過去記事一覧
AASJホームページ > 2017年

5月9日:マウスガンゲノム研究も結構役にたつ(Journal of Clinical Investigationオンライン版掲載論文)

2017年5月9日
SNSシェア
ヒトガンゲノム研究が始まってから、マウスをモデルにした研究が一時下火になったような気がする。これは、研究自体が行われたのではなく、ハイインパクトジャーナルのレフェリーが、マウスなどのモデル研究をあまり採択しなかったからかもしれない。しかし、ヒトのガンゲノム研究が進むにつれ、モデルマウスの研究の価値が高まり、特にガンの環境や免疫を調べるため、あるいは発ガン早期の過程を体内で調べる研究にはモデル動物による研究は欠かせなくなっている。
   今日紹介するベルギー・ルーベン大学からの論文はヒトゲノムとマウス発ガンモデルを用いたゲノム研究がいかに相性がいいかを明らかにした論文でJournal of Clinical Investigationオンライン版に掲載された。タイトルは「Comparative oncogenomics identifyies tyrosine kinase FES as tumor supperssor in melanoma (比較ゲノミックスによりチロシンキナーゼFESがメラノーマの腫瘍抑制遺伝子であることを特定した)」だ。
   これまでマウスにガン遺伝子を発現させるモデルでは、ヒトのガンのように、ガンの必須ドライバーや定番のガン抑制遺伝子に加えて多くの遺伝子に変異が見られるという状況が得られないことが問題ではないかと思っていた。
   しかしこの研究では、マウス発ガンモデルでは必要最小限の遺伝子変化しか起こらないことが、発ガンに関わる遺伝子を特定するのに役にたつはずだと着想し、発ガンのドライバー遺伝子変異を持つマウス、あるいはさらにp16やp53などのガン抑制遺伝子変異を持つマウスでガンが発生した時点でヒトガンの場合と同じようにエクソーム配列を決定し、ドライバー以外に変異が導入されている遺伝子を解析している。
   ガン抑制遺伝子変異が揃っている場合でも、ガン発生までに30−50週かかる。すなわち、この間に新しい変異がマウスゲノムに入っていることが期待され,これをヒトと比べることは確かに役に立ちそうと納得できる。
   結果だが、予想どおり、UVにさらされて発生するヒトメラノーマと比べると突然変異の数は少なく、ミスセンス変異の数はたかだか一つのガンで1.3個程度だ。一方、染色体の欠損や遺伝子コピー数の変異は高い確率で見られ、詳細は省くがヒトのメラノーマで報告されている遺伝子変異とほぼ同じ変異が起こることが明らかになった。すなわち、マウスもヒトも概ね発ガン過程は同じで、マウスのゲノム解析から期待どおり発ガンに必要な最小限の遺伝子変異セットが何かをマウスモデルで確認することができる。
   さらにメラノーマでの遺伝子発現を調べることで、これまで注目されてこなかったチロシンキナーゼ遺伝子FESの発現が低下していることを発見し、発ガン過程でFES遺伝子がDNAメチル化により発現が抑制されること、またデータベースを再検索するとヒトのメラノーマでも40%でFESの発現低下が見られること、そしてFesがWnt経路を介してガンの増殖を抑制していることなどを示している。
   実際にはさらに詳細な解析が行われているが、詳細を省いてまとめると、マウス発ガンモデルでのゲノム解析を、ヒトガンのゲノム解析と比べる手法は極めて有用で、これまで見落としてきた発ガン過程に関わる分子を特定できるだけでなく、新しい治療法の開発も期待出来ると結論できる。
   マウスモデルだけで研究を進める時代ではなくなったが、ヒトでの結果を確かめるためにも、動物モデルが必要なくなる日は当分来ないことを確信した。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月8日:DNA複製が細胞周期に従わなくなったらどうなる?(5月2日号Cell Reports掲載論文)

2017年5月8日
SNSシェア
    私たちのDNA複製はG1期に何千もある複製開始点に複製に関わる分子複合体が集まることで始まる。この複製開始点はORCと呼ばれる分子複合体により認識されるが、このORCに複製に関わるMCMヘリカーゼ複合体を集めてくる主役がCDC6 (AAA-ATPase)とCDT1だ。もちろんこれらの分子の欠損はそのまま死を意味するが、これらの分子の働く時期が狂うと細胞にとっての一大事になる。すなわち、複製は複製開始複合体が形成されるかどうかで決まるため、一回の細胞周期に、複製が一回だけ起こるようにするには、複製開始複合体の開始点への結合が一回だけで終わるように厳しく管理しないと、新しくできた開始点がまた複製を始めてしまう。このため、使ったCDC6やCDT1はDNAから外れると細胞周期の特定の段階のみ働く酵素で分解できるようになっている。分解されるだけでなく、シャペロンであるCDT1にはその機能を抑制するゲミニンが結合して機能を止める。
   今日紹介するスペイン ガン研究センターからの論文は、この複製開始点の細胞周期にリンクした活性を狂わせてみたらどうなるかを調べた研究で5月2日号のCell Reportsに掲載された。タイトルは「In vivo DNA re-replication elicits lethal tissue dysplasias(DNAの再複製が体内で誘導されると致死的な組織形成不全が誘導される)」だ。
   私自身はRe-replication (再複製)というタイトルを見て、「何々」と興味を持って読んでしまったが、要するにCDC6とCDT1を過剰発現させると何が起こるのかという極めて単純な興味に答えた研究だ。もちろんガンではこのような状況が存在するし、また血液細胞ではCDC6がもともと高い。ただ、先も述べたように、細胞に十分量存在する細胞周期特異的なタンパク分解システムが存在するため少々これらの分子を過剰発現させても、細胞はなんとか処理するのではないかと、あえてこのような研究を行う研究者はこれまでいなかったようだ。
   結果は、マウスが成熟後両者の発現を正常の10倍程度高めることができるようにしたトランスジェニックマウスでは、分子を処理しきれず細胞周期にリンクしないDNA複製が起こり、組織の維持が破綻することを示している。
   もちろんこの破綻が細胞内での複製再開によることを示すため、まずトランスジェニックマウスから樹立した繊維芽細胞株を用いて、CDC6,CDT1は細胞周期特異的タンパク分解システムに処理されているが、処理しきれない分子が存在し、開始点へのMCM複合体のロードが2倍に高まっていること、それに合わせてDNA複製フォークの数も上昇していることなどを確認し、CDC6,CDT1両方を発現させた時のみ、再複製を誘導できると結論している。
   あとは様々な段階で両者を体内で発現させた後に何が起こるかを調べている。一番重要な結果は幹細胞についての結果で、両者が発現すると腸管の組織形成が破綻しマウスは死亡する。これ以外にも骨髄、胸腺などで細胞数が減少することが見られる。これは、再複製によりDNAが障害され、細胞死が起こることが主因であることを示しているが、詳細はいいだろう。   要するに、好きな時に細胞周期によるDNA複製の制御を外して、DNA複製を再誘導できる実験系が出来たということだ。結果は予想通りで、驚くほどのことはないが、例えば増殖細胞を特異的に殺して休止期にある幹細胞の機能を見るための幹細胞研究やガン研究に役に立つのではと期待できる。とはいえ、結果はあまりにも予想通りで拍子抜けする。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月7日:視床の神経活動調整機能 II(Natureオンライン版掲載論文)

2017年5月7日
SNSシェア
   昨日は、学習したルールを思い起こして行動に移るまでの前頭前皮質の中での神経細胞同士のシナプスリレーを維持するために、視床の背内側核からの刺激が必要であることを示した論文を紹介した。
   今日紹介するバージニア大学からの論文は、学習したルールに従って運動を起こす前に運動皮質前部(ALM)で観察される、いわば行動準備のための神経活動に視床との結合が必須であることを示した研究で、タイトルは「Maintenance of persistent activity in a frontal thalamocortical loop(前頭部の視床皮質ループの持続的活動を維持する)」だ。
   この研究で使われている課題は少し変わっている。まずマウスのヒゲの前方あるいは後方を刺激して、どちらの刺激を受けたかを、鼻先に置かれた左右2つの標的のどちらかを舐めるという動作で表現できるように訓練する。ヒゲが刺激された後ブザーがなって初めて舐める行動に移るように訓練しておくと、ブザーがなるまでの時間、ALM内の神経細胞が興奮する。課題の設定に工夫が感じられるのは、ヒゲの刺激は片方の前後の区別だが、その結果は右か左の標的を舐める行動へと変換している点だ。左右の運動は、反対側のALMで制御されている。実際片方のALMの活性を光遺伝学的に落とすと、反対側を舐める行動だけが低下することから、準備作業が運動に直結することが確認出来る。    いずれにせよ、ヒゲからの刺激の指示が理解されると、それに対応する行動の準備がALMの興奮として観察できることがわかる。後はこの興奮に影響与える領域をまず神経結合を追跡する手法を用いて特定し、次にそれぞれの領域の神経活動を光遺伝学的に抑えて、どの領域の抑制がALMの神経活動を抑制するかを調べ、視床の活動抑制のみがALMでの行動準備のための神経興奮を抑制することを突き止めている。
   次にALMと結合してALM神経の興奮維持に必須の視床領域を調べ、内側腹側核/前腹側核側方(VM/VAL)がALMの活動を制御していることを明らかにした。昨日の研究と比べると、課題は一見似ているが、運動の準備を指標に調べると、視床の異なる領域が関わっていることがわかる。
   昨日の研究と比べると、この研究ではさらに、運動準備期間に視床VM/VALも活動し、ALMの活動を抑制するとVM/VALの活動も抑制されることを示し、両方の領域が直接相互作用をしていることを明らかにした。すなわち、行動準備の活動が視床と運動皮質が双方向的に直接結合したサーキットの活動として維持され、このサーキットが形成されることで、視床を介して他の刺激が運動準備段階の神経活動にさらに関与する可能性を示している。        以上2日にわたって、行動を起こす前の短い期間に作用する神経ネットワークに、視床が関わることを勉強したが、課題に応じて異なる大脳皮質領域にネットワークが形成され、それが対応する視床と連結して機能することがよくわかった。視床の機能がここまで明らかになるとは、光遺伝学恐るべしだが、哲学で問題になってきた自由意志問題の脳科学が少しずつ近づいているような気がした。    
カテゴリ:論文ウォッチ

5月6日:視床の神経活動調整機能 I(Natureオンライン版掲載論文)

2017年5月6日
SNSシェア
   Natureオンライン版に視床の神経機能についての論文が2編も出ていたので、紹介することにした。私たちの学生の頃は、視床を感覚刺激が大脳皮質に伝わる中継点として考えれば良かったが、最近の研究で実は脳全体のハブとして脳内各領域と相互に作用していることがわかっている。今の学生さんにはいないだろうが、脳幹は基本的な生命機能を調節しているで済ませていたのは昔の話だ。
   今日(1日目に)紹介するニューヨーク大学からの論文はマウスが課題として与えられたルールに従って行動するときに、このルールの維持に視床が関わっていることを示した論文で、タイトルは「Thalamic amplification of cortical connectivity sustains attentional control(皮質の結合を高める視床の作用で注意力を維持するとができる)」だ。
   この研究では音で合図をした後、異なる二つの音のどちらかを聞かせて、その音で指示される行動をとるように促す。この指示には光と音を同時に感じた場合光に反応するか、音に反応するかが決められており、指示どおりの反応をするとほうびがもらえるようにして、訓練する。訓練は完璧で、マウスは指示どおり正しい方をとるようになる。
   このとき、前頭前皮質の神経活動を記録すると、指示に従って音を選ぶときに反応する神経と、光を選ぶときに反応する神経が、前もって活動していることがわかる。すなわち、ルールを理解し、行動までの準備が行われている。この行動に備えた準備サーキットでは、指示を聞いたときに反応する細胞から後の方で反応する細胞まで、反応の時間差があるが、全て指示に合わせて活動することから、指示を維持するためのサーキットが形成されているのがわかる。このような例をみると、神経刺激は全て一度サーキットの活動にシンボル化されていいることを本当に実感する。
   この研究ではこの前頭前皮質のサーキットの維持に、視床が関わるのではとあたりをつけて、研究を行っている。視床の背内側核を光遺伝学的に抑制すると、期待どおり指示内容を頭の中で維持することができなくなる。特に、指示を受けてすぐから視床の支配を止めると、その効果が強く、指示内容を維持するシナプスリレーの後半に視床の活動を抑制しても影響は少ない。
   最も面白いのは、この支配は光の選択、音の選択と、指示のカテゴリーとは無関係で、指示をうけたシナプスリレーを維持するためのエネルギーとして必要なことだ。
   この結果を確かめるため、視床の活動を高める実験も行っており、これにより指示どおり反応する確率が上昇する。
   実際には同時に数カ所の活動を記録しながら、極めて限られた領域の光による操作ができる方法など、最新の方法を用いて膨大な実験が行われているが、視床の背内側核と前頭前皮質の神経結合が、前頭前皮質内で指示と行動をつなぐシナプスリレーの活動を動機付けていることを示している。
   この研究ではあまり議論されていないが、読んで勝手に解釈すると、私たが一定の行動をとるとき、それを行うための動機、フロイト的に言えば力動のメカニズムが少しづつ解明されているような気がして勝手に興奮している。明日は同じ号に発表されたもう一つの視床についての論文を紹介する。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月5日 CRISPR/CAS治療に向けた着実な進展(Nature Biotechnologyオンライン版掲載論文)

2017年5月5日
SNSシェア
ゲノム編集を巡って、役所と学会との思惑が一致しないことがメディアで報じられている。実際に何が起こっているのか全く把握していないが、基本的には生殖系列のゲノム編集研究に関する法や指針に向けた議論だと思う。
ただこの分野の論文を読んできた印象からいうと、倫理議論とは別に考える必要があるのは、この分野での我が国のプレゼンスが極めて低い点だ。すなわち外野から見ていると、倫理議論だけが盛り上がって、研究が盛り上がっていないという不思議な現象が起こっているように思えてしまう。    もちろんレベルの低い研究力でもゲノム編集ができてしまうため、利用は拡がるだろう。ただこれだけではいい研究には発展しない。同じように臨床応用も、最初は開発された技術をそのまま適用すればいいわけではない。どの疾患を、どのような戦略で攻めるか、臨床研究者の知識と構想力が試される。実際、競争が熾烈を極める体細胞の遺伝子編集治療となると、我が国からほとんどめぼしい論文は出ていないのではないだろうか(もし間違っていたら教えて欲しい)。
   一方世界レベルでは、臨床を想定した遺伝子編集を用いる前臨床研究が着々と進んでいるように思える。今日紹介するピッツバーグ大学からの論文もその一つで、染色体転座というガンの根幹を標的にしたCRISPR/CAS利用法の開発研究で、Nature Biotechnologyオンライン版に掲載された。タイトルは「Targeting genomic rearrangements in tumor cells through Cas9-mediated insertion of suiside gene(Cas9を用いた腫瘍細胞の遺伝子転座部位への自殺遺伝子の挿入)」だ。
   多くのガンで、染色体転座が発ガンに重要な役割を演じていることがわかっている。この転座によって、正常の細胞には全く存在しない遺伝子配列がガン細胞だけに発生するので、この配列を使ってガン細胞だけに自殺遺伝子を導入して、ガンを治せないかというのがこの研究の目的だ。誰もが分かっていることだが、いい着想だ。このモデルとして、異なる転座を持つ前立腺ガン細胞と、肝ガン細胞をモデルとして使っている。
  自殺遺伝子としては、実績のあるチミジンキナーゼ遺伝子を選び、転座部位に挿入する方法を開発したのがこの研究のハイライトだ。チミジンキナーゼが導入されると、ガンシクロビル投与で、細胞を特異的に殺すことができる。
   遺伝子挿入の効率を上げるため、DNAの片方の鎖に切れ目だけを入れるよう改造したCAS9を用いている。この変異型CASに転座部分を含む2種類のガイドRNA(別々のストランドに相補的)を結合させ、アデノ随伴ウイルスベクターに組み込んで、細胞に感染させている。これにより、転座部位を挟んで2箇所の切れ目が入り、自殺遺伝子が挿入される。
   もちろん100%の効率までにはいかないにせよ、期待どおり転座を持つガン細胞だけを選択的に殺すことができる。同じ実験を、ガンを移植したマウスに遺伝子導入を行い、生体内でも同じ効果が期待できるか調べている。まだ30%程度にガンが縮小する程度で、完全消失とはいかないが、十分期待できる結果だ。それでも、担ガンマウスの生存が大幅に伸びているのには驚く。    治療に使うためにはまだ克服すべき点も多いと思うが、読んだ限りは着想もいいし、応用性も高いだろう。転座を持つ多くのガンに使える方法へと発展すると期待できる。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月4日:自閉症と健康III (Autism Speaks特別レポート)

2017年5月4日
SNSシェア
最終日の今日は「自閉症と精神衛生」、「自閉症と早死に」について紹介する。
V. 自閉症と精神衛生
  正直、この内容は患者さんや家族を混乱させるだけかもしれないと心配する。というのも、私が読んでいて内容が一般向けというより、自閉症の方々を診察している一般医向けではないかと印象を持った。そのことをまず断って紹介したい。
   自閉症だけでなく、多くの精神疾患の背景に、発生過程で起こる神経ネットワーク形成の様々な異常が存在すると考えられるようになっている。実際、論文を調べると、自閉症の30-61%が注意欠陥・多動性障害(ADHD)、11-42%が不安障害、7%の児童、26%の成人がうつ病、4-35%の成人が統合失調症、6-27%が双極性障害を併発しているという報告がある。しかし、本当に併発しているのかを診断するのは難しい。そのため、専門家により自閉症と他の精神疾患を区別するためのガイドラインが発表されている。
自閉症とADHD
ADHDでは、注意力欠陥、多動、衝動的行動により、学校で物事に集中できず不注意なミスを繰り返す結果、社会性の発達や学習が阻害される。一般児がADHDに罹る確率は6-7%だが、自閉症児になると30−61%と跳ね上がる。Autism Speaksによる調査で、自閉症児の半数にADHDが認められ、両方が併発すると生活の質が著しく阻害されるにもかかわらず、1割程度しか適切な治療を受けていないことが明らかになった。
   この理由は2013年まで、米国精神医学会のガイドラインで、ADHDと自閉症は併発しないとされていたからで、2013年以降この考えは改められた。それでも、両者の症状は似ており、どう区別するかさらなる研究が必要だ。
  一方小児科雑誌Pediatrisは自閉症児のADHDを診断するガイドラインを発表し、精密な診断の上で個人に適合した投薬が必要であることを強調している。
自閉症と不安症
   自閉症に不安症が併発する確率は11-42%と論文ごとに違う。ただ、一般成人でも15%と不安症の比率は高い。とはいえ、新しい人に会ったり、人混みを極端に恐れ、一旦始まると不安を抑えることが難しいのは自閉症児の不安症の特徴で、成人後も続くと考えられている。要するに自閉症児は変化を嫌うと考えればいい。
   不安症についての最大の問題は、会話が難しいケースでは診断が難しいことで、研究が進められている。
   2016年Pediatrics誌は自閉症に併発する不安症を認識し治療するためのガイドラインを発表している。このガイドラインが最も重視している点は、自閉症の人たちが不安な気持ちを伝えられないことで、実際の症状、例えば動悸、筋肉の緊張、腹痛などの症状を通して診断しなければならない点だ。不安は様々な行動を誘導する。例えば頭や体を激しく揺らしたり、場合によって壁に頭をぶつけたりするSelf-soothing(自慰)行動や反復行動、あるいは急に反抗的になったりすることがこれにあたる。ガイドラインでは個人の症状に合わせた認知行動治療の有効性を述べているが、実施となると難しい。(認知行動治療では論理的思考、ロールプレイ、勇気を思い浮かべる、徐々に恐れのもとに近づくなどで、ネガティブな感情を克服させる。自閉症児用のプログラムも作られており、例えば漫画の主人公を使って困難を克服させる訓練など。言葉や知能に問題のない自閉症では特に論理的な思考により不安を克服できることがある。)
行動治療やカウンセリングで改善が見られない場合薬剤治療が行われるが、自閉症の不安症に効果が証明された薬剤はまだないと言っていい。従って、一般に処方されるセロトニン再吸収阻害剤(プロザックなど)が処方されるが、自閉症の人には効果が低いことが報告されている。
自閉症とうつ病
   自閉症児の7%、成人の26%がうつ病を併発すると報告されている。このように、うつ病は成長とともに増加する。これは自閉症の人たちが社会から孤立することと関係する。従って、正常のIQを持つ自閉症の人については常にうつ病の可能性を考慮する必要がある。
  長期間にわたって憂鬱感、絶望感、無価値感、虚無感などが続き、活動量が低下、そして自殺を考え実行するなどがうつ病の症状だが、自閉症の症状とも重なるので診断が難しい。これに対しては2015年に自閉症児のうつ病診断のためのガイドラインが発表されている。
   10歳を過ぎると、うつ病の自閉症児の自殺傾向は高まる。これは知能と関係ない。
  認知行動治療の効果が期待できることが示されている。一方、薬剤治療については自閉症に特異的な治療法はなく、一般人と同じ薬剤が処方される。ただ、自閉症の人たちは、眠気、興奮、イライラなどの副作用が多い傾向にある。
自閉症と統合失調症
   両者の関係については、長年議論されてきているが、現在も背景には多くの共通の要因があると考えられているが(例えば妊娠時の炎症、遺伝的背景など)、1990年代に両者が異なる病態であることはほぼ確認された。最も大きな違いは幻覚のような精神異常は自閉症には見られないこと、及び発症年齢だ。
重要なのは両方の疾患が高率に併発することで、統合失調症と診断された成人のどの程度に自閉症が併発するか調査が望まれる。
自閉症と双極障害
   双極障害は、躁と鬱が繰り返す気分障害だが、自閉症との併発率については6%から27%と論文により大きく異なっている。例えば躁状態で初対面の人と話し込んだり、不適切な言葉で傷つけるなどは自閉症でも見られるため、過剰に診断されているのではと専門家は警告している。
   これは、双極障害治療に使われるリチウムで起こる喉の渇きや震えといった副作用が、自分の状態を伝えるのが下手な自閉症児では気がつかれず、命に関わるためで、より安全なバルプロン酸の投与から始めるのが推奨されている。
VI 自閉症と早死に
   自閉症児の平均寿命が36歳という驚くべき結果はすでに述べた。この結果は自閉症の人の平均寿命が54歳と示したスウェーデンの大規模調査でも確認されている。
  すなわち自閉症の人たちは早死にする危険があることを示している。最大の理由は事故死で、例えば自閉症の子供の水の事故は正常児の160倍に達することが報告されている。スウェーデンの統計では、自殺及びてんかん発作による死亡が自閉症では8倍高い。ただこれに加えて、冠動脈疾患、消化器疾患、呼吸器疾患など他の病気での死亡率も自閉症では高いことが示されており、さらに詳しい調査に基づいて、早死にを予防する方法の開発が望まれる。
以上3日間にわたってAutism Speaksの特別レポートを紹介した。私自身の感想だが、自閉症の研究を推進し、様々な重要な情報を発信できる患者団体が存在する米国をはじめ寄附先進国を本当に羨ましいと思った。
カテゴリ:疾患ナビ論文ウォッチ

5月3日:自閉症と健康 II(Autism Speaks 特別レポート)

2017年5月3日
SNSシェア
今回は「自閉症と睡眠」と「自閉症と食事」についてレポートの内容を紹介する。

III 自閉症と睡眠障害

  最近の論文によると、自閉症の人たちの半数が、寝つきが悪い、なんども目がさめる、朝起きるのが極端に早いなどの睡眠障害を持っている。これに昼間の行動障害が加わり、学習を妨げ生活の質を落としてしまう。
   同時に睡眠障害の子供を持つ親も、徘徊して事故が起きるのではと、睡眠が障害され、強いストレスにさらされている。実際、4歳を超えると徘徊による事故は命に関わる。
   自閉症に伴う睡眠障害は病気として捉える必要がある。例えば自閉症の場合概日周期(夜と昼のリズム)に関わる遺伝子の変異する確率が2倍高い。   就寝中に起こるてんかん発作で睡眠が妨げられている場合があること、自閉症の人の11-40%が様々な不安障害を抱えていること、も知られており、これが睡眠障害の原因になることを念頭におく必要がある。
   脳波を調べる睡眠相の研究も行われており、自閉症の場合動眼神経が活動するREM睡眠の比率が少ないことがわかっている。このレポートではREM睡眠をそのまま夢を見ることと関連させているが、最近の研究ではREM=夢という通説は間違っていることがわかっており、頭頂後頭皮質のような夢中枢の研究が今後必要になると思う。
他にも、メラトニンの分泌が少ないなど研究は着実に行われている。もしこの結果が正しい場合、メラトニンの投与は治療のための選択肢になる。
現在睡眠障害の治療として期待されているのは、バンダービルト大学で開発された、自閉症児の親に対する教育プログラムで、ワークショップでは、両親に日中の運動とアウトドアでの活動の重要性を説き、子供が決まった時間に就寝し、途中で起きてもすぐに寝るための様々な方法を教えている。ワークショップ参加者の声から判断すると、このプログラムは効果があるようで、同時に両親もストレスから解放されることができたと述べている。

IV 自閉症と摂食障害


   最近の総説論文によると実に70%の自閉症スペクトラムの子供に何らかの摂食障害が見られ、36%は重い摂食障害と診断される。
   限られた種類の食物や、特定の色や口当たりの食べ物しか口にしなかったり、食事を中断するなどが症状になる。ただ、全てが精神的な症状ではなく、例えば運動障害によって咀嚼や嚥下機能が低下していたり、胃から腸への排出が遅れたりする場合もある。
以上は摂食障害(feeding disorder)だが、食欲や食行動の異常(eating disorder)、すなわち食べなかったり食べ過ぎたりする行動異常もしばしば見られる。
慢性的な過食症は、子供だけでなく、成人しても見られる異常で、満腹感が低下していることが多い。また、自閉症児は食物の匂いや口当たりに感受性が高く、その結果決まった高カロリー食品を偏食することになる。この場合、肥満になるだけでなく、栄養素によっては不足することになる。自閉症治療に認可されているリスペリドンも食欲増強作用があるので注意する必要がある。
異食症
  食べ物とは言えない様々なもの、例えば釘、ガラス片、時には壁から禿げた塗料や消毒材など、を口に入れる異食症は、知的障害を持つ自閉症児にとっては命に関わる重大な事故につながり、最も注意の必要な症状になる。
  幸い、行動治療の効果が出ると、異食症も改善する。
   最近アトランタの自閉症センターから、異食症を改善するプログラムが発表されている。このプログラムでは、セラピストが自閉症児に、問題となる様々なものを示し、子供が避けると褒美を与えたり、興味を違う対象に向けさせたり、間違ったものを食べるのを止める気持ちをもたせたりするセッションを繰り返す。必要な場合、なんと87セッションが行われる。
   現在短期効果については確認されているが、長期効果がわかるためには今後の追跡調査が必要。
摂食障害対策
  家庭で対応しきれないことが多い。このレポートでは、医師、栄養士、介護士からなるチームによる、食生活の診断、それに基づく治療プログラム作成、そして児童に対する個別指導などの必要性が強調されている。
  特に、
1) 野菜、果物、タンパク質など、どれかを完全に避ける、
2) 特定のブランド、あるいは特定の形や色の食品しか食べない、
3) 食べさせようとすると、口を閉ざしたり、嘔吐したり、食事を中断する。
4) 食べ物に興味を示さない。また褒めても反応しない。
5) 専門家により咀嚼などの運動障害があると診断される。
6) 専門家により栄養不足と診断される。
などの項目の2つ以上が認められるときは、治療が必要。
過食症:
   最近の研究によれば、過食は早期から始まり、2−5歳の自閉症児の16%が肥満であることが明らかになった。これは正常児の10%と比べると明らかに高い。原因か結果かは明らかでないが、過食児の多くは、複数の向精神薬を服用している場合があり、専門家とよく相談して治療方針を決める必要がある。
   治療としては、偏食を治し、量を減らし、エクササイズを進めるといった一般的な方法しかない。冷蔵庫や食べ物の保存場所に鍵をかけるのも対策の一つになる。自閉症を持つ家族のためのマニュアルが公開されており、この利用も対策の一つになる(我が国の状況は把握できていない)。
問題は、アウトドアでのエクササイズといっても、自閉症児には難しいことが多い点で、これがもとになって、両親のストレスが増えるようでは元も子もない。行動異常や知的障害のある子供達も可能なメニューの開発が望まれる。

最終回の明日は精神的な問題について紹介する。
カテゴリ:疾患ナビ論文ウォッチ

5月2日:自閉症と健康 I(Autism Speaks(NPO)の最新レポートより)

2017年5月2日
SNSシェア
このブログは第一線の学生や研究者に読んでいただいているが、難解な表現が多くあるにもかかわらず、専門外の方々にも読んでいただいている。そこで今日から3日間は連休特集として、論文紹介ではなく、最近Autism Speaksと呼ばれる米国NPOから発表された「Autism and health(自閉症と健康)」と題された特別レポートを紹介しようと思っている。このレポートはAutism Speaksのウェッブサイトからダウンロードできる
   このレポートの目的は、自閉症自体の治療ではなく、自閉症の患者さんがかかりやすい様々な病気についてわかりやすく解説することだ。内容は、
1) 自閉症とてんかん
2) 自閉症と消化器の異常
3) 自閉症と不眠
4) 自閉症と食事
5) 自閉症と精神衛生
6) 自閉症と突然死
からなっており、自閉症の方々に起こりやすい病気をあらかじめ知ってもらって、できるだけ健康な生活を送ってもらうための情報を提供している。
   私は自閉症の専門家では全くないが、このレポートの前書に、「自閉症を持つ人たちの平均寿命が36歳である」と書かれているのに驚いた。これを知ると、自閉症を全身疾患として捉え直し、少しでも健康な生活を送ってもらうことを目的とするこのレポート重要性は計り知れない。本来ならAutism Speaksの許可を得て紹介するのが筋だろうが、日本の人にも正確な情報が届くなら、おそらく問題にはなるまいと、私の一存で紹介することにした。
自閉症とてんかん
   てんかんの発症率は1-2%だが、自閉症の方ではなんと発症率が20-33%で、就学前と思春期に発症のピークが見られる。自閉症の約1/3を占める知的障害(IQ70以下)を併発するケースで発症率が高くなる。    21編の論文をまとめた最近の研究は、てんかんが自閉症の死因の7−30%を占めることが示されており、自閉症の健康を守るための最優先項目になっている。
   症状としては、1)何かをじっと見つめる発作、2)筋肉硬直、3)四肢の不随意発作などが特徴的だが、もともとてんかん自体は多様な症状を示すので診断は専門家に相談することが最も大事だ。てんかんが自閉症に多いことをしっかり認識するのが、患者さんや家族にとって重要な点だ。
    てんかんの治療については専門家に任せることになるが、症状を抑える抗てんかん剤は約2/3の患者さんに効果がある。効かない場合は、迷走神経刺激、あるいはてんかん発作の引き金を脳領域を外科的に除去する場合もある。
   最近自閉症とてんかんを誘導する様々な遺伝的異常が明らかにされてきた。それぞれは、特定の遺伝子の変異による特異的な病気だが、共通のメカニズムがわかると、多くの患者さんに利用できる治療法の開発が期待できる。
自閉症と消化器異常
  2014年、自閉症児は正常児と比べて8倍、慢性の消化器症状を示すことが明らかにされた。腹痛、腹部のガス、下痢、便秘、排便痛などが症状で、一般的に自閉症の症状が重いほど、腹部症状も重い。特に、コミュニケーションが取りにくい子供で症状が重くなるので注意が必要。
   
自閉症児のお母さんの観察にヒントを得て研究が行われ、細菌の毒素が消化管と脳をつなぐ迷走神経を刺激して、脳に影響を及ぼすことを発見している。すなわち、腸の細菌叢は自閉症児の行動異常を悪化させることがある。 今年、自閉症児の腸内細菌叢を調べた研究が発表され、1)毒素を持つクロストリジウムのような細菌の比率が高いこと、2)このような細菌の増殖と腸内での炎症反応がセロトニンなどの神経伝達物質のバランスを変化させることが示された。この結果を受けて、正常児の細菌叢を移植する臨床治験が始まっている。
これらの例からわかるように、自閉症のケアは常に消化器の異常の可能性を念頭に置いて進める必要がある。その例として、
慢性の便秘:一過性の便秘と異なり、持続的で腹痛を伴い、場合により直腸裂傷、痔、脱肛などに発展する。コミュニケーションがうまくとれない子供では発見が遅れ、重大な結果につながることがあるため、子供の様子がおかしいと思う場合(背中をそらせて弓なりの体位をとる、お腹を押さえる、歯をくいしばる)場合は医師に相談する必要がある。便秘は腸内細菌叢を変化させ、様々な行動異常を悪化させることもある。
   原因としては、1)無グルテン食や偏食により食物繊維がとれない、2)リスペリドン(リスパダール)などの向精神薬、3)行動異常に伴うトイレ習慣の乱れ、が主なものだが、腸管の奇形や運動異常など器質的変化も常に考慮が必要。
(無グルテン食が自閉症の症状を改善するというレポートが出されているが、統計学的にしっかりと計画された治験でほとんど影響がないことが明らかにされている。特殊なケースを除くと、無グルテン食など制限食により食物繊維不足になる方が心配)
  治療は、薬剤治療と行動治療を並行して行うが、家庭としてはできるだけ食物繊維をとらせるよう心がける。

慢性下痢:下痢が続く場合は様々な疾患を考えることが必要。自閉症の場合に注意が必要なのは、便秘が原因で下痢が続くことがある点だ。原因を特定することが重要で、もちろん医師の指示に従う。
胃食道逆流症も自閉症児にはよく見られるので注意が必要。喉に引っかかった感じや胸焼けを訴える場合はこの病気が隠れていることがある。結果、食が細ったり、就寝前の食事を避けるようになる。また、会話が難しい子供は、自損行動や反抗的な態度として現れることもある。
治療は制酸剤、ヒスタミン阻害剤、プロトンポンプ阻害剤で治すことができる。
ヨーグルトなどのプロバイオの効果は、まだ動物実験段階で、統計学的に信頼に足る治験は行われていない。宣伝に惑わされないことが重要。
明日は睡眠障害、食事についての内容を紹介する。
カテゴリ:疾患ナビ論文ウォッチ

5月1日:土に還ってもDNAは残っている(Scienceオンライン版掲載論文)

2017年5月1日
SNSシェア
    ドイツ・ライプチヒのマックスプランク研究所の前所長スベンテ・ペーボさんたちの地道な努力により、石器時代の人骨が残っておれば、DNAを抽出し、塩基配列を決める方法が確立し、ゲノム解析は今や考古学に欠かせない技術になっている。10年余り、この分野の研究論文を読んでいると、古代のヒトゲノムのみ解読する方法の開発と並行して、質のいいDNAが得られる骨の種類も明らかになり、この技術が一般にも利用できる方法に発展してきたのがわかる。
   このように質のいいDNAを求める方向と並行して、これまで質が悪いとして使われなかったDNAも使い尽くすための研究が進んでいたようだ。今日紹介するライプチヒ・マックスプランク研究所からの論文は、石器時代の人骨が見つかった住居跡の土からDNAを採取して解読できるか調べた論文で、Scienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Neandertal and Denisovan DNA from Pleistocene sediments(石器時代の堆積物から採取されるネアンデルタール人とデニソーワ人のDNA)」だ。
   鉱物はDNAなどの有機物を吸着して守ってくれる働きがあることがわかっている。このため、土壌からDNAを採取して生息していた動物や植物を推定するための方法が進んでいたようだ。この研究は、これまで開発された方法を、考古学にも利用するための条件設定を主目的にしている。したがって、すでに考古学やゲノム解析が進んでいるヨーロッパ及びシベリアの7箇所(1.4−5.5万年前の石器時代遺跡)の土を採取し、そこから哺乳動物のミトコンドリアDNAを精製、ライブラリーを作成して配列を決めている。論文は、最終的に人間のミトコンドリアDNAの配列を読解するまでの過程を順を追って示している。
   まず驚くのが、土壌から得られたDNAの79-96%が全く由来がわからない点だ。要するに、私たちがゲノムを解読できた生物は限られている。このわけのわからないDNAから目的のDNAを採取するため、哺乳類ミトコンドリアを広くカバーできる242種類のプローブを作成し、土壌DNAから前もって哺乳動物mtDNAを精製している。その結果、それぞれのライブラリーから14-50114種類のmtDNA配列を読むことに成功している。これは12種類の哺乳動物に対応し、もちろんマンモスや当時生息していた毛むくじゃらのサイ、クマ、シカ、狼、ハイエナなど、ヨーロッパやシベリアに多くの動物が暮らしていたことがわかる。なんと、現在アフリカに生息するハイエナとほとんど同じハイエナすらヨーロッパに生息していたようだ。
   次に原人のmtDNAに焦点を絞ってライブラリーを形成して解読を行っている。今回選んだ遺跡の土壌からは、デニソーワ人のmtDNAが一種類、ネアンデルタールのmtDNAが8種類特定されている。新しい人種などは発見されていないが、これまでのゲノム配列と対比することで、土壌からのDNAも各住居跡の原人の系統関係を相当正確に明らかにするために利用できることがわかった。特に同じ遺跡から発見される複数の異なる系統の今後の解析は面白い。
   この研究で最も懸念されるのが、DNAが他の年代の地層に浸透しないかという点だが、幸い鉱物に吸収されることで、同じ年代の地層に止まることも分かった。
   研究はこれだけで、メッセージとしては地味だが、mtDNAについていえば、骨から得られる量に匹敵するぐらいのDNAを得ることができることがわかり、古代人の系統関係や生活状態など、さらに詳しい解析が可能であることを期待させる論文だと思う。ミトコンドリアは母型なので、系統交流についても面白い話がわかるような気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月30日SNSは権力の腐敗を防げるか?(Information Economics and Policy掲載論文)

2017年4月30日
SNSシェア
   毎日紹介する論文を探すために必ず見るのが、大学や学会のプレス発表を集めた国際的キュレーションサイトで、基本的には生命科学に限ったサイトを閲覧している。ただ、ざっと目を通すが、プレス発表の内容は読まず、面白いと思えたタイトルは実際の論文にあたり、自分で判断している。おおよそタイトルから面白いと思う5−10編の論文を毎日ダウンロードし、目を通している。大変な作業に思えるかもしれないが、長年やっていると慣れてしまって、だいたい2−3時間あれば十分で、出勤前と通勤時間の間で作業を終えることができる。
   現在2つのサイトを閲覧しているが、最近生命科学の中に経済や政治の論文が結構混じっている。政治も経済もいつかは生命科学になると思うとキュレーターの判断に納得するが、息抜きとしてたまに読むようにしている。
   今日紹介する論文もこのキュレーションサイトで紹介していたのをダウンロードした。このバージニア工科大学からの論文は、一般的な意味での生命科学とは全く関係なく、幾つかの公表された統計データを集めて、SNSが政治や権力の腐敗を防ぐ役割があるかを検証した論文だ。タイトルはズバリ「Does sociall media reduce corruption? (ソーシャルメディアは腐敗を抑えるか?)」で、Information Economics and Policyオンライン版に掲載された。
    この雑誌は初めてなのでデータを調べてみたが、それほどレベルの高い雑誌ではないようだ。ただ、研究の方法は単純明快で、世界銀行から発表されている腐敗度を示すControl of Corruption Index(CCI)と、フェースブックのデータをもとに世界各国のフェースブックユーザーのデータを集め分析し提供しているQuintlyという会社のデータから、各国でのフェースブックの普及度を調べ。両者の相関関係を調べている。この研究の最も重要なデータはこれだけで、後はこのデータの信頼性について様々な要因を加味して検定している。したがって、論文の中で図1として示されたデータをまとめると、
1) まず予想通り、フェースブックの普及率が低い国と、世界銀行の発表している腐敗指数は逆相関する。
2) 腐敗係数が極めて高く、フェースブックの普及がほとんど進んでいない一かたまりの国が数多く存在し、リビア,赤道ギニアなど多くのアフリカの国が含まれる。
3) 腐敗度の最も低いのが北欧3国だが、フェースブックの普及率も高い。
4) 最もフェースブック普及率の高いのはアイスランドで、腐敗度は我が国と同じ程度。
5) 我が国は極めて特殊で、フェースブックの普及率は開発途上国並にもかかわらず、腐敗指数はだいたいフランス、英国、ベルギーに近い。
もちろんこのデータだけからフェースブックが普及すると腐敗は防げると結論するのは早計だろう。実際には経済発展や福祉、政治の伝統の方が腐敗度ともっと相関すると考えてもいい。この点を調べるため、様々な回帰試験を行っており、確かに都市化など多くの要因がこの結果に反映されることも検証している。
   中でも面白いのは、報道の自由度との関係で、報道の自由がない場合はとくにSNSの力が発揮できる点、また一般報道との補完性なども指摘している。
   いずれにせよ、これはスタートラインで研究としてのレベルが高くないことは専門外でもわかる。しかし、このデータからスタートして、例えば腐敗の激しい一かたまりの国を、同じ指標で追い続けるなど、研究手法としては期待できるのではと思う。
   それに加えて、不完全な統計であっても我が国の立ち位置も面白い。特に警官が賄賂を取るといったことはないが、今問題になっている権力者に対する忖度や、役所が文書を平気で破棄する点など、違った腐敗が問題になっている我が国でも、SNSが腐敗を防ぐ可能性の解析は重要だと思う。
  論文としては物足りないが、腐敗の解析まできちっと論文として残そうとする精神には感服している
カテゴリ:論文ウォッチ
2024年12月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031