10月16日:腸内細菌叢を飲み薬にして難治性下痢に使う(10月11日発行アメリカ医師会雑誌掲載論文)
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10月16日:腸内細菌叢を飲み薬にして難治性下痢に使う(10月11日発行アメリカ医師会雑誌掲載論文)

2014年10月16日
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このホームページで何回も紹介して来たように、腸内細菌叢研究がこれほど盛り上がりを見せているのは、これまで治療が困難だった様々な病気を、腸内細菌叢を変化させて治す可能性があるからだ。このため、論文の多くは、腸内細菌叢を他の個体に移植する、言い換えれば大便を他の個体の腸内に移植すると言う方法を用いている。これは何も動物実験だけではない。実際健康人の大便の移植は炎症性腸疾患の治療として使われ始めており、我が国でもこの治療を提供している医療機関がある。ただ、これまでの治療は大便中の腸内細菌を分離して、それを内視鏡やチューブで直接腸内に移植する方法を用いている。もし腸内細菌叢の移植の治療成績がいいなら、経口的に服用する事で同じ効果が得られないかと考えるのは当然の成り行きだろう。今日紹介するマサチューセッツ総合病院からの論文は、この可能性を20人のクロストリディウム・ディフィシーユ感染による難治性の下痢患者さんで確かめた研究で、10月号のアメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Oral, capsulized, frozen fecal microbiota transplantation for relapsing clostridium difficile infection(再発を繰り返すクロストリディウム・ディフィシーユ感染を凍結腸内細菌叢カプセルの経口服用で治療する)」だ。クロストリディウム・ディフィシーユは免疫機能が低下している場合に起こる感染症で、他の細菌を抗生物質で治療しているうちに勢力を拡大して腸炎を起こす厄介な細菌だ。バンコマイシンが効くが、患者さんの一部は慢性化し、再発を繰り返す難治性のケースに発展する。この再発する難治例について、このグループは腸内細菌叢をチューブで直接腸内に移植し成果を収めていたようだ。今回の研究は、腸内直接投与の代わりに、腸内細菌叢を健常人から分離し、これを遅溶性のカプセルにつめて20人の患者さんに経口的に服用させ、6ヶ月経過を見ている。便の処理だが、正常大気中で行なっており、嫌気性菌はある程度の障害を受けている可能性がある。処理後の細菌叢の構成などは調べていないようだ。基本的には濾過、遠心などを繰り返し、細菌叢が濃縮された浮遊液を調整、それを0.6mlのカプセルにつめ、更に念のため一サイズ大きなカプセルをかぶせて調整は完成だ。このカプセルが溶けるのに、約100時間かかる事も確かめている。これを−80℃で保存し、患者さんには15錠を2日に分けて服用してもらう。うまく効かない場合は、もう一度だけ同じ治療を行なっている。予想通りと言うか、結果は上々だ。2日間の投与で14例はすぐに症状が改善している。残りの6例は、元々健康状態の悪かった患者さんで、このうち4例は2回目の投与後症状の改善を見ている。6ヶ月経過した時点で、18例がほぼ健康を回復し、下痢は完全に治っている。この治療以前、抗生物質等ではほとんどコントロールできなかった事を考えると、素晴らしい結果だ。おそらく、大便由来であると言う想像力さえ少し鈍化させれば、これほど安価で効果的な治療法はない。自信があるのか、ディスカッションで大規模臨床研究を行なうにしても、プラシーボ群をもうけるなど普通の治験方法を用いるのは非人道的だとまで言っている。誰も考えられる事とは言え、驚いた。しかし論文を読んでいると、この分野の我が国のプレゼンスはあまり高くないように思う。と言うよりアメリカの一人勝ちの分野に思える。我が国では、腸内細菌叢を売りにしたヨーグルトが大ヒットだが、細菌叢全体として考えて行く総合的なアプローチにあっという間に追い越されてしまうかもしれない。実際、腸内細菌叢をバランスを崩さず培養したり、増幅したりする技術はこれからの研究に重要だ。医療費削減から考えると、最重点領域かもしれない。

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10月15日:多発性骨髄腫に対する薬剤を鍛え上げる(10月13日発行Cancer Cell掲載論文)

2014年10月15日
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理研には後藤さん率いる創薬プロジェクトがある。化学から生物まで専門家が集まって、アカデミアの成果を薬剤開発につなげる事が目的だ。このチームには、普通医学部には見かけない、有機化学の専門家がいて、どうすれば化学化合物が薬剤として鍛え上げられるかを教えてくれる。一緒に仕事をしていると、抽象的な化学式が頭の中では実体としてイメージできる人だと良くわかる。また実際の創薬が、この様なメディシナルケミストと呼ばれる人なしでは決して進まない事も良くわかる。この薬を「鍛え上げる」と言う実感を教えてくれるのが今日紹介するロンドンのインペリアルカレッジとイタリアの国立研究所からの論文で、10月13日発行のCancer Cell誌に掲載されている。タイトルは「Cancer-selective targeting of the NF-κB survival pathway with GADD45β/MKK7 inhibitors(GADD45β/MKK7阻害剤でNF-κBを介する生存シグナルを標的としてガンを特異的に制圧する)」だ。この研究の標的は現在も治療が困難な多発性骨髄腫だ。この腫瘍の多くはその生存がNF-κBシグナル分子に依存している事がわかっている。しかし、NF-κBは身体の様々な細胞で重要な機能を担っており、薬剤が開発されても副作用が強いと予想される。このためNF-κBの上流で働いている分子に対する薬剤がこれまでも開発され、特に免疫疾患には使われ始めている。この研究では逆にNF-κBの下流の分子過程を標的にがん特異的な薬剤が作れないかが試みられている。まず多発性骨髄腫でこの分子の下流で細胞の生存に関わる一連の分子過程を、NF-κB 活性化によるGADD45β発現、GADD45βによるMKK7抑制、MKK7抑制によるJNK活性の抑制、その結果としての細胞死の抑制と特定した。次にまず試験管内でGADD45βとMKK7の結合を阻害する分子をスクリーニングしている。おそらく他のライブラリーも調べたのだろうが、GADD45βとMKK7の結合阻害活性がヒットして来たのがこの研究では4つのアミノ酸をランダムに重合させたテトラペプチドライブラリーの中の2化合物だった。ただ、このままの形では血中の蛋白分解酵素ですぐ分解される。そこで先ず鍛え上げ第一弾として、アミノ酸を私たちが使っているL型からD型に変換する。すると運良く、阻害活性はそのままの分解されにくい阻害剤に変換できた。鍛え上げ第2弾は、細胞内への透過性を上げる事で、これをアセチル化されたペプチドをベンジルオキシカルボニル基に変える事で達成している。この分子が確かに細胞内に入り骨髄腫細胞を殺す事を確認した上で、鍛え上げの仕上げは計算機による活性部位の構造計算に基づく最適化過程で、これによりDTP3と言う分子が出来上がった。モデル実験系で示されたデータは素晴らしい。DTP3は骨髄腫特異的に細胞死を誘導し、ほとんど正常細胞に影響がない。それもそのはず、GADD45β遺伝子が欠損したマウスも普通に生まれ、寿命を全うするため、正常細胞でこの分子の機能はそれほど重要でない。免疫系細胞の中にはGADD45βを使う細胞もあるが、この場合結合の相手はMKK7ではない。このおかげで、ヒト骨髄腫細胞を接種したマウスに投与すると、腫瘍を完全に消滅させられる。更に、水に解け易く、薬剤として大きく期待が持てると言う結論だ。ヒトに対する効果についてはこれからだろうが、いずれにせよ創薬には薬を鍛え上げて行くと言うプロセスが重要で、これのわかるメディシナルケミストを始め様々な専門家が協力して初めて可能である事が良くわかる論文だ。勿論、多発性骨髄腫細胞には特効薬がまだない。細胞死を誘導するDTP3は、メカニズム的にも根治につながるかもしれないと期待する。今後も注目して紹介して行こうと思っている。

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10月14日:ネアンデルタール人と言語(9月16日発行アメリカアカデミー紀要掲載論文)

2014年10月14日
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ネアンデルタール人と現代人の間に交雑があったかどうかは考古学の重要問題だったが、マックスプランク研究所のペーボさん達によりネアンデルタール人のゲノムが解読され、間違いない事実となった。もう一つの重要問題が、ネアンデルタール人は言語を持っていたのかだが、勿論まだ謎のままだ。ここでも紹介したように、これまで知られている言語に関わる遺伝子に関しては両者で差が見つからない。ただ、言語の様な複雑な高次脳機能を遺伝子から再構築できるほど私たちの知識は進んでいない。言語構造と脳の機能について更に深い理解も必要だ。言語を話すために必要な能力の中で考古学が最も注目しているのが、経験を象徴と対応させる能力で、これが発生するためには象徴を何かの表象として利用していた証拠が必要になる。この観点から見ると、ラスコーやアルタミラで良く知られるような現代人の居住洞窟に残された絵画に見られる象徴の使用が、ネアンデルタール人の居住区では見つかっていなかった。ところが最近になってスペインの4万年近く前の洞窟で、幾つかの象徴と思われる模様が見つかり、この分野は一気に活気づいた。今日紹介するスペインウエルバ大学の研究はまさにこの問題を扱っている。タイトルは「A rock engraving made by Neanderthals in Gibraltar(ジブラルタルのネアンデルタール人が岩に残した彫刻)」で、9月16日発行のアメリカアカデミー紀要に掲載された。ずっと紹介したいと思っていたが、遅くなってしまった。考古学の論文を読むと単語を知らない事に気づく。それで二の足を踏んだが、考古学研究とは何かが良くわかる論文なので紹介する。先ず、象徴らしき岩に掘られた模様の見つかった場所の地理学が来る。ジブラルタル半島の突端近くにある海の浸食を受ける洞窟だ。これにより、数万年の過去の歴史の間にこの場所が気候変動を含めどのような影響を受けたのかがある程度わかる。次に来るのが地層学だ。この洞窟も10万年以上前からのいくつかの地層で形成されている。それぞれの層に含まれる岩石の性質などを詳しく調べて、この洞窟の成り立ちを探る。特に彫刻の見つかった場所とその上の地層が完全に分離している事を明らかにする。そして、同位元素による年代測定により、彫刻の見つかった層の最下層が3万8千年前の地層である事を決める。この時期にはまだネアンデルタールはジブラルタルまで達していない事が通説だ。次ぎに来るのが、それぞれの地層に残された石器の評価だ。彫刻の層はネアンデルタール人の特徴とされるムスティア文化の特徴を持っている。その上の層にはかなり進んだソリュートレ文化を代表する石器が見つかるが、これは2万年より新しい。これらの結果から彫刻はネアンデルタール人によると結論づけている。また、この洞窟ではネアンデルタール人と現代人の交雑はなかったようだ。次は、この模様が象徴か、偶然出来たただの線かだ。実際には8本の線で格子が描かれているだけで、現代人の絵画と比べると極めて原始的だ。従って、先ず物理・化学的に自然発生した模様でない事を詳しく調べている。特にこの層の岩石の化学成分を調べ、例えばコウモリの尿の通り道として出来た物でないなど様々な可能性を排除している。その上で、この模様が如何に書かれたのかを線の長さ、太さ、深さなどを計測する。そして最後に、様々な道具を使って同じ岩石にこの模様を実験的に再現する実験研究だ。かなり頑丈な切っ先を持つ石器で何十回も彫り込まないとこの線が描けない事を推測している。結論としては、目的にあった道具と多大な努力でこの模様が描かれた事になる。これまで漠然と考えていた考古学のイメージとは異なる、総合科学である事が良くわかる。もちろん、この模様が象徴かどうか私も確信は持てない。更に多くの発掘が必要だろう。しかし、脳から新しい情報が生まれる過程の解明にとってのこの分野の重要性は良く理解できるし、このゴールに向けて地道な努力が進んでいる事を感じる。本来再現できない過去を研究するのは本当に難しそうだ。

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10月13日:脂肪組織をコントロールするII(10月9日号Cell誌掲載論文)

2014年10月13日
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今日紹介するの論文は中枢神経から自律神経系を介する脂肪組織のコントロールについてのエール大学からの論文だ。勿論食欲調節を通して脂肪組織を調節する事が出来ることは良く知られた事実だ。国立循環器病センターの寒川さん達が発見した胃で分泌される空腹ホルモン・グレリンや、脂肪から分泌される満腹ホルモン・レプチンなどは全て視床下部のニューロペプチドや、アグーチ用ペプチド(AgRP)を造る弓状核の神経細胞を介して食欲を摂食行動につなげ、結果脂肪組織に影響する。ただ、この摂食と言う脳高次機能を介するだけではなく、同じ視床の細胞が自律神経を介して直接脂肪細胞を調整する可能性が知られていた。この研究はこの摂食中枢と脂肪組織の直接回路を解明した研究で、タイトルは「O-GlcNAc transferase enables AgRP neurons to suppress browning of white fat(O-GlcNAc transferase の作用により視床下部AgRP産生ニューロンは白色脂肪の褐色化を抑制している。)」だ。おそらく少し説明が必要なのは、白色脂肪組織の褐色化という言葉だろう。元々脂肪組織は白色脂肪組織と褐色脂肪組織に分類され、脂肪を活発に燃やしているのが褐色脂肪組織とされて来た。ところが最近になって、大人の白色脂肪組織にもベージュ脂肪細胞と名付けられた熱を発生させる脂肪細胞が存在し、白色細胞から分化させる事が出来る事が示された。この結果、白色細胞の褐色化を調節して脂肪を減らせるのではという期待から、脂肪組織研究分野ではちょっとしたブームになっている。この研究では、先ず空腹や空腹ホルモン・グレリン投与により視床AgRP陽性ニューロンの活性化が、白色脂肪細胞の褐色化を抑制している事を確認した上で、このニューロンに起こる変化をしらみつぶしに調べ、タイトルにあるO-GlcNAc transferase(OGT)が上昇する事を突き止めた。と簡単に言うが、このニューロンだけを辛み物質カプサイシンで刺激できるようにしたマウスを作るなど、実験としては手がかかっている。さて、OGTはタンパク質に糖を添加しその機能を変化させる分子だが、この酵素をこのニューロンで働けなくすると、カリウムチャンネルの機能が低下し、結果ニューロンの自然発火が押さえられる。この自然発火率が低下すると、自律神経を介して白色脂肪組織が褐色化し、脂肪を消費し、熱を発生するようになる。ところが、OGTの作用が抑制されるだけなら、食欲には直接影響しない。このためOGTがAgRPで発現できないマウスは、食欲は正常で高脂肪食もしっかりと摂取するが、太らず、またインシュリン抵抗性も起こらないと言う結果だ。一言でまとめると、視床下部の機能を食欲調節と白色脂肪細胞の褐色化に分離する事に成功したと言う事になる。勿論このニューロンでOGT酵素だけを変化させるのは困難だろう。出来たとしてもそんな薬を飲むのは心配だ。おそらくこの現象が創薬につながるのはまだまだ先の事だろう。大事なのは、昨日、今日と紹介して来た新しいメカニズムをしっかりと理解する事で、脳と代謝ネットワークを無理なく調整して行ける生活プログラムを作る事だろう。2編の論文を読んで大分賢くなった気がする。

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10月12日:脂肪組織をコントロールするI(10月9日号Cell誌掲載論文)

2014年10月12日
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動物にとって食事にありつけない日がある事は当たり前だ。子育てや卵の孵化のために何週間も食べずに生きる動物は普通に見られる。飢餓に備えて食べられる時には出来るだけ食べて身につける。こんな繰り返しを可能にしているのが、糖と脂肪の代謝を調節する代謝ネットワークだ。このネットワークが飽食の人類にはメタボリックシンドロームをもたらす。私たちに備わったこのネットワークをなんとか味方に付けるための様々な研究が進んでいるようだ。今月号のCell誌にはこの方向の面白い論文が2編掲載されていたので、今日・明日と紹介する。今日紹介する論文は、抗糖尿作用のある脂肪酸が私たち自身の身体の中で作られている事を報告するハーバード大学からの論文でで、「Discovery of a class of endogenous mammalian lipids with anti-diabetic and anti-inflammatory effects(抗糖尿作用、抗炎症作用を持つ脂肪類の発見)」がタイトルだ。この研究では、グルコースを細胞内に運ぶトランスポーターGlut4についてのこれまでの研究結果から、この分子が脂肪組織で発現されると抗糖尿作用のある脂肪が多く作られるはずだと予想を立て、PAHSAと呼ばれる脂肪酸を発見している。この話を理解するには少し予習が必要だろう。Glut4はインシュリンの作用で細胞膜に移動しブドウ糖を細胞内に取り込む役目がある。こうして取り込まれたブドウ糖は勿論エネルギーや脂肪酸合成の材料になるが、ChREBPと呼ばれる転写因子を介して解糖や脂肪酸合成を促進する酵素システムを誘導する。面白いのは、Glut4からのサイクルが回ると当然血中脂肪酸は上昇するが、血糖は正常でインシュリンに対する感受性が維持される。この結果から、脂肪組織でのGlut4発現を上昇させた動物には、抗糖尿作用を持つ脂肪酸があるはずだと予想を立て、脂肪組織がGlut4を高発現した時だけ上昇する脂肪酸を探索した。そしてついに、正常マウスの脂肪組織で作られ、Glut4高発現脂肪組織でChREBPを介して発現が上昇する脂肪酸PAHSAを突き止めた。本当は話はもう少し複雑でPAHSAには何種類ものアイソマーと呼ばれるサブタイプがあり、肥満や飢餓でそれぞれの増減は異なっているが、これについては全て割愛する。重要な事は、全PAHSAを合わせた血中濃度はインシュリン抵抗性の患者さんでは著明に低下している事、そしてPAHSAを経口投与すると、急性に血糖を低化させる事が明らかになった点だ。メカニズムが詳しく調べられているが、PAHSAの作用は多面的で、先ずインシュリンの分泌、及びインシュリンを誘導するホルモンGLPの分泌を誘導する事が出来る。さらに脂肪組織で特定の受容体GPR120を刺激し、インシュリンにより誘導されるGlut4の細胞膜への移行を上昇させる。そして同じGPR120を通して、インシュリン抵抗性の原因の一つとして考えられている炎症を抑える。要するにあらゆるシステムを利用して血糖を下げ、糖代謝を促進する効果を持っている。それが私たちの身体で作られ、また食品にも含まれている。この分野で創薬を目指している専門家がこの論文をどのように評価するのか是非聞いてみたい所だ。ただ、素人からみると好い事づくしのホルモンが新たに見つかったように見える。内因性の分子である事から、安全性に対する研究はそれほど難しくないため、わりと早く治験も行なわれるだろう。おそらくもう一つ重要なのは、これを検査項目にする事で新しい病態分類が出来る事だろう。この様なオーソドックスな生化学研究が生まれる事は、この分野がまだまだ可能性を秘めている事を示している。私の健康診断にPAHSAが入って来たら是非報告したい。

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10月11日:大量培養の背景にあるトレンド(10月9日発行Cell掲載論文)

2014年10月11日
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10月9日号のCell誌にMeltonさん達の大量に膵臓β細胞を試験管内で調整する技術の論文がでていた。タイトルは「Generation of functional human pancreatic β cells in vitro(試験管内での膵臓β細胞の生産)」で、淡々としたタイトルだ。成人の膵臓β細胞に匹敵する機能を持つ細胞を多能性の幹細胞(ES,iPS)から誘導する技術について報告する論文で、調整できる細胞数から見ても臨床応用一歩手前まで来たことを報告している。早速朝日新聞の岡崎記者も取り上げていた。この論文の大半は誘導したβ細胞が正常のβ細胞と機能的にほとんど同じである事をこれでもか、これでもかと示すデータで、その意味では岡崎さんの記事も特に問題はない。しかしこの論文の最も評価されるべきポイントは、最後に誘導された細胞の質ではなく、培養自体がこれまでのβ細胞誘導法と全く異なり、3次元培養を用いている点だ。例えば、正常細胞に匹敵するβ細胞が短期間で誘導できると言う論文を、9月11日、Nature Biotechnologyにアメリカのベンチャー企業とカナダの研究所がすでに発表している。培養のプロトコルは一見するとかなり違うが、誘導にかかる日数や必要な培養ステップなどでは酷似している。しかしこの研究はこれまで通り、培養ディッシュに細胞を接着させて分化誘導を行なっている。一方、Meltonのグループは最初から最後まで細胞塊を浮遊させて培養を行なっている。実際よく読んでみると、この3次元培養の詳細は論文を読むだけでは浮き上がってこない。おそらく様々なノウハウが蓄積しているのだろう。この違いに気づかず、ただ「細胞の分化誘導が可能になった。凄い、凄い」などとのんきに受け止める人は、おそらくこの分野が新しい方向を目指し始めている事に気づかないだろう。iPS技術を糖尿病や肝臓障害の細胞治療に使うためには、網膜色素細胞やドーパミン神経誘導よりはるかに多い細胞が必要だ。同じように、iPS細胞自体を実際の医療目的でバンキングするときも多くの施設に分配する必要があり、大量培養が必要だ。私はこの目的には、細胞を浮遊液の中で分化させる培養法の確立が必要だと思っている。プロセス管理、細胞の採取、培養スペースなど多くの面から考えても、2次元培養には限界がある。現在私たちの肝臓内の細胞数を調整しようとすると大きな施設が必要で、数億円のコストがかかる。一方私たちの肝臓は大きいと言っても1.5kgだ。生涯を通して、一億円の食事をする人などこの世にいないだろう。この差を埋める技術の開発が様々な方面で始まっている。現役を退く1年前学術振興機構(JSPS)のプロジェクトの一環としてイスラエルを訪問した。主な目的は当時イスラエルで開発されたヒトES細胞の浮遊培養技術を見学し、日本に導入できないか調べる事だった。見学した印象は、将来のトレンドにかなった素晴らしい方法だった。是非導入したらどうかと日本の様々な分野に紹介したが、結局日本では真剣に受け取られなかったようだ。一方、Meltonが報告した方法はこのES細胞浮遊培養がスタートポイントになっている。ここがNature Biotechnologyに報告された研究と、Meltonの研究を分ける境になっている。この違いがあるから、Meltonもこの方法がヒトに応用する一歩手前に到達した技術だと宣言しているのだ。そのおかげでI型糖尿病の根治も可能になるだろう。子供さんがこの病気にかかった後、研究を膵臓β細胞の誘導にかけた彼の努力が実った瞬間だと思う。再生医学を目指す研究者や企業はこの分野が本当の実用化(低コスト大量培養)に向けて新しいトレンドを模索する方向に向いている事を見落としてはならない。このトレンドが見えていないと、気がついたらガラパゴス化していたことになる。その瀬戸際に我が国もあるように思う。イノベーションは破壊を伴わない革新だから最終的に新しい技術につながらないと言ったのはイノベーションジレンマを書いたクリステンセンさんだ。即ち、トレンドを感じ、今ある技術にとらわれない技術を新たに開発する事が必要だ。我が国で、「アップルは既成技術を集めてうまくマーケティングしているだけだ」などと言っている人を見かけるが、新しいOSの開発を通じたトレンドを作ったことを忘れてはならない。しかし、官民一体で開発された日の丸自動培養装置などを見ていると、もう遅いのではと本当は心配している。

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10月10日:免疫不全症の遺伝子治療(10月9日発行The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年10月10日
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様々な技術を臨床に使い始める時には必ずリスクが伴う。薬剤に関してはリスクを評価する方法が確立しているが、手術を始め新しい治療法はやってみて初めてリスクがわかると言う事もある。私自身がディレクターを務めた再生医療実現化ハイウェイの審査でも、リスクを認識した上でそれにどう対応するのかを明確に示していたプロジェクトが採択された。高橋政代さんの網膜色素細胞シート移植のプロジェクトや、高橋淳さんのドーパミン神経細胞移植プロジェクトは中でも説得力が高かった。一方、技術が確立したので安全性確保に集中するというプロジェクトも幾つかあったが、アピール度が低く採択されなかった。これを安全性無視の決定だと非難されても仕方がないと思っている。実際には予想以上の事が起こる。この時私の頭にあったのがフランスで行なわれた重症免疫不全症(SCID)の遺伝子治療のケースだった。全てのリンパ球の発生に必要な遺伝子γcはX染色体上にあり、これが欠損するとリンパ球が作れない。一方血液幹細胞にレトロウィルスを使って遺伝子を導入する技術は普通の実験室でも利用できる所まで完成していた。これをSCIDの根治に利用する事を強力に押し進めたのが、Fisher達フランスチームで、2000年20例のSCID患者さんのレトロウィルスを用いた治療が行なわれた。結果は上々で、全ての患者さんが正常生活を送れる所まで回復した。ところが、2−3年の間に、なんと25%の患者さんに白血病が発生した。遺伝子を調べると、レトロウィルスがよりにもよって白血病の原因になる事が良く知られていたLMO2やCCDN2遺伝子の近くに飛び込み、この分子を活性化していたのだ。元々ランダムに組み込まれるウィルスがなぜ選択的にこれら遺伝子の近くに組み込まれるのか。大騒ぎになった。しかしこのチームはこの治療がSCIDには最も優れている事を確信し、また白血病になった子供の親も十分治療に理解を示していた事に勇気づけられ、頭を下げる事はしなかった。代わりにレトロウィルスが飛び込んだ先の遺伝子を活性化しない様なベクターの開発へとプロジェクトをスウィッチしていた。そして、ついに新しいバージョンの遺伝子治療について報告したのが今日紹介する論文で、10月9日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「A modified γ-retrovirus vector for X-linked severe combined immunodeficiency (X染色体連鎖性重症免疫不全症の改良型γレトロウィルスによる治療)」だ。今回は9人の患者さんが治療を受けている。不幸にしてそのうちの一人は、治療開始4ヶ月で感染症で亡くなったが、残り全員はリンパ球が回復し、感染も全て治療された。前の20例と比較しても、回復スピードはほぼ同じで、ベクター自体の効率は十分だと評価している。その上で、前回なら白血病が見つかった時期にまだ白血病の発症は見られていない事から、安全性はかなり改善されたと言える。さて問題のレトロウィルスのゲノムへの挿入だが、当時と異なり次世代シークエンサーが利用できる。これを利用して前回のケースと今回のケースでゲノム解析を行ない、新しいウィルスは前回と違い白血病遺伝子の近くに組み込まれる確率が低い事がわかった。元々レトロウィルスが組み込まれる場所に選択性はない。従って、前回のケースは白血病遺伝子の近くにレトロウィルスが飛び込んだ細胞クローンが増殖能が高かったため、身体の中で選択されたと考えられる。とすると、新しいウィルスは期待通り、飛び込んだ先の遺伝子を活性化はしていないと想像できる。勿論更に長期の観察が必要だろう。しかし大きな前進だと思う。私の研究室にも、レトロウィルスを用いた小児の遺伝子治療を目指した研究者がいた。今もその研究を続けているが、ずいぶん励まされた事だと思う。最終的には、治療とリスクに関してどれだけ患者さんとコミュニケーションがとれているかが重要だ。リスクを0にせよと叫ぶ人は多いが、そんな人はエボラ患者の治療のために西アフリカでリスクをかえりみず働くボランティアの事をどう思っているのだろうか。WHOの報告だとシエラレオネだけで既に61人の医療スタッフが亡くなっている。

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10月9日:ドグマが壊れる時(Natureオンライン版掲載論文)

2014年10月9日
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科学的テーゼかどうかは反論可能性があるかどうかで決まると言ったのは、カール・ポパーだ。とは言え、多くの科学者が受け入れているドグマに沿って研究する方が楽だし、実際論文も出し易いため、確立したドグマに対して反論が試みられる事はそう多くない。血液学の最大のドグマは、「毎日新しく作り続けられる私たちの血液は最も未熟な血液幹細胞から作られ、途中の分化した幹細胞の寿命は短い。」という考えだろう。ただこのドグマは血液幹細胞の機能を調べるために放射線照射した動物に骨髄移植を行なう実験から生まれて来た。実際、血液幹細胞の機能についての論文を送ると、レフリーから骨髄移植で確かめろと言うコメントが来て、実験を追加した事は何度もある。しかし他の実験系がないからと言って、放射線照射した宿主環境が正常造血を再現する環境かどうかは確かに疑問だ。従って、介入のない自然造血で造血がどう進んでいるのかを確かめたいとドグマに挑戦する研究はこれまでも存在した。例えば2012年にドイツのグループがレトロビールスをマウスに感染させて、ビールスの組み込まれ方をクローンの識別に使った研究を発表したが、ドグマを壊すほど完全なデータが示せていなかった。今日紹介するハーバード大からの論文は、説得力のある新しい実験系を開発し、造血の階層性ドグマの見直しを迫る極めて重要な研究で、Natureオンライン版に紹介された。タイトルは「Clonal dynamics of native hematopoiesis(自然造血のクローン動態)」だ。この研究の全ては、自然造血のクローン解析をするために新たに開発された細胞標識法だ。この研究では「眠れる美女」と呼ばれるトランスポゾンシステムを用いて個々の細胞の標識と識別に成功している。少し詳しく紹介しよう。トランスポゾンは特定の酵素の働きで活性化し、染色体の他の場所に飛び込む遺伝子断片だ。この酵素遺伝子が薬剤で誘導できる遺伝子組み換えマウスを先ず作成する。一方、この酵素が発現すると、動き出す側のトランスポゾンも同じように遺伝子組み換えで導入し、動き出すと細胞が蛍光を発するようにしておく。こうすると、薬剤を投与した時だけ酵素が発現し、細胞内でトランスポゾンが動き出し、その結果細胞は蛍光を発する。一方動き出したトランスポゾンは染色体の他の部分に飛び込む。この飛び込む位置はそれぞれの細胞で異なっているため、飛び込んだ場所の遺伝子配列を調べると個々の細胞を識別できる。もう一度まとめると、このマウスに薬剤を投与すると、トランスポゾンが動き出し、動いた細胞は蛍光を発するとともに、トランスポゾンの組み込まれた場所の遺伝子配列の違いから個々のクローンの識別が可能になる。この実験系を用いると放射線照射も骨髄移植も用いる事なく、造血に関わるクローンの動態を調べる事が出来る。結果はこれまでのドグマに完全に反する物だ。即ち、私たちの造血は少し分化した幹細胞によって維持されており、白血球も、リンパ球も普通は別々の幹細胞から作られている事になる。新しい系とこれまでの骨髄移植系を組み合わせると、定常型の造血は、これまでのドグマが支持していた階層型の造血に変わる。おそらく最も未熟な幹細胞は、ストレスがかかった時にリザーブとして機能しているのだろう。この研究はまた、放射線により、幹細胞だけではなく、それを支える環境も大きく変化する事を示している。被爆者の方が老化に伴い、骨髄異形成症候群発生率が上昇する言う最近の観察も、新しい目で見る事が出来るように思う。また、ここで紹介した115歳の方の血液が2種類のクローンによってまかなわれていると言う驚くべき結果も新しい目で見る必要がある。今後様々な研究が新しい実験系を使って行なわれるだろう。教科書を書き換える素晴らしい研究だ。私自身、11月友人のElly Tanakaさんに頼まれ久しぶりにドレスデンの学生さんに連続講義をする事になっているが、その前にこの論文を読めてよかったと思う。結構面白い講義が出来そうだ。ずいぶん昔、階層性造血ドグマの立役者Weissmanさんと、広島のABCC研究所のレビューに行った事がある。その時、40年にわたってある染色体転座を持つ血液が作り続けられている被爆者の症例を見る事が出来た。私もWeissmanさんも、骨髄幹細胞が確かに長期間血液を造り続ける事を確信した。今考えると、このケースも放射線の影響の結果のように思える。白血病の発生も含めて、これから血液学がどう変わるか目が離せない。

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10月8日:虫下しが糖尿病に効く(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2014年10月8日
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高血圧、高脂血症と並んで糖尿病は今でも最も重要な創薬標的疾患だ。高齢化に伴い患者数上昇が予想される一方、これまでのメカニズムの薬剤の特許切れが続き、それを埋めるべく新しいメカニズムに基づく薬剤開発が加速している。特にインシュリンに感受性がなくなるインシュリン抵抗性と呼ばれる状態を改善する薬剤の開発は最重要課題だ。おそらく大きな投資が行なわれている事だろう。そんな中、今日紹介する論文は4人という小さなグループが糖尿病治療の様々な可能性について論理的に考えを進めてたどり着いたのが、すでにFDAにより抗寄生虫薬として古くから認可されている薬剤だったという痛快な研究だ。アメリカニュージャージ州、ルトガー大学からの論文でNature Medicineオンライン版に掲載されている。タイトルは「Niclosamide ethanolamine-induced mild mitochondrial uncoupling improves diabetic symptoms in mice(Niclosamide-ethanolamineによって誘導されるミトコンドリアのアンカプリングによりマウスの糖尿病症状が改善する)」だ。この研究では細胞代謝の中心ミトコンドリアの膜の水素イオンの勾配を下げてエネルギーの元ATPを作らずにブドウ糖や脂肪酸を燃やしてしまうアンカプラー機能を持つ薬剤に注目した。原理的には細胞内から糖代謝を改善すると考えればいいだろう。実際1930年にはアンカプラーの一つDNPが肥満の治療に使われていたらしい。ただ副作用として発熱作用が強いためその後使われなくなっている。このグループは色々検討した結果、寄生虫に対する薬剤Niclosamide-ethanolamine(NEN)に着目した。この薬はサナダムシに効果があるとして認可され、安全性も確かめられている薬剤だ。アンカプラー機能で寄生虫の代謝を変化させて弱らせるのが作用メカニズムだ。もしこれが寄生虫だけでなく私たちの細胞にもアンカプラーとして効けばインシュリン抵抗性を改善できる。そうにらんだ所がこの研究の全てだ。後は、1)分離したほ乳動物のミトコンドリアのアンカプラーとして働く事、2)マウスに経口投与すると基礎代謝が上がるが、DNPのように発熱はしない事、3)高脂肪食によるインシュリン抵抗性を改善する事、4)インシュリン分泌が低下する遺伝的糖尿病マウスでも発症を送らせ、症状を改善できる事、5)高脂肪食による脂肪肝を完全に防げる事、6)インシュリンクランプ測定によるインシュリン抵抗性の発生が起こらない事の証明、7)人間のガン細胞を使った実験で、予想通りヒト細胞内でも代謝改善が起こる事、8)他にも特定の酵素が活性化され、脂肪酸の酸化が促進される事、など全ていい事づくめの結果になっている。勿論これほどうまく話が運ぶと少しは疑いたくなるが、安全性も確かめられてる薬であり、臨床研究も既に進んでいる事だろう。結果を待ちたい。このように既に使われている薬剤の使用目的を変える事をリパーパスと呼ぶが、これを実現するには広い知識を持つとともに、研究のパーパス(目的)をはっきり設定する事が一番重要なのかもしれない。片端から薬剤を試すと言う主流に対して、目的を持って考える事から始める研究スタイルの勝利だろう。余談になるが、オペラ歌手のマリアカラスは体型を保つためにサナダムシを腸内に飼っていたと聞く。サナダムシもその虫下しもともに体型維持に良く効くとするこの論文の結論は、ブラックジョークとしても面白い。。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月7日:メラトニンの進化(9月25日号Cell誌掲載論文)

2014年10月7日
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生物には地球で生まれた宿命、即ち地球の自転に支配された概日リズムがある。ただ、日の長さは季節や緯度により大きく異なるため、このリズムを光で感じる夜と昼に調整するシステムが必要だ。この調整に関わる主役がメラトニンで、時差で眠れないときの特効薬として市販されている。松果体で作られ、身体に夜である事を知らせてリラックスさせ、眠りを誘導する。この事からhormone of darkness(暗黒ホルモン)と呼ばれている。ここまでは私も良く知っていたが、メラトニンの進化についてなど考えた事がなかった。今日紹介するヨーロッパ分子生物学研究所からの論文は、環形動物幼虫でのメラトニンの作用について明らかにした研究で、9月25日号のCellに紹介された。タイトルは「Melatonin signaling controls circadian swimming behavior in marine zooplankton(メラトニンシグナルは海の動物プランクトンの概日水中移動行動を調節する)」だ。この論文からメラトニンの進化について多くを学ぶ事ができた気がする。まずイントロダクションから学ぶ事が多い。メラトニンの発現は前口動物から概日性を持って発現している。即ち概日マスターリズムに支配されている。最初はホルモンとしての役割より、活性酸素処理分子として出来て来たようだ。これは想像だろうが、元々コンスタントに作られていたメラトニンに日が当たると、その活性が低下する。この性質が、日の光に合せて活性が増減する分子として利用が可能になるきっかけになったと推測している。その後メラトニン合成自体が、光感受システムと結合して、概日リズムを光に合わせて調整できるメラトニン産生が始まる。メラトニンが次にホルモンとしての役割を持つようになるためには、他の細胞にメラトニン受容体が現れる必要がある。受容体は、カイメンには存在しないが、それ以降の神経を持つ動物に現れ、これにより体全体がメラトニンシグナルに反応して光のサイクルを感じるようになると言うシナリオだ。どの分子がメラトニン受容体へと進化し、メラトニンが暗黒ホルモンになったのか?地球と生物の基本的関係の進化を考えるためのロマンのある分野だろう。この研究では、もう少し進化が進んだ環形動物の幼虫を用いてメラトニンが神経系に働き体全体の運動を調節する仕組みを解明している。使われた動物はゴカイの仲間で、幼虫は海でプランクトンとして漂っている。ただ、夜になると水面に上昇し、日が当たるとまた水中深く移動する概日リズム運動を持ち、これが繊毛の動きで調節されている。これに注目し、メラトニン、神経、繊毛運動の関係を解明したのがこの論文だ。重要な問題を選び、そのために広い知識に基づいて最適の材料を選ぶ。これがこの研究の全てだろう。結果から得られるシナリオは比較的わかり易く、まとめると次のようになる。メラトニンは光感受性物質オプシンを発現している脳細胞で発現しており、私たち人間と同じで、夜になるとメラトニンの発現が上がる。この細胞がまさに目のない動物が光を感じる本体で、この細胞の中でメラトニン産生と光の感覚がリンクされている。今年の7月7日ウズラの季節を感じるオプシンの話を紹介したが、このアナロジーで考えると、メラトニンは実際には季節感覚とリンクしていると考えても良さそうだ。さて、光が当たらなくなるりオプシンの活動が低下すると、メラトニン分泌が上昇する。分泌されたメラトニンは次にメラトニン受容体を持つ脳内の神経細胞に働き、神経の活動パターンを夜型(リズム型興奮)に変え、この神経のシナプスでのアセチルコリン分泌を上昇させる。次にこれに反応したトーチ細胞と呼ばれる細胞が興奮して、これにより繊毛運動が長期間抑制され、プランクトンが浮上すると言うシナリオだ。神経—運動サーキットとしてだけ捉えれば、単純なシナリオだが、やはり進化的に考える事で面白さが倍増する。そのためにも、イントロダクションから学べる論文は重要だ。

カテゴリ:論文ウォッチ
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