2020年1月4日
アルツハイマー病(AD)はアミロイドAβの蓄積で引き金が引かれることは広く認められ、多くの薬剤開発がこの蓄積を抑えることに向けられてきた。しかし昨年11月Aβの著しい蓄積があるのに全く認知症状が出ないApoE3変異を持つ70歳の女性の症例報告を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/11677 )、症状や予後と比例するのは細胞内でのTauの蓄積とする考えが一般的になってきた(西川伸一のジャーナルクラブで紹介している:https://www.youtube.com/watch?v=SGUDm0h184c )。幸い我が国をはじめ様々な機関でTauをイメージ化するためのPETに使う化合物が開発され、リリー社のFTPは2018年第3相の治験が終わり、実際の臨床利用が始まった
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、この新しいFTPを使ってADの予後を予想できるか調べた研究で1月1日号のScience Translational Medicineに掲載されている。タイトルは「Prospective longitudinal atrophy in Alzheimer’s disease correlates with the intensity and topography of baseline tau-PET (アルツハイマー病の萎縮経過をTau-PET の場所と程度から予想できる)」だ。
この研究ではADの初期症状が現れた患者さん32人について、MRIで脳の解剖、Aβ-PETでアミロイドの沈着を、そしてFTPを用いたTau-PETでTauの蓄積を測定し、その後15ヶ月後にMRIで脳の萎縮の進行、症状の進行を調べている。15ヶ月というのは短い様に思うが、FTPを用いるTau-PETが2018年に利用できるようになったことを考えると、最速で研究を進めていると言える。
結果は予想通りで、Aβ-PETと脳の萎縮、さらにはその後の萎縮進行は弱い相関しか見られない。一方、Tau-PETで測定されるTauの蓄積はMRIでの脳の萎縮と強い相関を示し、15ヶ月後の進行の程度とも相関する。
さらに、Tau-PETで蓄積が最も強い場所が、萎縮も最も強いことが明らかになり、Tau蓄積が細胞の変性を反映していることを明らかにしている。また、この検査でTau蓄積が同じ程度に認められる場合、年齢が若い人ほど萎縮が強く、また進行も早いことが明らかになった。
結果は以上で、結論自体はこれまでの解剖例の検討や、脳脊髄液のTsu検査、あるいは実験的なTau-PETのデータから予測されてきたことの確認と言える。また、研究スタート時からTau-PETとMRIによる萎縮検査が一致しているので、わざわざ高価なTau-PETが必要かこの研究からは明らかでない。
結局Tau-PETを使えるようになったのが1年前なので、現時点ではこれで精一杯だろう。しかし、今後特に研究目的での利用が広がることで、症状が出る前にTauを検出して、Aβ蓄積との関係を調べたり、蓄積と萎縮の伝搬の経過を調べたり、実際の患者さんを使った研究が進むと期待される。また、難航している薬剤の開発も、より臨床予後と相関する評価系が生まれることで、新しい展開が見られるように思う。その意味で、新年号にふさわしい論文と言えるだろう。
2020年1月3日
今年最初のNature読んで、この雑誌が社会問題を科学的手法で解決する研究を後押しする強い意志を感じた。持続可能な社会をもう一度目指そうという社説だけでなく、実際この号に掲載された論文の中には、地球温暖化、中国の国土開発、結核の予防など、社会問題の科学論文が3編もあった。以前Scienceが格差問題を特集した時も同じ印象を強く持ったが、このような変化を目にすると、科学を応用と基礎などと分けて考えること自体、古い思想のような気がする。
さて今日はこの3編の中から、米国衛生研究所のグループが発表した、BCGを静脈注射すると高い結核予防効果が見られるという驚きの研究を紹介する。タイトルは「Prevention of tuberculosis in macaques after intravenous BCG immunization (BCG 静脈注射によるアカゲザルの結核予防)」で、1月2日号Natureに掲載されている。
私たち団塊世代が子供の頃は、ツベルクリン反応が陰性だと必ずBCG接種で、結核予防の重要な手段だった。現在どの程度の接種率があるかはわからないが、先進国で結核が減ったのと、予防効果が5割ぐらいという統計が出て、接種率は落ちていると思う。それでも、我が国は接種率が高い方だと思う。
実際のBCG接種は牛の生きた結核菌(BCG)を皮膚に塗布した後、針を刺して皮下に浸透させる方法がまだ使われていると思うが、もっと有効な免疫方法がないのか、例えば気管へエアロゾルにして投与する方法などが試みられてきた。その後、サルを用いた研究で静脈注射で結核感染予防率が高まることが報告され、この可能性をさらに深めたのが今日紹介する研究だ。
研究は単純かつ総合的で、サルに、従来の方法、高濃度皮下注射、エアロゾル噴霧、そして静脈注射でBCG を接種し、感染実験による予防効果の検証を含む、様々なパラメーターを徹底的に調べた論文だ。多くの実験が行われているが、詳細を割愛して結論だけをまとめると次のようになるだろう。
まず、感染予防という面では、静脈注射はほぼ完璧に近く、10匹中9匹で全く感染が起こらなかった。一方、他の方法では予想通り、一定の効果はあっても、結果はまちまちで、完全防御までには至らない。
この背景を調べると、静脈注射した1千万CFUのBCGはほぼ全身に回り、肺やリンパ節、脾臓などで長期間維持される(もともと取り込まれたBCGは何十年もリンパ節で生存することが知られている)。一方、皮下注射では、所属リンパ節だけで、肺までには到達しない。
この抗原が長期間肺や肺門リンパ節に存在するおかげで、一つはアジュバント効果による炎症で、多くの免疫細胞が肺に浸潤する。同時に、感染予防に関わる抗結核作用のあるT細胞などが局所に浸潤するため、完全な予防が可能になる。
だいぶ割愛したが、メッセージとしては十分で、ホストの中で生き続けるBCG を考えると納得の結果だと思う。しかし、炎症誘導性と言った意味ではBCGのおそろしさも物語っており、今後この結果を人間にトランスレーションするとなると、毒性など長期にわたる研究が必要だと思う。
しかし、このBCGの「ホストでしぶとく生き残る」という性質をうまく使えば、結核だけでなく、肺炎やウイルスなど様々な病原体に対する持続的免疫を誘導するワクチンが開発できるかもしれない。
感染症は、南北格差を最も反映する社会問題だが、正月早々格差解消に向けて期待される研究だと思う。
2020年1月2日
年初ということで、自らを奮い立たせる意味で、最も苦手な電気生理学分野の論文を選ぶことにした。はっきり言って、よくわかっていないところもあるが、しかし自分が習った神経生理学が何十年も経って大きく変わっている予感がする論文だった。
オランダロイヤルアカデミー、神経学研究所からの論文で、ミエリンで被覆された神経伝導についての新しいモデルを検証する研究で1月23日号 Cell に掲載予定だ。タイトルは「Saltatory Conduction along Myelinated Axons Involves a Periaxonal Nanocircuit (ミエリン化軸索で見られる跳躍伝導には軸索周囲のナノ回路が関わっている)」だ。
「ミエリン化された軸索では、ミエリンで被覆されていない場所(ノード)だけで脱分極が見られ、ここで生まれる大きなイオンの変化はミエリン化された軸索を普通のイオンの流れとして伝搬し、次のノードに集中している電位依存性イオンチャンネルを開いて脱分極させ、これが例えば1mの神経なら飛び飛びに続くので跳躍伝導という」ことについては、50年前私たちが習った教科書も、今の教科書もあまり変わらないのではないだろうか。実際この概念は、1934年慶應大学の田崎、加藤らにより示されており、当然私たちの習った生理学の教科書でも重要な事実として記載されていた。
この概念のカギは、絶縁体ミエリンによって完全に絶縁されることで、ノード間の軸索は一本の電線としてモデル化できる点だった。
ただ電子顕微鏡による観察や、神経の詳細な活動測定などにより、実際には軸索とミエリン鞘の間に存在する細胞外液も考慮したモデリングが必要ではないかと考えられるようになってきていたようだ。また、ミエリン鞘も生きた細胞である以上完全絶縁などあり得ない。この研究では、軸索の電流、神経細胞膜の電位依存性のアクションポテンシャル回路(医学生にはおなじみの抵抗とコンデンサがセットになった回路)、軸索とミエリン鞘の間の電流、そしてミエリン膜のアクションポテンシャル回路を全て加えたモデルを構築している。モデル自体は生理学を習っておれば理解できるが、この新しい回路を加えることで実際のシミュレーション計算はスーパーコンピュータが必要な大変な作業になるようだ。
いずれにせよ、それぞれの回路の抵抗、コンデンサのキャパシタンスを変化させてシミュレーションすると、やはり軸索街の経路を考慮した方が実際の観察に適合することを確認した後、このモデルから計算される抵抗などの数値が、実際の形態観察に一致することを示している。また、このモデルではアクションポテンシャルこそおこらないが、ミエリン被覆の領域でも電圧の変化が見られることが予想されるが、実際にそれが観察できることも、長い神経を分離して培養し、軸索の電圧を可視化する方法で確認している。
自分が理解できるところだけつなぎ合わせて紹介すると以上が結果で、新しいモデルの方が実際に跳躍伝導が減衰せず早く伝わることを説明できる。軸索とミエリン鞘の間が広いほど抵抗が低くなることから、跳躍伝導の速さはこの広さを反映すると予想できるが、その好例として、最も早い神経伝達が可能なウシエビの神経では軸索ミエリン鞘の間が100ミクロンもあることを示している。
今後はさらにミエリン鞘が切れる場所の特殊性も考慮した回路を加えてさらに精緻な跳躍伝導モデル形成することの重要性を強調して論文は終わっている。
言われてみれば当然の結果で、回路図だけをみるとなんとか理解できた気分にはなったが、実際にはこの上に様々なチャンネルの局在、樹状突起のなどが加わってくるはずだ。それを考えると、新しい技術のおかげで脳全体での活動がよくわかったような気になっても、その背景の一本の神経軸索の複雑さを考えると、理解するとはなんなのか、ゴールは何なのか、立ちすくんでしまう気分になる。
今年もそんな生命科学をめげずに紹介していきたい。
2020年1月1日
読者の皆様明けましておめでとうございます。今年も毎日新しい論文を紹介していきたいと思いますのでよろしく。
さて、1月2日号のNature では今年注目すべきサイエンスイベントをまとめて伝えている。論文ウォッチでは、この「The Science Events to Watch for in 2020 (今年注目のサイエンスイベント)」を紹介して今年の幕をあける。
火星探検
Mars Roverが送ってきた赤茶けた火星の大地の写真をは、火星探検での米国の圧倒的リードを示しているが、今年もNASAは火星の岩のサンプルを採取して地球に帰還したり、ドローンを飛ばす火星探査機を送る。ただ、今年は火星がさらに賑やかになりそうで、中国が独自の探査車の着陸、ロシアのロケットによりヨーロッパの探査車が火星に到着する予定になっている。火星以外では、日本のはハヤブサが竜宮から、NASAのOSIRIS-EXが小惑星のサンプルを地球に持ち帰る。
天文学
昨年のトップニュースはブラックホールのイメージを捉えたことだが、今年も天の川の中心にあるブラックホールをイメージ化する予定になっている。また、ヨーロッパの宇宙局は今年後半に天の川の3次元マップをアップデートする予定。重力波の観察分野では昨年観察された宇宙衝突からの波を観察できるのではと期待されている。
巨大加速器の夢
素粒子科学では、ヨーロッパで計画されている100kmに及ぶ巨大加速器プロジェクトを進めるかどうか決める会議が5月に行われる。210億ユーロという巨大プロジェクトなので、世界が注目している。一方、米国ではミューオンの磁場中での挙動の精密な測定結果が明らかになる予定で、この観測で少しでも予想外の挙動が示されれば新しい素粒子の発見につながると期待されている。
地球温暖化問題に対するアクション
国連の環境プログラムから気候変動へのアクションプログラムが示される予定だが、この中には大気中の炭酸ガスを吸収するプログラムも含まれる。一方、国際海底機構は海底での採鉱を推進するための規制案を提出する予定になっている。しかし、把握が難しい海底での採鉱が取り返しのつかない環境破壊につながるのではと懸念されている。またCOP26がグラスゴーで開催され、各国が炭酸ガス削減目標を示す予定だが、米国の脱退も含めて期待は急速にしぼんでいる。
米国の大統領選挙
大統領選挙の翌日が、パリ協定からの正式離脱の日になる。トランプが当選すればそのまま離脱。しかし、民主党が大統領選挙に勝利するとこの流れを阻止できる。
マウスと人間のキメラ
昨年日本で許可された中内さんたちの、マウスや豚の胚にヒト多能性幹細胞を導入するキメラ動物作成に倫理的注目が集まっている。個人的な感想だが、キメラに対するアレルギーは欧米の方が強い気がする。
常温超電導
昨年常温での超電導が達成できたが、ただ何百万気圧という途轍もない環境が必要だった。この時使われたランタン・スーパーヒドリドの代わりに、イットリウム・スーパヒドリドの合成に期待が集まっている。
Mozzieの逆襲
ボルバッキアを感染させた蚊を環境に放出して(メカニズムは以前紹介したブログ参照:https://aasj.jp/news/watch/10603 )デング熱を媒介する蚊を撲滅するインドネシアでの実験結果が発表される予定。 また、赤道ギニアの島で行われているマラリアワクチンの結果にも期待が集まっている。
固体エネルギー
ペロブスカイトを用いた太陽光発電システムが市場に登場すると考えられている。これによりシリコンより安く効率の良い発電を可能にすると期待されている。また、現行のリチウムイオン電池より安全、高効率、軽量の電池として期待される全固体リチウムイオン電池を装着した最初の自動車が、トヨタ自動車により東京オリンピックでお披露目されると期待されている。
合成酵母
4大陸15研究室が共同して行なっている出芽酵母の遺伝子を、合成遺伝子で置き換えるプロジェクトが今年完成すると期待されている。個人的には、このプロジェクトにより真核生物のゲノムをどれほどコンパクトにできるのか興味が尽きない。
生命科学領域とは違う話が多いので、ここにリストされた話題をどこまでこのブログで紹介できるかわからないが、論文が発表されればできるだけ取り上げていきたいと思うので乞うご期待。
2019年12月31日
細菌が増殖する際、到達した密度に応じて細胞の活性を変化させたり、バイオフィルムを形成したりするコミュニケーションメカニズムはクオラムセンシング(QS)と呼ばれ、例えば歯周病など局所で持続する細菌感染の治療標的として重要なメカニズムだ。
今日紹介するベルリンのマックスプランク感染生物学研究所からの論文はバクテリア同士のQSシステムがホスト側でも感知され、これを用いて細菌に対する防御反応を用意するという可能性を示した面白い研究で12月20日号のScienceに掲載された。タイトルは「Host monitoring of quorum sensing during Pseudomonas aeruginosa infection (緑膿菌感染時のホストによるクオラムセンシングのモニタリング)」だ。
研究ではQSの分子メカニズムについて研究が進んでいる緑膿菌を用いて、バクテリア間のコミュニケーションに使われるQS分子が、ホストの細胞でも検知できるか、またどのような作用を及ぼすかを調べている。さらに、これまでの研究から、QS分子を検知するホスト側の分子は、ダイオキシンの作用を媒介することでも有名な、本来は異物の代謝系を活性化させるマスター分子、Aryl Hydrocarbon Receptor(AhR)であると仮説を立てて研究している。
緑膿菌は細胞密度に応じて異なるQS分子を分泌し、自らの増殖を調節することが知られている。この増殖初期、中期、後期の上清をAhRレポーターを発現した培養細胞株に加えると、初期では抑制が、後期になるに従って活性化が起こることがわかる。また、AhR により活性化される代表的遺伝子であるCyp1の発現も後期の上清、およびそこから抽出される後期のQS分子(1HPで代表させる)で誘導される。一方初期上清中の分子(HSLで代表させる)は、AhR の機能を阻害することがわかった。また、1HP(後期)やHSL(初期)を細胞に加えて誘導される分子を調べると、1HPでは異物の代謝システムのみならず、炎症誘導性のサイトカインが上昇し、一方HSLではそれが抑制されることを示している。
以上の結果から、ホスト側の細胞も、バクテリア同士のコミュニケーションシステムを感知することでバクテリア数を感知することができ、細菌数が少ない時は防御システムを抑え共生を目指し、細胞が多くなると防御システムを動員して排除を目指すことがわかった。
最後に生きた生物でこの機能が働いているのか確かめるために、まずゼブラフィッシュを培養上清に晒す実験を行い、培養細胞と同じようにAhRが初期、後期のQS分子を分別できることを示している。そして最後に、マウスの肺に緑膿菌を感染させる実験を行い、後期増殖期の細菌ほど排除される効率が高まり、これにAhRが関わること、さらに増殖初期の細菌は除去されにくいことを示している。
他にも、除去に関わる炎症分子の発現なども調べているが、AhRが細菌の状態を検出して、適切に対応するためのセンサーとして、実際の生体内で働いていることが証明されたと思う。
AhRはほとんどの動物に存在し、様々な化合物と結合して異物を認識することがわかっており、おそらく他の細菌の検出にも重要な役割を演じている可能性がある。これがわかると、慢性感染症の新しい治療が可能になるかもしれない。
2019年12月30日
IL-17というと炎症の親玉サイトカインだと長く思い込んでいたが、腸管ではバリアー機能を高めて、バクテリアの侵入を防ぐ良い働きをするTh17細胞があることが最近明らかにされてきた。すなわちIL-17を分泌するT細胞にも自己免疫病などの炎症に関わる悪いTh17と腸管を守るTh17の2種類が存在することになる。
今日紹介するニューヨーク大学Littman研からの論文は、炎症性腸炎や脳炎をおこす炎症型Th17が誘導される仕組みを探った研究で1月9日号のCellに掲載されている。タイトルは「Serum Amyloid A Proteins Induce Pathogenic Th17 Cells and Promote
Inflammatory Disease (血清アミロイドA タンパク質は病原性のTh17細胞を誘導し炎症性の疾患を進行させる)」だ。
これまで腸管で局所的に分泌される血清アミロイド(SAA)はTGFβ依存的な良いTh17誘導を高めることが知られていた。この研究では、SAAをTGFβ非存在下で培養すると、直接T細胞に働き、試験管内でがTh17を誘導できるという発見から始まっている。そして、誘導されてきたTh17は、驚くことにIL23受容体を発現した炎症型のTh17であることを確認する。
この発見がこの研究のハイライトで、あとはSAAが本当に自己免疫性の炎症に関わるかどうか、ヒトやマウスモデルで調べている。
まず炎症性腸疾患で調べると、ヒトでもマウスでもSAAは炎症局所で強く発現が誘導されている。そして、炎症性腸炎を誘導する実験系でしらべたとき、SAAノックアウトマウスでは炎症が誘導できないことを示している。
次に他の自己免疫疾患でもSAAが関わっているのか調べるため、マウスをミエリンタンパク質で免疫して炎症性脳炎を誘導する実験を行なっている。ミエリンタンパク質で免疫すると、肝臓からSAA1/SAA2が強く誘導され、また脳局所でもSAA3が誘導される。様々なノックアウトマウスで脳炎を誘導すると、肝臓由来の血中SAAも脳に発現している局所SAAも両方脳炎に関わることを示している。
そして最後に、試験管内で誘導したミエリン特異的Th17細胞をマウスに移植する実験を行い、肝臓で作られるSAAが炎症型のTh17細胞の誘導を行い、それがSAAが誘導された局所に到達すると、そこで炎症を誘導することを明らかにしている。
実験が複雑で読むのに苦労する論文だが、SAAのシグナルを明らかにすることで、今後新しい免疫性の炎症を制御する可能性を強く示唆する重要な結果で、是非今後の発展を期待したい。
2019年12月29日
このコーナーはあくまでも論文紹介で、私の考えをただ表明するのは控えている。従って、何か急に伝えたいことが出ると、無理にこれまで読んだ論文の中からその話題に近い論文を引き出して紹介することになる。今日紹介する上海交通大学からの論文は先月目にしたが、なんでも適当にやって論文にするというスタイルなので、取り上げなかった。タイトルは「Dysregulation
of neuron differentiation in an autistic savant with exceptional memory (類まれな記憶力を持つASD的サバンの子供に見られる神経分化異常)」だ。
複雑な精神や知能に関わる神経ネットワーク状態について、iPSから神経細胞が作れたとしても、試験管内で再構成することは当分できないと思う。しかし、必ず細胞レベルで何らかの異常があるはずだと、患者さんからiPS作成して調べることは、以前「自閉症の科学23」で紹介したように(chttps://aasj.jp/news/autism-science/11091 )、重要な研究分野だと思っている。
この上海交通大学からの研究は、その意味では別に問題はない。例えば見た景色を詳細に至るまで頭に焼き付けることができるサバンの子供は、ASDの中に分類されるが、特異な能力を持っている。したがって、ASDとサバンの遺伝的、細胞学的違いを調べることは重要だ。そこでこの研究では、一人のサバンの子供の尿から細胞を取り出し、iPSを作成している。尿からと聞いて驚く人もいると思うが、これ自体は新規性はない。
結果だが、サバンのiPSから誘導された神経細胞は、ASDでは一般的に発現が低下しているPax6,TBR1,Foxp2(これらは学習や知能に関わる遺伝子として知られている)が、逆に上昇していることを発見している。また神経細胞学的には、細胞体が大きく、スパインの数は低下、しかしスパイン自体はよく発達している。この結果生理学的には、自然興奮が高まっているという結果だ。
一見面白い結果なのだが、結局同じ条件で作成したASDやサバンのコントロールが全くなく、結局アドバルーンを上げただけで、紹介するには値しないと考えて、そのままにしていた。
この話をまたわざわざ持ち出したのは、先日、森美術館で開催されている展覧会、「未来と芸術展:AI、ロボット、都市、生命――人は明日どう生きるのか」の展示の中に、なんとiPSを用いたメディアアートを発見したからだ。(図)
中央にiPS由来神経細胞培養器を設置したメディアアート cellF: 説明は以下のパネル参照。
cellFについて説明したパネル
この展覧会にはもちろんゲノムや再生といった、メディアアートの格好の題材が目白押しだ。科学者としての個人的印象を述べると、科学が積み重ねてきた結果を、科学者の論理的アプローチを無視して、芸術家の自由な思い込み(あるいは自由な解釈)に基づいて提示し直し、未来を予想するという作品だ。すなわち、生命という制限にとらわれずに、生命を考えている。
そしてその中にiPS由来の脳のミニ組織を、外界と電極でつないで、音楽と直接連結し、音楽に対応して興奮し、音楽を一緒に演奏するcellFという作品を発見した(図)。この作品の内容は作品説明のパネルを見て欲しいが、専門家から見れば、脳の表象について全くわかっていないの一言で終わるだろう。
しかし全くあり得ない非現実を、現実にするメディアアートに私は共感する。そしてiPSまで文化にしてしまうこの遊びが、昨今のiPSを巡る我が国の議論に欠けていることだと実感した。
2019年12月28日
2型糖尿病に対して、インシュリン以外に様々な薬剤が開発されているが、なかでもメトフォルミンは世界中で最も処方されている薬剤だとおもう。この理由として、1000mgで40円程度と、糖を抑えるというサプリメントやドリンクと比べても圧倒的に安いこともあるが、よくこんな薬があったと思えるほど、様々な経路を絶妙に調整できることがわかっている。そのため、糖尿病ではない人について、老化を始め様々な病気に対する予防効果を調べるコホート研究が数多く走っている。最近Nature Reviews Endocrinologyにいい総説が発表されていたので、是非ジャーナルクラブでとりあげてみたいと思う。
今日紹介する英国ケンブリッジの代謝科学研究所からの論文は、メトフォルミンがなんと食欲を抑える効果もあることを示した論文で12月19日 Nature にオンライン出版された。タイトルは「GDF15 mediates the effects of metformin on body weight and energy balance (GDF15はメトフォルミンの体重とエネルギーバランスに対する効果を媒介している)」だ。
さて最近の疫学研究によりメトフォルミン服用がGDF15の血中濃度を上昇されることが指摘された。GDF15はストレスに対して分泌されるペプチドホルモンで、後脳の神経細胞に発現しており、レベルが上がると食欲が落ちることがわかっている。
そこでこのグループは、糖尿病はないが心臓発作を起こした人に対するメトフォルミンの効果を確かめるコホート研究の人たちについてGDF15のレベルを調べ、全ての人で2−4倍GDF15が上昇していることを確認する。
この結果は、メトフォルミンがグルコース代謝全体を改善させるだけでなく、食欲も抑えて体重を減らす効果があることを示している。これについては、人間で実験することは難しいので、GDF15ノックアウトマウスを用いてメトフォルミンの体重抑制効果が見られるかどうか調べ、メトフォルミンがGDF15を介して食欲を抑え、体重抑制することを示している。
一方、インシュリン感受性などグルコース代謝についてはGDF15が存在しなくても同じようにメトフォルミンの効果が見られることから、食欲抑制作用は代謝とは独立していることを示している。
最後に、メトフォルミンによってGDF15が誘導される細胞を探索し、普通考えられている筋肉ではなく、腸管上皮がCHOPと呼ばれるエンハンサー結合タンパクを介してGDFを分泌しているのではないかと結論している。
2019年12月27日
ガンの変異を特定して、その機能を抑制する分子標的薬で治療することは、最も合理的なガン治療だと考えられている。事実、最も成功した慢性骨髄性白血病に対する分子標的薬グリベックは、この病気の制圧にほぼ成功したと言える。しかし、その後多くの分子標的薬治療が開発され、様々なガンに使われるようになって、薬剤耐性のがん細胞の出現を防ぐことが難しいことがわかってきた。
このような耐性が生まれるメカニズムだが、ガンが発生し大きくなる過程で、低い確率ではあっても様々な突然変異が蓄積されており、治療によってその中から耐性株が選ばれると考えられている。ところが今日紹介するイタリア・トリノ大学からの論文は分子標的薬に適応してガン細胞が変異が起こりやすい体勢にシフトする可能性を示唆する研究で12月20日号のScienceに掲載された。タイトルは「Adaptive mutability of colorectal cancers in response to targeted therapies (分子標的治療に対する大腸ガンの適応的変異)」だ。
この研究では分子標的薬で処理することで、ガン細胞が変異を蓄積しやすくなる性質を獲得するとする仮説に基づいて研究を進めている。まず大腸ガン細胞株にEGFに対する分子標的薬を加えることで、複製時のミスマッチ修復に関わる酵素(MMR)群の発現が軒並み低下していることを確認する。また、細胞内の修復機能を調べ、修復が低下していることを示している。
さらに念のいったことに、DNAの複製に関わるポリメラーゼも、信頼性の高いポリメラーゼから、突然変異の起こりやすいポリメラーゼにシフトすることも明らかにしている。すなわち、すべての面でDNAに様々な変異が起こりやすいように変化している。生物を目的論で考えることが間違っていることをわかっていても、ここまで見事に協調していると目的論的に考えてしまう。
残念ながら、分子標的薬処理によりなぜこれほど見事な変異しやすい細胞へのシフトが起こるのかは明らかになっていないが、この結果間違いなく変異が導入されやすくなることは様々な方法で示している。そして最後に、大腸ガンや膵臓癌細胞株を用いて、EGFに対する分子標的薬によって染色体不安定性が誘導されることを、マイクロサテライト領域の解析から確認している。
結果は以上で、実際の臨床サンプルでの確認が残されてはいるが、ガンが治療に対応して変異しやすい不安定な体質に変化し、これにより標的薬に対する耐性株を生まれやすくしている可能性が明らかになった。もしこの結果が正しければ、実際の治療にも様々なヒントが得られると思う。最も重要なのは、修復やDNA 複製の信頼度が落ちることだが、確かにこれにより耐性株が出やすくなるが、逆にガン細胞自体はDNAダメージを起こす薬剤や放射線に対する抵抗性を失うと考えられる。したがって、相同組み換えを抑える薬剤や、放射線療法の併用により、よりガンをコントロールできる可能性がある。うまくいけば、分子標的治療をより根治的な治療へと変えることすら可能になると思う。
2019年12月26日
昨日パイエル板の研究について続けて紹介すると予告したが、これは私の思い違いで、実際にはリンパ節を中心に記憶B細胞の出現を調べたロックフェラー大学からの論文で、タイトルは「Restricted Clonality and Limited Germinal Center Reentry Characterize Memory B Cell Reactivation by Boosting (ブーストによる再刺激により出現する記憶B細胞はクローン数が制限され、胚中心への再移動も制限されている)」だ。
はっきり言って極めてマニアックな論文だが、私のドイツ留学中から繰り返して議論が続いてきた、免疫記憶はどう形成されるかに関わる研究で、これが本当に理解できると、誰にでも効果があるワクチン設計をより論理的に進めることができる。
この分野の研究はあまりフォローしていないが、この論文を読むまで私の頭にあった記憶B細胞のイメージは、最初形成されたB細胞レパートリーから特異性の高いB細胞が選ばれ、この細胞はリンパ組織の胚中心で長期間生存し、次の抗原の侵入には、すでに抗原を記憶したB細胞で対応するというものだった。
この研究では同じ問題に、遺伝的ラベリングによる細胞の追跡や、single cellテクノロジーなどを駆使してチャレンジしている。
その結果まず明らかになったのは、最初の免疫で活性化されたB細胞のレパートリーは、次の抗原注射(ブーストと呼ぶ)で活性化されたいわゆる記憶B細胞とはほとんど重なっていないことだ。もちろん、一部のクローンが長期間働き記憶を形成している場合も見られるが、極めて稀だ。また、ブーストにより発生したクローンも数は限定されており、記憶B細胞として反応するクローンは少ないというこれまでの通説に合致はしているが、これが最初の免疫で作られたからではなく、ブーストのたびに新たにクローンの選択をしていることになる。
以外な結果なので、本当かどうか、最初反応したB細胞をラベルする実験や、1回目の免疫をしたマウスと、免疫をしていないマウスの血管を結合させ、リンパ球が両方のマウスに移動できるようにして調べると、ブーストによって現れるB細胞のほとんどは、最初の免疫で刺激された細胞ではないことが明らかになった。また、最初の免疫に反応したからと言って、胚中心で増殖する活性が高いわけではないこともはっきりし、一部の長期記憶を除いて、抗原ブーストでも新たなB細胞が刺激されることがわかった。
これを確認するため、最初の抗原に反応したB細胞をラベルし、2次反応で活性化されるクローンと系統解析を綿密に行なっているが、詳細はいいだろう。1次免疫とは異なるレパートリーからリクルートされるとはいえ、突然変異はちゃんと蓄積し、抗原に対する親和性も上がっている。
以上の結果は、免疫を繰り返すことでクローン数が限定され、親和性が上昇していくという単純な概念を覆し、「こんな場当たり的な対応で免疫大丈夫か?」と思ってしまう。しかしよく考えると、T細胞の方はしっかりと記憶ができているし、あまり選択してしまうと、抗原のちょっとした変化に対応できなくなる危険があり、それを回避できるという点も重要だ。さらに、インフルエンザワクチンなど、様々なウイルスにさらされているのに、記憶がうまくできないのかも説明できる。
もちろんこのまま鵜呑みにするのはだめで、例えば一生うまく続くワクチンと、そうでないワクチンについて人でのレパートリー解析などを通じて確認が必要だろう。いずれにせよ、このような例があることを念頭に、新しい発想でワクチン開発が大事だと思う。