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4月13日:母体のIL-6濃度の胎児脳への影響(Nature Neuroscienceオンライン掲載論文)

2018年4月13日
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ウイルス感染を含む炎症が妊娠中におこると、胎児の脳の発達に影響して自閉症などの発症率が上がることは広く認められている。従って、妊婦さんはできる限り炎症の原因を遠ざける必要があり、多くの機関では妊娠を希望する女性にワクチン接種を呼びかけている。
昨年9月、炎症により起こる脳の変化を詳しく調べた論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/7378)。この研究によると、炎症で上昇するサイトカインの中でもIL-17が神経細胞に直接働く張本人であり、これを抑制できると炎症が起こっても脳への影響は最小限に止めることができる可能性がある。このように、メカニズムの研究は治療法の開発にとって必須でさらに進むことを期待する。

しかしほとんどの研究は、動物モデルで行うしかない。この動物実験と、疫学による調査をつなぐ研究が必要になるが、今日紹介するオレゴン健康・科学大学からの論文はそれにあたると思い紹介する。タイトルは「Maternal IL-6 during pregnancy can be estimated from newborn brain connectivity and predicts futuree working memory in offspring(妊娠中の母体のIL-6濃度は新生児の脳の結合と将来の作業記憶に相関する)」だ。

この研究では母体の炎症をIL-6濃度で代表させて、生まれてきた子供の新生児期の脳のMRI検査、そして2歳時点での作業記録のテストの間で相関を調べている。IL-6が炎症を反映することはよく知られた事実で、例えば2型糖尿病でのインシュリン抵抗性がIL-6と相関することなどは、2型糖尿病への炎症の関わりを示すと理解されている。

MRI検査は睡眠時に撮影をして、脳の各領域内外の結合性を調べ、これを数値化してIL-6濃度との相関を調べている。そして画像解析を行った対象の中から40人近くを選んで、各瞬間での入力の統合性を支える作業記憶テストを行いっている。

IL-6濃度は単純な指標だが、MRI検査は情報量が多いため、対象にする領域を最初から絞って数値化している。実際には10領域について、領域内、領域間の結合性をデータ化している。結果的に領域内の結合性で10指標、領域間の結合性で45指標を弾き出し、相関を調べている。これにより、IL-6濃度と相関する領域として、1) Salience Networkと呼ばれるある対象にフォーカスを当てるときに働く領域内及び脳活動の安定性維持に関わるCingulo-opercular network、2)空間的注意を向けることに関わるsubcortical netowork, dorsal attention netowork, そしてventral attention network、cellebellar network内外の結合性、そして3)視覚を介した注意に関わるvisual netowork, fronto-parietal network、そしてdorsal attention netoworkの結合性が特に低下することが明らかになった。 これらの領域の機能を確認するため、MRI検査と脳の機能検査が調べられたデータを用いて相関を調べ、これらのネットワークが、各瞬間での入力を統合し、選択するときに必須の作業記憶機能と関わる領域であることがわかる。そこで、MRI検査を行った新生児の中から選んだ46人の作業記憶検査を行い、特に妊娠第3期のIL-6濃度と作業記憶に因果的相関があることを示している。 今流行りのAIを用いて、モデリングと予想性を調べる手法が駆使された研究で、解析データを信じるほかないが、この方法はIL-6だけでなく、ほかのパラメーターについても適用できることから、大変だが期待したい方向の研究だ。特に、自閉症スペクトラムや注意障害などを理解するためにも、ハイリスクグループを早期に特定して、このようなコホートを行うことは重要だ。もし、特定のネットワークを生後に成長させる方法が見つかれば、治療が可能になるかもしれない。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月12日:ヒゲクジラのゲノム解析(4月4日Science Advances掲載論文)

2018年4月12日
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ヒゲクジラの仲間には、世界最大の哺乳動物シロナガスクジラが含まれる。いつも不思議に思うのだが、こんな大きなクジラなのにヒゲ板でこしとれる小さなオキアミなどで体を支えている。現役の時、当時東工大の岡田先生のグラントヒアリングに参加し、トランスポゾンを標識にゲノムを調べると、クジラはカバから分離してきたことを聞き、なんとなく納得したが、なぜこのような巨大な哺乳類が誕生できたのかなど、まだまだわからないことは多い。当然多くの研究者が殺到して、ゲノム解析はとうの昔に終わっていたのかと思っていた。

今日紹介するフランクフルトの生物多様性と気候研究センターからの論文は、6種類のヒゲクジラのゲノムを解析して、その系統関係を解析した論文で4月4日号のScience Advancesに掲載された。タイトルは「Whole-genome sequencing of blue whale and other rorquals finds signatures for introgressive gene flow(シロナガスクジラと他のナガスクジラの全ゲノム解析により、種間の遺伝子移入の痕跡が見つかった)」だ。

研究ではカバと6種類のヒゲクジラの全ゲノムを6−27coverageの精度で解析し、それぞれの系統関係、遺伝子移入の有無、そして個体数の変遷について解析している。実際には、クジラのゲノムはこれまでも研究されており、特にヒゲクジラの仲間は、形態的系統分類とゲノムによる系統分類の間で矛盾が多く、一般的な種分化の様式が適応しにくいことが指摘されていたらしい。

この研究では、全ゲノム解析に基づきSNPがはっきりした約35000のゲノム断片を比較して系統樹を書き、シロナガスクジラとイワシクジラのグループ、コククジラ、ナガスクジラ、ザトウクジラのグループ、そしてミンククジラのグループにとりあえず分けられるが、コククジラの位置関係がまだはっきりしないことを見出す。

そこで次にそれぞれの種間の遺伝子移入の有無を調べると、それぞれの種間で遺伝子移入が検出されるが、種分化の早い段階で起こったミンククジラとの交雑がコククジラで検出できないために、おそらくコククジラの系統だけが、別系統に分類されるたと結論している。一方、コククジラとシロナガスクジラ、イワシクジラ間では遺伝子移入が検出できる。

このように遺伝子移入が起こると、順々に種分化が進むとするモデルが成立しないため、これを勘案して系統関係を計算する必要がある。そしてカバから約5千万年前に分離したクジラから約3千万年前にヒゲクジラが分離、1千万年前にミンククジラとそれ以外のヒゲクジラが、8百万年前にシロナガスクジラ、イワシクジラの仲間と、ザトウクジラ、ナガスクジラの仲間、そしてコククジラが分かれたという最終的系統樹に到達している。

あと種内での多様性から、ヒゲクジラは1千万年前位に最も栄え、その後ずっと個体数を落としてきていることも示されている。ヒゲクジラを守ることは私たちの使命だ。

これまで、1千万年というスケールの種分化研究で遺伝子移入を問題にしている研究に出会ったことはなかった。陸上動物ばかりに目がいってしまうと、生息圏が隔離され、交雑の機会が失われるといった状況を種分化の要因として考えてしまうが、海の中にはなんの境界もない。そう考えると、広い海を北極や南極から赤道まで回遊を繰り返すクジラが交雑を繰り返しながら多様化することも納得する。

我が国は捕鯨を文化として位置付けて調査捕鯨に50億円近い予算が支出されているが、このようなゲノム研究にどれだけ本腰を入れているのか知りたいところだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月11日新しい血液細胞Ter細胞(4月19日号Cell掲載論文)

2018年4月11日
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私事になるが、ドイツから帰ってきた後数年、当時胸部研の桂先生の教室にお世話になり、ストローマ細胞依存性の造血やリンパ球分化の研究を始めた。まず造血を支持するストローマ細胞を株化することが重要な目標だったが、それと並行して、血液やストローマ細胞に対するモノクローナル抗体作成も行った。同じ時、桂研究室で助手をしていたのが喜納君で、彼が作った抗体の中に赤血球を他の血液から区別できるTer119があった。彼がなぜTerという名前をつけていたのか、忘れてしまったが、Ter119よりTel119の方が覚えてもらいやすいのではないかなどと取るに足らないアドバイスをしたことがある。最終的に、喜納君はこの抗体が認識する分子が赤血球特異的グライコフォリンに結合する分子であることを決めたと思う。いずれにせよ、Ter119はマウスの血液学ではもっとも利用されている分子マーカーになっている。

今日紹介する上海第二軍医大学からの論文はTer119を発現するこれまで見つかってこなかった血液細胞系列を発見しTer細胞と名付け、そのガン細胞の増殖に関わる機能を明らかにした論文で4月19日号のCellに掲載され、懐かしいので取り上げることにした。タイトルは「 Tumor-induced generation of spleenic erythroblast like Ter cells promotes tumor progression(ガンにより脾臓で誘導される赤芽球様のTer細胞はガンの進展を促進する)」だ。

この研究では、肝臓ガン細胞を移植したマウス特異的に脾臓で誘導される細胞を探索し、Ter119陽性だが、血液細胞マーカーCD45陰性細胞がガンの増大とともに誘導されることを発見する。この細胞はCD71抗原も発現していることから未分化な段階の赤血球系細胞で、同じ細胞は胎児肝臓細胞でも見られ、遺伝子発現から巨核球と赤血球に分化する細胞から誘導されたと考えられる。

この細胞は癌の種類は問わないが、ガンにより分泌されるTGFβにより赤血球分化が促進することで誘導される。そこで、ガンの進展に対するTer細胞の関わりを検討し、Ter細胞が神経増殖因子の一つArteminを分泌し、この血中濃度が高いとガンがより悪性化することを明らかにしている。すなわち、ガンが大きくなり、TGFβが誘導されると、脾臓の赤血球増殖が高まり、その結果Ter細胞が誘導され、これがArteminを分泌してガンの増殖を高めるという、一種の悪性のサーキットができることになる。

さらにArteminがその受容体を介してガン細胞の細胞死を防ぐ経路も明らかにした後、マウスモデルでArtemin注射によりガンの進行が早まること、逆にArteminに対する抗体を注射することでガンの進行を遅らせることを明らかにしている。

話はこれだけで、不思議な細胞がいるという意味で面白いが、通常ガンが大きくなると造血は抑えられるし、治療によっても貧血になることを考えると、この経路が本当に長いガンの経過で常に働き続けるのかどうかは疑問に思う。その意味では、まだまだキワモノの域を出ないと思うが、Ter細胞が存在することは間違いなさそうで、喜納君も喜んでいるだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月10日:腎臓癌に対して免疫チェックポイント治療を組み合わせる(4月5日発行The New England Journal of Medicine掲載論文)

2018年4月10日
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私の小学校時代からの友人はこの数年、腎臓癌で治療を受けている。再発、転移などがある割には、質の高い生活が送れているのは、おそらく元のガンの性質が良い方だったのだろう。もちろん、主治医の適切な処置にも感謝すべきだと思う。ただ、いつか現在の薬剤でコントロールがきかなくなったら、次ぎは免疫チェックポイント療法かなとメールで話している。腎臓癌もオプジーボ使用が承認されているガンだ。

私の友人が経験してきたように、腎臓癌に対しては、これまで様々な治療法が存在し、IL-2やインターフェロンのように免疫を標的にする治療が効果を示すこともわかっている。一方、進行した外科治療が適応にならない腎臓癌に対するもう一つの薬剤として現在スニチニブが認可され、効果の高さから世界的にも標準治療になりつつある。血管増殖因子受容体VEGFRとそれに近縁のチロシンキナーゼ受容体に効果がある飲み薬で、ガンへの血管の供給を止める一種の兵糧攻めだ。このため、わが国でもオプジーボなどの免疫チェックポイント治療が認められるのはあくまでも、スニチニブなどの効果が見られない場合に限られる(私の印象で確かめてはいない)。

このように、さまざまな治療薬が認可されていることは、もちろん患者さんにとっては嬉しいことだ。ただ、私は臨床に関わっていないので間違っている可能性もあるが、様々な薬剤が、しかも組み合わせて用いられる腎臓癌は、今や製薬企業がそれぞれの薬剤の優位性を示す戦場になっている気がする。新しい組み合わせで、現時点での標準治療を置き換えるための競争だ。実際、血管新生を標的にする薬剤だけでも現在何種類も利用できるはずだ。

今日紹介するスローンケッタリング癌研究所を中心に214人が参加した臨床治験は、まさにこんな例で、現在進行腎癌の標準治療になりつつあるスニチニブをコントロールにして、なんとオプジーボとともに、同じ会社から発売されているもう一つのチェックポイントCTLA-4を標的にしたイピリムマブを組み合わせた2重チェックポイント治療の優劣を比べている。タイトルは「Nivolumab plus Ipilimumab versus Sunitinib in advanced renal cell carcinoma (進行性の腎臓癌に対するニボルマブ+イプリムマブ対スニチニブ)」で、4月5日発行のThe New England Journal of Mediineに掲載された。

対象は、未治療の進行性腎臓がんの患者さんで、約500人づつ平均で25ヶ月追跡している。

詳細は省くが、腎臓がんに対しては最初から免疫チェックポイント治療は効果を示す。しかも、スニチニブと比べると、癌が完全に消えるケースが1%に対して9%、癌が縮小した率は27%に対し42%、癌の進行を抑えることができた期間は8.4ヶ月に対し11.6ヶ月、そして18ヶ月目の生存率は60%に対して75%だ。加えて、治療による副作用はチェックポイント治療の方が少なく、生活の質も守られるという結果で、下世話な言い方をすれば、チェックポイント治療の圧勝と言っていいだろう。

もちろん、この結果は私の友人も含め、患者さんにとっては素晴らしい結果だ。健康保険に収載されれば、患者さんの負担はとくに変わることはない。私も患者の立場なら、この方法の早期承認を求めるだろう。

それでも何か気になるのは、新しい薬剤の価格が高騰していることと、効果のある薬もさらに効果がある薬に短期間で置き換わる状況が生まれていることだ。すなわち新薬が次々と開発されるのは、患者にとっては喜ばしいことだが、一つの薬の寿命が特許期間よりはるかに短くなると、それを見越して初期価格が高騰していく心配だ。さてどうするのか、処方箋がないのが最大の問題だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月9日:なぜ生ワクチンの方が効果があるのか(Nature Immunologyオンライン版掲載論文)

2018年4月9日
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医療費が高騰する中で、国民全体の健康という中では、ワクチンの重要性が強く認識されている。これは細菌や、ウイルスに対してだけではなく、例えばアルツハイマーや、動脈硬化に対してもワクチンの開発が進んでいる。しかし、免疫反応はただ抗原を注射すれば良いというものではない。抗原が樹状細胞に取り込まれた後の、様々な炎症反応により、免疫誘導が決まるが、このプロセスを最適化する必要がある。このことが最もよくわかるのが、ワクチンに使うとき病原体が生きている方が明らかに免疫能が強いことで、天然痘撲滅もおそらく生きたワクチンを使ったお陰で達成されたと思う。

自然免疫の研究がこれほど進んだので、生きた病原体がなぜ免疫誘導が高いのかについてはとっくにわかっていると思っていたら、案外そうではなかったらしい。今日紹介するベルリンのシャリテからの論文は大腸菌をモデルに生菌と死菌の免疫誘導能の差を調べた研究で4月号のNature Immunologyに掲載された。タイトルは「Recognition of microbial viability via TLR8 drives Tfh cell differentiation and vaccine response(TLR8を介して微生物の生死を認識することで濾胞型Tヘルパー細胞の分化が誘導されワクチン反応が成立する)」だ。

研究では、毒性を遺伝操作で除去した大腸菌に対する免疫反応をモデルに、まずヒトの単核球に死菌と生菌を取り込ませ、ヘルパーT細胞の誘導脳を調べ、生菌を取り込んだ単球だけが濾胞型の強いメモリーT細胞を誘導できることを示している。

あとは、生菌と死菌を取り込んだ単球の遺伝子発現を比べ、最終的にIL-12とTNFの発現が生菌を取り込んだ時だけに上がること、また濾胞型のT細胞の誘導にはIL-12を中心に、TNFなど幾つかの補助的サイトカインが必要であることを明らかにする。

最後に、このサイトカイン反応の誘導には細胞内リソゾームで発現する自然免疫受容体、TLR8が必須で、おそらく生菌の場合のみRNAを感知してIL-12分泌を誘導すると結論している。

話はこれだけで、ではこれで生菌と死菌の差を説明できたかというと、私は一部しか説明できていないと思う。一本鎖RNAは死菌にも存在する。また、天然痘や狂犬病などウイルスの場合と、肺炎球菌のような細菌の場合で、結果は同じなのか明らかにする必要がある。もちろん、TLR8のアゴニストをアジュバントにして、死菌でも同じ効果を持つユニバーサルなワクチン作成法が開発できればそれでもいい。

論文としては少し足りないと感じたのか、研究では豚をモデルにしたワクチン摂取実験、また人間のTLR8受容体で強い反応を示す多型を発見したことなどを合わせているが、本質ではないと思う。この研究は、アジュバント開発に至って初めて、その意義が出てくる。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月8日:SLEは常在細菌刺激により始まるのか?(3月28日Science Translational Medicineオンライン掲載論文)

2018年4月8日
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SLEは全身性の自己免疫病で、私が医学部を卒業して以来、病気を管理するという点では一貫して改善してきていると思う。しかし、残念ながら多くの自己免疫疾患と同じで、根本的な治療についてははっきり言ってまだ先が見えないと言ってもいい。一つの原因は、なぜこのような全身性の自己免疫性の炎症が誘導されてしまうのか、未だにはっきりした答えがない点にある。ただ、かなり前から、ウイルスや細菌に対する免疫反応が病気の引き金になる可能性が議論されてきた。

今日紹介するエール大学からの論文は、この引き金が細菌に発現するRNA結合タンパク質Ro60ではないかと検討した研究で、3月28日にScience Translational Medicineにオンライン掲載された。タイトルは「Commensal orthologs of the human autoantigen R060 as triggers of autoimmuneity in lupus(人間のRo60に対応する常在細菌の相同分子はSLEの自己免疫の引き金になる)」だ。

Ro60はRNA結合タンパク質で、病原体やトランスポゾン由来を始めとするノンコーディングRNAの検出に何らかの役割を果たしているのではと考えられている。このタンパク質に対する自己抗体が、SLEの半数、亜急性SLEの90%、シェーグレン病の80%に見られることから、Ro60は病気の引き金として疑われてきた。

Ro60はほとんどの生物に保存されていることから、この研究では常在細菌のRo60が免疫の引き金になっていると着想し、3種類の細菌のRo60がヒトのRo60抗原ペプチドとほぼ同じペプチドを持っていること、SLEの患者さんではこの3種類のうちいずれかが、常在菌として存在していることを見出している。

あとは患者さんの血中の自己のRo60反応性のT細胞が細菌由来のRo60と反応すること、また自己抗体も細菌のRo60と反応することを示した後、無菌マウスにこれらの細菌を移植することで、自己反応性のT,B細胞が誘導されることを示している。

以上から、著者らはRo60が引き金になる可能性を強調しているが、因果性という点ではまだまだはっきりしない。というのも、自己免疫病が誘導された免疫システムを移植し直して、病気が起こるかどうかを調べないと100点の答案にはならない。実際、Ro60 ノックアウトマウスでは自己免疫病が起こるが、これはRo60の作用が失われ、異常RNAが自然免疫を刺激して、炎症が起こるからだと考えられている。とすると、Ro60に対する抗体は、一種の2次産物と言え、引き金ではない。その意味で、不完全という印象が否めない論文だが、根治のためには、このような地道な研究の繰り返しが重要だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月7日:ボノボの群を抜く社会性(4月5日号Human Nature掲載論文)

2018年4月7日
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人類に最も近いサルはチンパンジーとボノボだが、両者の行動様式には大きな差があり、霊長類学者や人類学者の興味を引いてきた。例えば、有名なGoodallによるチンパンジーの研究により、肉を求めて他のサルをハンティングするだけではなく、他の群れを襲って殺戮するという衝撃的な行動が明らかにされた。一方、ボノボでは群れ同士の争いはなく、群れの中でも、1匹のオスが群れ全体を支配するという構造ではなく、性行動自体は生殖目的に限らずメス優位の乱交型の、平和的行動様式であることなどが示されてきた。

このような研究論文や著書を読むと、熱帯雨林や動物園で観察を続けることが、結局人間や自分自身を考えることになり、研究自体に見識と想像力が必要であることがよくわかる。事実、ボノボ研究というと多くの著書のあるdeWahlが頭に浮かぶが、彼の「ボノボと無神論」という本などを読むと、本当に深い教養と思考に裏付けられた研究者であることがわかる。残念ながら、我が国の科学者の本を読んでも、同じような印象を持つことはほとんどない。これは経験を面白いよそ事と捉えるのか、我が事と捉えるのかの教養の体系の違いのような気がする。

前置きが長くなったが、今日紹介するのはボノボのハンティングの後の予想外の行動について調べたリバプール・ジョン・ムーア大学からの論文で4月5日号のHuman Natureに掲載された。タイトルは「Food Sharing across Borders(群れの境界を超えた食料の共有)」だ。

チンパンジーが肉を求めて群れでヒヒなどの小型サルをハンティングすることはGoodallの研究などで有名で、私も生命誌研究館のブログに狩りの様子について説明したことがある(http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/post_000022.html)。単純化してチンパンジーの狩りを表現すると、他の個体と目的を共有することがないため、群れで狩りをしていても、各個体の頭にあるのは、自分が餌にありつくだけだ(http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/post_000023.html)。従って、獲物を分け合うのはかなり近い間柄の個体だけで、群れの中でも、一緒に狩りをした仲間でも餌を共有することはあまりない。

一方、ボノボは平和的で狩りをほとんどしないと考えられていたが、最近で小型猿や他の哺乳類をハンティングすることが知られるようになった。その結果、ボノボでは、獲物をメスが仕切って分け合うことが明らかになり、ここでもボノボとチンパンジーの差が浮き彫りになった。

この研究では、この獲物の共有が、グループを超えて起こるのかどうか観察を続け、ついにその現場を確認したという論文だ。現場はコンゴの熱帯雨林で、もともと別々の縄張りで生活している2つのグループを長期的に観察する中で、一つのグループのオスが捕まえたダイカーを、他の群れのメスにも分け与える行動を発見した。ダイカーは比較的大きいので、このようなことが起こったのかもしれないが、自分の群れだけではなく、メスに主導されて他の群れにも肉を与え、メスはそれを子供にも分ける。もっと驚くのは、異なる群れのメス同士でももらった獲物を分け合うことだ。

このように群れの境界を超えて、獲物を分け与える行動が観察できたのは、今回が初めてのようだ。メスが仕切る社会構造のボノボならではの行動だが、ボノボと700万年前に別れたアウストラロピテクスはボノボ型か、チンパンジー型かぜひ知りたいところだ。その後、erectusに進化してから男女の体格差がなくなっており、おそらく一夫一婦になると思うが、この過程もボノボ型の乱交型を経て起こったのか(私はそう思っているが)、オス主導で起こったのか、今後もボノボ研究から目が離せない。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月6日:クリスパー/Cas9+クローン=ハンチントン病モデル(5月3日発行予定Cell掲載論文)

2018年4月6日
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ゲノムから系統関係を計算すると、マウスはヒトやサルに最も近い実験動物で、大型動物として実験研究に用いられる、犬、豚などとヒトとの距離は遠い。それでも、例えばカテーテルの練習はもっぱら豚が使われているし、外科的な研究は大型動物なしには難しい、寿命の問題も重要で、発症までに時間がかかる場合、マウスはあまりに寿命が短い。この意味で、大型動物を用いた疾患モデルを作ることは重要だ。

今日紹介する広州にある中国科学院生物医学健康研究所からの論文は、豚を使ってこれまで難しかったヒトのハンチントン病モデル作成に成功したことを報告する論文で、5月3日号のCellに発行予定だ。タイトルは「A Huntingtin knockin pig model recapitulates features of selective neurodegeneration in Huntington’s disease(Huntingtinをノックインした豚モデルはハンチントン病の特異的な神経変性を再現する)」だ。

個人的な話になるが、この研究所の設立にはアメリカで早くからクローン動物の作成に成功していた中国人科学者Xiangzhong (Jerry) Yangが様々なアドバイスをしていたように思う。私が初めて会った時、彼自身は唾液腺ガンでアメリカを離れることはできなかったが、新しい研究所の構想を話してくれた。その後ハードワーカーのDuanquin PeiがDirectorとして、胚操作の強みを生かした立派な研究所に成長したと思う。

ハンチントン病は、Huntintin遺伝子の第一エクソンに長いCAGの繰り返し配列を持つ人に発症する、現在では治療法のない神経変性疾患で、特に大脳の奥の線条体の尾状核の神経細胞が選択的に変性し、付随運動や認知症、そして後期には呼吸障害が現れる優性遺伝病だ。このグループはこれまでも、長いCAGリピートを持つ豚モデルの作成を試みていたが、異常分子の発現の線条体選択性が再現できず、豚は発生過程ですべて失われていたようだ。

そこで、クリスパー/Cas9を用いて、150回繰り返すCAGリピートがhuntintinに導入された豚の線維芽細胞を作成、この線維芽細胞の核を取り出し、豚未受精卵に戻してクローン豚を作成している。クリスパーの効率がいいと言っても、2400近い遺伝子導入実験の中からようやく9クローンが得られている。さらに、線維芽細胞の核を3000近い卵に核移植し、全部で6匹のクローンブタ作成に成功している。金も、人手もかかる大変な仕事だと思う。

このうちの一匹を起点に2年でようやく15匹のF1、10匹のF2を作成している。こうして得られたCAGリピートを持つブタの多くは、5ヶ月経つと急に運動障害を発症する。さらに、ヒトでは後期にしか現れない呼吸障害も早期から現れる。実際、最初の世代も10ヶ月でほとんどが死亡しており、繁殖も大変だったと想像する。そして何よりも、マウスモデルではうまく再現できなかった、線条体尾状核の選択的神経脱落が見られ、極めて人のハンチントン病に近い 病態であることが、解剖学的、組織学的に確認されている。発症が早いのは、150という、普通より2−3倍長いリピートを用いたためだろう。

具体的な病変などの説明はすべて省くが、要するに人間の病気に近い大型動物疾患モデルができた。しかし実際の臨床的解析はこれからだと思う。今後、コストはかかってもコンスタントに同じハンチントンモデル豚の生産ができれば、治療の切り札として期待されている細胞治療による治療の可能性を確かめることができるだろう。もちろん、CAGから作られるポリグルタミンの毒性を和らげる薬剤のテストにも用いられる。

しかしクローニングとクリスパーを組み合わせてこの目的を達成した論文を見て、今は亡きJerry Yangを思い出した。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月5日:胚盤胞形成時のアクチンの役割(4月19日号Cell掲載論文)

2018年4月5日
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哺乳動物の胚は、受精後卵割を繰り返す中で将来胎盤になるトロフォブラストと、胎児へと分化する内部細胞塊に分かれる。この過程は分化マーカーも整備され、また試験管内で分化が決定して胚盤胞と呼ばれる構造ができるまでを試験管内で再現できるため、かなり研究が進んでいると言っていいだろう。この過程で最終的運命が決まるのが、8細胞期から16細胞期へと至るプロセスだが、それまで細胞が接し合う塊だったところに、構造に秩序をもたらす細胞接着構造が形成され、2種類の細胞が内と外に分離する。この、新しい秩序が分裂しながら自然に形成されることを私が実感したのは、細胞分裂のオーガナイザーである中心体が存在しないマウス胚で、紡錘糸が細胞同士の膜が接する場所に発生し、接着分子を膜へと輸送する働きを果たしながら、細胞分裂のオーガナイザーとしても働くという、思いもかけない結果を示したシンガポールからの論文を見た時だ(昨年9月5日に紹介したhttp://aasj.jp/news/watch/7325)。

そして同じシンガポールA*Starのグループから、8−16細胞期のアクチンの動きを調べ、やはり思いもかけない挙動が初期胚で見られることを示した論文が4月19日号のCellに発表された。タイトルは「Expanding Actin Rings Zipper the Mouse Embryo for Blastocyst Formation(伸びていくアクチンの輪がマウス胚の接着を閉じて胚盤胞を形成する)」だ。

一般的上皮では、細胞接着構造により細胞骨格分子がオーガナイズされ、特にアクチンは接着班に集まって見える。当然初期胚でも細胞同士は未熟ではあっても接着構造を形成しており、そこに濃縮されていると思っていた。ところが、この研究では16細胞期、接着部位と離れた表面側(apicalと呼ぶ)にアクチンが構造化されて(F-アクチン)リングをを形成し,それが大きく伸びて最終的に細胞接着部位に一体化することを発見した。これまで、多くの人が初期胚のアクチンを調べたはずなのに、どうしてこれほど特徴的な像を見落としていたのか、不思議に思う。いずれにせよ、この特徴的なアクチンの挙動を発見したことがこの研究のハイライトで、あとはすでに調べているチュブリンの挙動と対応させながら、細胞学的に詳しく調べている。美しい写真とビデオでデータが示されており、これを文章で表現するのは難しい。詳しく知りたい方は、是非論文に当たって欲しい。

ここでは詳細を省いて、これらの解析から著者らが考えているこの特徴的アクチンの挙動の分子背景、および生物学的意味だけを簡単にまとめておく。

1)アクチンリングは8細胞期でも見られ、細胞非対称性形成と密接に関わっている。この時期の紡錘糸は膜接着部位に形成されるが、これを起点としてapical側へとオーガナイズされる細胞内での物質の流れがこのリングの形成に関わる。
2)分裂が終わり16細胞期になると収縮リングに集まっていたアクチンがapical側へ移行、アクチンリングが形成され拡大する。この時、微小管はリングの上方に集まる。
3)16細胞期のアクチンリングは大きく拡大するが、こうして形成されるアクチンにはミオシンが結合していないため、アクチンの運動ではなく、細胞全体の形態が変化し、微小管の集まった外部表面が広がることで、アクチンリングが伸びると考えられる。
4)こうして広がり始めたアクチンリングは細胞接着構造に接合するが、これを起点にミオシンやカドヘリン、などさまざまな接着分子が集まり、ジッパーが閉まるように細胞接着部位を、adherence junction, tight junctionの揃った完全な上皮型接着構造に転換する。
5)これにより完全に胚内と、胚外が分離され、胚盤胞の内腔が形成される。

以上がシナリオで、最初にアクチンをリング状にまとめておくことで、非対称性だけでなく、接着構造を迅速に漏れなく形成することが可能になっている。

一般の方には難しい話になってしまったが、胚発生に関わっていた一人として、本当にうまくできていると感心した。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月4日:遺伝子解析から小児の神経疾患をどこまで診断できるのか(3月29日号Nature掲載論文)

2018年4月4日
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小児の神経は可塑性に富んでいる。ということは、早期に診断できれば、発達段階で何らかの介入が可能になる。現在Fragile X, Rett症候群, MECP2重複症など、遺伝性が明らかな疾患については、生まれてすぐに診断して必要に応じて遺伝子治療などを行う可能性が出てきている。このため、神経細胞を標的にした遺伝子治療に期待が集まっている。

しかしガンと同じで、小児の疾患の中には、例えば父親の精子形成時に起こった新たな突然変異が病気の原因になっているケースも多い。発生過程でこのような遺伝子変異が影響してしまうと、心臓や脳の発達異常が起こってしまう。ただ、この場合も、子供で新しい遺伝子変異が生まれていることは確認できることから、どの遺伝子に異常があるのか、早期に診断できる可能性がある。このことを最も強く示したのが、昨年英国のサンガーセンターを中心発表された小児の診断がつかない神経疾患についてのエクソーム解析で、このような症例の42%は、新たな突然変異が原因である可能性を示していた(Nature 542:433,2017)。

しかしそれでも6割は原因不明のまま残る。これをなんとか遺伝子で診断できるようにできないか努力したのが今日紹介する、同じサンガーセンターからの論文で3月29日号のNatureに掲載された。タイトルは「De novo mutations in regulatory elements in neurodevelopmental disorders(神経発達障害での遺伝子調節領域の新しい突然変異の寄与)」だ。

この研究もDDDとよばれている発達障害の子供のコホートを対象にした研究で、今回はエクソーム(タンパク質に翻訳される領域)ではなく、遺伝子発現を調節している領域に絞って、新たな突然変異(De Novo Mutation)が起こっていないか調べている。このためには当然全ゲノム解析が望ましいが、4000人にもなる患者さんの全ゲノムのDNA配列を解読することはできるだろうが、そのデータを解析するのは至難の技だ。この研究では、代わりに進化的に保存された、すなわち神経発生に機能していると考えられる非翻訳領域(CNE)に絞って解析している。この時心臓の発生に関わることがわかっているCNEも同時に調べ、神経発生異常に特徴的な突然変異を探索している。

それでもデータは膨大で、結果はデータを統計学的、推計学的処理を行ったグラフや表で示され、その内容について私も正確な判断ができるわけではない。このため、詳細は省いて結論だけをまとめておく。

1)まず間違いなく、遺伝子発現調節領域や、スプライシングに関わる領域に生じた新たな(de novo)突然変異と関連づけられる発達異常は存在する。
2)ただ、推計学的に因果性が示唆されても、個々の変異により障害が誘導されるメカニズムを特定することは、まだまだ時間がかかる。
3)今回の研究で新たな変異として6000近くの変異が発見されているが、統計学的には、このうち良くて5%が病気の発症に関わっていると推定されるだけで、おそらく調節領域に起こった新たな変異のほとんどは発達異常を誘導している可能性は少ない。
一言で行ってしまうと、これまで研究が進んでいる遺伝子調節領域やスプライシング領域のみ対象にしても、遺伝子による原因不明の病気の診断率は期待したほど上がると期待できないという、ちょっと拍子抜けの結論だ(もちろんこれがわかることは極めて重要で、この論文の重要性は変わらない)。

原因として、多くの障害は結局エピジェネティックな過程によるのかもしれない。ただ、遺伝子発現調節について、進化的に保存されている場所はそれほど多くないことも考えられる。従って、情報処理力を上昇させて、全ゲノム解析を行うことが次のステップになるだろう。親からの遺伝性のない発達障害を、エピジェネティックとして片付けないで、どこまで「ゲノムによる診断率をあげられるのか、著者らの執念が感じられる研究だった。
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