3月11日 機能的MRIで検出できる分子マーカーの開発(3月3日 Nature Neurosceice 掲載論文)
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3月11日 機能的MRIで検出できる分子マーカーの開発(3月3日 Nature Neurosceice 掲載論文)

2022年3月11日
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機能的MRIは、前処理なしに脳活動を精細に調べる方法として現在大活躍している。そして、この原理が神経興奮領域で血流上昇が見られるからだと聞くと、血管をも連動させている脳活動の仕組みに驚く。しかし、なぜこれほどの連動が見られるのかについて、完全に理解できていない。このHPでも、この連動が、小動脈内皮のcaveolaが重要な鍵を持つことを示した論文を紹介したことがある(https://aasj.jp/news/watch/12571)。しかし、メカニズムの解明からはまだまだほど遠い。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、この血流が上昇するとfMRIにキャッチされることを利用して、脳神経の興奮をfMRIでモニターする方法を開発できたという研究で3月3日号のNature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「Functional dissection of neural circuitry using a genetic reporter for fMRI(fMRIでキャッチできる遺伝的レポーターを用い神経回路の機能的解明)」だ。

この研究の目的は、神経興奮をMRIで捉えられる血流の変化に変えられる分子マーカーを開発することだ。すなわち、神経が興奮すると、血管に働く分子が分泌され、周りの血管に働きかけ、血流を上昇させられるような遺伝標識の開発が必要になる。

急性に血流を改善させるとなると、選択肢は多くない。この研究では、これまで脳興奮に応じて血流を上昇させるのに働いているのではと疑われていた酸化窒素(NO)をこの目的に使えないか考えた。

そして、NO合成酵素にカルシウム結合ドメインを統合して、カルシウムに反応してNOを合成する酵素NOSTICを開発した。

後は、この分子マーカーが

1)細胞内でカルシウムに反応してNOを合成すること。

2)NOSTIC発現細胞をマウス脳に移植すると、カルシウム流入に反応して局所の血流を上昇させること、

3)下垂体の神経刺激に連続して起こる神経興奮をMRIで感知できること。

4)こうして検出できた下垂体と神経結合を持つ脳領域は、Fosの発現や、カルシウムイメージングでも同じように確認でき、確かに神経結合を検出できていること。

などを示している。結論としては、計画通り神経興奮をNOを媒介にして検出できることがわかった。

勿論この技術をすぐに人間に応用することは、検査のために遺伝子導入が必要なので、不可能だろう。しかし、動物実験レベルでは、特定部分の刺激の効果の広がりを脳全体でモニターし、1次的、2次的な神経結合ネットワークを明らかにすることが出来る点で、利用されるのではと思う。

例えば現在行われている深部刺激がどこまで広い範囲に影響するのかをサルを用いて調べることなどは重要なテーマになる。いずれにせよ、遺伝子導入できる分子マーカーをfMRIで検出出来ることが示されたことは大きな進歩で、今後さらなる方法の開発に拍車がかかる気がする。

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3月10日 自閉症を誘発する環境要因(2月25日 Neuron オンライン掲載論文)

2022年3月10日
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実験動物を用いた自閉症スペクトラム(ASD)研究の主流は、遺伝子変異を行動変異と結びつけることに絞られてしまう。このため、ASDに関わる遺伝背景、及びそれによる脳ネットワークの“違い”に焦点が当たる。しかし、ASD発症に様々な環境要因が関わることも間違いなく、例えば腸内細菌叢によりASD症状が変化することなどはその例と言える。

今日紹介するスイスバーゼルにあるミーシャー研究所からの論文は、この問題をShank3遺伝子が欠損したASDモデルマウスを用いて調べ、ASD行動の発生には、新しい経験についての記憶成立時の違いが大きく関わることを示した面白い研究で4月25日Neuronにオンライン掲載された。タイトルは「Absence of familiarity triggers hallmarks of autism in mouse model through aberrant tail-of-striatum and prelimbic cortex signaling(馴染みの環境が存在しないと線条体の尾部と前辺縁皮質シグナル異常を介して自閉症の典型症状がマウスで誘導される)」だ。

遺伝背景を調べる場合、行動の違いに注目すればいいのだが、環境要因を調べたい場合、まず遺伝的背景が異なっていても、行動は同じという状況を探す必要がある。

この研究では自閉症モデルとして使われているShank3 KO(SHK)マウスが、新しいコンテクスト(環境が変われば、物体でも、個体でも、臭いでも何でも言い)にさらされたときの行動は、正常マウスと全く変化がないことを発見する。ところが、1日ホームケージに戻した後、同じコンテクストにさらすと、今度は新しいコンテクストに全く反応しないことを発見する。

すなわち、ASDでは最初から新しいコンテクストに反応しないのではなく、一度経験した後で、その記憶が行動を規制していることを発見する。実際、最初に経験したコンテクストとは全く関係がないコンテクストに対しては、正常に反応する。

さらに、2回目に経験で反応が抑制されるとき、繰り返し行動などのASD独特の症状も発生することもわかった。

次にこの2回目の経験が行動を抑制するメカニズムを探ったところ、SHKマウスでは最初に新しい経験をした後で、前辺縁皮質から線条体尾部に至る投射経路がSHKのみで興奮し、ドーパミンが線条体尾部で分泌されることで、この経験の記憶を避ける行動が発生することを、様々な実験を組みあわせて証明している。

実際、ドーパミン阻害剤で、この行動変化は治るし、前辺縁皮質からの回路を遮断しても、同じように症状は改善する。逆に、正常マウスでも最初の経験の後前辺縁皮質の回路を興奮させると自閉症様の症状が発生する。

最後に、では新しいコンテクストとは何かを詳しく調べ、日常に経験しているものが共存していると、新しいコンテクストの刺激が弱まり、2回目に経験したときもそれを避ける行動が消失することを示している。

さらに、新しいコンテクストの中に、様々な物体や個体が存在して、感覚が集中しない場合も、2回目の経験に対する行動が正常化することを示している。

以上をまとめると、SHKでは、新しいコンテクストを経験したとき、前辺縁皮質から線条体への刺激が入る回路が形成されてしまっているため、次に同じ経験したときそれを避けようと行動することになる。すなわち、避けようとするネガティブな記憶が成立してしまう。しかし、この新しいコンテクストの中に、馴染みの個体や個体、マウスの場合床敷きの臭いでも存在すると、この回路の刺激が弱まり、ASD症状を改善できるという結果だ。

これが全て人間に当てはまるかはわからないが、新しい経験をするとき、何かいつも一緒に遊んでいる人形などの環境を持ち込んでやれば、ASD症状が改善することになる。是非発展して欲しい研究方向だと思う。

朝の短い時間では書き切れないこともあるので、この論文は自閉症の科学として、もう少し詳しく解説する。

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3月9日 母親の免疫系が胎児抗原を自己と認識する仕組み(3月2日 Nature オンライン掲載論文)

2022年3月9日
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母親から見たとき、胎児は父親の抗原を発現している異物と考えられるので、なぜ拒否反応が起こらないのかについて、古くから研究が行われてきた。確かめたわけではないが、私自身は細胞表面のMHCの違いさえ処理できれば、基本的には合成されるタンパク質は同じなので、拒絶は起こらないと考えてきた。事実、メージャーなクラスI、クラスII抗原はトロフォブラストには発現していないので、十分許容できる。とはいえ、もっと積極的な免疫寛容機構が無いと危ないのではと考える人も多く、研究が続いている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、わざわざ鶏の卵白アルブミン(OA)をトロフォブラストに発現させ、またOAに反応するT細胞抗原受容体を発現しているT細胞を用いる極めて人為的な系を用いて、OAがどのように母親の免疫系に受容されるのかを調べた研究で、3月2日Natureにオンライン出版された。タイトルは「Establishment of fetomaternal tolerance through glycan-mediated B cell suppression(胎児母胎トレランスをグリカンを介するB細胞抑制により確立する)」だ。

あまりこの話題をフォローしてこなかったが、OVAを胎児側の細胞膜に発現させ、さらにアジュバントを注射しても、母親のキラー活性は誘導されないことがわかっていたようだ。

この研究では、この免疫寛容のメカニズムを探るため、膜型にしたOVAがトロフォブラストに発現するようにしたトランスジェニックマウスを用い、より母親に近いところで抗原が母親に入る仕組みを作っている。また、膜型OVAはゴルジERを通って様々な修飾を受ける。実際、トロフォブラストから排出されるOAは糖鎖修飾を受けていることが確認される。

さらにこの研究では、ClassIとOAに反応するTcRトランスジェニックT細胞(OT-1)とClass II・OA反応TcRを持つトランスジェニックT細胞(OT-II)を注入して、OAに対する反応を追跡できるようにした徹底的に人工的な系をくみ上げている。

結果だが、注入したOT-IIは母親へ進入してきたOAに反応して確かに増殖はするが、炎症性サイトカインを分泌するまで分化しない。一方、最初期待された抑制性T細胞関与の可能性はほぼ排除できた。面白いのは、膜型ではないOAに対しては、OT-IIは反応する。すなわち、膜型として修飾を受けたOAに対してのみOT-IIのトレランスが出来ている。

一方、キラー細胞を反映するOT-IはどちらのOAに対しても反応しない(このメカニズムはこの研究では追求されていない)。

では、なぜ修飾されたOAだけにトレランスが成立するのか?詳細を省いてまとめると次のようになる。

グリカン修飾を受け血中に流れ出たOAはまずB細胞と結合し、リンパ節に移行、そこでCD4T細胞に抗原提示を行う。このような抗原に対しては、樹状細胞が全く関与しないことも示している。すなわち、トロフォブラストからの抗原に対してはB細胞が抗原提示細胞の役割を演じている。この時B細胞の抗原受容体はOAにより刺激されるが、OA上のグリカンがB細胞上のシアリル酸受容体の一つCD22と結合することで、Lynによる抑制性シグナルを誘導して、B細胞トレランスが成立するため、活性化されない。

活性化を受けないB細胞がCD4T細胞へ抗原提示すると、CD4T細胞は様々な共シグナルを受けることが出来ず、最終的にトレランスになる。

以上が結論で、少し人為的過ぎるなという感じもするが、後は古典的な免疫トレランスに近い概念が示されているように感じた。しかし、CD8も含め、まだまだこの分野は奥が深そうだ。

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3月8日 ACE阻害剤は血圧を下げるだけで無く幸せな気分にしてくれる(2月24日 Science オンライン掲載論文)

2022年3月8日
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アンギオテンシン変換酵素(ACE)は、アンギオテンシン(AT)Iを分解してATIIに変換し、血管の緊張性を上げ血圧を維持する機能を持っている。このATIIをさらに変換して、今度は血管をリラックスさせる作用を持つのがACE2で、今回のパンデミックでもっとポピュラーになった生体分子だろう。

このACEと血圧調節については、臨床でも揺るぐことのない事実で、今も多くの人が(私もだが)、ACE阻害剤や、ATIIが結合する受容体の阻害剤を高血圧治療として服用している。既に長期間のデータがあり、効果とともに安全性の高い薬剤と言えるのは、血圧のサーキット以外にACEが働いていないからだと思っていた。

ところが今日紹介するミネソタ大学からの論文は、なんとACE阻害剤が脳内麻薬として知られるエンケファリンを切断して、脳の報償系に作用しており、ACE阻害剤が報償回路に影響する可能性を示した驚くべき結果で、2月24日Scienceにオンライン掲載された。タイトルは「Angiotensin-converting enzyme gates brain circuit–specific plasticity via an endogenous opioid(アンギオテンシン変換酵素は脳内麻薬物質を介して脳の回路特異的可塑性の閾値を決める)」だ。

前脳に存在する側座核は基本的に抑制ニューロンからなるが、ドーパミン受容体を発現しており、ドーパミン報償回路の核となっていることが知られている。この研究では、ACEが側座核神経の中のドーパミン受容体1(D1R)を発現している神経に特異的に発現していることに着目し、この機能を調べる目的で、降圧剤として利用されているカプトプリルを脳スライスに転化すると、D1R発現細胞のみで、神経興奮が長期に抑制できることを観察した。すなわち、ACEが機能している。

この機能がATIからATIIへの変換ではないことを確認した上で、ACEが分解するペプチドを探索すると、脳内麻薬物質として知られるエンケファリンの一つ、MERFを切断する作用を持つことを発見する。さらに、D2Rを発現する側座核神経でこのMERFを強く発現していることも明らかにしている。

機能的実験から、カプトリルで処理するとMERFの切断が抑制されるため、細胞外のMERF濃度が上昇すること、ACEが抑制されるとMERFの刺激閾値が低下し、D1Rを発現する側座核神経の興奮が抑制されることが明らかになった。すなわち、ACE阻害は側座核での脳内麻薬物質を高め、D1R発現抑制ニューロンの興奮を抑えることが明らかになった。

最後に個体内でD1R発現細胞の興奮抑制効果を調べる目的でカプトリルの全身投与の脳機能への効果を調べると、

1)合成麻薬フェンタニルのうつ誘導作用効果が強く抑制される、

2)カプトリル自体は大きな行動変化を誘導することはない、

3)しかし社会性の上昇が見られ、μオピオイド報償回路の刺激が高まっている、

ことなどを明らかにしている。

以上、個体レベルでもACE阻害剤により、一見脳内麻薬が高まっている状態が生まれていることが示された。これを副作用というのか、うれしい効果というのかは人それぞれだろう。実際、うつ病の方がACE阻害剤を服用して、良くなったという報告はあるようだ。おそらく我々高齢者にとっては、良い効果の方が多いかもしれない。今はAT受容体阻害剤を服用しているので、次からACE阻害剤に変えてもいいなと思い出した。

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3月7日 脂肪組織を熱にさらすダイエット(3月17日号 Cell 掲載論文)

2022年3月7日
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完全に引退してしまっていると、論文を読むとき誰の仕事かあまり気にならないので、読んで面白いと思った後で著者の所属を見るようになってしまった。このような読み方をすると、どこの国から論文が出ているのか、不思議と当たることがある。

今日紹介する華東師範大学からの論文もそんな例で、読んでいる途中で中国からの論文だなというのがわかった。わかる理由は、研究の発想が変わっている点と、論文の書き方、そしてわかりにくい実験についての記述だ。論文のタイトルは「Local hyperthermia therapy induces browning of white fat and treats obesity(局所的高温治療により白色脂肪組織が褐色化し肥満が治る)」で、3月17日号のCellに掲載されている。

タイトルにあるように、白色脂肪細胞を部分的に熱にさらすと、白色脂肪組織が熱を発生する褐色脂肪組織に変わり、痩せられるという話だ。もともと、白色脂肪が低温にさらされると褐色化して熱を作るようになるという話は生理学的にも納得の話として広く受け入れられている。これに対して、この研究は逆張りを行って、熱を加えることで同じ効果が得られるかを考えている。

この発想はまさにユニークだが、中国伝統医学といえるお灸を考えると、ここで中国かなと思ってしまった。研究ではまず褐色脂肪細胞を41度で培養すると、発熱に関わる様々な遺伝子が誘導できる。

そこで生体でも同じことが起こるか調べるため、体内に注入でき、光を当てると発熱する分子を鼠蹊部に注入、それを41度に10分維持する実験を行い、本来発熱を起こさない白色脂肪組織が発熱することを確認する。人間の実験も行っている。おそらく皮膚の外から熱を鎖骨上部に20分照射すると、発熱が見られる。

最後に、慢性効果を調べるため、3日に一回、10分だけ41度に脂肪組織をさらす実験を行い、高脂肪食を食べても体重の増加を抑えることが出来、さらには血中グルコースも抑えられることを示している。

後はこの効果のメカニズムを調べ、

1)熱は予想通りheat shock factor、HSF1を誘導して、発熱や代謝を変化させる。

2)HSF1はメチル化RNAに結合するタンパク質Hnrnpa2b1を誘導する。

3)Hnrnpa2b1は、発熱に関わる分子のmRNAを安定化させることで、発熱を高める。

ことを明らかにしている。

以上が結果で、最後のメカニズムに至る研究は、新しい発見だと思う。

読んで誰もが考えるのが、ではサウナはどうかだが、このグループは否定的だ。というのも、身体全体のストレスを誘導することで、ノルアドレナリンなどが誘導され、痩せるのに役立たないと結論している。

では実際に何をすればいいのか。もう少しその点のアイデアを議論したらいいのだが、何の答えも提案していない。本当はこっそりやっているのかもしれないが。結局最初思いついたように、毎日お灸を据えるのが良さそうだ。

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3月6日 またまた細胞老化の体液説(3月2日 Nature オンライン掲載論文)

2022年3月6日
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若い血液に触れると若返ることができるという話は、昔から存在する。おそらくドラキュラ伝説でも同じことだろう。ただ、この可能性は科学的にも追求されている。このHPでも、若い個体と老化した個体の血管をつないで、循環を共有させるパラビオーシスが細胞老化や若返りに及ぼす影響についての研究(https://aasj.jp/news/watch/1549)、あるいは臍帯血注射により脳が若返る可能性を示した研究(https://aasj.jp/news/watch/6761)、を紹介した。

これらの論文を読むときいつも思い浮かべるのは、細胞病理学を提唱したウィルヒョウと体液説を提唱したロキタンスキーの有名な論争だ。この時は近代的な細胞病理学が勝利し、ロキタンスキーは多くの人の記憶から消えてしまったが、老化研究を通してまさに復活している感がある。

これら紹介した論文は全てカリフォルニアにある大学から発表されているが、今日紹介する論文もスタンフォード大学からで、パラビオーシスの影響をsingle cell RNAseqを用いて詳しく調べた研究で、3月2日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Molecular hallmarks of heterochronic parabiosis at single-cell resolution(年齢が異なる個体のパラビオーシスの影響の分子指標を単一細胞レベルで調べる)」だ。

研究は単純で、3ヶ月令マウス同士、18ヶ月令マウス同士、そして3ヶ月/18ヶ月令マウスでパラビオーシスを行い、なんと5ヶ月循環を共有させた後、各臓器を取り出し、single cell RNAseq(scRNAseq)を用いて単一細胞レベルの遺伝子発現を調べ、パラビオーシスによる効果を調べている。

繰り返すが、研究自体は特に目新しいものではない。しかし、パラビオーシスの効果をscRNAseqで調べることで、細胞レベルの影響と、転写レベルの影響を分けて調べることで、極めて包括的に環境と老化の関係を明らかにすることが出来る。その意味でこの研究は、これから行うべき実験の方向性を示し、データを集め始めた最初の論文と言っていいだろう。パラビーシスだけで無く、senolysis、抗酸化剤など、様々なアンチエージング手法が研究されているので、将来的にはこれらを同じプラットフォームで比較することで、より大きなデータベースが完成すると思う。おそらくこのグループも、同じことを狙っていると思う。

さて結果は当然極めて膨大で、一言でまとめるのは難しい。主なポイントだけまとめておく。

1)老化血液と触れることで、若い細胞に老化によるのと同じ変化がおこる。また、若い血液に触れることで、老化細胞で一定の若返り効果が、転写レベルで見られる。

2)パラビオーシスに最も強く反応するのが肝臓細胞だが、血管内皮、間葉系幹細胞、血液幹細胞、免疫細胞などは老化、若返りともに影響を強く受ける。

3)遺伝子レベルで見ると、一番目立つのはミトコンドリアの電子伝達系の変化で、細胞レベルの変化に共通してみられ、老化とミトコンドリアの関係の重要性が確認される。ただ、他にも注目すべき遺伝子変化が、パラビオーシスによる老化促進、あるいは若返り現象として特定できるので、今後の重要な課題になる。

4)コラーゲン遺伝子発現の低下は老化に特徴的で、この結果間質により支持される細胞の変化が誘導される。

個人的に気になったのは以上の結果だが、循環する分子に、老化や若返りに関わる因子は必ず存在することを示すという点からは、極めてインパクトが大きい仕事だと思う。

若い血の秘密が、科学的に明らかにされれば、私たち高齢者も恩恵にあずかることが出来るようになるかもしれないが、現在のところ現象だけで、手がかりはまだまだという印象だ。

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3月5日 新型コロナの様々な遺伝子リスクについての論文3編( Nature Genetics オンライン掲載論文)

2022年3月5日
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これだけ多くの人がCovid-19に感染すると、感染のしやすさ、重症化、様々な症状などについての遺伝子リスクを調べることで、最終的には病気のメカニズムを理解し、治療開発にまで結びつけることが出来る。このHPでもいくつか研究を紹介したが、最も驚いた論文は、Covid-19重症化や、感染抑制に関わるゲノムの一部がネアンデルタール人由来だったという、ドイツのペーボさん達からの論文だろう。このようなGWASと呼ばれるゲノム研究は、一回で終わるわけでは無く、多型と病気のメカニズムの理解に向けた目標に向かって常にアップデートされる。実際、対象となる人数が増えるにつれ、その精度は上昇していく。

昨日、Nature Geneticsのオンライン掲載論文に目を通していたら、なんとこのようなアップデート論文が3編も掲載されていたので、今日はまとめて紹介することにした。

まず最初のライプチヒ・マックスプランク進化人類学研究所からの論文は、ペーボさん達がコロナウイルス感染から我々を守る、ネアンデルタール人由来遺伝子として特定したrs10774671多型が、本当に感染防御に関わるのかを確かめるために行った、ゲノム研究だ。

以前の解析で見つかったrs10774671は、OAS1と呼ばれるポリアデニレース遺伝子とリンクしており、この分子の血中濃度が高いと、重症化率が低いことも確認されていた。しかし、ネアンデルタール人由来の遺伝子断片は75kbに及び、rs10774671が形質を決めていることを完全に証明するには至っていなかった。

そこでこの研究では、ネアンデルタール人の遺伝子が流入していないアフリカ人について調べ直し、rs10774671のG型変異がCovid-19感染リスクを減らす多型に間違いないことを明らかにしている。

次の論文は、ゲノム解析サービスの大手23&Meが、ゲノム解析が終わっている顧客に、ウェッブ上でアンケート調査を行い、Covid-19感染による味覚、嗅覚異常のリスク遺伝子を探索した研究だ。

この論文は、民間ゲノムサービスのパワーを感じさせる論文だが、100万人も顧客を抱えていると、ウェッブで聞くだけでなんと7万人近い感染者を特定でき、またそのうち68%が味覚嗅覚異常を訴えている。嗅覚異常の方が多いという状況でも、相関する多型を特定することが可能で、rs7688383多型と特定することに成功している。しかもこうして特定された多型がリンクしている遺伝子は臭い受容体に結合した脂溶物質を除去することに関わる、まさにドンピシャの分子UGT2Aだった。

結果は以上だが、この研究は、

1)感染ウイルス自体の作用で起こることが明瞭な嗅覚、味覚障害でも、起こりやすさというゲノムリスクが明確に存在する、

2)嗅覚受容体への持続的刺激が、ウイルスによる嗅覚障害を促進する新しい可能性があることを示し、嗅覚障害理解に重要な貢献をしたと思う。今後、神経後遺症などについても、詳しいゲノム解析を期待したい。

そして最後のリジェネロンからの論文は、これまで集まったゲノム解析を調べ直したまさにアップデートのためのメタアナリシスだ。リジェネロンは、最初の抗体薬を発売した会社だが、ゲノム解析も着々と進めている。

この研究の一つの目的は、これまでの研究を新しい目で見直し、感染や重症化リスクを算定するための指標を開発することで、最終的に相関が確認された多型を総合して多型を計算する方法を開発している。ただ、こうして得られるリスク変化は、重症化率で見て1.6倍(オッズ比)程度で、肥満や年齢などの臨床指標によるリスク上昇と比べると寄与率は低い。

もう一つの目的は、対象者の数の制限からこれまで特定できなかった多型を、多くの解析を集めることで新たに特定することで、この結果0.2%-2%の割合で存在する、発症を予防する多型rs190509934の特定に成功している。しかも、この多型は、ウイルス感染に必須のACE2の発現を決める多型で、これもドンピシャだ。

このように、感染のゲノム解析は、今後もアップデートされ、新しい可能性を開いてくれると思う。

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3月4日 ゴナドトロピンがアルツハイマー病を促進する(3月2日 Nature オンライン掲載論文)

2022年3月4日
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アルツハイマー病は、世界的にも女性に多い病気で、おそらく発症数では男性の2倍以上ではないかと思う。この一つの原因として、閉経期に脳下垂体で合成されるゴナドトロピンの一つFSHの急上昇があるのではと疑われてきた。事実、閉経期に認知機能が一次的に低下することが知られている。

今日紹介するマウントサイナイ大学と深圳大学からの論文はこの考えを裏付け、FSHが直接神経細胞に働いて、アミロイドタンパク質や、Tauタンパク質を切断し沈殿させるメカニズムを促進することを示した研究で、新しいアルツハイマー病の治療開発の可能性を開くかもしれない。タイトルは「FSH blockade improves cognition in mice with Alzheimer’s disease(FSHを抑制することでマウスのアルツハイマー病を改善させることが出来る)」で、3月2日Natureにオンライン掲載された。

このグループは最初からFSHがアルツハイマー病(AD)を悪化させると決めて研究を行っている。そのため、血中FSHを中和する抗体を作成し、これを卵巣摘出で閉経期を再現したアミロイドβが沈殿しやすくしたマウスADモデルに投与している。

これまで知られているように、卵巣を摘出すると、FSHが上昇し、それとともに沈殿型アミロイドβやTauが脳内に検出される。ところが、FSH抗体を投与したマウスではアミロイドやTauの沈殿は見られない。

このメカニズムを探ると、FSHが神経細胞のFSD受容体を刺激して、アミロイドやTauを切断して沈殿させるδシクレターゼを誘導することが原因であることを特定している。実際、このペプチダーゼをノックアウトすると、ADの進行は抑えられる。

もちろんFSHは男性でも分泌されているので、オスのADモデルマウスに長期間FSHに対する抗体を投与し続けると、認知機能の低下が防がれ、アミロイドの集積は見られない。

後は様々なノックアウトマウスを用いて、FSH、 FSHR,、C/EBPβ、δsecretase、アミロイドβ、Tau沈殿という経路が実際に働いているかを確認しているが割愛していいだろう。ともかく、FSHは急性的にも慢性的にも、神経に直接働いて、アミロイドβやTauの沈殿を促進している。

これらの結果は全てマウスでの結果で、人間でも同じことが言えるのか、今後の研究が必要だが、FSHが少なくともADを悪化させるのだとすると、これを抑える治療はADの新しい治療法へと発展できるのではと期待できる。

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3月3日 複数の抗原を認識する抗体治療はCAR-Tに置き換わるか?(2月26日 Nature オンライン掲載論文)

2022年3月3日
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現在乳ガンの治療は、手術前の化学療法や放射線療法のようなネオアジュバント治療に加えて、手術後も患者さんに恨まれるぐらいの徹底したアジュバント治療を行う。これによって、術後10年ぐらいして急に転移が見つかるという不幸をかなり減らすことが出来る。

しかし今でもネオアジュバントや徹底的なアジュバント治療が行われる前の、あるいは受けられなかった患者さんの中から、転移が見つかるケースは多い。幸い、乳ガンに関しては分子標的薬が充実しており、遺伝子を調べながらこれを組みあわせる治療で、転移ガンにも対応することが出来るが、完全ではない。

そこで登場するのが免疫治療だが、ガンに対する免疫反応が高くないとしてチェックポイント治療などは標準治療から外れているし、固形ガンなのでCAR-T治療もまだ開発できていない。代わりに、2-3割の乳ガンで発現が見られるHer2に対する抗体治療が行われ、化学療法との併用なので一定の効果が見られているが、決定的とはなり得ていない。

これに対し抗体治療とT細胞治療をまとめてやろうとする、片方はHer2、片方はT細胞を刺激するCD3を認識する抗体を用いて、ガンとT細胞の相互作用を高めてやろうとする治療が開発され、乳ガンだけで無く、数多くの治験が進められている。

今日紹介する大手製薬会社Sanofiのボストンにある研究所からの論文は、このbispecificな抗体を、さらにT細胞の共刺激に関わるCD28も認識するtrispecific抗体に変えて、乳ガン治療に使えないか調べた前臨床実験で2月26日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「A trispecific antibody targeting HER2 and T cells inhibits breast cancer growth via CD4 cells( Her2とT細胞刺激分子を認識するtrispecific抗体は主にCD4T細胞を介して乳ガンの増殖を止める)」だ。

この抗体は、Her2とCD3に対するbispecific抗体のCD3に結合する側に、さらにCD28とも結合できる領域を組みあわせるもので、設計を見ていると、様々な可能性を試して最終的に行き着いたという構造になっている。

まず試験管内でテストすると、bispecific抗体と比べてT細胞の活性化作用はつよく、ガンに対するキラー活性も優れている。

この研究で一番驚いた結果は、免疫系が存在しないマウスに、人の乳ガンとともに、ヒトのT細胞を移植して、抗体のキラー活性を調べる実験で、驚くなからCD8陽性のキラー細胞を移植してもガンの増殖をほとんど抑えられていない一方で、CD4陽性T細胞を移植した場合には、ガン増殖が完全に抑制された。

さらに、ガンの方の反応を見てみると、CD4陽性細胞とtrispecific抗体を投与したマウスでは、ガンの細胞周期がG0/G1で停止していることも明らかになっている。

これが乳ガン特異的な話なのか、trispecific抗体特有の話なのか、一般的な話なのか、今後重要な問題になるが、CD4陽性細胞による免疫性炎症の重要性をつよく示す結果だと思う。

最後はサルを用いた安全性試験の結果で、基本的には100㎍/kg投与でもサイトカインストームなどは起こさず安全に使えることを示している。

以上が結果で、乳ガンにも免疫治療を使えるようにするための開発が着々とするんでいることがわかる。気になるとすると、これほど複雑な抗体になるとどうしても血中半減期が短くなっている点で、これが次の課題になるような気がする。いずれにせよ、T細胞とガンを強制的に相互作用させる抗体治療はCAR-Tまで置き換える勢いで進んでいる。

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3月2日 メトフォルミンの新しい作用機序(2月23日 Nature オンライン掲載論文)

2022年3月2日
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我が国の状況は把握していないが、世界規模で見るとメトフォルミンは現在2型糖尿病に対して最も広く処方されている薬だ。腸上皮細胞のGLP-1を誘導してインシュリン分泌を促し、肥満による炎症を抑えインシュリン抵抗性を防ぎ、肝臓の脂肪合成を抑え、さらには代謝を改善して寿命まで延ばしてしまう。これで500mgの錠剤が20円程度となると、夢の薬と言っていい。

AASJでも、この夢の効果の背景についてYouTubeで解説した(https://www.youtube.com/watch?v=FBBh8JsJguQ)。そして、この作用の多くの部分はAMP-activated protein kinase(AMPK)の持つ多様な作用を介しており、AMPKはミトコンドリアの呼吸複合体の中のcomplex1がメトフォルミンに阻害されることで、AMP濃度が上昇して活性化されると解説した。

ところが今日紹介する中国厦門大学からの論文は、complex1を阻害する経路は高いメトフォルミン濃度により誘導される経路で、実際の服用量で到達するメトフォルミン濃度では、この経路では無くリソゾーム膜上のvATPaseを介する系でAMPKが活性化されることを示した、本当なら、通説を変える重要な貢献だ。タイトルは「Low-dose metformin targets the lysosomal AMPK pathway through PEN2(低容量のメトフォルミンはリソゾーム上のAMPK経路をPEN2を介して調節する)」だ。

元々この研究グループは、細胞内のグルコースが低下したときAMPKが活性化される過程を研究しており、この延長でメトフォルミンがこの経路にも影響がないか調べていたのだと思う。

ただ結果は予想以上で、細胞内のメトフォルミン濃度が40μM程度では、彼らが期待したとおり、リソゾーム上のv-ATPaseを阻害して、リソゾームが酸性になるのを抑えるとともに、AMPKを活性化する。しかも、AMPレベルは変化していないので、ミトコンドリアを介さずに、メトフォルミンがAMPK活性化を誘導することが出来ることが明らかになった。

この新しいメトフォルミン作用経路を探るため、UV照射でタンパク質と共有結合するメトフォルミンを開発し、メトフォルミン結合タンパク質を特定し、その一つ一つをRNAiによりノックダウンしてメトフォルミン作用が変化するかを調べたところ、PEN2分子をノックダウンしたときだけメトフォルミンによるAMPK活性化が起こらないことを発見する。またPEN2が期待通りリソゾームに局在する分子であることを確認している。さらにPEN2のリソゾーム局在を阻害すると、メトフォルミンの作用は失われるので、メトフォルミンの作用はリソゾーム上でvATPaseを阻害することを介することがわかる。

次にPEN2に結合してメトフォルミンの作用をv-ATPase阻害へと媒介する分子を探索した結果、最終的にATP6AP1分子が特定された。PEN2結合タンパク質は全部で123種類同定されているが、その中でv-ATPaseに直接関わるのはこの分子だけで、通常v-ATPaseのコンポーネントとしてAMPK活性化阻害に関わっているが、PEN2と直接結合することで、v-ATPaseの機能が阻害され、結果AMPK活性化に関わることが示された。

最後に、低い濃度でもメトフォルミンの様々な生体作用が得られること、またこれらはPEN2ノックアウトで消失することなどを示して、低濃度のメトフォルミンで、一部のAMPKを活性化することで、メトフォルミンの重要な機能が十分達成できると結論している。

メトフォルミンの作用をもう一度見直す必要性が示された重要な研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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