2020年3月4日
おそらく今でも、統合失調症は、妄想、幻覚など正常人には見られない陽性症状と、言葉数が減り、感情が現れず、引きこもるといった陰性症状、それに物忘れや注意力の低下など認知症状を組み合わせて診断するのだと思う。その結果、陽性症状の強い妄想型、陰性症状の強い破瓜型、そして興奮や混迷など特異的行動が目立つ緊張型に分けられる。とはいえ、ゲノムや脳画像による研究は、統合失調症として一括りにして調べることが多い。
統合失調症の脳画像解析研究は盛んに行われており、私もなんどもこのブログで紹介している。おそらく、ほとんどの研究で共通に示しているのが、脳全体にわたって灰白質の萎縮が見られるという結果で、患者間での多様性はこの共通性の中に押し込まれてしまっていた。
今日紹介する米国、英国、ドイツ、イタリアの4施設からの共同論文は307人もの統合失調症患者さんと364人の正常人の脳の解剖学的データを比べ、統合失調症に全く異なる2種類のタイプが存在することを示した面白い研究で2月27日Brainにオンライン出版された。タイトルは「Two distinct neuroanatomical subtypes of schizophrenia revealed using machine learning (機械学習により明らかになった統合失調症のはっきりと区別できる二つの神経解剖学的タイプ)」だ。
同じような研究はこれまでも繰り返し行われ、灰白質の萎縮が突き止められてきた。この研究では最初から、統合失調症として一括りにするのではなく、一種の機械学習を加えたHYDRAと呼ぶアプリケーションを用いて、統合失調症の特徴として抽出された変化が、全てのサンプルに見られるのか、あるいは一部の人にだけ見られた結果なのか、もし一部の人だとすると幾つのサブタイプがあるか探索させるところから始めている。
この結果、統合失調症のMRI形態画像は、
- 皮質全体に灰白質の萎縮が目立つグループ(67%)
- 皮質全体の萎縮はほとんど存在せず、逆に大脳基底核の増大がはっきりしているグループ
の2つに分けられることを明らかにする。
実際の画像を見ると一目瞭然で、2型では萎縮は全く見られないといっていい。
最後にそれぞれのタイプと症状を照らし合わせると、陽性症状、陰性症状にはっきりした差は認められないが、萎縮が見られるタイプでは最終学歴の達成度が低下している一方、2型では正常人と変わりがないことが明らかになった。
結果は以上で、ともかくMRIで分別できる病型が明らかになったことは大きい。おそらく、萎縮型は脳の発生障害を基盤としていると考えられる。重要なのは、萎縮型に基底核の増大が見られることは全くない点で、基底核増大型は最近注目されてきたドーパミン過剰型に対応すると考えられる(ドーパミン過剰型の動物モデルについては昨年秋紹介した:https://aasj.jp/news/watch/11332)。
今後伝統的な病型の見直しも含める大きな診断法の変化を予感させる論文だと思う。
2020年3月3日
振り返ってみると、小学校時代までは「死んでも生き返ることがある」という幻想を持っていたように思う。しかし高学年から中学校にかけて、その最終性を理解できるようになり、キリスト教に惹かれるようになったのもちょうどその頃だ。しかし、大学で様々な思想に触れるようになると、宗教に幻想を持つこともなくなってしまった。その後は、一般の人から見たら、頭でっかちの生活を続けている。いずれにせよ、思春期の何年か、知性から感情まで大きな変化を経験したことは確かだ。
今日紹介するケンブリッジ大学を中心に多くの研究機関が集まって発表した論文は298人の思春期前から青年期までの機能的MRIデータをまとめて思春期に起こる脳内ネットワークの結合性をまとめた論文で2月11日米国アカデミー紀要に掲載されている。タイトルは「Conservative and disruptive modes of adolescent change in human brain functional connectivity (思春期の人間の脳に見られる機能的結合性の保守的および革新的変化)」だ。
この研究では、安静時の脳血流を調べ、反応の連動性から脳内各部の結合性を調べる方法を用いて、思春期前から思春期後の健常人のデータを集め、思春期で脳各部の結合性がどう変化したのかを調べている。ただ、この方法は何かの課題を行う時の機能的MRIとことなり、本当に結合性を反映できているのかなど様々な批判があった方法だ。特に一定時間記録を取り続けるため、頭が少し動くだけで結果が大きくずれるという問題があった。
専門外なので理解していないが、この研究のハイライトはこの問題を解決するための新しい手法を用いて補正してデータを集めた点にあると思う。結局は情報処理を重ねる研究なので、そうして出てきた結果がどのぐらい信頼できるかどうかは、私のような素人には評価できない。ここは信じて先に進む。
さて、こうして脳内330の大脳皮質領域および、16の皮質下領域との結合性の強さを計算すると、皮質同士の結合は年齢に比例して高まっていく保守的な変化を示すが、皮質下と皮質の結合は、急に強くなったり、弱くなったりと破壊的な変化が見られる領域が目立つ。
この研究では14歳時の各領域間の結合性と年齢による変化を変数にした成熟係数(maturational index)を考案し、これにより変化の意味がよりわかりやすくなるよう工夫している。特に、各領域の結合が受け持つ脳機能をこの変化に重ね合わせて、思春期に起こる心の変化がわかるようにしている。
これによると、例えば運動機能、感覚機能、感覚と運動の連携などは皮質各領域間の結合を反映し、成長とともにコンスタントに結合力が高まっていく。一方、自分を振り返る能力、社会性、記憶、他人の理解などは皮質と皮質下領域との結合性に関わり、破壊的な変化が見られることを示している。他にも多くの高次脳機能の変化が量的に示されており、じっと見ているだけで面白いが省略する。
最後にこの急速な変化の背景を探るため、データベースから得られる脳各領域の解剖学的変化や糖代謝活性や遺伝子発現と、各部の成熟係数との関連を調べ、破壊的な変化が見られる領域は、急速に領域が活動し、代謝活動が高く、好気的解糖活動が高く、またそれらに関わる遺伝子発現も上昇していることを示している。
すなわち、思春期に大きなエネルギーが必要な様々な脳活動が急速に高まることを示している。個人的には、頭でっかちの自分を作る基盤が思春期に形成されるのだと納得した。
2020年3月2日
学生時代、麻酔学で何を習ったのか全く思い出せないが、意識が失われるメカニズムについてはまず教えてもらっていない、というよりわかっていなかったのだろう。その後はほとんど麻酔科との接点なく生きてきたので、知識は何十年もアップデートできていなかったが、現役を辞めてから意識についての論文を読むようになり、少しづつアップデートされつつある。
今日紹介するドイツ・フンボルト大学の日本人研究者(Mototaka Suzukiさん)の論文は麻酔全般のメカニズムを明らかにした説得力のある研究で、意識の問題を含めて自分の頭の整理を可能にしてくれた。タイトルは「General Anesthesia Decouples Cortical Pyramidal Neurons (全身麻酔は皮質の錐体神経をデカップルする)」で、2月20日号のCellに掲載された。
麻酔を神経活動全般の抑制と単純に考えることはできない。そんなことをしたら私たちは死んでしまう。実際には、大脳皮質と意識や覚醒に関わる視床に限局した過程だ。実際、麻酔中の覚醒体験はよく問題になるが、脳活動がちゃんと維持されていることの証拠だ。すなわち麻酔中も複雑な神経ネットワークが維持されているため、特定の回路で麻酔の効果だけを取り出すのは簡単ではない。
この研究では全身麻酔の標的と考えられてきた皮質第5層の錐体神経に焦点を当て、錐体神経から第1層に投射している樹状突起と錐体神経細胞との神経連絡を遮断することが麻酔のメカニズムではないかと仮説を立て、これを検証する実験系を作っている。
素人の頭で考えても、生きた動物で同じ神経細胞の樹状突起と細胞体の連絡を操作するのは難しそうだ。この研究では脳皮質の一層だけが照射される光を発するμペリスコープという機械を用いて、樹状突起だけを興奮させたとき、細胞体の興奮を電極で記録するという方法で、樹状突起と第5層錐体細胞体の連結を調べ、様々な麻酔薬がこの連結を遮断することを発見する。
これが証明できると、あとは光遺伝学に伴う様々な問題の影響がないことを確認した後、樹状突起の興奮が細胞体へ伝えられるときにムスカリン型アセチルコリン受容体と代謝型グルタミン酸受容体の刺激が必要であることを、阻害剤を用いた研究から明らかにする。すなわち、樹状突起から細胞体までの連結は、アクティブに維持されていることが明らかになり、この維持機構が遮断するのが麻酔の効果であることを明らかにする。
この代謝型グルタミン酸受容体への刺激は、意識の調節に関わる視床から投射されており、また視床の活動を低下させることで樹状突起と細胞体の連結が低下することから、樹状突起―細胞体連結は視床から投射する神経末端により維持されていると結論している。
もう一度まとめると、全身麻酔の皮質への効果は末端の樹状突起の興奮が細胞体に伝わらないようにすることで起こる。そして、両者の連結は視床から投射した神経のグルタミン酸シグナルにより維持されており、全身麻酔はこの視床の活動を抑えることで、皮質の樹状突起と細胞体の連結を切る、というシナリオになる。
この研究は表面上は全身麻酔の効果に関する研究になっているが、実際には意識の研究としても重要だと思う。実際、意識がどのように皮質を活動的に保つのかについて自分の頭の整理に役立った。
2020年3月1日
I型糖尿病の治療として脳死や心臓死の方から頂いた膵臓から調整した膵島を患者さんに移植する方法が行われ、根治とはいかないものの効果があることは明らかになっている。ただ、調整できる膵島の量が限られるため、本当の効果が出るには、多能性幹細胞から大量に膵島を生産できる技術を開発する必要がある。
この分野は米国が進んでおり、私が現役の頃から培養タンクで生産することを想定した開発研究が行われ、ESやiPS細胞から6段階培養条件を変えてβ細胞を生産する方法が開発されている。ただ、それぞれの段階で次の分化を誘導する効率が100%には到底達しないため、ステップは明らかになっても、まだまだ改良が必要になっている。
今日紹介するワシントン大学からの論文は後期のステップに注目し、Neurog3と呼ばれる転写因子が発現して最終分化が進む過程の効率が細胞骨格を変化させることで大きく高められることを示した論文で2月24日号のNature Biotechnologyに掲載された。タイトルは「Targeting the cytoskeleton to direct pancreatic differentiation of human pluripotent stem cells (ヒト多能性幹細胞から膵臓細胞への分化を細胞骨格を標的にして誘導する)」だ。
研究は単純で、特異的分子マーカーで最終の6段階まで分類された分化過程の膵臓への分化が決まった前駆細胞を誘導し、この細胞を起点にNeurog3を誘導して最後の段階まで分化が進む過程でのマトリックスの影響を、細胞をシャーレに撒き直して調べている。
結果は明白で、シャーレに撒かずに細胞塊の浮遊液で培養を続けると進みにくい分化が、単一細胞にした後シャーレに1次元培養すると効率が上がる。この原因が細胞同士の接着が切られて細胞骨格が再構成されるからだと考え、アクチンの重合阻害剤など様々な薬剤を加えてNeurog3誘導を調べると、シャーレに撒いてLatruculinAを加えた時に最も強い分化誘導がかかることを発見する。
サイトカラシンなど他のアクチン重合阻害剤はあまり効果がないので、実際のメカニズムはの不明のまま残されたが、この発見がこの研究のハイライトで、ここの方法を至適化して最も効率のいいβ細胞生産条件を探している。
詳細は全て省くが、その結果、一度シャーレに撒き直すという煩わしさは伴うものの高い効率で機能的β細胞が誘導され、β細胞を障害したマウスの糖尿病を正常化できることを示している。
他にも、なぜLatruculinAがこれほどの効果があるのか調べた結果も示しているが、説明は省く。実際、細胞塊の培養だけでは、実際に起こっている細胞接着構造の変化は再現できないはずだ。したがって、このような試みは今後も極めて有効ではないかと思う。ただこのような研究ができるためには、基盤となるしっかりとした分化プロトコルが必要だ。この論文を読んで最も関心したのは、結果ではなく、膵島細胞生産が詳細な改良を行える段階に入ったことで、ES/iPS由来膵島移植が実現するときも近づいてきているという実感を持った。
2020年2月29日
プロの音楽家は少し複雑なようだが、私のような一般人では言葉と音楽はそれぞれ左脳と右脳の聴覚野で処理されると言われている。根拠の多くは、脳の局所損傷による失語や、失音楽症状の研究と、音楽や言葉を聞いた時の脳活動の記録だが、例えば歌を聴くときに実際に右左への振り分けが起こっているのかどうか明確な実験はなかった。
今日紹介するカナダ・マクギル大学からの論文は言語認識に用いられる実際の声を電気的に時間と音のスペクトラムをボカせて聴かせる手法を用いて、歌を聞いたときに振り分けが行われていることを示した面白い研究で2月29日号のScienceに掲載された。タイトルは「Distinct sensitivity to spectrotemporal modulation supports brain asymmetry for speech and melody (歌の声をスペクトラムと時間的変化に対する異なる感受性から脳の言葉とメロディーの認識の非対称性を示している)」だ。
もちろん歌を聴くとき、私たちは言葉とメロディーの両方を認識しているのだが、同時に聞こえる各要素に対する反応を正確に測定するのは難しい。この課題を解決するため、この研究では英語、フランス語で10シラブルからなる文章を作り、プロの作曲家に言葉に合わせたメロディーを作曲してもらい、全ての文章に同じメロディーを当てはめ、最終的に10文章X10メロディーの100種類のパターンを創出している。この中から2曲聴かせると、メロデーだけが一致する、言葉だけが一致する、両方一致する、両方とも違うという4通りに判断される。実際、こうしてで作詞作曲された音楽を伴奏なしにアカペラでプロの歌手に歌ってもらい、英語圏、フランス語圏の被験者に聞いてもらうと、4種類の判断を正確に下すことができる。すなわち、言葉とメロディーを正確に認識できている。
さてここからが肝心なポイントになるが、こうして歌われたアカペラの録音の時間分解度と音のスペクトラム分解能をわざと別々に劣化させた音源を作り(ハイレゾ音源からレゾリューションを劣化させると考えればいい)、劣化した音源を聴かせたときに言葉かメロディーかどちらの聞き取りができなくなるかを調べている。結果は明瞭で、時間分解度を劣化させたときは言葉の認識が低下し、逆に音のスペクトラムを劣化させるとメロディーの区別ができなくなる。実際の音を聞いてみたいが、言語の聞き取り能力を調べるために開発された分解能をぼかすという方法と、アカペラで歌を聴かせるという方法を組み合わせたことが、この研究のハイライトで、うまい課題の設計だと唸ってしまった。
こうして、メロディーと言葉の認識を別々に測定することができるようになると、あとは脳の反応を調べればいいわけで、この研究では機能MRIを用いて特に聴覚領域に焦点を当てて調べると、分解度が劣化して言葉の聞き取りが悪くなるときは左の聴覚野の反応が変化し、逆にメロディーの聞き取りが悪くなるときは右脳の聴覚野の反応が変化することを明らかにしている。
脳全体の反応も測定して、この分解度の違いに反応するのは聴覚野だけであることも示して、この振り分けは音を聞いたときに自動的に振り分けられていることも示している。
以上の結果は、私たちが言葉とメロディーを違う次元(時間と音のスペクトラム)にわけて認識していること、それを自発的に左右の聴覚野に振り分けて一つの歌として認識していることを示したものだ。もちろん、本当に前頭葉のネットワークの関与がないのか、あるいはどんな言語でも同じなのかさらに知りたいところだ。
日本語で考えると、普通の文章とは違って、和歌を頭の中に浮かべると自然にメロデーが付いてくる。 「天の原―――、」と安倍仲麻呂の和歌を聞いたとき本当に同じことが言えるのか興味は尽きない。いずれにせよ、専門外の私でも新しい問題が浮かんでくるような面白い課題を設計した著者に脱帽だ。
2020年2月28日
ビタミンC(VitC)がガンに効果があることはかなり昔から提唱されているが、一部の人以外にはほとんどおまじないのレベル以上にはならなかった。ところが、静脈注射で1g/Kgという大量療法が提唱されるようになってから、TETを介してメチル化を低下させる、あるいはガン特異的に鉄代謝を崩壊させガンを殺すなど科学的結果がトップジャーナルにも報告されるようになり、私もしっかりと臨床治験を進めるべきだと考えるようになった。実際米国ではClinical Trial Govに登録された治験が膵臓ガンなどで行われており、効果が明らかになれば使わない理由なないだろう。
時間のかかる臨床研究とは別に基礎研究はさらに進むようで、今日紹介するイタリア・トリノ大学からの論文は免疫系に働いてチェックポイント治療の効果を後押しするという研究で、2月26日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「High-dose vitamin C enhances cancer immunotherapy(高濃度ビタミンC治療はガンの免疫治療を高める)」だ。
研究は単純で、VitC 2g/kgを週5日投与する大量療法が一定の効果があるいくつかの移植腫瘍モデルを用いて、T細胞に対する抗血清を用いて免疫細胞の機能を抑えると、VitCの効果がなくなるという発見から始まっている。そして、CD4T、CD8Tの両方がVitCの効果に必要であることを示し、メカニズムはわからないがVitCが免疫機能を高めることを示している。
免疫を高めることがわかれば、当然チェックポイント治療との相性を確かめることになるが、すい臓ガン、乳ガンなどを用いた実験で、anti-PD1およびanti-CTLA4の両方にVitCを組み合わせると、ガンをほぼ抑え込むことができることを示している。
他にも、修復機構が壊れた大腸ガン細胞を用いた、変異の生成と、チェックポイント+VitCの影響や、ガン組織へのリンパ球の浸潤に対する影響なども実験しているが、割愛していいだろう。要するに、VitCはガン免疫を高め、その結果チェックポイント治療との相性もいいという結果だ。
ガンの増殖以外ほとんど何も調べていないシンプルな論文で、よく掲載されたなと思うが、結局しっかりとした臨床治験を待つ以外にないが、Clinical Trial Govを見ると世界各国、信頼の置ける大学や病院で45の治験が走っているようなので、特効薬になるかどうか結果がわかるまでには時間はかからないと思う。
2020年2月27日
この論文を読むまで考えたこともなかったが、酸素呼吸を必要としなくなった真核生物の中にはミトコンドリアを他の代謝経路の場所として利用するものが存在し、この場合ミトコンドリアは内部に飛び出す突起がない、丸い構造に変化したMROと呼ばれる構造になる。
もちろん有酸素呼吸は動物の特徴だが、今日紹介するテルアビブ大学からの論文は魚に寄生するれっきとした動物ミクソゾアの中に有酸素呼吸を全くしなくなった種類が存在するのではないかと探索し、Myxobolus salminicolaでは有酸素呼吸システムどころかミトコンドリアのゲノムが全くなくなっていることを明らかにした研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「A cnidarian parasite of salmon (Myxozoa: Henneguya) lacks a
mitochondrial genome (サケに寄生する刺胞生物の一種にはミトコンドリアゲノムがない)」だ。
おそらく形態などの観察から呼吸がないと考えられたsalminicolaとsquamalisのゲノムを解析し、squamalisにははっきりミトコンドリアゲノムが認められるのに、salminicolaでは独立したミトコンドリアゲノムが全く認められないこと、また核酸染色でも核以外にDNAが存在していないことを発見する。
もちろんミトコンドリアゲノムが存在しなくても、必要な遺伝子はホストの核遺伝子に移行していると考えられる。またミトコンドリア自体、呼吸だけでなく、アミノ酸、核酸、脂質の代謝に関わる。実際salminicolaにはミトコンドリア様の小器官MROが存在している。さらに驚くのは、このMROにはミトコンドリアと同じような内部の突起まで存在する。すなわち、ミトコンドリアは独立した小器官と考えるが、通常の細胞小器官として存在できることを示しており、細胞小器官の進化を考える意味で興味ふかい。
次にミトコンドリア増殖に関わる核遺伝子だが、salminicolaでは完全に消失しており、ミトコンドリアゲノムの独立した増殖ができなくなって消失したことがわかる。
一方代謝だが、呼吸に必須の呼吸複合体のうち3つの分子が欠損し、電子伝達が全く存在しないこと、またピルビン酸からアセチルCoAを合成する経路が欠損しており、この動物が呼吸を必要としないことを明らかにしている。
話はこれだけで、生物のフレキシビリティーに感銘を受けるとともに、よくこんな動物を探し当てたと感心した。
2020年2月26日
運動と代謝が密接に関わることは、疑いのない事実だが、そこに免疫が入ってくると、ちょっと謎解きになる。今日紹介するテキサス・サウスウェスタン大学からの論文は運動による代謝変化と自然免疫の受容体TLR9との関係を明らかにし、ストレスとは何かを考えさせる面白い論文で2月12日号のNatureに掲載された。タイトルは「TLR9 and beclin 1 crosstalk regulates muscle AMPK activation in exercise (TLR9とbeclin1の相互作用が運動時のAMPKを活性化する)」だ。
もともと筋肉への運動負荷がオートファジーを誘導して代謝を変化させることは、オートファジー誘導因子であるbeclin1をノックアウトすると、筋肉での代謝調節の核であるAMPKが活性化できないことが知られていた。おそらくこの研究は、beclin1と筋肉代謝についての研究として始まったと想像するが、この過程で筋肉細胞中のbeclin1に細胞内でDNA断片を感知して自然免疫の引き金を引くTLR9が結合していることを発見し、この不思議な組み合わせの機能を探ったのがこの研究だ。
両者の結合を誘導する条件を調べると、一つはブドウ糖の低下によるストレスと、運動によるストレスで、結合が上がることを発見する。TLR9はミトコンドリアDNAも検知するので、おそらく運動やブドウ糖の低下でミトコンドリアDNA断片が放出されることで、結合が高まるのだろうと推測している。
次に、TLR9欠損マウスを用いて、糖や脂肪代謝の核になるAMPKの活性化を調べると、正常なら運動により筋肉ないのAMPKが活性化されるのに、TLR9ノックアウトマウスではこれが起こらない。
その結果、運動時筋肉へのグルコースの取り込みは変化しないのに、運動を続ける能力が低下し、またAMPKが活性化されないため血中グルコースが低下しない。以上の結果は、運動やブドウ糖の低下によるストレスで、ミトコンドリア断片のDNAがTLR9を刺激し、beclin1への結合が誘導されることで、AMPKが活性化され、筋肉内のリソースがエネルギー産生へと向けられることを示している。
最後にAMPK活性化までのシグナル経路について検討し、TLR9の活性化によりPI3KC3―C2複合体のUVRAG分子と結合していたbeclin1がTLR9と結合することで、AMPKを活性化することを示している。
自然免疫のTLR9が運動による代謝経路のプログラミングに関わるという結果は、生物が使用可能なあらゆる分子をうまく使って環境に対応していることがよくわかった。Beclin1もTLR9も元々ストレスに対して用意されていると考えると、これらが協調して対応できるストレスを増やすという進化の妙を実感した。
2020年2月25日
私がまだ免疫学会に属していた時期は、ちょうど胸腺内のT細胞の分化増殖と選択について明らかになっていく時期と重なっていた。T細胞の表面抗原標識に、HerzenbergらのFACSを用いた細胞分化の解析が始まり、その後MHCやT細胞受容体遺伝子が解明され、最後に遺伝子操作を用いて細胞の増殖や選択過程が明らかになった。こんなことを書いていると、これらを築き上げた様々な研究者の顔が浮かんでくる。
今日紹介する英国ウェルカムサンガーセンターからの研究は、このすべての過程を発生中の胸腺細胞のsingle cell transcriptomicsを調べることでわかることを示した論文で2月21日号のScienceに掲載された。タイトルは「A cell atlas of human thymic development defines T cell repertoire formation (ヒト胸腺発生の細胞図譜はT細胞レパートリー形成を明らかにする)」だ。
研究では受精後7週から17週のヒト胎児胸腺を採取し、そこに存在するすべての細胞のsingle cell transcriptomicsを調べている。最初に述べたように、マウスではこの過程は長い時間をかけてほぼ解明されているといって良い。その意味で、ヒトで調べたから全く新しいことがわかるというわけではない。というより、ヒトでもほとんどマウスと同じことが起こっていることがわかったことがこの研究の最も重要な結論だろう。
とはいえ、胸腺細胞を少なくとも42種類の細胞に分けることができるという結果は、胸腺がいかに複雑な組織であるかを再認識させる。膨大なデータなので、個人的に気になった点だけ紹介することにした。
- 胸腺上皮とともにストローマを形成する線維芽細胞を増殖中のものも含めると3種類に分けられ、発現分子からみて支持する細胞が異なること。また、in situ hybridizationで見ると、存在場所も違うこと(ストローマ細胞の多様性を知る意味では重要)
- さらに胸腺上皮になると実に8種類に分けることができ、またこれまで知られているTEC分類と対応させることができる。
- これまで知られているT細胞サブセットの全てが胸腺内で分化することが確認され、またそれぞれのストローマ構成細胞は固有の支持細胞と相互作用することが、相補的遺伝子発現からわかる。特に、ケモカインとその受容体の関係により、それぞれの相互作用特異性が決められているのがわかる。
- 同じように、T細胞選択に関わる樹状細胞も3種類にわけられ、またそれぞれは活性型へ変化する。特に樹状細胞はCD4陽性のヘルパーとTregの分化に関わっており、それぞれが異なるケモカインを介して相互作用している。面白いのは、リンパ球の方から様々なケモカインを発現して樹状細胞を引き寄せることがみられることで、相互にケモカインを分泌することで特異的相互作用が可能になっている。
- T細胞受容体遺伝子の再構成では、発生時期のクロマチン構造から、再構成で選ばれVβ遺伝子に強い選択制が見られる。一方、Vαの方は、C領域に近いV遺伝子ほど選ばれやすいというこれまでの結果が確認された。同時に、一旦選択されたあと即座に選択を受けるV遺伝子も特定できる。
- これも驚いたが、CD8T細胞ではC 領域から遠いV領域が選択される確率が高く、CD4T細胞とは再構成の様式がかなり異なっている。
以上が結果で、もちろん私が知らなかったことも多く示されており、T細胞分化の教科書として使えるアトラスだと思う。もちろん、ヒトで行われている点も重要で、私にとっても感慨以上の面白い論文だった。
2020年2月24日
昔からリュウマチ、シェーグレン病、SLEなどの自己免疫疾患の患者さんで、悪性リンパ腫のリスクが高いことは疫学的に確かめられていた。長期間リンパ球への刺激が続くだけでなく、炎症が慢性化することで炎症性サイトカインが悪さをすると説明されてきたが、実験的に確かめられたわけではない。
今日紹介するオーストラリアGarvan医学研究所からの論文は、逆にリンパ腫につながる突然変異が抗体の変異を誘導し自己免疫症状を発生させることを示した面白い研究で3月5日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「Lymphoma Driver Mutations in the Pathogenic Evolution of an Iconic Human Autoantibody (象徴的自己抗体への病的進化にリンパ腫を誘導するドライバー変異が関わっている)」だ。
この研究が焦点を当てているのは一部のリュウマチ患者さんで見られるリュウマチ因子と呼ばれる自己のIgGに結合するIgM自己抗体のなかで、温度が下がると相転換がおこって巨大分子に変身して腎臓などの組織を障害する悪漢自己抗体だ。この抗体については研究が進んでいるので、まず質量分析で自己抗体の配列を決め、これを産生する悪漢B細胞が患者さんの末梢血にも存在することを確認した後、抗体の遺伝子を特定している。
悪漢B細胞が特定できたので、次はこの抗体を産生しているB細胞を分離(イディオタイプに対する抗体を用いている)、こうして得られたB細胞をsingle cell levelで解析し、自己抗体の多様性、進化、そしてこの背景にリンパ腫発生に関わるドライバー変異がないかを調べ、以下の結論を得ている。
- 一人の患者さんの中で、悪漢自己抗体B細胞として特定できるB細胞は同じ突然変異前の祖先B細胞に由来している。
- しかし、祖先B細胞の抗体遺伝子に新しい変異が起こり始めると、多様な部位で変異が蓄積し、悪漢自己抗体産生B細胞が多様化する。
- 4人の患者さんでこの悪漢B細胞の多様性が発生する前に、リンパ腫に関わることが知られているドライバー遺伝子変異が起こっている。
- 動物実験で同じドライバー突然変異をマウスリンパ球に導入すると、細胞の増殖自体は正常と変化ないが、抗体遺伝子の多様性が上昇する。
- 抗体遺伝子の多様化は、抗原に対する親和性の上昇を伴う。
以上が結果で、自己抗体の発生過程で、まずリンパ腫ドライバー遺伝子の変異が先に起こり、この結果まだはっきりしないメカニズムで免疫グロブリン遺伝子の多様性を発生させる突然変異が上昇し、それが選択されて自己免疫病に至ることを示している。
技術自体はどこでも可能な技術だが、人間で自己抗体の進化過程をsingle cell analysisで見てみようと思った発想自体がこの研究のハイライトだと思う。自己免疫の発生と患者さんのリンパ腫リスクについてうまく説明した面白い論文だと思う。