2019年12月25日
現役時代、多くの教室メンバーの人たちと取り組んだリンパ組織パイエル板についての論文が2報も1月9日発行予定のCellに掲載されていたので、今日から連続して紹介することにした。
まず最初はハーバード大学からの論文で、脊髄後根節神経の一部がパイエル板に侵害受容器の軸索を伸ばし、腸内での細菌感染に重要な役割を示した論文で。タイトルは「Gut-Innervating Nociceptor Neurons Regulate Peyer’s Patch Microfold Cells and SFB Levels to Mediate Salmonella Host Defense (腸管に侵害受容体神経はパイエル板のM細胞とセグメント細菌のレベルを調節することでサルモネラに対するホストの防御を媒介している)」だ。
これまで光遺伝学を用いた研究で、腸管に投射している迷走神経などを刺激することで免疫機能を変化させられることが知られていた。この研究はその中の痛みや機械刺激に反応する侵害受容器を持つ神経細胞だけ遺伝的に欠損させたマウスを作成し、サルモネラ菌の腸内での増殖への影響を調べ、侵害受容体神経が欠損するとサルモネラ菌の腸や脾臓、肝臓での増殖が高まることを発見する。
さらに腸内の侵害受容体神経は迷走神経と後根節神経があるが、後根節細胞を除去した時のみサルモネラ菌の増殖が見られることを確認し、後根節神経細胞が何らかのメカニズムで細菌感染防御に関わっていると結論する。
次にこのメカニズムの探索を2方向から行なっている。一つは、後根節神経除去により起こる腸内細菌叢の変化を調べ、セグメント細菌と呼ばれる細菌が欠損していることを発見する。セグメント細菌は通常パイエル板を覆う上皮に強い局在を示しており、またパイエル板はサルモネラ菌の体内への入り口として考えられているので、セグメント細菌はパイエル板からの細菌侵入を防御していると考えられる。これを確認するため、セグメント細菌を強制的に後根節神経細胞除去マウスに注入してサルモネラ感染を調べると、完全ではないが防御が回復することから、セグメント細菌はパイエル板からのサルモネラ菌侵入を抑えていることが明らかになった。
もう一つの方向は、神経除去によるパイエル板組織構造への直接的影響の探索だが、サルモネラ菌はパイエル板にある特殊上皮M細胞から侵入することがわかっているので、M細胞に焦点を当てて調べると、神経除去によりM細胞の数が上昇している、すなわちサルモネラ菌の入り口が増えていることが明らかになった。
これを確認するため、M細胞の発生に必要なRANKL分子を抑制して、神経除去マウスのM細胞の密度を下げてやると、サルモネラ菌の侵入が抑えられることを確認している。
最後に後根節神経細胞が分泌し、パイエル板M細胞発生に関わる分子を探索し、CGRPと呼ばれるニューロペプチドが、M細胞発生とセグメント細菌維持に重要な役割を持つことを明らかにしている。
結果は以上で、CGRP、M細胞分化、セグメント細菌維持、の3つの柱の間の関係についてはまだはっきりしない点も多いが、役者が出揃ったことから、解明は時間の問題だと思う。特に、リンパ球ができないマウス(それでもパイエル板原器はできる)や、無菌マウスを用いた研究が期待される。ひょっとしたら、パイエル板の場所決めも神経が関わるかもしれない。
2019年12月24日
食べ過ぎ、飲み過ぎになりがちのクリスマスイヴにふさわしい話題と思って、カロリーや肥満の論文を物色していたところ、カリフォルニア大学サンディエゴ校とソーク研究所から、カロリー制限の代わりに、食事時間の調節で肥満と戦うと言う論文が発表されていたので紹介することにした。タイトルは「Ten-Hour Time-Restricted Eating Reduces Weight, Blood Pressure, and Atherogenic Lipids in Patients with Metabolic Syndrome (食事をとるのを10時間に制限すると、メタボリックシンドロームの患者さんの体重、血圧、動脈硬化性脂質が低下する)」だ。
以前も紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/8469)空腹時間を伸ばすと、同じカロリーを取っていてもメタボリックシンドロームを改善できることが知られている。ただこの時紹介したような厳重な食事管理を家庭ですることは難しい。
今日紹介する研究は、食事を10時間以内に全て済ませると言うプログラムを、個人に合わせた自由な方法で実現できるように、スマフォのアプリを設計し、このスマフォに腕時計を通して活動記録や脈拍などの連続記録、食事時間と食べた食物の写真を含むレコードなどが集められるようにして、最初2週間はこれまでどおり、その後12週間はできるだけ食事を10時間以内にとる努力をしてもらって、プログラムの開始時、終了時のメタボリックシンドローム指標を調べている。
特に対照群は設定せず、プログラム前後を比べるだけの観察研究。しかし、意識しないと10時間以内というのは簡単でなく、実際50%の人が15時間以上の時間帯で食事をとっており、12時間以内となるとたった10%の人しかいないことが知られている。
まずこのアプリをベースにした方法でどのぐらい目標を達成できるか調べると、参加したほとんどの人が時間制限に成功し、開始前の15.13時間から10.78時間に制限することに成功している。このことは、12週間とはいえアプリをうまく利用すると、10時間以内に食事をとることは可能であることを示している。
このために実際に行われたのは、朝食時間を遅らせること、夕食を早めることで、基本的に朝を抜いて時間を制限するという方法は取られなかった。
さて結果だが、まずこの方法でカロリー摂取量も低下することがわかる。おそらく間食なども減るからだろう。そして体重、BMI、体脂肪率、ウエストサイズなど、大きくはないが優位に低下した。
また、血圧だけでなく、LDL-Cを含むコレステロールはおおきく低下している。
空腹時血糖やインシュリンなどは低下の傾向が見られるが、優位差はみられていない。ただ、血糖の上下変化が大きく低下しており、インシュリン抵抗性が改善されていることがよくわかる。
結果は以上で、特にそれまでのメタボリックシンドロームがすっかり改善した人の話も出てくるが、紹介はいいだろう。食事の時間をなんとか10時間以内に収めることで、食べながら健康になるという話で、少し工夫してやってみてもいいかなと思う
2019年12月23日
炎症が私たちの体に様々な悪い影響を持つことは広く認識され、肥満でさえ脂肪細胞を核とする炎症として考えられるようになり、今や誰もが炎症を悪の元凶にしてしまう傾向がある。しかし、炎症のおかげで私たちは外界からの様々な侵入に対し、防御線を引くことが可能になっている。従って、探していけばさらに様々な炎症の効用が見えてくる可能性もあり、炎症の良い側面を調べることも重要だ。
今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、炎症によって自閉症スペクトラムの症状を改善することができる可能性を示唆した論文で12月18日号のNatureにオンライン掲載された。タイトルは「IL-17a promotes sociability in mouse models of neurodevelopmental disorders (IL-17aは神経発達障害モデルマウスの社会性を高める)」だ。
もともとこのグループは妊娠中の炎症により、胎児の脳発生、特に社会性に関わる体性感覚野異顆粒層(SIDZ)の興奮が高まり、その結果社会行動異常が発生することを示してきた。この研究でも、様々な遺伝的自閉症マウスモデルをそのまま用いるのではなく、妊娠中に炎症を誘導して社会性をさらに低下させたマウスモデルを用いている。その上で、「一過性ではあるが、発熱によって自閉症スペクトラム(ASD)の子供の症状、特に社会性が向上する」とする臨床的な観察をマウスモデルでも再現し、そのメカニズムを明らかにしようとしたのがこの研究だ。
遺伝子変異による発達異常を基盤とする自閉症モデルマウスの社会性は、妊娠中の炎症により強く抑制される。ところが、このようなマウスにLPSを投与して発熱を誘導すると、驚くことに社会行動異常が改善することがわかった。これは変異している遺伝子の種類に関わらず観察されることから、発熱でASDの社会行動が改善するという臨床的観察が再現されたことになる。
しかし、ただ発熱だけを誘導しても、この効果は見られないことから、実際には発熱を伴う炎症がこの効果の本態であることを確認している。次にこの生理学的背景を調べると、予想通りSIDZ領域の過興奮が、炎症により低下していることがわかった。また、同じ効果は光遺伝学的に、SIDZの興奮を抑えることで見られることから、炎症により分泌されるサイトカインにより、SIDZ神経の興奮性が抑制されることがこの現象の原因であることが予想される。
そこで様々な炎症性サイトカインの効果を調べ、最終的になんと炎症性サイトカインIL-17aがこの効果の本態であることを突き止める。IL-17aが神経細胞に本当に効果があるのか不思議だが、実際妊娠中の炎症によりSIDZにIL-17aが発現してくること、またIL-17aの効果を抑制する抗体を脳内投与することで、LPS投与で誘導される社会性の低下を回復させられることも示している。
結果は以上で、発熱が一過性に社会性を回復させるという臨床的観察を実験的に確認するとともに、そのメカニズムの一端を明らかにできたと思う。実際には、妊娠中の炎症によってIL-17aへの感受性が発生し、それを通して今度は炎症が脳の興奮を鎮めるという複雑な話で、そのまま社会性症状の治療につながるかどうかはわからないが、意外かつ面白い研究結果だと思う。
これに関わる論文も集めて、もう少し詳しく一般の人にもわかりやすい形で「自閉症の科学」で紹介したいと考えている。
2019年12月22日
アルツハイマー病は、アミロイド沈着によって刺激された神経細胞内でリン酸化Tauタンパク質の蓄積を誘導することで神経変性が進むと考えられている。このため、引き金になるアミロイド沈着やTauのリン酸化など、入り口で進行をとめることが治療の中心として行われている。しかし、抗体治療が一歩前進したとはいえ、この過程が合理的なコストに見合う治療として定着するかは予断を許さない。また、時間もかかるだろう。
この代わりに、根本的な治療でなくとも今すぐ導入して少しでも進行を遅らせる治療法の開発も重要だ。今日紹介する米国・国立衛生研究所からの論文は、アルツハイマー病の後期過程、すなわち神経死がおこる過程をしらべ、それに基づいた治療法の提案を行っている論文で、The Journal of Neurosceiceにオンライン出版されている。タイトルは「SIRT3 Haploinsufficiency Aggravates Loss of GABAergic Interneurons
and Neuronal Network Hyperexcitability in an Alzheimer’s Disease Model (SIRT3の片方の染色体での欠損はアルツハイマー病モデルでのGABA 作動性介在ニューロンの変性を高め神経過興奮を誘導する)」だ。
もともとアルツハイマー病(AD)も神経細胞死が起こる段階ではミトコンドリアが重要な役割を演じることが予想されている。そこでこの研究では、ミトコンドリアの機能を支える様々な分子のアセチル基を除去して活性を保つSIRT3に着目し、この遺伝子が片方の染色体だけで欠損するようにしたマウスに、アミロイド蓄積モデルマウスを組み合わせて調べている。
結果は予想通りで、SIRT3の発現が半分になると、ADの進行は急激に高まる。この生理学的な背景に、GABA作動性介在神経の細胞死があり、この結果アミロイドの直接、間接的作用による興奮神経の興奮が抑制されず、過興奮する結果細胞変性が拡大すると言うことを確認している。
これだけならなるほどなのだが、この悪性サイクルを抑える目的で2つの治療法を試している。一つは、GABA作用をジアゼパムで高めることで、興奮神経のか興奮を抑えることができ、興奮神経の過興奮を止めることができる。
ただ、長期間ジアゼパムを飲み続ける問題があるので、つぎにSIRT3の発現を高めることが知られているケトンダイエットをマウスに摂取させる実験を行い、過興奮を抑えるとともに、マウスの死亡率で見ると劇的な効果を得ている。
話は以上で、この研究のハイライトはこれまで可能性が示唆されていたAD治療としてのケトンダイエットの機能的側面を明確にしたことだと思う。もちろん全ての人に効果があるとは思えないが、若年性のADなどやってみる価値のある治療法だと思う。ぜひ臨床医学として効果を確かめてほしいと思う。
2019年12月21日
私たちが子供の頃、アジアの原人として習った北京原人やジャワ原人はすべてHomo erectus(直立原人)で、犬歯が消失し、男女の体格差が解消された最も人間らしい骨格が始まる最初だと言える。直立原人は200万年前に現れたと考えられるが、いつ滅んだのかは場所により異なり、例えば亜系統であるハイデルベルグ原人の存在は40万年ぐらいまでさかのぼれる。一方、アジアでの研究は遅れていた。
今日紹介するオーストラリアMacquarie大学と米国アイオワ大学を中心とする国際チームからの論文はすでに出土していた直立原人の精密な時代測定をおこない、約10万年まえまでジャワに直立原人が生きていたことを示す研究で12月18日号Natureにオンライン出版された。タイトルは「Last appearance of Homo erectus at Ngandong, Java, 117,000–108,000 years ago(ジャワNgandonの直立原人は117,000–108,000まで生きていた)」だ。
今回対象になった直立原人はソロ原人として戦前から知られている原人だが、時代測定に使える材料が乏しいため、その年代推定は研究者ごとにことなり、議論が続いていた。
方法の詳細はよく理解していないが、この研究では同じ場所を発掘し直し、一つの指標に頼るのではなく、地形や各地層、そして今回発掘した土壌や動物の骨などの年代測定を様々な方法で行なった後総合的に判断すると言う手法を用いて年代測定をおこなっている。この結果、以前ソロ原人が発掘された地層はおそらく11万7000年前から10万8000年前と推定している。
以上が結果で、研究としてはもっぱら地学の領域でよくわからないことも多いが、人類学的にみると、おそらくジャワで我々の先祖が直立原人と交雑した可能性はなさそうだ。しかし、デニソーワ人はどうかと言われると、十分可能性はあるような気がする。ただ、昨日紹介したNature News&Viewsで読者が選んだルソン原人など今後新しい骨格が発見されるとすると、まず基準になるのは直立原人で、その意味で今回の時代測定結果は、ルソン原人も十分可能性があることを物語ると思う。
いずれにせよ、時代測定は考古学で最も熱い分野で、まだまだ議論が続く可能性は高い。
2019年12月20日
これまでを振り返ってみると、最後の決断に当たってあまり人の意見を聞くタイプではなかった。そのためか、人の意見を聞きたがる人を見ると、この人は本当に他人の意見を参考にしようと思っているのか?あるいはポーズだけなのか?と疑ってしまう。
自分の意見の基準を形成していく過程で、多くの他人の意見が取り込まれているが、そうした歴史を通じて生まれた基準は余程のことでないと揺るがない。
今日紹介するロンドン大学からの論文は私たちが判断に当たってどのように他人の意見を取り入れているのかを調べた研究でNature Neuroscienceにオンライン出版された。タイトルは「Confirmation
bias in the utilization of others’ opinion strength (他人の意見を尊重する程度は自分の確信に関わっている)」だ。
人間を用いた研究で最も重要なのは課題の設計だ。この研究では必ず二人がセットとなって、行動課題を行う時に機能的MRI検査による脳の変化を調べている。このとき、それぞれの参加者にとって、もう一人の判断は他人の意見としてインプットされるようにしている。
もう少し具体的に述べると次のようになる。
- 同じ不動産物件とその値段を見せて、実際の値段は高いか低いか判断した上で、この判断にお金をかける。この時自信があれば掛け金を増やすと考えられる。
- 一度判断と掛け金を決めた上で、同じ課題に対する相手の判断と掛け金を聞かせる。そして、最後に相手の意見を知った上で最後にいくらかけるかを決めさせる。
この課題ではっきりしたのは、相手の判断(値段が高いか低いかの判断)が自分と同じ時、相手の掛け金の額は最後の決断に影響するが、異なる判断の場合ほとんど気にしない。具体的には、同じ意見だった場合、相手の賭け金が高いと、より自分の判断の正当性に確信を持って、多くのお金を賭ける。一方、意見が分かれると、相手の賭け金額に応じて最初の判断をほとんど変えることはない。要するに、他人が自分の意見と同じ時だけ、他人の意見を聞く傾向が私たちにはあることがはっきりする。
その上で、ではこの判断に関わる脳の領域を探索し、これまで判断を変化させるときに活動が変化することが知られていた内側前頭前皮質後部(pMPFC)が相手の意見を考慮するときに変化することを突き止める。
すなわち、pMPFCの活動は相手の判断が自分と異なる場合は、賭け金の額に反応しない。ところが、相手の判断が同じ場合は、相手が賭けた額が低いと強く反応し、相手の額が高いと安心するのか反応が低下する。
結果は以上で、判断の調整に関わる脳領域は、相手の意見をなんでも聞くのではなく、あくまでもこれまで脳内に形成した判断基準に基づいて相手の意見がそれと合致したと判断された時だけ、相手の意見を正確に拾って判断の参考にすると言う結果だ。
回りくどくてわかりにくかったかもしれないが、要するに他人の意見を参考にするのは、それが自分意見と同じ時だけと言う結論だ。
言われてみれば納得で、わたしも反対意見の論文はなかなかしっかり読む気にならないことは確かだ。一方、この傾向が社会の2分化を進めることも確かで、今世界各国の政治がそのような状況に陥っている。どう克服できるのか、悩ましい問題だ。
2019年12月19日
今年9月初旬ウガンダ旅行に出かけたが、コンゴからウガンダへエボラ感染者が飛び火したことを聞いたかみさんや同行の友人から、大丈夫かと聞かれた。もちろんガイドさんが感染していたという可能性がないわけではないが、医療奉仕団として患者さんに触れない限り、まず感染することはないと答えて、そのまま旅行を敢行した。
ちょうど同じ時期、エボラ感染だけでなく、内戦や政治による危険にも晒されているコンゴで献身的に働くWHOの医療メンバーのことが、9月11日号のNatureに掲載されていた(https://www.nature.com/articles/d41586-019-02673-7)。今日紹介するWHOやコンゴの生物医学研究所をはじめとする国際チームからの論文は、昨年から今年8月までエボラ感染治療に開発された4種類の治療法を比べた研究で12月12日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「A Randomized, Controlled Trial of Ebola Virus Disease Therapeutics (エボラウイルス感染に対する治療の無作為化比較試験)」だ。
エボラ感染についてはすでにモノクローナル抗体を用いたいわゆる血清治療に相当するZMappと呼ばれるヒト化抗体ミックス、あるいはウイルスのRNAポリメラーゼ阻害剤Remdesivirが開発を終えており、さらに2種類のモノクローナル抗体薬、Mab114およびREGN-EB3が開発され、それぞれ第1相試験が終わっていた。
この研究は、これら4種類の治療法の効果を比較することで、無治療という対照群は設定していない。患者さんが発見されると、ウイルスが体内でどのぐらい増殖したかを測定した後、無作為化してこの4種類の薬剤を投与し、最終的には回復したか、あるいは死亡したかを調べている。
これまでの統計によると、エボラ感染の死亡率は50%前後で、これに対しZMappやRemdesvir 投与群ではやはり50%前後と、あまり効果がない。一方、新しい抗体治療Mab114で35.1%、REGN-EB3で33.5%だった。
一時メディアで治癒率9割の新薬としてこの治験の途中経過が紹介されたいたが、おそらくこれは感染初期でまだウイルスレベルが低い段階で治療した群で、それぞれ9.9%、11.2%だった。もちろん放置すれば初期でも半数は死亡することから、著効を示したことがわかる。
他にもデータが示されているが、これで十分だろう。古い言葉で言うと、ウイルスに対する抗血清療法が開発でき、感染初期であればその効果は高いことから、さらに早期発見、および薬剤の常備が進めば治癒率をさらに上昇させることは難しくないだろうと思う。
この研究では、同時にワクチンを受けていた患者さんについても経過を調べているが、現在のワクチンだけでは感染は防げないが、病気の進行を抑えることができるため、これら抗血清の治療効果が高まると結論している。従って、ワクチンも接種を続ける意味はあるように思える。
結果は以上だが、ディスカッションで内戦や政治・経済の混乱でこの治験がいかに大変だったかが書かれており、生々しいレポートだと感激した。
2019年12月18日
パーキンソン病、レビー小体認知症、そして多系統萎縮症は、それぞれ障害される部位が異なる脳変性疾患だが、いずれもαシヌクレイン分重合してできる沈殿が細胞内に見られることがわかっており、全体をシヌクレイン症として把握されるようになってきている。しかし、もし全ての病態が同じシヌクレインから起こるのだとすると、なぜシヌクレインの沈殿が見られる部位が異なるのかが大きな謎として残っている。
今日紹介するトロント大学からの論文は、シヌクレイン症がプリオン病と同じように、鋳型となるシヌクレインの構造が再生産されること、この時鋳型となるシヌクレインの形が病気の分布や進行度をきめることを示し、同じシヌクレイン症でも病状が異なる理由を示した研究で、12月2日号のNature Neuroscienceにオンライン出版された。タイトルは「α-Synuclein strains target distinct brain regions and cell types (αシヌクレインの系統により蓄積する脳の領域や細胞が異なる)」だ。
繰り返すが、この研究は
- シヌクレイン症は狂牛病のようなプリオン病と同じで、沈殿型のシヌクレインの構造を鋳型として、同じ立体構造を持つシヌクレインが再生産される、
- そして、同じシヌクレインでも鋳型となる分子の立体構造違いから、異なる構造のシヌクレインができることで、蓄積場所や病状などの違いができる、
という2つの作業仮説を立てて進められている。
遺伝性のシヌクレイン症の変異を持つシヌクレインを合成し、これを100mMの食塩の存在、非存在条件で沈殿させる。すると、長さや物理化学的性質の異なる繊維状の構造が形成される(食塩存在下をS繊維、非存在下をNS繊維とする)。
こうしてできたS 沈殿、NS沈殿を変異型遺伝子を発現するマウスの脳に注射すると、いずれも神経変性症状を示し、プリオンと同じで脳から脳へと継代が可能だが、
- S繊維は鋳型としての能力が高く、異常分子の再生産が早い結果、早く病気が進行すること、
- NS繊維は脳の様々な場所に分布するが、S繊維は海馬や中脳に限局して蓄積する、
- S繊維は神経細胞にしか蓄積しないが、NS繊維はアストロサイトにも蓄積する、
- S繊維によるシヌクレイン症は、多系統萎縮症患者さんの脳に存在するシヌクレイン繊維と似ている。
- 一方NS繊維によるシヌクレイン症はM83マウスモデルの脳や、パーキンソン病、レビー小体認知症の脳を移植したシヌクレイン症に似ている。
- これらの違いは、構造の分子的安定性と相関しており、S繊維や多系統萎縮症のシヌクレインのように不安定だと、広い範囲に広がる。一方、NS繊維やパーキンソン病のシヌクレインは中程度に不安定で、その結果蓄積が限定する。しかし、レビー症体痴呆症のシヌクレインのような安定した構造の場合、プリオンのような拡大する性質がほとんどない。
などが明らかになった。
結果は以上で、全てのデータがαシヌクレインの変異分子の一部が、プリオンと同じような感染性を持つことを示すとともに、これまで明確でなかったαシヌクレイン症の多様性を説明した面白い結果だと思う。特に、試験官内で合成したシヌクレインを感染性タンパク質として使うことができるようになり、プリオン仮説のより精密な検証が可能になると思う。
2019年12月17日
がん細胞が発現する抗原に対する抗体と、T細胞刺激に最適化されたT細胞抗原シグナル分子を合体させて、ガン特異的キラー細胞を作成する方法は、今年我が国でも保健医療として認可を受け話題を呼んだ。この治療が本当に3000万円の価値があるのかどうかは受けた患者さんの意見を統合して今後判断する必要があるが、小児の急性リンパ性白血病に関しては、再発率が50%に近く、様々な改良が行われている。また、固形癌にも効果があるCAR-Tはまだ完成形が見えていない。
今日紹介するセントジュード病院からの論文は、メラノーマに対するCAR-Tをモデルに、より高い効率で腫瘍組織に浸潤できるCAR-Tの条件を探索した研究でNatureオンライン版に掲載されている。タイトルは「Targeting
REGNASE-1 programs long-lived effector T cells for cancer therapy (REGANASE-1をノックアウトするとガンに対する長期生存T細胞をプログラムできる)」だ。
メラノーマのような固形癌に対するCAR-Tの効率をあげるには、キラー細胞がガン組織に浸潤するようにプログラムする必要がある。この研究では、Cas9を3000種類の代謝関連遺伝子をノックアウトできるガイドRNAとともにキラー細胞株に導入し、それをメラノーマを移植したマウスに注入、その腫瘍組織から浸潤しているCAR-Tを精製してノックアウトされている遺伝子を調べ、どの遺伝子がノックアウトされると浸潤性が上がるのかを探索している。
この結果REGANASE-1遺伝子が欠損したT細胞が腫瘍組織に多く存在することがわかった。そこで、改めてこの遺伝子を欠損させたCAR-Tを作成してメラノーマ移植マウスに投与すると、腫瘍組織に長期間止まり腫瘍を殺す効率が高まることがわかった。
この腫瘍組織に蓄積されるメカニズムを調べるため、腫瘍組織内に浸潤しているREGNASE欠損細胞を取り出し、遺伝子発現を調べると、いわゆる記憶T細胞に関わる遺伝子の発現が高まっていることがわかり、この遺伝子が欠損することでガン局所でキラー細胞が免疫記憶T細胞へとプログラムされることがわかった。さらに解析を進め、REGNASEはキラー細胞の増殖とそれに伴う疲弊を高めており、この遺伝子を欠損させると、細胞増殖が抑えられる代わりに、寿命が延長し、その結果主要組織に長く留まることを明らかにしている。
次に、RGNASEノックアウトされたキラー細胞をスタートに、新たにクリスパースクリーニングを行い、BATF分子の発現が上昇を通してRGNASEの欠損の効果が発現すること、またBATFはミトコンドリアの酸化的リン酸化を高める遺伝子群のクロマチンをオープンにすることで、ミトコンドリアの機能を高めていることを明らかにしている。
最後に、これまで同じような実験系で明らかにされていたキラー活性を制御するPTPN2やSOCS1との関係を調べているが、RGNASEとは関係がなく、両方が欠損すると、より高い活性を持ったキラーT細胞が調整できることを示している。
以上が結果で、PTPN2やSOCS1のような、出てきて当たり前の遺伝子ではなく、全く新しいキラー活性を制御する分子が見つかったという点では重要な貢献だと思う。ただ、REGNASEとSOCS1をノックアウトしても、いつかは再発するということもデータから見て取れるので、固形癌についてはまだまだ最強のCAR-T完成とは行かないこともよくわかった。
2019年12月16日
いつ我々の先祖は絵を描くようになったのか?ネアンデルタール人は絵を書いたのか?これらの疑問は現在人類進化学の最大の問題となっている、というのも、言語発生に必要なシンボル化能力の発生は、まず絵画を描く行為で検証できると考えられているからだ。すなわち、絵画が発見されると、その人間が言語を話していた可能性が高まる。
では世界最古の絵画はいつ頃書かれたのだろう?はっきりとした像ではないが、絵画のようなものなら6万5千年前のスペインの洞窟に残っており、年代からネアンデルタール人によるとしか考えられず、これが絵画能力を示すのか、そうでないのか現在も議論が続いている。一方、私たちが洞窟絵画として思い浮かべるような動物の像がはっきり描かれているのは4万年以上前には存在せず、またその全てはヨーロッパで製作されたと考えられてきた。
ところが今日紹介するオーストラリア・グリフィス大学を中心とする国際チームの論文は、宗教的な人間像を含む動物の絵が描かれたインドネシア・スラウェシ島(以前はセレベス島と呼ばれていた)の洞窟画は、4万年より前に描かれたことを示す研究で、12月12日 Nature オンライン版に掲載された。タイトルは「Earliest hunting scene in prehistoric art(有史以前の最古の狩の絵)」だ。絵の一部はNature サイトで一般にも公開されている(https://www.nature.com/articles/d41586-019-03826-4 )。
この論文のメッセージは単純だ。インドネシア・スラウェシ島で見つかった洞窟絵画には、大きな水牛や、イノシシなどの動物とともに、狩をする人間の姿が描かれており、しかも描かれた人間の中には動物の頭を持つ獣人の姿も描かれている。すなわち、狩の状況を思い出してもう一度表現する能力をもち、しかも獣人(おそらく動物のお面をつけたか、被り物をつけた人間)を参加させて、安全を祈願したり、動物への鎮魂の意を表したり(これらは全て私の勝手な想像)といった、宗教的な精神性を持つ人間がインドネシアに存在していたことになる。
もちろん同じような絵や彫刻はヨーロッパにも出土しており、絵の内容だけでは「なるほどインドネシアにもあるのか」で終わってしまうのだが、なんと絵画の年代測定を行うと、同じ洞窟の壁に描かれた最も古い像は4万3千年前、最も新しい水牛や人間でも4万1千年まえに描かれたと推定され、ヨーロッパで見られる最も古い狩の絵と比べるとさらに古い、世界最古のものであることがわかった。
結果は以上で、実際には描かれた絵画の年代測定は難しいことから、この研究で使われた最新の方法が正しいかどうか、議論が続くと思われる。
個人的な空想をめぐらせると、インドネシアにこのような高いシンボル化能力を持った人間が存在したことは納得できる。というのも、アフリカから世界へと広がった我々の先祖にとって、先が見通せない海を渡るという決断には、船を作るシンボル化能力と、見えない先に生活できる陸地を想像する力と、集団をまとめる力が必要だったはずで、当然優れた絵画を描く能力がないと、不可能だっただろう。すなわち、優れた能力を獲得した集団だけが、海を渡ったはずだ。
このようにまだまだロマンは尽きない。