3月1日 ガンに反応しているネオ抗原特異的T細胞を特定できるか(2月25日号 Science 掲載論文)
AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ

3月1日 ガンに反応しているネオ抗原特異的T細胞を特定できるか(2月25日号 Science 掲載論文)

2022年3月1日
SNSシェア

免疫チェックポイント治療(ICT)は、ガン抗原特異的な治療ではないが、ガン特異的な抗原に対する免疫反応が存在し、ガンを征圧できることを明らかにした。当然、次の一手はガンのネオ抗原を明らかにし、ガンと戦うT細胞を特定することだ。 

ガンのネオ抗原については、ゲノムからガン特異的な変異を特定し、これを抗原として患者さんを免役する治療がメインになると思うが、mRNAワクチンを開発するビオンテックやモデルナに今回巨額の資金が環流したことから、今後の大きな伸展が予測できる。

これに対し、ガン抗原特異的なT細胞を特定することは、簡単でない。ガン細胞と患者さんのT細胞を反応させて、増殖してきた細胞のT細胞受容体(TcR)を含めた様々な性質を調べるのが確実な方法だが、実験室はともかく、臨床応用となるとハードルは高い。

もちろんガン抗原が特定された場合は、患者さんのMHCにペプチドをロードする方法でガン特異的T細胞を特定できるが、これも実際の臨床応用を考えると、現時点ではハードルが高い。

今日紹介する、ガン組織に浸潤するT細胞(TIL)を用いた治療に執念を燃やしている米国NIH Rosenberg研究室からの論文は、転移ガン局所のTILを様々な観点から詳しく解析し、ガンに対して反応している細胞の性質を特定し、これからガン特異的T細胞を特定しようとした研究で、2月25日号Scienceに掲載された。タイトルは「Molecular signatures of antitumor neoantigenreactive T cells from metastatic human cancers(ヒト転移ガン組織から得られたネオ抗原特異的T細胞の分子的特性)」だ。

この研究では、TILに焦点を絞ってsingle cell RNAseq(scRNAseq)を実施し、まず11種類のクラスター(C1からC11)に分解している。次に、RNAseq配列からそれぞれのT細胞と対応させ、まず抗原特異的増殖により分裂しクローン増殖の痕跡を持つT細胞を探し、主に3つの分画にのみクローン増殖が見られることを確認する。

もちろんクローン性増殖が見られるTcRだとしても、ガン特異的ではない。そこで、患者さんの末梢血で同じようにクローン性増殖が見られるTcRを特定し、TILと比べることで、1)クローン性増殖が見られ、2)TILのみに存在するTcRをガン特異的ととりあえず考えて、どの分画にこれが存在するかを確かめると、CD8T細胞もCD4T細胞も、分化が進んで機能が低下した分画(実際にはそれぞれ11種類のうちのC6、C1分画に濃縮されていることを発見する。一方、末梢血にも存在するクローン増殖を示すTcRはメモリーなどに対応している。もちろんこの中にも、ガン特異的TcRも含まれているが、感染などに反応するT細胞や、バイスタンダーT細胞と区別することは難しい。

一方、TILだけに存在するTcRクローンは、ガン抗原との持続的な相互作用により、分化が進み疲弊しているため、機能的にはICTで再活性化しない限り抗ガン活性は失われているが、ガン特異的TcRを特定する目的には役に立つ。即ち、ガン組織が得られた場合、C6、C1分画を調べれば、ガン特異的TcRを特定できる可能性が高い。

そこで実際にこの戦略でガン抗原特異的TcRを特定できるか検証するため、新しいガン組織を解析し、ガン特異的と推定したTcRを持つT細胞を再構成し、ガンに対する反応を調べると、CD8T細胞では60%が、CD8T細胞では30%が患者さんのガン細胞に反応することが確認された。

以上が主な結果で、ガン特異的なTcRを特定する信頼できる方法を探そうとするRosenbergの執念が伝わる力作で、TILを用いるガン治療とともに、TILの新しい利用法だと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月28日 肺細菌叢を変化させて自己免疫性脳炎を抑える:毒をもって毒を制する(2月23日 Nature オンライン掲載論文)

2022年2月28日
SNSシェア

論文ウォッチを始めて早10年近く、細菌叢についての実に様々な論文を紹介してきた。おそらくこのトピックスは、論文ウォッチで扱われたトピックスの中ではトップ3に入るのではと思う。しかし、肺の細菌叢について紹介したことは一度もなかった。

今日紹介するドイツ・ゲッティンゲン大学からの論文は、肺の細菌叢を、ネオマイシンの気管注入で変化させると、タイプ1インターフェロンを誘導するLPSの量が増え、脳内のミクログリアが変化し自己免疫反応が低下するという、なんとも不思議な現象を示した研究で、2月23日Natureにオンライン掲載されている。タイトルは「The lung microbiome regulates brain autoimmunity(肺細菌叢が脳の自己免疫を調節する)」だ。

この研究は、マウス気管にネオマイシンを注入することから始まっている。まずネオマイシンというのが珍しい。同じアミノグリコシル系を用いるなら他の薬剤もあるのにと思ってしまう。さらに、このような抗生物質で細菌叢処理をする場合、細菌叢を除去することを目的にするのが普通なのだが、この研を究では、dysbiosisと呼ばれる通常とは異なる細菌構成を誘導することが、目的になっている。

このような変わった実験条件で行われているのだが、驚くなかれ、気管にネオマイシンを投与すると、自己免疫性の脳炎が著しく改善するという結果が得られる。まず、なぜ改善が見られるのかを調べていくと、自己抗原に対する免疫反応の誘導や維持が影響されるのではなく、肺の細菌叢が変化することで、脳内のミクログリアが局所の自己免疫反応を維持できないタイプに変化してしまうことで、脳炎が抑えられていることが明らかになった。

脳内の自己免疫性炎症が維持されるためには、ミクログリアが必要であることはこれまでもわかっていた。この研究でも、脳内のミクログリアを除去すると、ネオマイシンの気管注入と同じ効果があることも示している。ただ、肺細菌叢の変化だけでは、ミクログリアの数は変化しない。かわりに、自己免疫性炎症に必要なtype IIインターフェロン刺激による分子発現が消失し、type Iインターフェロンの刺激を受けたタイプに変化してしまっている。即ち、肺の細菌叢の変化により、ミクログリアがtype Iインターフェロン刺激優位になることで、ミクログリアの自己免疫性炎症を支持する機能が失われるという、不思議な現象が起こっている。

この考えを支持するように、肺細菌叢で起こっているdysbiosisを調べてみると、type1インターフェロンを誘導するLPSを発現する細菌の数が2.5倍に増え、血中のLPSも上昇している。結局、dysbiosisと言った間接的要因ではなく、LPSが存在すればよいことになるが、実際LPSを発現する細菌を不活化して気管投与しても、同じようにミクログリアの変化を誘導し、自己免疫性脳炎を抑えることが出来る。

以上が結果で、もう一度まとめると、気管にネオマイシンを注入すると、LPSを発現する細菌種が気管で増え、このLPSは脳内でTLR3を介してtype1インターフェロンを脳内で誘導し、この結果ミクログリアが変化して、自己免疫性炎症の維持が出来ず、脳炎が治まるというシナリオになる。

全部読み通した後で考えてみると、最終的には肺の細菌叢を変化させるという迂遠なことはやめて、脳内に直接LPSや1型インターフェロンを投与すればよいことになる。しかし、炎症を抑えるのに、別のタイプの炎症を誘導するという、毒をもって毒を制する方法が、実際の臨床現場で受け入れられるのは簡単でないように感じる。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月27日 ニキビも調べてみると奥が深い(2月16日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年2月27日
SNSシェア

ニキビは青春の思い出で、そのときは仕方がないものと考えていたが、実際にはれっきとした感染症で、基本はニキビ菌と言っていいのかCutibacterium acnes感染を中心とする細菌叢による感染症で、ニキビ菌に対する私たちの炎症反応が、毛根という場所により修飾された特殊な組織反応を引き起こす。従って、治療の基本は殺菌が中心になるが、最近ではレチノイドを利用して、組織反応を抑える治療も行われるようになっている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校皮膚科からの論文は、バイオプシー下、ニキビ組織をsingle cell RNAseq(scRNAseq)を用いて詳しく解析し、ニキビ組織の成立メカニズムを明らかにするとともに、それに基づいてマウス皮膚ニキビモデルでメカニズムの検証を行った研究で2月16日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Antimicrobial production by perifollicular dermal preadipocytes is essential to the pathophysiology of acne(毛根周囲の前脂肪細胞による抗菌反応がニキビの病態生理成立に必須の条件)」だ。

この研究ではニキビという特殊な病理像を決めているのは線維芽細胞だと決めて、毛根周囲組織細胞からPDGFRα陽性の線維芽細胞を分離。それについてscRNAseq解析を行っている。線維芽細胞と言っても多様で、正常で5種類の違ったポピュレーションが存在する。そして、ニキビが発症すると、F1とF3集団が上昇していることがわかった。

遺伝子発現を手がかりに他の集団と関係づけて、F1、F3がどのような細胞かを特定すると、レプチン受容体を強く発現した未熟線維芽細胞といえるF0集団が、より分化したF2集団を通って、最終的に成熟した線維芽細胞に落ち着く経路に対し、炎症刺激が強く加わることで、様々な炎症性分子を発現するとともに、レプチンを介した前脂肪細胞分化の様相が合わさったのが、F3からF1への経路であることが特定された。即ち、ニキビでは細菌刺激により、炎症とともに前脂肪細胞への強いドライブがかかった特殊な病態が成立していることがわかった。

重要なのは、このニキビの経路ではcathelicidinなどの抗菌物質の発現が強く見られる点で、すなわち自然の抗菌作用がこの経路で発揮されていることがわかる。しかし、脂肪細胞への分化が誘導される結果、分泌された脂肪自体は菌の増殖を助けるだろう。悩ましいニキビは、この除菌と助菌の微妙なバランスにあるからかもしれない。

さすがニキビといえども、ニキビ菌の感染実験は難しいので、ここからはマウスモデルを用いて実験を進めている。そして、マウスでもニキビ菌感染によって前脂肪細胞分化への強いドライブがかかることを確認している。またscRNAseqで、ニキビ菌感染により人間のニキビ組織と同じように脂肪細胞分化と、炎症反応が合わさった細胞プロファイルが優勢になることを確認している。

あとはニキビ菌に対する反応の誘導経路についてだが、線維芽細胞の培養システムで、TLR2の刺激により炎症反応とともに、前脂肪細胞への分化も誘導される可能性を示している。

最後に、ニキビになぜレチノイドが効果を示すのか、マウスにニキビ菌を感染させるニキビモデルで調べ、転写レベルで抗菌物質の発現を高める一方、脂肪細胞への分化を阻害することがわかった。即ち、除菌と助菌の競合状態を、除菌だけの状態へと戻すことが、レチノイドの効果であることを明らかにした。

驚くという研究ではないが、ニキビも研究すると奥が深い。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月26日 なぜ歳をとると眠りが乱れるのか?(2月25日号 Science 掲載論文)

2022年2月26日
SNSシェア

出張で枕が変わった昨晩はあまり眠れなかったが、自宅にいるときは眠れる方だ。しかし、長い時間眠ることは間違いなくできなくなっている。逆に昼に眠たくなるのは確実に増えている。歳だから仕方がないと諦めているが、今日紹介するスタンフォード大学からの論文のように、このメカニズムが明らかになると、ひょっとしたら高齢になっても、若い頃と同じようにぐっすり眠れる日が来るのかもと期待する。論文のタイトルは「Hyperexcitable arousal circuits drive sleep instability during aging(興奮性の高い覚醒回路が老化による眠りの不安定性を誘導する)」で、2月25日号Scienceに掲載された。

この研究ではまずマウスでも老化に伴って眠りが断片化することを確かめた後、眠りと覚醒の核となるオレキシン神経に焦点を当てて、解剖学的、生理学的に調べている。その結果、老化に伴いオレキシン神経の数は4割近くも低下するにもかかわらず、興奮の回数が上昇しており、そのたびに覚醒サイクルに入ることが明らかになった。即ち、オレキシン神経細胞が振幅は小さいものの、興奮しやすくなっており、この興奮により目が覚めることがわかった。

このように、興奮の閾値が下がる場合、電位依存性のカリウムチャンネルの機能変化によることが考えられるので、オレキシン神経が発現しているKCNQ2/3チャンネル特異的阻害剤を加えると、若いマウスのオレキシン神経の興奮性が、老化マウスのように高まることがわかった。一方、チャンネル活性化化合物を加えると、老化マウスのオレキシン神経の興奮閾値は下がることも確認している。

以上の結果から、老化マウスではKCNQ2/3の機能が低下し、興奮性が高まっていることがわかるが、機能低下の原因を探ると、単純に遺伝子発現が老化とともに低下することで、機能が低下、興奮性が高まっていることが明らかになった。

この結論を検証する目的で、KCNQ2/3遺伝子をクリスパーでノックアウトすると、若いマウスでも老化マウスと同じように興奮閾値が下がり、眠りが断片化することを確認している。

最後に、マウスにKCNQ2/3阻害剤、あるいは活性化剤を投与する実験を行い、若いマウスでも阻害剤投与で睡眠が断片化し、覚醒時間が長くなる一方、老化マウスに活性化剤を投与すると、ノンレム睡眠時間が長くなり、脳波から見た睡眠の質も改善すること、そしてその結果認知機能も高まることを示している。

以上が結果で、老化によるエピジェネティックな変化でおこるカリウムチャンネル発現異常が、老化による睡眠障害の原因であることを示した重要な論文といえる。実際、睡眠障害はそのまま認知機能の低下につながるし、アルツハイマー病でも睡眠障害が病気の進行を促進していることから、KCNQ2/3を狙った安全な薬剤が開発されれば、認知症の治療にとっても重要な一歩になると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月25日 内分泌攪乱物質の包括的検出方法の確立(2月18日号 Science 掲載論文)

2022年2月25日
SNSシェア

私が医者になったばかりの頃、企業によって環境に流された原因物質が、病気の原因として相次いで特定されていった。水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそくなどが記憶に残っているが、この特定には長い時間と、病気解明に執念を持った研究者の努力が必要だった。

このような地域が特定された病気だけでなく、整腸剤キノフォルムが原因と特定されたスモン病など、私たちが日常口にしたり触れたりする様々な物質の中に病気の危険がひそんでいることが明らかになり、強い規制が行われるようになった。それでも、児童の発達や、胎児への影響など、症状が明確でない場合は、なかなか原因物質を特定することが難しい。

今日紹介するスウェーデンKarlstad大学を中心とする国際チームから発表された論文は、内分泌攪乱物質に焦点を当て、妊娠中に摂取することで、胎児の脳の発達異常を誘導する分子の組み合わせを特定する研究で、2月18日号のScienceに掲載された。タイトルは「From cohorts to molecules: Adverse impacts of endocrine disrupting mixtures(コホートから分子へ:内分泌を攪乱する分子混合物の副作用)」だ。

目的は摂取により胎児発達に影響がある内分泌攪乱物質を特定しようという研究で、特に新しいことが行われたわけではない。言葉が遅れるという現象を指標に、妊娠10週目の尿に含まれる攪乱物質として知られる化学物質の量を量り、これが本当に脳発達に影響を持つかを、様々な実験系で調べており、これまで何度も繰り返されてきたプロセスだ。ただコホート過程で問題のある化合物が発見された後は、速やかにその検証を可能にするシステムを確立した研究といえるだろう。

研究では、まず内分泌攪乱物質として知られた15種類の化学物質を選び、2000人規模の妊婦さんのコホート研究で得られた妊娠10週目の尿中のそれぞれの化合物の濃度を想定している。そして、出生した子供を追跡し、言葉を話すのが遅れたケースでの尿中の化合物との相関を調べることで、異常の原因となる内分泌攪乱物質の候補を探索している。

この研究の最大の特徴は、特定された化合物一つ一つの効果を調べる代わりに、暴露された量を反映して混合したミックスを決めて、この効果を調べている点だ。実際、この研究で利用された検出法で調べたとき、個々の化合物を高い濃度で加えても得られない、ミックスしたときの効果が見られている。

このミックスは、コホートが行われた国の母親が一般的に暴露されている分子が反映されており、それぞれの国で当然異なる。従って、今回の結果はスウェーデンの話として受け取っていいが、当然我が国でも同じレベルの暴露が起こっていることは間違いないだろう。

こうして決められたミックスは、まず神経細胞、そしてヒトiPS由来脳オルガノイドを用いて、急性、慢性の影響を、遺伝子発現を中心に調べている。

結果は、細胞やオルガノイドに加えることで、神経変性疾患や自閉症に強く相関する遺伝子の発現が変化すること、そしてエストロジェン、甲状腺ホルモン、およびPPSRなどの核内受容体に反応する遺伝子が大きく変化することを特定している。

そして、これらの変化をオタマジャクシの発生およびゼブラフィッシュの発生を用いて調べることで、確かに脳の発生に影響が見られることを確認している。

最後に、以上の結果に基づき、今回調べたミックスに存在する化合物の許容量の計算の仕方を示して論文は終わっている。

詳細はほとんど省いたが、脳のオルガノイドを中心に、解析しやすい実験動物を組み合わせることで、コホート研究で疑いが出た化合物のヒトへの影響を包括的に調べられることを示したことが、この研究のミソで、単独の物質ではなくミックスについて調べたことと、検査をシステム化したという点以外では新しいことはない。

ただ環境先進国といえるスウェーデンでも、このような物質の暴露が避けられていないことに改めて驚いた。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月24日 With Coronaを超えたWith Virusは可能か(2月16日 Cell オンライン掲載論文)

2022年2月24日
SNSシェア

英国のジョンソン首相は、新型コロナウイルス感染の隔離義務を撤廃し、この感染症はもはや国家が管理するもので無く、個人の問題だとまで踏み込んだ。この理由は、新型コロナウイルス感染が風邪と同じ感染症になったというのでは無く、新型コロナウイルスを撲滅することは不可能で、今後何年もウイルスと付き合っていく必要があることを覚悟したからだろう。もちろん、ウイルス感染症の治療法が確立してきたことも大きい。

私もこのWith Coronaの覚悟とそれに合わせた対応の必要性はよくわかるが、さらにこれを超えて、With Virusのリスク管理と覚悟も必要であることを示す論文が、江蘇動物免疫工学研究所から発表された。タイトルは「Virome characterization of game animals in China reveals a spectrum of emerging pathogens(中国の狩猟動物に存在するウイルスの網羅的解析から新興病原体の範囲が明らかになる)」だ。

今回の新型コロナパンデミックで最初に起源として疑われたのは武漢のマーケットで取り扱われている野生動物だった。結局まだはっきりとした答えは出ていないが、多くのウイルスがコウモリをはじめとする野生動物から伝搬してくることは間違いが無い。この研究では、2017年から2021年にかけ(実際には今回のパンデミックが始まった後研究は加速しているようだが)、中国で食用として狩猟対象になっている動物、18種、1941匹を、中国全土から集め、様々な組織からRNAを抽出し、配列を決定した後、配列の中に含まれるウイルスゲノムを特定している。

最終的に動物に感染しているウイルスとして16ウイルス系統、102種のウイルスが特定されている。このように、ウイルスは極めて多様で、実際名前を示されただけではほとんどイメージが浮かんでこない。これらのウイルスの分析から以下の結論が出ている。

1)今回分離された中には、SARS型のコロナウイルスは含まれていなかった。わざわざこの結論が最初に持ってこられるのは、中国に注がれる疑いの目を意識してのことだが、これがたまたまなのか、SARS型はもともと狩猟用動物では無く、コウモリなどに由来するのか、まだ研究が必要だろう。いずれにせよ、動物にも感染することは確かだ。

2)種を超えて感染が起こるウイルスは珍しくない。例えばコロナウイルスに関して言えば、ハリネズミから分離されたMERS型ウイルスは、将来の脅威になる可能性がある。

3)特にコロナウイルスでは、動物種を超えて感染する確率が高い。また、異なる動物種の中で組み換えも頻回に起こる。

4)H9N2型インフルエンザウイルスは多くの種に感染し、今後パンデミックを起こす脅威になる。

5)人間に対する病原性がわかっているウイルスが多くの動物にも感染している。

6)インフルエンザBのような、本来人間特異的と考えられていたウイルスも、動物に感染している。

以上が主な結果だが、要するに私たちは動物と共存するように、ウイルスとも共存する必要がある。そのためのリスク管理、及び感染を予想した対策を前もって整えることが、今後のウイルス対策の核になるべきであることをこの論文は示している。新しいWith Virusの時代に備える科学と政治が求められる。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月23日 多発性硬化発症に至る人間の免疫反応を特定できるか?(2月16日 Nature オンライン掲載論文)

2022年2月23日
SNSシェア

多発性硬化症(MS)に関しての最新トピックスは、ほとんどのケースで、EBウイルスが自己免疫誘導の引き金になっていることが明確になったことだろう(https://aasj.jp/news/watch/18787 及びhttps://aasj.jp/news/watch/18926)。これは大きな前進だが、病気の理解という点では、この引き金から病気発症までのプロセスを明らかにする必要がある。現在のところEBからMS発症までを再現する動物モデルが無いことを考えると、実際の患者さんについて調べるしか方法は無い。しかし、人間集団は途方もなく多様で、実際MS発症と相関するSNPでも実に200種類も存在し、MSによる免疫反応だけを抽出することが難しい。

この問題に対し今日紹介するチューリッヒ大学からの論文は片方だけがMSを発症している一卵性双生児ペアを61組も集めてきて、発症による免疫細胞の変化を特定しようとした研究で、2月16日 Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Twin study reveals non-heritable immune perturbations in multiple sclerosis(双生児研究によって、多発性硬化症による非遺伝的要因による免疫系の乱れが明らかに出来る)」だ。

残念ながらこの研究はMSがEBウイルスが原因の一つであるという最近の結果をほとんど考慮していない。従って、この結果をEBと連関させるのは今の段階では難しいが、この方向でも研究が進められているだろう。ともかく、片方がMSという一卵性双生児ペアが61組も集められたことが、この研究の最大のハイライトだ。

研究では、免疫機能に関わる細胞を単一細胞レベルで徹底的に調べ、MS患者さんのみに共通に見られる違いを調べている。この違いの中から、治療による影響などを補正して、最終的にMS特異的変化として抽出出来たのは3種類だけだった。

これだけ調べてたかだか3種類と思われるかもしれないが、これが背景を一致させることの効果で、一卵性双生児ペアでなければ、もっと多くの違いがリストされ、焦点が絞りにくくなる。その意味で、一卵性双生児のみで比べたこの研究の目的は十分達せられている。

さて、3種類の違いだが、一つは白血球がMS患者さんだけで、炎症で活性化され、体中を駆け巡るタイプの白血球にシフトしている。

2つめは、ヘルパーT細胞集団のCD25発現がMS患者さんで高まっている。すなわち、ナイーブな段階からエフェクターやメモリー細胞へ分化する過程で、IL2の刺激を受けて増殖しやすい条件がそろっている。

最後に、MS患者さんではIL-2とともに、IL-17AやIL-3などのサイトカインが上昇している。

もともとIL-2シグナルは、MS発症のための遺伝的バックグラウンドとして特定されているが、MS発症の過程でさらにヘルパーT細胞がIL-2過敏性になり、その結果GM-CSFやIL-3、そして炎症性サイトカインIL-17が分泌されることで、白血球が活性化される、という経路が明らかになった。

これだけかといわれればそれまでだが、今後EBウイルスとの関わりで結果を見直していけばもっと面白い話が出てくるような気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月22日 トカゲの尻尾切り(2月18日号 Science 掲載論文)

2022年2月22日
SNSシェア

トカゲの尻尾切りは、組織を守るために末端を犠牲にするといった、私たち社会の現象にも使われる言葉で、トカゲが襲われたとき尻尾を切り離して、身体は的から逃げおおせる仕組みだ。子供の頃は観察する機会もあったが、大学に入ってからはトカゲを見かけることも減り、成人してから尻尾が自切されるのを見た記憶は全くない。しかし、生命科学の専門知識を詰め込んだ今もう一度考えてみると、本当によく出来た仕組みで、どのように自切が行われるのか不思議だ。

発生や再生科学から考えると、尻尾が切れたあと、筋肉を収縮させ、止血をして応急対応をした後、再生芽を作る仕組みが焦点になる。この分野では、現在オーストリアで研究しているエリー田中さんがすぐ思い出されるが、トカゲに関して研究がどこまで進んでいるのか、把握できていない。

一方で、今日紹介するニューヨーク大学の論文を読んで、なぜ簡単に尻尾が切れるのかも、考えてみるとよく分かっていない面白い問題であることがわかった。タイトルは「Biomimetic fracture model of lizard tail autotomy(トカゲの尻尾自切を模した骨折モデル)」だ。

実を言うと、この論文を読むまでなぜ尻尾が切れやすく出来ているのかについて考えたことは無かった。この論文を読まずに質問されたら、脱臼と同じような仕組みで脊椎が外れるのだろうと答えたと思う。

この研究では、3種類のトカゲの尻尾について、自切後の切断面を走査電子顕微鏡で詳しく調べ、その構造から切断前にどのように結合していたのか、またなぜ切断しやすいのかをモデル化して調べている。

百聞は一見にしかず、で写真を見てもらうのが一番なので、雑誌にアクセスできるヒトは美しい写真を見て欲しいが、できるだけリアルに表現してみる。

まず、切れた側の断端には、8本のキノコのような形をした筋肉組織が突き出している。一方、身体側には、これらに対応する穴が存在している。すなわち、プラグとソケットの形で組織が結合している。このようなユニットが、一本の尻尾の脊柱ごとに存在し、どこでも同じように自切が出来るようになっている。すなわち尻尾は脊柱を単位とするプラグソケットユニットで組み立てられていると言えるだろう。

このプラグ側の突起には、さらに小さな突起で覆われており、さらのこの小さな突起の先端表面には20個ぐらいの小さな穴が空いている。すなわち、突起構造を包み込むように、組織結合が形成され、無数のミニ突起が相手側と機械的に接することでつよい引っ張りに対する抵抗力を発生させている。また、それぞれのミニ突起に明いているマイクロポアも接触面で抵抗を上げるのに貢献している。

ただ、強い抵抗力は引張り力に対してで、横に曲げると、柱に小さな断裂が走るのと同じ原理で、簡単にソケットから抜けてしまう。こうして、引っ張りに対する強い抵抗力と、曲げに対する脆弱性を見事に両立させたのがこの構造だと言っていいだろう。あとは、この可能性をモデル計算で確かめているが省く。ここでは触れられていないが、脊椎の方も曲げたときの方が脱臼しやすいと思う。

このように、脊椎だけで無く、一つの脊椎単位が、模型のプラグとソケットのような構造でつながっていることがよく理解できる研究だと思う。しかし、このような構造がどのような進化過程で形成されてきたのか、あるいは発生や再生で作り直されるのかを考えると、本当の理解まで先は長いと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月21日 FGF21は健康ホルモンか禁欲ホルモンか?(2月1日号 Cell Metabolism 掲載論文)

2022年2月21日
SNSシェア

FGF21を最初に報告したのは、京大薬学部の伊藤先生で、京大の薬学部で行われた何かのミーティングで伊藤先生自らがこの分子について発表されていたのを聞いたのを覚えている。ただ、そのときは機能がよく分からず、21種類ものFGFファミリーがあるのかと言う印象以外残らなかった。

しかし最近になって褐色脂肪細胞のブドウ糖取り込みを誘導し、白色脂肪組織の脂肪分解を促進することが明らかになり、FGF21はレプチンに並ぶ代謝ホルモンとしてブレークしそうな雲行きだ。

さらにこのルートで血糖を下げるだけで無く、なんと甘いものへの欲望を抑えることがわかって、無意識の禁欲を可能にするホルモンとしても注目されてきた。

今日紹介するアイオワ・Carver医科大学からの論文は、甘いものへの欲望を抑える回路とは別の回路を刺激して、アルコールへの欲望も抑えるメカニズムを明らかにした研究で、2月1日号のCell Metabolismに掲載された。タイトルは「FGF21 suppresses alcohol consumption through an amygdalo-striatal circuit(FGF21は扁桃体―線条体回路を介してアルコールの消費を抑制する)だ。

この論文を読むまで全く知らなかったが、遺伝子多型研究から、FGF21遺伝子座とその受容体の一つKLBの遺伝子の多型が、アルコール消費量と関連することが指摘されており、またマウスにFDF21を投与するとアルコール消費を抑えることが出来ることがわかっていたようだ。

この研究ではまず、肝臓からのFGF21をノックアウトした場合、アルコール消費量が上昇すること、一方、FGF21刺激剤を投与したときアルコール消費量が、マウスおよびサルで抑えることが出来ることを確認した上で、この効果のメカニズムを探索している。

詳細は省いて結果をまとめると次のようになる。

1)FGF21は扁桃体の基底外側部に存在するβ―Klotho(KLB:FGF受容体機能に必須の分子)発現細胞に働き、脱分極させて興奮性を高める。

2)この作用はKLB陽性神経の中でも側座核に投射する神経だけに見られ、この回路の興奮性を高める。

3)FGF21はこのグルタミン酸作動性回路の興奮を介してアルコール消費を抑える。

このように、FGF21が結局は側座核という、快感や嗜好の中枢に収束するのは面白い。蔗糖のような甘みに関しては、FGF21は直説視床下部のKLB陽性細胞に働いて甘いものへの嗜好を抑えている。元々アルコール摂取も、熟した果物を食べるところから来ており、甘みとアルコールが合わさって、動物の欲望の対象になるのだと思う。その点で、それを抑えて、しかも代謝を変化させ肝臓を守るFGF21は我々の健康を守る健康ホルモンといっても言いように思える。一方で、アルコールや甘いものへの欲望を抑えることから、禁欲ホルモンとも言えるが、FGF21を注射されたときどんな気持ちになるのかも知りたいところだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月20日 アルツハイマー病の進行をジゴキシンが抑える(2月16日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年2月20日
SNSシェア

読んでいる最中から、「本当ならすごい、できるだけ早く治験を進めて欲しい」と思える、思いもかけない方向から病気に迫った前臨床研究に出会うことがある。アルツハイマー病(AD)で言えば、歯周病菌の出すタンパク分解酵素がAβやTauを切断して病気の進行に手を貸し、この酵素をブロックすると、ADの進行が抑えられるという論文や(https://aasj.jp/news/watch/9628)、や40Hzの光と音刺激で、海馬のミクログリアを活性化してADの進行を遅らせるという研究(https://aasj.jp/news/watch/9864)がそうだ。ただ残念ながら、いずれも臨床的には証明されていない。

今日紹介するワシントン大学からの論文はまさにそんな例の一つで、以前は強心剤として盛んに使われたジゴキシンがADの発症および進行を抑制できることを示した研究で、2月16日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Astrocytic α2-Na + /K + ATPase inhibition suppresses astrocyte reactivity and reduces neurodegeneration in a tauopathy mouse model(アストロサイトのα2-Na + /K + ATPase阻害によりアストロサイトの反応性を抑え、Tauによるマウスの神経変性を抑える)」だ。

もともとこのグループはALSなどの神経変性疾患で、アストロサイトのα2-Na + /K + ATPase発現が上昇し、炎症を誘導するプロセスについて研究していたようだ。この研究では、同じことがADでも起こり、またα2-Na + /K + ATPaseを治療標的として使えるかを調べている。

結論を先に言うと、期待通りα2-Na + /K + ATPaseをジゴキシンで阻害すると、脳内のアストロサイトを起点とする炎症が抑えられ、AD発症前にジゴキシンを脳内に投与すると発症を予防し、さらに病気が始まってから同じように投与すると、病気の進行を遅らせることが出来るという画期的なものだ。結果を箇条書きにすると、

1)AD患者さんではアストロサイトのα2-Na + /K + ATPaseの発現が上がっており、またADを発症するTauトランスジェニックマウスでも、病気の進行に応じてα2-Na + /K + ATPaseが発現が上昇する。

2)α2-Na + /K + ATPaseはジゴキシンの標的なので、ジゴキシンをミニポンプでマウス脳室内に持続的に投与すると、AD発症前に投与を始めると、異常Tauの蓄積を阻害することが出来、また異常Tauの蓄積が始まってADが発症した後から投与しても、炎症を抑えてADの進行を抑える。

3)ジゴキシンと同じ効果は、アストロサイトのα2-Na + /K + ATPase遺伝子発現をRNAiでノックダウンしても同じように見られる。

4)α2-Na + /K + ATPase阻害効果は、アストロサイトの炎症誘導作用抑制を介しており、様々な炎症性サイトカインの脳内発現が抑えられる。

5)特に、ADなど神経変性を誘導するlipocalin-2の分泌が抑えられることは寄与が大きい。

以上、これほどの効果が見られるなら、脳室内投与であろうとAD患者さんには大きな朗報だろう。勿論ジゴキシンは副作用の問題がある。しかし、脳内から出ない方法が確立できるなら、期待できる治療方法になると思う。ぬか喜びで終わらないよう、是非研究が進展して欲しいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
2024年12月
« 11月  
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031