実、エイズウイルスを感染させてもマンガベイはCD4陽性細胞は正常、低いレベルだがウイルスを作り続けることことが知られている。

この研究は、なぜマンガベイは発病しないのか、ゲノム配列の解析からその解明を試みている。

まずマンガベイのゲノムを解読し、エイズを発症するアカゲザルのゲノムと比較、免疫系に関わる遺伝子を中心に違いを調べて、可能性のある34分子の違いを特定している。しかし、エイズ感染に関わるCD4やCCR5については違いを認めていない。そこで、配列上最も大きな違いが認められた接着分子ICAM-2と、自然免疫に関わるTLR-4に絞ってさらに追求している。

まずICAM-2はマンガベイではリンパ球の表面に出ていないことを突き止め、配列の違いが細胞表面への発現の違いに反映することを明らかにしている(残念ながら、ではこれがウイルス抵抗性にどう関わるかはこの研究では明らかになっていない)。

TLR-4のC末端の配列が感染しないマンガベイでは大きく異なっている。そして、LPS刺激によるNFκBの活性化がマンガベイのTLR-4では強く低下していることを明らかにしている。

そして、この配列はウイルスキャリアとして知られ、またチンパンジーの餌になる4種類のサルで保存されていることも確認している。面白いのは、この違いが全体の進化の系統樹とは別に進んでいることで、何らかの理由で抵抗性のサルが別個に進化してきた可能性が高い。この差を生み出した環境要因が何か、面白い問題が残された。

結果は以上で、なぜマンガベイがキャリアになるのかは明確ではない。しかし、キャリアになるには感染し、ウイルスを作り続ける細胞が必要になる。その意味で、CD4やCCR5が正常であるのも当然だと思う。すなわち発病という点で、この研究はエイズウイルス感染に対するホスト側の多様性を示すとともに、発病の抑制に関する新しいヒントになる可能性がある。

なかなか実験の難しいサルだと思うので、個体レベルの研究は難しいかもししれないが、iPS樹立も含め、今後さらなる追求が進むと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月4日発ガンにおけるIDH変異の意味(1月11日号Cell掲載論文)

2018年1月4日
Isocitrate dehydrogenaze(イソクエン酸脱水素酵素:IDH)は、低グレードグリオーマの8割以上、急性骨髄性白血病の10−20%に特定の変異が見られることから、私の頭の中では、代謝の変化を介してガンの増殖を助けていると考えてきた。実際、IDHの変異により酵素特異性が変化し、R-2HGが合成され、されにこれがグリオーマの増殖を促進することが示されて、IDH変異=ガンのドライバーという話が出来上がっていた。ところが、グリオーマではIDH変異がある方が予後が良いことがわかり、そう簡単な話ではないことが明らかになってきた。

今日紹介するシンシナティ大学からの論文はオーソドックスな手法でこの疑問を解いてくれた研究で1月11日号のCellに掲載された。タイトルは「R-2HG exhibits anti-tumor activity by targeting FTO/m6A/MYC/CEBPA signaling(R-2HGはFTO/m6A/MYC/CEBPAシグナルを標的に抗腫瘍効果を示す)」だ。

R-2HGはIDH変異体のみにより合成されるため、正常細胞では存在しない代謝物だ。この研究は、変異型IDHによってのみ合成されるR-2HGが本当に細胞の増殖を誘導するのか急性骨髄性白血病AMLの増殖を指標に調べるところから始めている。結果はこれまでの予想に反して、多くのAML株の増殖が抑制され、マウスに移植するモデルでも、R-2HG投与で生存期間を延ばすことができることがわかった。R-2HGによる増殖抑制機構を調べるため、R-2HGの効果が有るガンとないガンの遺伝子発現を比べ、ガン遺伝子MYCが活性化する分子が低下することを発見する。

もともとこのグループはRNAメチル化について研究していたグループで、MYCの活性が低下するのがRNAメチル化酵素FTOを抑制しているからではないかと着想、R-2HGがFTOを抑制することを発見する。他にも、R-2HGはDNAの脱メチル化に関わるTET2も抑制するが、これはR-2HGが効かない細胞株でのみ見られることから、この場合はガンの増殖を上げる方向に働いている。したがって、R-2HGが効果のあるガンに対する作用はFTO抑制がメインの経路で、MYCのRNAメチル化が低下、その結果RNAが不安定化してMYCの活性が落ちることで、細胞の増殖が低下することを示している。他にも、骨髄性白血病の増殖に関わるCEBPAのRNAの安定性も低下させ、これもFTO転写の低下に関わることも示している。

一方、R-2HG抵抗性のガンでは、DNA脱メチル化を介してガンの増殖を抑制するTET2が直接抑制されるため、MYCの不安定化をカバーしていると推察している。

この結果は、グリオーマのドライバーはIDH変異ではなく、逆にIDH変異がグリオーマの急速な増殖を抑えている可能性も示唆する。すでに述べたように、IDH変異は良い予後因子であることがわかってきたが、今回の結果はこれも説明できる。とすると、現在行われているIDH変異分子の活性抑制によりガンを制圧する可能性は低く、逆に悪化させる可能性すらあることを意味しており、注意が必要だ。

一方、R-2HGやFTO阻害因子は、それ自身で根治はできないが、他の抗癌剤と組み合わせて抗癌剤として利用できる可能性がある。他の細胞にももちろん効くため副作用がないとは言えないので、薬剤として利用可能か早急に調べて欲しい。でないと、結局論文のための論文になる。

なんでも疑って見ることが重要であることを示すいい例といえるが、もともとわかりにくいIDHについて学ぶことが多かった。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月3日自動運転(12月15日号Science掲載レポート)

2018年1月3日
正月3日目、最後の話題は自動運転だ。テレビでも1昨年までは自動ブレーキだったのが、例えばニッサンの最新のリーフのように、TVで自動運転の能力をアピールする車が2017年は増えてきたように思う。これが2018年どう進展するのか、機械学習より一般の注目度は高いはずだ。

実を言うと、私はこれまで運転免許証なるものを持ったことがない。もちろん車を運転する経験はゼロで、常に「乗せられ族」として過ごしてきた。そして世の「乗せられ族」は密かに自動運転車に期待を抱いているはずだと勝手に思っている。免許なしで自動運転車を乗り回す可能性はお金には変えられない。

自動運転車も免許が必要だという話に政府はしたがるかもしれないが、そうは言わせない。というのも、自動運転車を最も期待しているのがタクシーや公共交通業界だ。もし運転手のいないタクシーに乗っていいなら、自動運転車を買って乗り回して何が悪い。

しかし、実際のところどこまで自動運転車は進んでいるのか?免許のない私が車を買うことが可能なのか。そんなことを密かに考えていると、Science誌のレポーターが自動運転車の現状を分析した記事を掲載したので、早速読んでみた。

結論から言うと、メディアやメーカーはそんなに待たなくても私が車を買える日が来るように宣伝しているが、おそらく私の生きているうちにはそんな日が来ないことがよくわかった。このレポートのタイトルは「Not so fast(そんなに早くない)」だ。

まず自動運転と言っても、ドライバーが全てを行うレベル0から、人間が全く何もしなくていいいレベル5まで6段階に分かれており、結局現在買うことができるのは、自動車専用道路でなら車に任せることができるレベル3のようだ。ただ、おそらく消費者はもっと高いレベルを自動運転の宣伝で抱いているはずで、その結果2016年テスラのオートパイロットを信頼しすぎた事故が起こることになる。もちろん現段階でも天気が良くて、整備された一般道なら自分で走るレベル4の車を市場に出すことはできるらしい。しかし、どんな天気でも、行きたいところに連れて行ってくれるレベル5が達成されるのは2075年前後のようだ。とすると、まず免許のない私が生きているうちに車のオーナーになることはないことがわかった。

このレポートは、それでも様々なレベルの自動運転車に備えて、社会や消費者の方も幾つかの項目で準備が必要であること、これまで行われた研究を元にしてうまくまとめている。議論された各項目について見ておこう。

安全性

昨日紹介したように、機械学習ではエラーを許容することが重要になる。また、何か起こってもその理由を特定することは難しい。一方、現在の自動運転の宣伝を見ると、前後左右完全に安全性を確認して運転が行われるとほとんどの人が期待してしまう。その結果、自動運転では決してエラーが起こって、交通事故が起こってはならないと思ってしまう。
それでも、レベル3でも、交通事故による死亡を半減させる可能性を示す研究がある。また、自動運転も機械学習なので、公道を走ることでさらに安全性を高めることができる(ランド研究所の調査)。これらのことから、完全でないことを皆が理解して、早期に導入を図るのが良いと結論している。

運転手付きの車?

自動運転車は運転手付きの車と言える。そこで、一般の家庭に運転手をただで派遣して運転を肩代わりしてもらうと、車の利用パターンがどう変わるかという研究をサンフランシスコで行った研究者がいる。結果はなんと76%も利用率が上がる。特に高齢者では利用率が3倍に上るという結果だ。とすると、国や自治体も交通量の増加に備える必要がある。

車で仕事ができる?

我が国で見かけないが、米国では自動運転で運転中に仕事が可能と宣伝しているようだ。しかしわかってきたことは、自動運転車に乗って本を読もうとすると12%の人が乗り物酔いにかかることだ。今後、そこまで考えた車の設計も重要になる。

個人所有かカーシェアか?

自動運転が普及すると、自分で車を持つ人は減ると予想する研究者が多い。ただ、利用率や目的に合わせた値段の異なるパッケージが提供されるだろう。ただ、このパターンの変化は自治体の政策により大きく左右される。おそらく、都市と地方で政策も異なり、公共交通との連携や補助金行政が問われることは間違いがない。その意味で、交通システムの大改革につながることは間違いない。

メーカーの狙いは?

GMの担当者に聞くと、最初の狙いはタクシーを自動運転に変えることで、これだけでGM本体もタクシー提供者として、一台あたり今の何倍もの利潤を上げることができる、現在より30%利益が上がるようだ。確かに、自動運転車なら運転手を集める必要がなく、車メーカーが直接新業種に参入できる。「運転手をなくす」がメーカーの狙いかもしれない。

政府の対策は?

自動運転車の問題は、メーカーの技術開発以外の研究があまり行われていないことだ。しかし、間違いなく交通システムを変え、運転手という雇用形態を消滅させる技術だとすると、公共機関や大学でももっと研究が進み、それに基づく準備が必要になる。

それにはまず、実験を容易にする規制の緩和、自治体間の連携が必要になる。更には、テロリストが自動運転車を使う可能性すらある。

政府もタクシー会社が消え去る可能性のある大きな転換期であることを理解して、大きなパースペクティブで、エビデンスに基づいてこれに対応する必要があると思う。

このレポートは最後に、「自動運転車は私たちを助けるのか、溺れさせるのか?」と聞かれた政策研究者が答えた一言、「個人的には、簡単に白黒つけられない問題だと思う。というのも、多くの変動要因が多く、多様性があまりにもありすぎる」で締めくくっている。いずれにせよ、私が車の所有者になる初夢は消えた。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月2日:機械学習(12月22日Science掲載総説)

2018年1月2日
二日目はいわゆるAIの話だ。

私たちのNPOには将棋のプロに近いメンバーが2人もいて、将棋の話を興奮して話してくれる。このため昨年AASJ内で最も話された話題は、連勝新記録を達成した藤井聡太君のニュースと、棋士対コンピュータの電王戦の話だった。素人から見ても、将棋でAIがプロに勝つとは、AIがこの数年で急速に発達しているのがわかる。

もちろん、医学分野でもAIの進出は目覚ましいものがあり、例えば2月にスタンフォード大学から13万近い皮膚病変の写真と、その病理診断結果をニューラルネットを用いて機械学習させることで、皮膚科の専門家と肩を並べるレベルの皮膚病変の診断が可能になった論文がなんとNatureに掲載されて驚いた(Esteva et al, Nature 542, 115, 2017)。

一方最近のThe LancetのAIと医学について述べたエディトリアル記事では、AIが今後も医学を変化させることは間違いないが、問題も認識され始めたことも書かれていた(The Lancet 390, 2739, 2017)。例えば昨年、IBMがMD Andersonと4年にわたって協力してきた研究が中断され、またGoogleと英国Royal Free London NHS Foundationとの協力で進められていたDeepMindを用いたAI研究からのデータ流失が起こり、AIに対する不安が高まっているようだ。

このように、AIで社会がどう変わるのか、私の苦手分野だが2018年にその輪郭が見えるのではと注目している。

幸い昨年の終わりにScience誌は機械学習の世界の第一人者、E. BrtnjolfssonとTom Mitchellが共同で書いたこの分野の展望についての総説を発表したので、今年のAIの発展を予測する意味でも、この総説を紹介することにした。タイトルは「What can machine learning do? Workforce implication(機械学習は何ができるのか? 労働力に関する示唆)」だ。(Science 358, 1534, 2017)。

この総説の焦点は、AIが人間の現在の労働形態をどう変えるかだ。

さすがこの分野のプロで、まず本当のArtificial intelligenceは到底到達できない先に存在しており、今AIと大騒ぎしているのはmachine learning(ML)のことだと断定している。

その上で、一般的に言われているように、置き換わる仕事、置き換わらない仕事があるにしても、実際にはMLだけでもインパクトは大きく、経済や雇用についての大変革が進んだ結果10年以内に勝者と敗者が決まるほどの破壊的効果があることを予言し、各国政府は今から準備が必要だと忠告している。

いずれにせよ、MLを使いこなすには、まず学習することが何をもたらすのかを見極め、学習させる情報をどう加工するかがカギになり、新しいアルゴリズムやパラメーター設定方法の開発が今も進んでいる。このためにも、どのような仕事がMLに置き換えやすいか8項目挙げている。

1. はっきり定義できるインプットとアウトプットの間の関係の学習:医学情報がまさにこれにあたる。すなわち、データから病名を診断する過程は、インプットとアウトプットが明確に定義されている。ただ、予測や診断が可能になったからといって、因果関係を理解したことではない。
2. 多くの適切なデータが得られる学習:ニューラルネットによるMLではデータが飽和して能力の限界に到達することはない。どんなデータも利用できるが、人間の手で対象をよく分析し、データをタグ付けし直すことで、ML の能力を高められる。
3. ゴールが明確で、定量的に評価できる学習:MLから考えると自明の話だが、例としては都市の交通量のコントロールなどがこれにあたる。ただこの時、データが期待しているゴールとの関連でラベルされるようにデータを調整するのが望ましい。
4. 常識や多様な知識が必要な段階的に論理を詰めていく過程の必要でない学習:迅速な反応が求められるタスクを選ぶのが重要。常識や多様な知識に基づいて、段階的に論理を進めるのは苦手。しかし囲碁やチェスは、その後の展開を正確にシミュレーションできるため、段階的論理過程に見えても、MLは得意。逆に、現実世界のシミュレーションは難しい。
5. 背景にある理由を説明する必要がない学習:診断にしても、囲碁にしても、MLは正解を出すことができるが、なぜそれを正解として選んだかの理由付けは出来ない(これこそが将来のAIの一つの条件、しかし人間だから理由が説明できるわけではない)。
6. 失敗が許容でき、実証性が必要のない学習:アルゴリズムの基本は統計学、推計学で、必ず間違いがあることは理解する必要がある。 7. 現象やインプット・アウトプットの関係が安定な学習:現在のアルゴリズムは、対象の振る舞いがある程度安定していることが必要で、状況が早く変化する現象には利用しにくい。
8. 熟練、技が必要ない学習:ロボットに使うとき、まだハードの方が、機械学習についていかないことを理解する(明日この問題は自動運転で取り上げる予定)

その上で、クリエーティブな仕事がMLには不可能かも議論している。人間でも創造性が生まれる基本は、脳の回路を毎日書き換える経験の量が重要で、この書き換えによりそれぞれユニークな自己の回路が形成されることで、創造性が生まれていると私は思うが、MLの仕組みから考えれば、経験に応じて創造性が生まれてもおかしくない。著者らも創造性をMLは持たないというのは甘い考えで、学習した内容はそれぞれ異なるため、独自性が生まれ、それに基づいて判断すれば、自ずと創造性が生まれると考えている。

最後に、以上のことを理解した上で、MLを考える時の経済問題6項目あげている。

1、 雇用のMLによる置換:まちがいなく、多くの職はMLで置き換わる。例えば、コンピュータソフトを仕上げる工程は、今やMLの独壇場なようだ。
2、 価格の自由度:ML導入で価格が落ちることで、利用者が増えて、全体の消費額が増えるような領域。
3、 人間と機械の相互性:MLの導入により、それを使う人間のスキルが要求されるといった相互性がある分野。
4、 収入の自由度:ML導入により失われる雇用は多い。従って、労働市場の流動性が高く、新しい需要に対応出来る経済運営が必要。
5、 労働供給の自由度:MLにより新しい仕事が増えても、それに対応する人間の供給が制限されると、給与の差が拡大することになる。
6、 ビジネスの新しいデザイン:経済活動全体がMLで変化することを理解して、長期的なビジネスプランが必要。
などだ。

要するに、産業革命によりもたらされた資本主義では、「労働者が消費者でもある」とマルクスが気づいた時と同じような大きな変化が起こることを意味している。とすると、この総説も表面をなぞっているだけで、それぞれが2018年MLの進展をウォッチし続ける必要があることを物語る。 医学で言えばMLで診断率が上がったと喜ぶだけでなく、「誰もが最適の健康を維持できる」医療システムの構造変化をMLを使って加速するプランを考える人が現れることが重要だと思った。
カテゴリ:論文ウォッチ
2 / 15812345...102030...最後 »
2018年1月
« 12月  
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031