1月24日 生きたAsgardアーキアの分離(1月15日 Nature オンライン版掲載論文)
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1月24日 生きたAsgardアーキアの分離(1月15日 Nature オンライン版掲載論文)

2020年1月24日
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昨年サイエンス誌の選んだ2019年のブレークスルーの一つに、我が国の海洋研究開発機構および産総研がAsgardアーキアの培養に成功したことが選ばれたことを紹介した(https://aasj.jp/date/2019/12/21)。この時はまだ正式な論文は出ておらず、プレプリントが発表されただけだったが、ついに1月15日Natureオンラインに発表された。タイトルは「Isolation of an archaeon at the prokaryoteeukaryote interface (真核生物と原核生物の中間にあるアーキアの分離)」だ。

海洋の浮遊している生物のDNAを網羅的に解析するメタゲノム解析が進み、真核生物と原核生物を橋渡しするAsgardアーキアの存在がスウェーデンのグループによって確認されたのは2017年のことだ(https://aasj.jp/news/watch/6362)。しかし今日紹介する論文を発表した井町さんたちは、なんとそのずっと前2006年から深海沈殿物から生きた細菌を分離しようと試みていた。

最初から成算があったのかわからないが、沈殿物をメタンだけが供給されたバイオリアクターでなんと5年半培養を続け、様々な生きた細菌が増殖しているのを確認する。こうして培養されたバクテリアの集団を、今度はバクテリアの増殖を防ぐ抗生物質を加えた単純な培地で1年以上培養、ちょっと濁りが出てきた試験管の培養、継代を続け、始めてから12年してついに、メタノゲニウムと生きたアーキアだけがゆっくり増殖する培養に到達している。

12年という時間には本当に頭がさがる。しかし、そのおかげでゲノムから推察するだけではない、生きたアーキアが得られ、MK―D1と名付けている。MK-D1は自律的に生存できないため常にメタノゲニウムの存在が必要で、ゲノム解析からわかる代謝システムから、共生しているバクテリアからアミノ酸を取り込んで、エネルギー源や有機物合成に利用している。

何よりも重要なのは、MK-D1ゲノムが、他の原核生物と比べ最も真核生物に近い点で、ついにメタゲノム解析から推定されていたAsgardアーキアが分離されたことになる。

実際、真核生物に特徴的な細胞骨格分子などがMK-D1には存在している。しかし驚くことに、細胞内小器官は存在しない、共生で生きる様進化した極めてシンプルな生物であることがわかった。

アクチンなど原核生物にはなかった細胞骨格のおかげで、代わりに長い突起を細胞から出しており、また細胞小胞を出芽させることができる。この特異な構造が、おそらく共生や、細胞毒の酸素を処理してくれるバクテリアとのコミュニケーションに重要な役割を演じていると著者らは考えている。

すなわち、真核生物の誕生はリン・マーギュリスが考えた様に、アーキアがバクテリアを飲み込むのではなく、触手が巻きついた様な構造がまずでき、それが一つの細胞へと変化することで進むことを示している。

他にも面白い話はまだまだ出てきそうだが、メタゲノムで開いた入り口からついに家の中に入ることができたと言った素晴らしい研究だと思う。何よりも、次は試験管内で真核生物を作る研究が可能になる。期待したい。

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1月23日 VISTA:最初の免疫チェックポイント(1月17日号 Science 掲載論文)

2020年1月22日
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チェックポイント治療(CPT)が始まってわかったことは、私たちの免疫システムが自己に対して牙を剥かない様に何重ものチェックポイントが設定されていることだ。ノーベル賞を受賞したCTLA4やPD1だけでなく、ポジティブ、ネガティブ合わせて多くの分子がこの調節に関わることが知られている。

今日紹介するダートマス大学とベイラーカレッジの共同論文はこの中の一つVISTAの機能について調べた研究で1月17日号のScienceに掲載された。タイトルは「VISTA is a checkpoint regulator for naïve T cell quiescence and peripheral tolerance(VISTAはナイーブT細胞の静止期とトレランスの調節分子)」だ。

この論文を読むまでVISTAのことはおとんど何も知らなかったが、B7ファミリー分子でチェックポイント分子の一つと言える。ただ、免疫反応の途中で反応細胞を疲弊させるPD1のように抗原刺激後発現するのではなく、まだ刺激を受けていないT細胞に広く発現していることが知られている。

これまでVISTAノックアウトマウスは自己免疫病になることが知られており、チェックポイント分子であると考えられていたが、ナイーブT細胞での機能はまだはっきりとしていなかった様だ。この研究ではVISTAノックアウトT細胞をsingle cell trascriptomeで調べ、VISTAが欠損すると静止期のT細胞が消失し、活性化された記憶タイプのT細胞になること、また転写レベルでVISTAノックアウトでは静止期の維持に関わるKLF2などを含む様々な分子の発現が低下することを発見する。

次に、ATAC-seqを用いてVISTAの下流で変化する遺伝子のクロマチン構造を調べ、静止期を維持する様々な分子のクロマチン構造がVISTA刺激によりonになることを明らかにする。すなわち、VISTAは免疫反応の最初に、抗原により刺激されたT細胞が強い反応を起こすのを、クロマチン構造の修飾を変化させることで、量依存的に抑えていることが明らかになった。

最後にVISTAを活性化するモノクローナル抗体を作成し、この抗体でナイーブT細胞を抗原存在下に刺激すると、T細胞がアポトーシスを起こして死滅し、生体内で自己抗原に対して反応が起こるのを止めることを明らかにしている。作成が難しいのか、抑制的に働くモノクローナル抗体は作成できていない。

以上の結果から、VISTAが抗原刺激初期のチェックポイント分子で、細胞を静止期に止めるとともに、抗原シグナルに応じて細胞死を誘導することを明らかにし、その後CTLA4、PD1と異なるステージを調節するチェックポイント分子が使われる階層性を持つことを示している。

また、活性化型の抗体を使った研究は、今後自己免疫を抑えるための手段としてこの抗体が使える可能性を示唆している。あるいは、臓器移植時にこの抗体でVISTAを刺激しトレランスを誘導できるかもしれない。一方、もし可能なら抑制型の抗体も作り、免疫初期段階でチェックポイントを外してがん免疫をより高めるという研究も可能になるかもしれない。しかし、免疫はなんと重装備のシステムなのか、驚きを禁じ得ない。

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1月22日 老化を測る(Nature Medicine1月号掲載論文)

2020年1月22日
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この歳になっても、なかなか老境を楽しむほど達観はできていない。少しでも体力が保てるなら努力はしようと思う。しかし、何をすれば一番いいのはっきりとしている方法はない。世の中、アンチエイジングをうたう製品であふれているが、エイジングに効果があることを示すには、長期間の観察が必要だが、その様な科学的な調査に基づく老化を抑える方法の数は多くない。

もう一つ重要な問題は、集団の平均と、集団を形成する個人との結果が一致しないことが多い点だ。たとえば、英国のチャーチルはヤルタ会談出席者の中では最も太っているように見えるが、91歳まで生きて卒中で亡くなっている。したがって太っているから老化が早いという話も、平均値としては言えても、個人に当てはまらないことが多い。結局老化を測るためのマーカーがない。よくあなたの●●年齢はなどと老化度を測ることが行われているが、一つの指標で一喜一憂するのは馬鹿げている。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は106人の健康人(病気ではないがメタボも含まれている)の血清、血液細胞、便細菌叢、鼻腔細菌叢などのオミックス検査を最長4年にわたってほぼ3ヶ月ごとに調べて、平均値としての老化と、個人の老化について比べた研究で1月号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Personal aging markers and ageotypes revealed by deep longitudinal profiling (継時的・徹底的プロファイリングにより個人の老化指標と老化型が明らかになる)」だ。

これまで一つの指標について老化を調べることは行われてきたし、最近では様々な検査を組み合わせたオミックス解析も行われ、老化が代謝、免疫などいくつかの独立した経路で進むことが示されてきた。この研究でも、血液、便、鼻粘膜の3種類のサンプルで調べられることは徹底的に調べた106人の結果から老化に伴う変化の指標を洗い出している。

平均値で見ると、例えば腎臓機能を示すGFRが年齢とともに低下するなど意外な結果が見られたが、これまでの研究とあまり違いはない。面白いところでは、PDGF-BBやVEGF-Dなどが老化とともに上昇するのも、繊維化が進むことを考えるとなんとなくわかる。基本的には年齢と相関するマーカーのほとんどは代謝に関係しており、その4割が脂質にかかわる点も理解できる。腸内細菌叢ではクラスター4のクロストリジウムの割合も重要なマーカーになる様だ。

その上で、これらの指標について参加者一人一人での変化を少なくとも2年以上にわたって追跡している。たかだか2−4年の間にはっきりとした変化が見られるのかと懸念するが、多くの指標を組み合わせて追跡すると、ほとんどの人でしっかり変化が追跡できる。面白いことに、数人ではあるがこれらの指標から変化が逆方向、すなわち若返り方向に進んだ人が発見されている。この人たちの詳しい解析は、若返りを望む人には重要だが、あまり詳しく示されていない。

食事や運動など生活習慣と老化度を調べているが、今回個人レベルでの総合的変化はほとんど生活習慣との関連が認められなかった。一方、例えばA1Cの様な一つ一つの指標で見ると、もちろん体重を落とすなどの効果はしっかりわかる。

どの経路が最も変化するかは人それぞれで、この研究では、免疫、代謝、肝臓機能、腎臓機能についての変化を年齢と相関させているが、免疫系の変化は最も多くの人で見られる。

結果は以上で、要するに一人一人老化は、単純に平均値を反映しないこと、また老化の方向性もひとそれぞれという常識的な結論で、残念ながらアンチエイジングのヒントはないと言っていいだろう。

やはり2−4年は短すぎる。今後同じ集団をさらに長期に追跡することが期待される。しかし、老化度のオミックス検査はある程度可能だと思う。

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1月21日 腫瘍内に形成されるリンパ組織様構造がチェックポイント治療への反応性を決める(1月15日 Nature オンライン掲載論文)

2020年1月21日
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繰り返すが、オブジーボなどのチェックポイント治療(CPT)が有効性を発揮するにはまずガンに対して免疫が成立している必要がある。ただ動物モデル実験系なら可能でも、実際の臨床例でガンに対する免疫が成立しているかどうかを見極めることは簡単でない。特に、オプジーボは最後の頼みとして使われることが多く、その前の治療により免疫機能は大きく変化させられていることが多い。ところが最近になって、CPTから始め、その後で手術するアジュバント治療や、治験レベルとはいえCPTを最初に用いた治療が始まっている。この様な患者さんでは、他の治療の影響を除外できるので、純粋にガン免疫が成立しているための条件を調べることができる。

今日紹介するテキサスMDアンダーソンがんセンターからの論文はチェックポイント治療を最初に使った後手術を行ったメラノーマの症例を追跡して、効果が見られた群と見られなかった群に分け、それぞれの腫瘍組織の遺伝子発現から、効果が見られた群に特徴的な変化を調べ、CPTが効くガン組織の条件を探った研究で1月15日Natureにオンライン出版された。タイトルは「BCPT cells and tertiary lymphoid structures promote immunotherapy response (B 細胞と3次リンパ組織様構造が免疫療法への反応を促進する)」だ。

この研究ではまず、CPTの効果が高かった患者さんのメラノーマ組織にはB細胞が特に目立つことを発見している。そこで、B 細胞に関わる遺伝子発現が高かった腫瘍組織を組織学的に調べると、B 細胞が腫瘍内をびまん性に浸潤するというのではなく、腫瘍組織内にリンパ節と同じようなT、B、マクロファージなどが集積したリンパ組織を形成していることを発見する。

こうしてできた3次リンパ組織様構造を形成するB 細胞についてsingle cell trascriptome解析を行うと、B細胞数が多いだけでなく、特定の抗原特異的抗体遺伝子クローン増殖をしていることがわかる。残念ながら、この抗体がガン特異的かどうかはわからないが、特定のクローンが増殖していることは、B細胞自身が3次リンパ組織様構造形成に寄与している可能性を示唆している。

最後に主要組織のB細胞と、末梢血中のB細胞の遺伝子発現をCyTOFを用いて調べ、CPTに反応した患者さんの主要組織には記憶型B細胞が存在している一方、末梢血には記憶型B細胞はほとんど存在しないことが明らかになった。また、リンパ節の胚中心に見られる増殖しているB細胞も主要組織に見られることを示している。

以上が結果で、ではB細胞がリンパ様組織形成に関わっているのか、ガンに対する抗体を作っているのか、あるいは抗原非特異的にガン特異的T細胞を誘導しているのかなど、重要な問題は人間の組織解析からだけではわからない。今後モデル動物で検討が必要だろう。

いずれにせよ、もし腫瘍組織内にこの様なリンパ組織様構造が形成されることがガン免疫成立に必要でそれにB細胞が関わっているなら、一種のリンパ組織インデューサー細胞としてB 細胞が働けることを示唆している。実際、リュウマチの関節にも同じような3次リンパ組織様構造が形成される。これらのことを勘案すると、腫瘍組織内に様々な操作を加えて免疫を誘導する免疫方法をもっと積極的に試みてもいい様に思う。

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1月20日 オメガ3脂肪酸を地球規模の食物連鎖から見る( Nature Food 創刊号)

2020年1月20日
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今私たちは食やサプリメントの宣伝に囲まれ、この宣伝だけを頼りに自分に何が必要か選択を迫られている。様々な治験研究を紹介する目で見たとき、私が一番問題に思うのは、元気な俳優さんが使っているということだけで、効果があると錯覚させる宣伝手法だ。もちろん臨床テストと称するものも行われている製品もあるが、例えばFDAの基準をクリアできる製品がどの程度あるのだろうか。

安全なら目くじらをたてることはない。消費者は満足していると声が聞こえる。しかし、現状をみてなぜ心配しているかというと、本当は食こそ21世紀の重要な研究分野になると確信するからだ。もしこのトレンドを理解できず、マーケティングで売ればよいと、本当の開発を怠ると、おそらくあっという間にトレンドから取り残されるだろう。

21世紀、食の研究が時代をリードするという予想はNature紙も同じようで、人間の行動を扱うNature Human Behaviourに続いて、Nature Foodが今年創刊された。創刊号をざっと見渡したが、掲載されたオリジナル論文の数はまだ少ない。記念すべき最初の論文は、オメガ3脂肪酸の世界的不足をどう解決するのかについてアイデアを示したノルウェー大学からの論文だった。タイトルは「Systems approach to quantify the global omega-3 fatty acid cycle(オメガ3脂肪酸の世界規模のサイクルを計量するためのシステムアプローチ)」だ。

オメガ3脂肪酸は脳や網膜の発生に欠かせない成分で、魚を多く食する我が国では十分摂取できるのだが、肉食が中心の多くの国では不足している。ではサプリメントでオメガ3を摂取すればいいという話になるが、これが本当に世界規模で可能かというのがこの論文のポイントだ。

すなわち、オメガ3脂肪酸は現在のところ魚から摂取するしかない。オープンアクセスなので図を参照することが可能なので、ぜひ図1をみてほしい(https://www.nature.com/articles/s43016-019-0006-0/figures/1)。一番右が人間のオメガ3脂肪酸の消費だが、半分が養殖魚、半分が野生の魚に由来する(なんとそのうち3割は廃棄される)。そして、本当に必要な量を計算すると世界で140万トンなのに、漁業からではいくら頑張っても80万トンしか得られない。しかも、野生の魚の漁獲量は減少に転じている。とすると、この不足を埋めることは難しい。

著者らは、この問題をオメガ3脂肪酸の世界規模のサイクルの中で見ることで、解決策を見つけることができると提案している。そしてそれぞれの食物連鎖サイクルでのオメガ3の量を算出し、図1にはめ込んでいる。全く知らなかったのだが、魚のオメガ3脂肪酸の多くは、魚で合成されるのではなく、プランクトン、海藻、オキアミ、軟体動物などの下位の食物連鎖から吸収したものが中心だ。そして、この土台となるオメガ3脂肪酸の食物連鎖の量は、魚が摂取する量の150倍の大きなサイクルを形成しており、ほとんどは魚を通らず分解され、また合成されるというサイクルを形成している。すなわち地球の水系で進んでいるオメガ3サイクルは、全人類に供給しても有り余るほど存在する。

このグローバルなオメガ3のサイクルから、3つの解決策を最後に提案している。

  • オメガ3脂肪酸を魚からだけではなく、海藻、オキアミ、貝などの軟体動物から直接摂取する。
  • 養殖も餌を与えないで、自然から調達する方法を推進する。
  • 野生の魚を養殖の餌として使うのではなく、直接、あるいは油として人間が消費する。

メッセージは以上で、よく知らない分野なのでなるほどと感心したが、図1の数字が出てくる根拠などよくわからなかった。しかし、大きなレベルで私たちの食を見ることの重要性は理解できた。そして何と言っても人間がいかに食物連鎖の先端の先端で多くの無駄の上に栄養を摂取しているかよくわかった。

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1月19日 地球温暖化の意外な効果:人間界では事故死が増加し、動物界では最強のクマムシすら数が減る(Nature Medicine 1月号掲載論文他)

2020年1月19日
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地球温暖化の原因の議論になると、二酸化炭素問題以外にも様々な原因があるからとする意見を論破することは難しい。しかし、化石燃料を使わない発電が50%をすでに超えたドイツなどを見ていると、二酸化炭素と温暖化の関係を積極的に認めることで、新しい産業がうまれ、送電網など新しいインフラへの投資が進んでおり、脱化石燃料の大きな割合を20世紀の象徴である原発に頼ろうとしている我が国には、後悔だけが未来に待っているように感じる。いずれにせよ、NatureもScienceも今年最大の注目点として、温暖化の深刻化がどう現れてくるのか、それに対して世界は前へと踏み出せるのかを挙げている。この2紙に限らず、温暖化問題を意識する論文は今年も多く発表されるだろう。

温暖化問題が動機となって行われる研究はいろいろあるが、今日最も紹介したいロンドン王立大学からの論文は、温暖化することでなんと事故死が増えることを示し、こんな見方もあるのかと少し虚をつかれた調査研究だった。タイトルは「Anomalously warm temperatures are associated with increased injury deaths(異常高温は事故死の増加を招く)」で、Nature Medicine 1月号に掲載された。

この研究では1980年から2017年までの、交通事故、転倒、水の事故、殺人、自殺などの事故死の数を調べ、それぞれの年齢分布や、発生時期の平均値を計算している。

全て米国の統計になるが、交通事故、殺人、自殺は若い層に多く、転倒は高齢になる程高まる。水死が7月に最も多いのはわかるが、面白いことに交通事故や殺人も夏に多い。

もちろんこんな統計だけならわざわざ掲載する理由もないが、2017年、シーズンを通して平均気温が1.5度上昇していたという点に注目し、この年にそれぞれの原因で亡くなった人の数は平均値と比べてどう違うのか調べている。驚くべき結果で、あらゆる原因の死亡が2017年は平均値より高い。もちろん、水死が年齢によっては10%以上も高いのは水遊びの機会が増えるからと思われるが、交通事故や殺人でも2%近く死亡が上昇している。

以上の結果から、今後地球温暖化が進むと、事故死が増えることが予想される。しかし、これは一人の事故死にとどまらない。事故による死亡は、訴訟の頻発も含めて社会的効果が大きい。これを侮ると取り返しのつかないことになるぞというのが、この論文のメッセージだろう。

もう一つ、これはトリビアといった類の話だが、地球最強の生き物クマムシも高温には弱いことを示したコペンハーゲン大学からの論文でScientific Reportsに発表されている。タイトルは「thermotolerance experiments on active and desiccated states of Ramazzottius varieornatus emphasize that tardigrades are sensitive to high temperatures (活動及び乾燥状態のクマムシの熱耐性実験はクマムシが高温に弱いことを明らかにした)」だ。

クマムシが低温や乾燥に強いことは小学生でも知っているが、短い時間だと100度の高温に耐えることが知られていたらしい。ただ、種によっては30度前後でも長期間晒されると活動できないことが報告され、もしそうなら温暖化で暑い夏が来ることで、クマムシの個体数が減るのではないかと心配して、この研究を行なっている。

活動低下≒死として扱っているのは少し問題だが、結果は明確で実験に用いられているクマムシは、乾燥すると高い温度にも耐えられるが、活動している状態で37度に24時間さらすと、なんと50%が死んでしまうという結果だ。

著者らによると、この温度ならデンマークでさえもありうる温度で、当然連日35度以上が続く我が国なら、クマムシの活動性は落ちる。全部死滅しなくても、活動が低下すると、繁殖も低下し、地球最強のクマムシすら温暖化で絶滅の危機に瀕するかもしれないという論文だ。

今年このような論文はまだまだ発表される予感がする。

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1月18日 DNAメチル化の安定性と進化(1月23日号 Cell 掲載論文)

2020年1月18日
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お知らせをまず。

AASJのホームページは、お陰様で毎日多くの方々が訪問されるサイトになってきました。そこで、訪問される皆様に迷惑がかからない様、私たちのサイトをSSL暗号化をすることに決めました。この作業のため、今月21日朝9時半から25日夜12時まで、こちらで新しい記事をアップロードできなくなります。またひょっとしたら、皆さんからの書き込みが制限されるかもしれません。ただホームページの閲覧自体は問題ありませんので、この期間もこれまで通り訪問していただければ幸いです。

ただ、新しい記事がアップロードできないと、せっかく1日も欠かさず続けてきた論文ウォッチが途切れてしまいます。そこで、今日から21日朝9時までに、実際の時間は無視して、25日までの記事をアップロードすることにしました。このため、例えば今日は1月18日と、1月19日の2日分の記事がアップロードされます。「え!今日は18日なのに19日になっている」と思われるかもしれませんが、サイトの安全性のための苦肉の策だとご理解ください。

と前置きをした上で、18日の論文として紹介したいのはカリフォルニア大学サンフランシスコ校から発表されたDNAメチル化の安定性を示す研究で1月23日号のCellに掲載された。タイトルは「Evolutionary Persistence of DNA Methylation for Millions of Years after Ancient Loss of a De Novo Methyltransferase(新しいメチル化に関わる酵素を失った後も何百万年もDNAメチル化が進化的に維持される)」だ。

ほとんどの生物で、シチジンのメチル化は、新しいサイトをメチル化するDeNovoメチル化酵素と、メチル化をDNAが複製時にも維持するメチル化酵素のセットで調節されている。例えば哺乳動物ではDnmt1がメチル化維持に、Dnmt3aはDe Novoのメチル化に関わる。ところが中にはメチル化酵素と思われる遺伝子を1個しか持っていない生物があり、真菌感染症の原因の一つクリプトコッカスはその例だ。

この研究ではクリプトコッカスが持っている唯一のメチル化酵素Dnmt5が、DeNovoのメチル化か維持的メチル化に関わるか、様々な実験を行い、維持型のメチル化酵素であることを確認している。

実際、Dnmt5を欠損させるとDNAのメチル化はクリプトコッカスゲノムから消える。そして、メチル化が消えた後でDnmt5を再導入してもメチル化は回復しないことから、Dnmt5が維持型のメチル化酵素であることがわかる。すなわちDnmt5を導入しても新しいメチル化はおこらない。

とはいえ、クリプトコッカスではトランスポゾンやセントロゾームなど、遺伝子の発現抑制が必要なサイトはメチル化されている。すなわち、以前にはDe Novoのメチル化酵素が存在してこれらのサイトをメチル化していたが、この酵素が欠損したあとは、その時にメチル化されたサイトが、維持型のメチル化酵素により現在まで維持されていると想像される。

そこで、クリプトコッカスに近縁の真菌の遺伝子を調べK.mangroviensisには2種類のメチル化酵素があること、従ってクリプトコッカスは3−400万年前にDeNovoのメチル化遺伝子を失ったことがわかった。

とすると、現在クリプトコッカスで見られるメチル化は、DeNovoのシステムが失われた時から、維持型のメチル化酵素だけで維持されてきたことになる。実際、急にDeNovoメチル化酵素を欠損させても、それまでのメチル化パターンは長期間維持できることを示している。さらに、De Novoシステムが欠損しても、極めて低い頻度だが新しいサイトがメチル化されることも観察される。おそらくこれは、遺伝子変換によりメチル化サイトが移動したか、それとも他の酵素によるDe Novoのメチル化と考えられるが、この研究では決めていない。

いずれにせよ、De Novoのシステムが失われた数百万年前からクリプトコッカスはずっと先祖のDe Novoのシステムにより形成されたメチル化パターンを守ってきたことになる。De Novoのシステムがないと、一定のレベルでメチル化は失われるが、おそらく進化によりメチル化が維持されたクリプトコッカスが選択されてきたと考えられる。

読んでみると、メカニズムなどは目新しいものは全くないが、しかしメチル化パターンまで自然選択で維持されるという、ダーウィンの見つけたアルゴリズムには感心する。

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1月17日 βアミロイドによるTauリン酸化のメカニズム(1月15日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年1月17日
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以前のジャーナルクラブで紹介した様に(https://www.youtube.com/watch?v=SGUDm0h184c)、アルツハイマー病の引き金は切断されたアミロイドβ(Aβ)の凝集塊の蓄積による場合が多いと推定されるが、実際の神経視野症状にはタウタンパク質のリン酸化と凝集が関わると考えられている。もしこれが正しいと、Aβとタウのリン酸化をつなぐメカニズムを明らかにする必要がある。

今日紹介するアラバマ大学からの論文はまさにこの問題に取り組んだ研究で、もし正しいならもう少し騒がれてもいい気がすると思う結果で、1月15日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「β-amyloid redirects norepinephrine signaling to activate the pathogenic GSK3β/tau cascade(βアミロイドはノルエピネフリンシグナルをタウからGSKβの以上シグナル経路を活性化する)」だ。

これまでアルツハイマー病(AD)で睡眠が障害されたり、攻撃性が高まる症状と、ノルエピネフリン(NE)受容体の活性化が関係するのではと考えられてきたが、今日紹介する論文はこの活性化に凝集Aβが関わることを示している。

まずAD患者さんの剖検例から脳組織を採取し、NE受容体活性が上昇していること、またNE受容体刺激剤を投与された患者さんでは、認知機能が低下していることを示している。ただ、統計学的に優位とはいえ、重なりは多く、人間のデータだけでははっきりしない。

そこでAβを発現させたマウスADモデルの脳でNE受容体刺激剤を加える実験を行うと、ADマウスの方が高い反応性を示すこと、またAβを除去するとこの反応が正常化することを示している。

ではAβが直接NE受容体に結合するかが問題になるが、凝集型のAβが受容体と直接結合すること、さらにはNE受容体のどの領域と結合するかも特定している。すなわち、Aβ凝集体はNE受容体に結合して活性化の閾値を低下させる。

そしてこの研究のハイライトだが、Aβ凝集体とNEの両方が働く神経細胞ではGSKβの活性化を介してタウタンパク質のリン酸化が起こることを示している。また、ADモデルマウスを用いて、Idazoxanと呼ばれるNE受容体阻害剤を8週間投与しその効果を調べ、この薬剤はAβの凝集については何の影響もないが、Aβの凝集が増えた脳でも、GSKβの活性化とタウタンパク質のリン酸化が低下していることを示している。さらに、これは細胞レベルだけでなく、マウスの認知機能のテストでも、著しい改善が見られることを示している。

結果は以上で、Aβ凝集体と結合したNE受容体の活性化閾値の上昇がTauリン酸化、細胞死の引き金であることを示した素晴らしい仕事だと思う。ただ、人間のデータは弱いので、疑う人は多いと思う。私としては、人間にも利用できる正しい結果であってほしいと願っている。

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1月16日 精巣の成熟過程を single cell transcriptome で調べる(2月6日号 Cell Stem Cell 掲載論文)

2020年1月16日
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Single cell transcriptome技術の発展に関わった研究者については殆どフォローしていないが、少なくともこれを可能にしたバーコード技術は、21世紀生命科学革命の大きな立役者だと思う。そして、これを利用したsingle cell transcriptome技術により、身体中の細胞の多様性と共通性が定義され、詳細なbody atlasが完成しつつある。このことは、自分が現役時代に対象にしていた組織や発生過程の研究を見るとはっきりわかる。「もしあのときこの技術があれば、苦労する必要はなかった」と思うのは、先見がなかった証拠と言える。

今日紹介するユタ大学からの論文は人間の精巣の発達をこの技術を用いて調べた研究で2月6日号のCell Stem Cellに掲載された。タイトルは「The Dynamic Transcriptional Cell Atlas of Testis Development during Human Puberty (人間の思春期での精巣発生の動的転写細胞アトラス)」だ。

研究は単純で、思春期前から思春期(7歳から14歳)に死亡した子供から精巣の提供を受け、これを従来の方法と同時に、得られた細胞のsingle cell trascriptome(SCT)を調べている。

特に熊本大学時代、樹立した抗c-Kit抗体の機能を調べるため精巣の発生についてはかなり理解しているつもりだったので、タイトルを見て「SCTで新しい発見が本当にあるのだろうか?」と懐疑的だったが、読んでSCTのパワーを改めて思い知った。

ただデータは膨大で詳細に渡るので、私が新しいと思ったことだけ列挙することにする。

  • 精子分化については詳しく研究されていることから、なかなか新しい発見はないが、人間の場合、思春期前まで精原細胞からの分化がとまっていることがはっきりした。
  • 精原細胞には静止期にある細胞と、分裂期にある細胞が機能的に区別されるが、今回のSCTでは区別できていない。
  • これまであまり研究されてこなかったシグナルの関与が疑われる。特にアクチビンシグナルは今後研究が必要。
  • 最も驚いたのは、精子形成のニッチを提供すると考えられるセルトリ細胞は、2種類のミトコンドリア活性が異なる前駆細胞が存在するが、それぞれは完全に分離しており、思春期で分化すると同じセルトリ細胞になる。
  • ライディッヒ細胞は、筋肉様細胞と共通の前駆細胞に由来する

他にも、性転換希望者の精巣を用いて、思春期に起こるテストステロンの分泌がどの過程に影響するかなど詳しい結果が示されているが、詳細はいいだろう。

もちろんこれまでの研究が全く覆されるということはないが、しかし様々な新しい発見がまだまだあることがよくわかった。今後、バーコードを使った組織学で多くの遺伝子の発現を同じ組織で可視化することができれば、理解はまだまだ進化すると確信した。

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1月15日 膵炎をFGF21で治療する(1月8日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年1月15日
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FGF21は私が京大にいた頃、薬学部の伊藤先生により遺伝子クローニングされ、盛んに研究が行われていたのでよく覚えている。どうしてもFGFという名前のせいで増殖因子と思ってしまうが、その作用はFGF2などとは大きく違い、肝臓で作られ、代謝、特に脂肪代謝を調節するホルモンのような働きがあることがわかっている。

今日紹介する米国テキサス大学からの研究は、同じFGF21がすい臓の外分泌腺に直接働くことにヒントを得て、これを急性膵臓炎の治療に使えないか調べた研究で1月8日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Pancreatitis is an FGF21-deficient state that is corrected by replacement therapy (膵臓炎はFGF21が欠損した状態でFGF21で治療できる)」だ。

膵臓炎は自分が分泌する消化酵素が消化管に到達する前に活性を発揮してすい臓の細胞を消化する恐ろしい病気で、致死率も高い。この研究以前にすでにFGF21欠損マウスでは膵臓炎の発生が起こりやすいことが知られており、この研究では膵臓炎を様々な方法で誘導したときFGF21の膵臓での分泌が変化するのか調べている。

結果は予想通りで、3種類の異なる方法で誘導した膵臓炎のすべてで、FGF21は最初誘導されるものの、誘導後12時間以上経つとほとんど発現が消失することがわかった。

次に、ではFGF21を投与することで膵臓炎を改善できるか調べたところ、もちろん正常に戻るまでにはいかないが、全般に炎症の強さは低下し、壊死などは強く抑制できることがわかった。

もともとFGF21は膵臓の外分泌腺で働くことがわかっているので、外分泌腺のβKlothoをノックアウトしてFGF21が効かなくしたマウスで同じ実験を行うと、膵臓炎は全く正常化しないことから、FGF21は直接膵臓の外分泌細胞に働いて膵炎を抑えていることがわかった。

おそらくこの結果は、FGF21によって膵臓で分泌された消化酵素が早期に活性化されることを防いでいる結果と考えられるが、この研究ではこのメカニズムについてはこれ以上追求していない。

代わりにFGF21の発現が膵臓炎で低下するメカニズムを探り、ATF4により転写が誘導されるFGF21遺伝子が、膵臓炎により上昇してきたATF3により抑制されることで、FGF21欠損状態が起こること、同じことは人の膵臓炎でもみられること、そしてATF3を誘導するER ストレスを抑制する薬剤により膵臓炎を抑制できることを示している。

まとめると、膵臓炎誘導時に起こるERストレスでAFT3が発現し、FGF21分泌が抑制されることで、おそらく膵臓の消化酵素の早期活性化が進み、膵臓炎が進行する。したがって、FGF21を注射するか、ERストレスを止めると膵臓炎を治療できるという結果だ。

どちらの治療法も長期間続けるのは問題かもしれないが、短期に投与して膵臓炎を治療できれば、大きな進歩だと思う。

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