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4月25日:続くタミフル論争(4月23日Nature誌掲載コメント)

2014年4月25日
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4月14日このコーナーで、オックスフォード大学とコクラングループが共同でBritish Medical Journal(BMJ)に発表したタミフルの有効性に関する論文を取り上げた。最も厳密な医療統計的手法(無作為化試験)を採用した論文だけを選んでタミフルの有効性について再検討すると、症状改善は明らかだが、重症化を予防する効果はないと言う驚くべき結果だ。有効性があるとするWHOなどの勧告に基づき、争うように国家備蓄を進めた多くの国をだましたのではとコクラングループは糾弾している。日本では朝日新聞が取り上げただけだったが、多くの国ではこの指摘を真剣に受け止めており、現在も議論が続いている。今週発行されたNature誌もこの問題についてコメンタリーを載せている。タイトルは「Tamiflu report comes under fine: conclusion on stockpiling of antiviral drugs challenged(タミフル論文が攻撃にさらされている:抗ビールス剤備蓄についての結論に疑義が向けられている)」だ。このコメンタリーではBMJの結論に反対する意見を紹介している。いかなる意見も盲信せず様々な可能性を検討するのが科学だ。その意味で私もこのコメンタリーを取り上げる事にした。BMJ論文に対する最も重要な反論は、「インフルエンザが流行する中で無作為化2重盲検法という厳格な臨床治験が可能なのか?」あるいは「この厳格性が逆に統計的足かせになって間違った結論を導くのではないか?」だ。「統計的厳格性を錦の御旗にして数の少ないビールスへの治療手段を排斥してしまうリスクを侵していいのか?」など全て真剣な批判だ。事実、最近The Lancet Respiratory Medicineに掲載されたオランダの観察研究ではタミフルが死亡率を25%低下させる事を報告している。一方コクラングループは、無作為化試験以外のあらゆる方法は認めないと応じている。一般の方には理解しがたいと思うが、私はこの論争が21世紀に取り組むべき重要な課題をに関わっていると思っている。生身の人間を対象にした科学の方法は何か、無作為化試験に変わる方法はないのか、わかりやすい言葉で市民に説明できないと医療の将来はない。BMJ論文がこの方向の研究を加速させる事を期待する。他にもBMJ論文では観察された症状軽減効果を過小評価しているという批判も掲載しているが、これは論文の読み方の問題で、重要な指摘には思えなかった。いずれにせよ、BMJはコクラングループをはっきりと支持し、Natureは現時点では反対意見に肩入れしている様に思える。我が国ではともするとメディアの中立性が強調されるが、私は専門誌であろうと編集者が立場をはっきりさせて議論していいと思う。重要なのは一つの意見があらゆる意見を飲み込む事だ。この論争はこれからも注目だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月24日生活習慣病の生活改善(4月23日発行Diabetes Care掲載論文)

2014年4月24日
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2型糖尿病の治療の柱の一つは食事を含む生活習慣の改善だ。ただこの柱は医療機関にとって最もハードルが高い。外来食事指導の診療報酬は低く、スタッフも少ない。更に、予備軍の指導に至っては報酬は得られない。従って我が国の医療にとって、糖尿病やボーダーラインの人に効果的な生活習慣プログラムを提供する体制が医療機関とは別に構築される事は重要だ。これについては厚労省も認識し、自治体と協力して様々なプログラムを提供できる様施策を進めようとしている。将来の医療費上昇を考えると、医療保険でカバーされる部分を抑制し、自己費用で日常健康増進等のために行う部分を増加させる事が重要になる。この時の問題は、巷にあふれる様々な健康商品やサービスの効果が科学的に保証出来ていない点だ。従って、行政や学会も積極的に様々なサービスを科学的に検証し、検証結果を公表する事が重要になる。論文を読んでいると、医療外の様々な商品やサービスの効果検証が現在盛んに行われている事を知る。例えばマッサージの上腕動脈血流への効果の無作為化試験などの論文(Archives of Physical Medicine and Rehabilitation 2014)を見たりすると、ともかく科学的(統計学的)に検証を進めると言う強い動機を感じる。確かに医療外で行われるサービスは多様であり、科学的検証がしにくい。しかし科学的検証が済んだ物を認証するようになれば、自ずとそれが当たり前になる。今日紹介する論文は約230名の2型糖尿病患者について糖尿病の生活改善治療のプログラムの効果を検証したカリフォルニア州立大学サンディエゴ校からの研究だ。タイトルは「Weight loss, glycemic control, and cardiovascular disease risc factor in response to differential diet composition in a weight loss program in type 2 diabetes: randomized control trial(2型糖尿病に対する減量プログラムでの食成分が体重、血糖、心臓病リスクに及ぼす効果:無作為対照化試験)」だ。参加者は3群に分けられまず6ヶ月朝昼晩と決まった食事の提供を受ける。一群は低脂肪食、2群は低炭水化物食、3群は通常食が提供される。他にも最初は適当量のスナックなども提供され制限食に容易になれる様計画されている。残りの半年は、望めば主食だけが1回提供される移行期で、半年と1年で効果を見ている。プログラムは1年に一回の面談や、電話やウェッブサイトによる指導なども行われており、定期検査を受けてくれた場合は25ドルが貰えるという動機付けも行われている。結果は予想通りと言うか、低脂肪でも低炭水化物でも食事制限により体重は減少するが、炭水化物を制限した食事の方が体重減少効果が高く、6ヶ月で10%、12ヶ月で9%の減量に成功している。特に血糖や参加ヘモグロビンなどの血液検査値では炭水化物制限群でのみ大きな改善が見られている。更に重要な事は、低脂肪食群も、低炭水化物群も糖尿や高血圧に対する薬剤服用が必要なくなったケースが多い事で、直接医療費から健康増進費への移行に成功した例になる。結論として、一年にわたって提供された低炭水化物食は、治療中の糖尿病患者さんへのプログラムとして有効であると言う判定だ。結果は当たり前だが、「ダイエットなど効くのが当たり前で、やり方はどこにでも書いてある」と突き放さず、科学的に検証された様々なメニューを提供する事の重要性を実感する。アメリカでは、既存の薬剤のリパーパス(これまでとは違う病気に使う)にも国が助成し医療費抑制を図っている。医療産業振興は、この様な構造改革と平行して進めないと絵に描いた餅で終わる。健康サービスはどんなに業界からの抵抗があろうと、科学的に検証し公開を進める施策を進めて欲しいと望んでいる。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月23日ウェッブ利用社会統計(American Journal of Preventive Medicineオンライン版掲載論文)

2014年4月23日
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4月20日Wikipediaを疾患や健康の社会統計に利用している論文を紹介した。今日はGoogle上の検索データの社会統計利用について紹介する。論文はAmerican Journal of Preventive Medicineオンライン版に掲載されたサンディエゴ州立大学の調査で、「What’s the healthiest day ?(何曜日が一番元気?)」がタイトルだ。調査ではGoogle上で検索できるhealthyから始まる言葉を検討し、この中から全く健康とは関係ない項目を除外する。その上で、健康関係の検索数を曜日毎にまとめ、検索数の曜日毎の変化を調べている。結果は明快。検索のピークは月曜日と火曜日で、その後徐々に検索数が低下し土曜日が最低になる。そして日曜日に入ると急に検索数が上がり月曜日へと上昇して行く。これが何を意味するのかはまだまだ解析が必要だ。いい仮説が思いつけば、違う検索ワードを使って検証できるかもしれない。おそらく、この結果を起点に面白い調査が進む事だろう。ただ、一般メディアの健康情報提供はアメリカでは水曜日に行われるそうだ。とすると社会のリズムとは逆のリズムで情報が提供されている事になる。今日本でもビッグデータ利用は流行語になるほどで、国も研究促進を図っている。ただ情報処理法の研究だけでは片手落ちだ。社会動態について柔軟な頭で問題や方法を探し出してくる人材の発掘が大事ではないかと思う。もう一つ重要なのはデータの公開だ。もしプライバシーと言う言葉でほとんどのデータが公開されなくなると、この分野の発展はない。21世紀こそ「私たちが何を隠したいと思うのか?なぜ隠したいのか?」を真剣に問う事から始めなければならない。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月22日:コホート、長期に記録し続ける事(American Journal of Psychiatryオンライン版掲載論文)

2014年4月22日
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昨日知人と我が国のコホート研究の現状について話す機会があった。もちろん我が国にも地道で長期にわたって維持されているコホート研究は数多くある。しかし何十年にもわたって集団を追跡する仕組みを最初から組み込んだ緻密な計画の提案はほとんどないのではないだろうか。一つの問題はコホートに目的が要求され、対象をただ記録し続ける事自体があまり評価されないためではと危惧する。この点で今日紹介する論文は学ぶべき所が多い。いじめの影響について調べた英国の研究でAmerican Journal of Psychiatryオンライン版に掲載された。タイトルは「Adult health outcomes of childhood bullying victimization:evidence from a five decade longigudinal British Birth Cohort (学童時のいじめが大人になった後の健康に及ぼす影響:英国の出生後50年追跡コホートからの証拠)。」だ。このコホートは英国で1958年に生まれた約17000人の子供を,11,16,23,33,42,45,50歳時点で様々な項目について調査を行う大規模なコホートだ。この対象集団が学校へ通う7、11歳の時点で聞き取り調査を行いいじめの有無を記録しておき、その時のいじめの影響を23歳、50歳時点で調査している。結果は深刻で、いじめを受けたグループは成人後も様々な精神的症状を示し、45歳以上で鬱病の頻度や自殺率が高い。しかし予想に反し、アルコール依存症とはあまり相関しない。また異常は精神状態にとどまらず、一般的な健康状態も侵される。更にいじめを頻回に受けたグループの男性は50歳時点で失業率が2倍弱高く、所得も約10%低い。この結果を見ると、今からすぐに学童期のいじめ防止に務めなければならないと確信する。我が国でもいじめは重要問題だが、これほど長期にわたる調査は進んでいるのだろうか?この様な調査がないと、いじめにあった子供達の心や身体の長期ケアのための体制を構想する事は出来ない。この論文を読んで感心するのは結果だけではない。最初から50年を超える調査期間を設定し、年齢に応じた様々な問題を調査できるように設計されている。即ち、プロジェクトを計画した人達が自分が結果を見るために努力したわけではない事だ。記録する事からしかわからない事があると言う強い信念に突き動かされてこのプロジェクトを構想し進めている。私たちAASJの目的の一つはシンクタンク活動だ。昨日議論した知人達と、今後時間をかけて我が国のコホート研究を独自に調査し、高い意志に裏付けられた研究か、自分のための個人研究かどうかという視点で検証評価を進め、結果を公表したいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月21日活動報告:4月19日熟議、4月20日AASJチャンネル

2014年4月21日
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4月19日京大思修館の熟議プログラムで16人の大学院生と3時間にわたって話をしました。元気な学生で、レポートが楽しみです。
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続いて4月20日、岸田徹さんを迎えて「青年期のがんを克服する」と言うタイトルでAASJチャンネルを放送しました。282人の方々に接続していただき、まじめなコメントをいただきました。どうも有り難うございました。
カテゴリ:活動記録

4月21日強皮症治療の新しい可能性(4月16日発行The Science Translational Medicine掲載論文)

2014年4月21日
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一昨日は京大思修館熟議で16人の若者、昨日は岸田さんを迎えたAASJチャンネルにネット接続してくれた282人の来場者の方々と時間をかけて話す事が出来た。熟議3時間、AASJチャンネル2時間と大分疲れたが楽しんでいる。この様な活動を通して自分自身の視野が開けるのを実感する。事実岸田さんと出会わなかったらAYA世代のがんについてまとめて論文を読む事など思いつきもしなかったはずだ。岸田さん初め参加していただいた皆さん「本当にありがとう」。同じように、このコーナーのために様々な分野の論文を読んだおかげで俯瞰的に物を見る事が可能になって来た。報道ウォッチは終了するが、論文の紹介は自分のためにも続けるつもりだ。今日紹介する研究からも様々な事を学んだ。強皮症は様々な臓器で線維化が進む病気で、線維化のために皮膚が硬くなるのでこの名前がついた病気だ。我が国でも約2万人の患者さんがいる。自己免疫病と考えられており、免疫抑制剤を用いる治療が行われているが、進行を完全に止めるには至らない。この研究は強皮症での線維化に関わるシグナルの一つを明らかにするもので、シカゴのNorth Western 大学から4月16日発行のThe Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは、「Fibronectin-EDA promotes chronic cutaneous fibrosis through toll-like receptor signaling (ED型Fibronectin分子はToll-like受容体を刺激し、皮膚の慢性的線維化を促進する)」だ。多くの実験結果が示されているが、ストーリーはわかりやすい。まず、強皮症の患者さんを調べると、正常人と比べた時ファイブロネクチンの特定の型(ED型)が平均で5倍近く上昇している事を発見している。この分子は、発生時や皮膚の修復時に上昇するが、成人では通常低いレベルで収まっている。ED型ファイブロネクチンはTLR4と呼ばれる受容体を刺激し、炎症や線維化を誘導する事が知られている。この研究でもED型ファイブロネクチンがコラーゲンの生産や線維芽細胞の増殖を促進する事が示され、強皮症の線維化にこのシグナル経路が寄与している事を示している。もちろんなぜED型ファイブロネクチンがこの病気で上昇するのかなど、病気の本当の原因が突き止められたわけではない。しかしこのシグナル経路を遮断すると、線維化を押さえる事が出来ること、またTLR4受容体の機能を抑制する薬剤も同じ効果を持つ事が示されている。原因を断つ根本治療は難しいが、これまでより病気に特異的な治療の可能性を示唆している。日々研究が進んでいる事を実感する。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月20日:疫学=WiKi学?(Plos Computational Biology4月号掲載論文)

2014年4月20日
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今日紹介する論文は誰もが膝を打つ。インフルエンザの流行予測は社会にとって重要なテーマであり、様々なモニターシステムが生まれている。我が国では厚労省が定期的に直前のインフルエンザ発生状況を公表している。ただ残念ながら1週間程度の時間差が生じるのは仕方ない。これに対する新しい方法として、グーグルはインフルエンザを調べるネットへのアクセス回数を処理してインフルエンザの流行をリアルタイムで調べる方法を開発し、Google Flu Trendサイトに情報を提供している。しかし、情報処理については全てグーグルの手の中で、例えば行政が利用するのは困難だ。今日紹介する論文は病気が増えるとその病気についてのサイトへのアクセスがリアルタイムで増える事を利用して流行を予測しようとしている点ではGoogle Flu Trendとアイデアは同じだ。違いは、アクセス回数も含めて全てが公開されているWikipediaを使う点で、自分で情報処理が出来る点で、処理方法がより透明になる。論文はハーバード大学のグループからフリーアクセス雑誌の一つPlos Computational Biologyに掲載された。タイトルは「Wikipedia usage estimates prevalence of influenza-like illness in the United States in Near Real-Time(Wikipediaを使って、インフルエンザ様病気のアメリカでの流行をほぼリアルタイムで測定する)」だ。研究は簡単で、Wikipediaにある16種類のサイトのアクセスを処理するアプリケーションを開発し、それから予測されるインフルエンザ様疾患の流行状態と、政府情報、Google Flu Trendを2007年から2013年まで比較している。さて結果だが、少なくともアメリカ合衆国ではWikipediaの公開情報を処理したアプリを使って予測した流行は政府発表とほとんど一致する。重要な事は政府発表がアメリカでは2週間後に示される事で、Wikipediaを使うと1日程度のずれで済んでしまう。また情報処理法が公開されていないGoogle Flu Trendと比べても予測率が約17%向上していると言う。Wikipediaでは情報が公開されているので、より素晴らしい予測アプリケーションを作れば更に正確な予測が可能になるだろう。この研究から学べるのは、情報が公開される事の重要性で、これにより始めて利用法は競争し合って改善していける。更に信頼できるしかしわかりやすい情報を提供するサイトの重要性だ。大事な時にアクセスされて初めて、新しい社会統計の核になる。疫学をWiki学にする新しいアイデアが我が国で噴出するのを夢見ている。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月19日ダウン症候群の遺伝子発現(Natureオンライン版論文)

2014年4月19日
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我が国の再生医学やiPS研究のプロジェクトの総括を務めたが、最も楽しかったのは科学技術振興機構のさきがけ事業「iPSと生命機能」だった。独立した若手研究者の研究を支援する事業で、年に2回全体会議で研究を聞き、選ばれた研究者にアドバイスする中で交流を深める事が出来た。うれしい事に現役を退いた今でも当時のメンバーから相談を受けたりすると、出来る限り多くの論文を読み少しでも役に立つ知識を集めようと励みになる。とは言え、さきがけメンバーの競争相手になりそうな論文を見つけると少し心配する。今日紹介する論文はそんな一つだ。スイスジュネーブ大学のグループがNatureオンライン版に発表した。タイトルは「Domains of genome.-wide gene expression dysregulation in Down’s syndrome (ダウン症で見られる全ゲノムにわたる遺伝子発現異常調節を示す領域)」だ。ダウン症候群は言うまでもなく21番染色体が1本増え3本になるトリソミーで起こるが、これがダウン症の症状にどうつながるのかはまだ明らかでない。ただ、ダウン症の細胞では21番染色体だけでなく、他の染色体にある多くの遺伝子の発現に全体的異常があるのではと疑われていたが、ダウン症を特徴付けるはっきりとした異常を見つけるには至っていなかった。ダウン症と言ってもその背景のゲノムはそれぞれ異なっており、共通の異常がマスクされてしまっている可能性がある。この研究は、トリソミー以外はゲノムがほぼ同じと考えられる一卵性双生児(片方はダウン症、もう一方は正常)の線維芽細胞を使う事でこの問題を解決している。研究自体は単純でダウン症と正常線維芽細胞で発現している遺伝子を比べ、両者の発現量の差を染色体上にマップしている。すると驚くべき事に、染色体に沿って、遺伝子の発現がダウン症で発現が高い領域、低い領域と交互に繰り返している事がわかった。これは遺伝子発現自体の高低ではなく、ダウン症と正常を比較した比の高低で、一卵性双生児の細胞同士を比べた時しかわからない。一卵性双生児で比べると言う着想が重要だったわけだ。事実ゲノムがほぼ同一と思われるマウスダウン症モデルでも同じ現象が見られる。更に同じ線維芽細胞からiPS細胞を誘導して調べた所同じ現象が見られている。従って細胞特異的ではなく、どの細胞にも見られる染色体のクセの様な物だ。理解のため誤解を恐れず要約すると、21番染色体が3本に増える事で、原因ははっきりしないがゲノム全体にわたって染色体構造に規則正しい乱れが生じて、遺伝子発現の機動性が損なわれると言う結果だ。そして、ダウン症の症状の多くも、ひょっとしたらこの染色体につけられてしまったクセから総合的に発生しているのかもしれない。もちろん他にも様々な実験を行っているが、結局一卵性双生児を比べてこの染色体のクセを現象として示した仕事で、メカニズムの解明はこれからだ。大変面白いヒントが得られたので、準備がしっかりできてヒントを探していた研究者達の研究は加速するはずだ。最初、私のさきがけメンバーの研究への影響はと心配したが、冷静に見ると逆にいいヒントを得たのではと胸を撫で下ろした。北畠君、頑張れ!
カテゴリ:論文ウォッチ

4月18日ダイエットの心理学(The Journal of Consumer Research オンライン版掲載論文)

2014年4月18日
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コンビニで弁当を買う時私はカロリーを気にする。ただ、小さなカロリー表示がどこに書いてあるかを探しだすには時間がかかる。次にカロリーを優先するか、食品の内容を優先するか考えながら、忙しく棚の弁当を物色し最終決定に至る。しかしよく考えてみると、時間がなく急いでいるときなど最後に何を決め手にしているのか結局良くわからない。今日紹介する論文はレストランのメニューを選ぶと言うセッティングを選んでこんな心理を分析した研究だ。私が普通は読む事のない経済関係の雑誌The Journal of Consumer Research オンライン版(8月に出るらしい)に掲載された論文で、「How and when grouping low-calorie options reduces the benefits of providing dish specific calorie information (食品毎のカロリー情報の便宜がメニューをグループ化する事でどのように損なわれるか)」がタイトルだ。経済関係の論文はほとんど読む事がないが、仮説を最初から提示するなど書き様がずいぶん違う。正直少しだらだらしすぎていて読みにくい。医学や生物学とはずいぶん文化が違うなと言う印象を持った。ただ研究は明快だ。大きなファミリーレストランの仮想メニューを3種類用意する。一つはカロリー表示のないメニュー、もう一つはそこにカロリー表示を加えたメニュー、そして最後に例えば700Kcal以下の特別低カロリー食品だけを別に提示したメニューだ。軽めのランチをとると言う想定で被験者にそれぞれのメニューを見て昼食を選ばせ、選んだ食品のカロリーを計算する。結果が面白い。全ての食品にカロリーが書いてあると確かに選んだ昼食の総カロリーは低くなる。ところが低カロリー食品だけ特に選んでメニューの端に提示しているメニューを示されると、何故かカロリー表示のないメニューで選んだのと同じカロリーの昼食になる。色々仮説を検討して、最後に選ぶのに時間をかける場合とかけない場合にわけて選ばせると、時間をかける事でどちらのメニューを使っても同じようにカロリーの低い昼食を選ぶようになる。要するに、低カロリーメニューだけを別に表示すると、低カロリーへの選択に悪い影響があるが、この効果はゆっくり時間をかけて選べば消えると言う結果だ。使われたメニューを見てみると、特に低カロリー食グループとして示されているのはほとんどチキンかターキーで、普通のアメリカ人には選ばれない様な食品が示されている。その結果、カロリー問題を忘れて好きなハンバーガーが1200でも1000でもどうでも良くなり、結局好き嫌いだけに任せて選んでしまう。しかし、時間を与えるとカロリー問題を思い出し、冷静な選択ができる。納得の結果だ。この研究から得られる教訓は、「食べ物を選ぶときは時間を惜しむな」だ。私も急がずコンビニの棚をゆっくり物色する事にする。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月17日研究が趣味 or 趣味が研究?(PlosOne誌4月号掲載)

2014年4月17日
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趣味をそのまま研究に生かすのはなかなか難しい。昆虫採集が趣味と言う研究者はずいぶん回りにいるが、そのまま昆虫を研究対象にしているケースは少ない。研究対象として物足りなかったりする場合もあるが、研究に必要な資金が趣味の延長にはなかなか集まりにくいからだろう。今日紹介する論文はちょっと変わっている。プロスワン誌4月号に掲載された英国のグループからの論文でタイトルは「Effect of prolonged exposure to hypobaric hypoxia on oxidative stress, inflammation and gluco-insular regulation: The not-so-sweet price for good regulation(長期間の低圧・低酸素状態が酸化ストレス、炎症、インシュリン依存性糖代謝に及ぼす影響:調節のための苦い代償)」だ。研究では24人の英国人ボランティア(?)が集められ、全員カトマンズからエベレスト中腹5300mのベースキャンプ(BC)まで登り、8週間滞在する。その間14人は頂上アタックを試み、8人がエベレスト登頂に成功している。この8週間、血液サンプルを採取し特に糖代謝について調べている。BC滞在で当然長期の低圧・低酸素にさらされる事になり、低酸素により上昇する乳酸はBC到着後1週間で高いレベルに到達しそのまま維持される。これは当然の事だが、驚くべき結果が糖代謝に現れていた。血中ブドウ糖濃度はロンドンからベースキャンプ滞在までほとんど変わっていない。うまく調節が出来ているようだが、血中のインシュリン濃度は頂上アタックグループも、BC滞在グループも2倍以上に上昇していた。血中グルコース調節に正常より多くのインシュリンが必要になる、インシュリン抵抗性と言う状態が引き起こされている。インシュリン抵抗性のこれまでの研究から、この背景にIL-6などの炎症を引き起こすサイトカインの上昇が存在する事が知られているが、実際IL-6の血中濃度は低地の3倍にもなっている。まとめると、低圧・低酸素によりIL-6などの炎症性サイトカインが誘導され、その結果インシュリン抵抗性状態に陥ると言うシナリオだ。このシナリオはこれまで実験動物で明らかにされていたが、今回の研究でヒトでも同じ事が起こる事が確かになった。しかしこれを確認するためにエベレストに登る必要があったのか素朴な疑問がわく。早速研究資金をどのように得ていたのか調べてみると、研究はThe Caudwell Xtreme Everest Research Groupによって行われたとなっている。さらにウェッブでこのグループについて調べると、要するにヒマラヤ登山での経験を医学に生かすと言う目的で活動する団体のようだ。従って、運営資金は寄付や企業スポンサーから得ている。おそらく趣味と研究を直結させるために団体を作り、資金を調達し、研究を行い、論文を書く。行動力や組織力には脱帽だ。新しい研究のあり方を感じる。
カテゴリ:論文ウォッチ
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