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2月9日 Fibromyalgia(線維筋痛症)の診断の難しさ(Arthritis Care & Research オンライン掲載論文)

2019年2月9日
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Fibromyalgia(線維筋痛症)という病気のことを知っている人はそう多くないだろう。私が卒業後医師として勤めていた頃は概念すらなかった。実際にfibromyalgiaが定義されたのは1990年のことで、卒後17年もたってからの話だ。ただ、定義されたと言っても、症状が、誰でもが感じる痛みを中心とした様々な症状をベースに診断が下され、血液検査や病理検査で決まるわけではないので、医師の方が診断基準に慣れておらず、間違ったり、診断が遅れたりする。現在では、アメリカリウマチ協会が出している痛みが起こる場所と、症状の強さ、などを基盤とした診断基準を用いて診断される。

ではfibromyalgiaとは何か?と問われると、脳内での痛みの処理が異常になって痛みの閾値が下がる病気と言えるのかもしれない(これは個人的解釈)。体の様々な場所が痛く感じられるが、中枢的な異常と言って全く抹消に痛みの原因がないわけではない。この痛み感覚のために、うつ症状を含む様々な症状が現れてしまう。いくら診断基準があっても、医師にとっては最も診断の難しい病気の一つと言える。とはいえまれな病気ではなく、診断基準を使っている国では1−3%と頻度は高い。ちなみにわが国の2万人規模の調査では、2.1%になっている。

今日紹介する米国ウィチタ医科大学からの論文は診断の難しいfibromyalgiaに対して病院の専門家の意見と、患者さんの自己診断との一致を調べた論文でアメリカリウマチ協会の発行するArthritis Care & Researchにオンライン出版されている。タイトルは「Diagnosis of Fibromyalgia: Disagreement Between Fibromyalgia Criteria and Clinician-Based Fibromyalgia Diagnosis in a University Clinic (Fibromyalgiaの診断:大学病院でのFibromyalgiaの基準と医師による診断との不一致について)」だ。

この研究では大学病院のリウマチ外来に痛みで訪れている患者さんにリウマチ協会の出している2010年度版の診療前の診断のための調査票と他の問診票に答えてもらって、この調査票からのfibromyalgiaの診断と、リウマチ専門医の診断とを比べている。患者さんの自己診断表では、widespread pain indexと呼ばれる痛みがある箇所についての調査と、symptom severity scaleと呼ばれる痛みの強さ、その生活への影響などの調査を総合して、polysymptomatic distressを計算して診断する仕組みになっている。結果はこの病気の診断の難しさを如実に語るものとなった。まずリウマチ専門外来へ紹介されてきた497人の患者さんのうちなんと121人(24.3%)が調査票によりfibromyalgiaと診断される。また、専門医が独立して行った診断では104人(20.9%)がfibromyalgiaと診断された。この結果は、確かにこの病気の患者さんは思いの外多いことを意味している。ただ問題は、患者さんの自己診断と、医師の診断が一致しないことで、自己診断の121人のうちの60人は医師の診断では見落とされている。逆に医師の診断を受けたうち43人は自己診断ではネガティブな結果になっている。

この研究ではなぜこんな結果になるのかの原因を示せているわけではない。リウマチもそうだが、様々な症状を総合して初めて診断がつく多くの病気で同じことが言えるだろう。この病気でいうと、女性については医師はどうしても甘く診断してしまっている。また、症状との関連でいうと、医師の診断はあまり自覚症状の強さを反映していない。

これらが何を意味するか、今後は、それぞれの側のメンタリティーの検査も含む研究が必要だろう。例えば、病気を一つの単位と考えると、症状の重さとは無関係に病気があると考えるのは当然だ。しかし、病気を症状の集まりと考えると、当然症状がそのまま反映される。何れにせよ、専門医でこの状態なので、一般医になるとこの差はもっと広がるのだろう。客観的判断の難しさを改めて認識する面白い論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月8日 人間の突然変異が起こるスピードは低下している?(1月21日号Nature Ecology and Evolution掲載論文)

2019年2月8日
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進化にとって何よりも大事な原動力の一つは私たちの生殖系列のゲノムに起こる突然変異だ。例えば私たちが類人猿からいつ種分化を遂げたのかといった時間的な推察は、突然変異率をベースに行われる。とはいえ、実際親から子供へと伝わる突然変異率を正確に計算することは簡単でない。人間の場合、親子を比べた時、突然変異は圧倒的に父親から受け継ぐことが多い。しかも、精子に起こる変異数は父親の年齢に応じて変化し、人間の場合父親の年齢が1歳増えるごとに突然変異の頻度は1年間に2.51ずつ(母親の3.5倍)増えていく。

問題はこれまで人間で計算した突然変異率を用いて進化時間を計算すると、オランウータンと人間が分かれた時間は3千5百万年前と計算されるが、化石から計算される2千万年とは大きく異なる。一方、類人猿の間の進化時間を計算すると、化石データとあまり違わないので、人間だけが例外である可能性が示唆されていた。

今日紹介するデンマークAarhus大学からの論文は人間と類人猿との親子を比べることで、それぞれの突然変異率を正確に測定した論文で1月21日号のNature Ecology and Evolutionに掲載された。タイトルは「Direct estimation of mutations in great apes reconciles phylogenetic dating (類人猿の突然変異頻度を直接調べることで系統時間を再調整する)」だ。

この研究ではコペンハーゲン動物園で飼育されているチンパンジー、ゴリラ(3代)、オランウータンの親子の血液を採取、それぞれのゲノムを30−50回のカバー率で解読し、子供のゲノムに突然変異がどう蓄積したかを調べている。また、チンパンジーについてはこれまでの研究があり、それについても参考に計算に加えている。

もちろんただ違いを比較して、突然変異の頻度を計算するだけでは間違う可能性がある。例えば、遺伝子配列の解読精度は繰り返し配列が多いと低下する。また、それぞれの種特異的な遺伝子重複部位も、最終的変異の頻度が変わる。したがって、全体の変異数とともに、このような特殊部位の変異数も別々に計算したり、あるいは計算から除去したりして最終的な数字を弾き出している。もちろん、子供が生まれた時のオスの年齢も正確に把握して計算している。

さて、結果だが全体的に人間に比べて全ての類人猿の突然変異数は50%高い。これまで多くの男親について調べた年齢と突然変異数をプロットした図に類人猿を重ね合わせてみても全ての年齢で人間を凌駕している。30歳の父親から生まれたオランウータンでも人間の上限に位置している。

類人猿間ではほとんど差がないことを考えると、人間だけで突然変異の頻度が急速に低下したことを示す結果だ。またこれを加味すると、オランウータンと人間が分かれた時期を2千万年前と計算し直すことができる。

問題はなぜこのようなことが起こっているのかだ。子供に伝わる変異の数は基本的には精子形成で起こる変異の数に等しいと考えられるから、精子形成の過程で起こる変異数が人間では少ないことになる。この原因について、著者らは人間で思春期が遅れるため、精子形成での分裂数が下がるためではないかと想像しているが、元発生学者としては他にも原因を考えることができると思う。

もともと突然変異は分裂時に起こる変異で修復がうまくいかなかった結果として考えられる。とすると、精子形成時の増殖モードが変わる、あるいは修復効率が変わることでも変化する。精子形成を詳しく調べる価値はある。そして何よりも、トータルの精子形成能力、すなわち分裂回数が人間で急速に低下している可能性だってある。なかなか面白い問題だと思う。何れにせよ、このような地道な作業の上に初めて、系統樹の時間を決めることができる。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月7日:睡眠中に単語を覚えられるか(2月18日号Current Biology掲載論文)

2019年2月7日
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この歳になって何かを学ぶということは、知りたいという自発的な意思に基づいているため、不思議と頭に入る。最近は学生の時に苦手だった、歴史的事実の年号すら覚えている自分に気がついて驚いてしまう。絶対的記憶力の落ちた現在の経験から振り返ってみると、学生の時のただ覚えるためにだけの勉強がいかに無駄なことかよくわかる。とはいえ、受験を控えた多くの学生さんたちは、一つでも頭に詰め込んでおきたいと思っているだろう。そんな人間の夢は、寝ている間に新しいことを覚える方法の開発ではないだろうか。ちょっと気になって「寝ている間に覚える」でウェッブを調べると、たしかに英単語をテープで流しながら寝ることで単語を覚えることができるというサイトがトップに来ている。これに対し、次に現れる有名学習企業のサイトでは、寝ている間に覚えようなどバカなことを考えずに、しっかり睡眠をとるように勧めている。

脳のことを知ると、どちらの意見にも一理あることがわかる。すなわち、睡眠は記憶を確定するために極めて重要で、実際寝ている時にさまざまな短期記憶を復習している。この時の脳波を調べると、slow wave sleep(SWS)と呼ばれるゆっくりしたリズムを刻んでおり、例えば夢を見たり、あるいは夢遊状態もSWSが特徴で、意識はないものの障害物を避けて歩けることから、覚醒時と同じような脳状態にあると考えられる。

今日紹介するスイス・ベルン大学からの論文はこの寝ているとも、起きているとも言える状態をうまく使って寝ている間に単語を覚えられないか調べた論文で2月18日号のCurrent Biologyに掲載された。タイトルは「Implicit Vocabulary Learning during Sleep Is Bound to Slow-Wave Peaks (睡眠中のはっきりとした語彙の学習はSlow Waveのピークに連結している)」だ。

この研究も新しい外国語の単語を学ぶという設定で記憶の成立を調べる課題を設計している。単語を覚えるという課題は、どの国でも共通のようだ。ただ、現実の外国語単語を使うと、個人差が出る心配があるので、全く存在しない単語を作っている。例えばコルク栓=aryl、 家=toferといった具合だ。そして、SWSの時を狙って、1秒感覚で、コルクという訳と、arylという新しい単語を聞かせ、その時に誘導される脳はの波形と単語を聞かせたタイミングを記録しておく。その後、覚醒時にarylやtoferが靴箱より大きいかどうかを聞く。新しい単語の意味を覚えておれば、aryl(コルク)は靴箱より小さく、tofer(家)は靴箱より大きいと答える。

ではこの課題で、本当に寝ている間に単語を覚えることができるのか?

結果だが、SWS時に音を聞くともちろん脳は反応して興奮波形が現れる。そのあともう一度覚える単語を聞くことになるが、この2回目に単語を聞いた時のの脳波がslow waveのピークと一致した時、正解率が高く、 逆に単語を聞いた時が波形の底に一致してしまうと正解率が落ちるという結果だ。

要するに、コルク vs aryl (あるいは逆でもいい)というセットを聞く時、2回目の刺激がslow waveのピークに来た時、寝ていても新しい単語を覚えることができるという結果だ。もしこれが正しければ、極めて敏感な脳波計を用いて、slow wave ピークの上がり始めを感知して単語を流すという機械を作れば、おそらく寝ている間の単語を覚えるという夢を実現できるかもしれないという話だ。

面白いし、本当かどうかさらに追求して欲しいとは思うが、年寄からのアドバイスは「そこまでして物を覚える必要はない」だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月6日 デニソーワ洞窟の歴史を探る(Natureオンライン掲載論文)

2019年2月6日
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現代の人類史で、アルタイ山脈に存在しているデニソーワ洞窟ほど有名な場所はないだろう。まず我々ホモ・サピエンスと重なって同時期に生息した人類はネアンデルタール人だけだと考えられていたとき、デニソーワから発見された小さな指の骨のDNAから、両者とはまったく異なる人類のDNAが見つかり、デニソーワ人と名付けられた。この洞窟はもともとネアンデルタール人が住んでいた洞窟として知られており、この結果は時代は違っても、同じ洞窟を異なる人類が使っていたことを意味する。そして、昨年8月、このコラムで紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/8831)、この洞窟からデニソーワ人の父と、ネアンデルタール人の母の間に生まれた子供の骨が見つかり、実際にこの洞窟周辺で、両者が密接な関係を持っていたことが証明された。

このようなエキサイティングなこれまでの研究を受け、この洞窟の地層とそれから出土する骨や石器を徹底的に分析して、この洞窟に暮らしていた人類の歴史を明らかにしようとしたのが今日紹介する論文で、オーストラリアのWollongong大学からNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Timing of archaic hominin occupation of Denisova Cave in southern Siberia (南シベリアのデニソーワ洞窟を占拠していた古代人)」だ。

まず、デニソーワ人の骨格標本がないため、デニソーワ人の骨と特定するためにはDNA検査が必要になる。こうして確認されるデニソーワ人の骨は4本見つかっている。この研究では、これらの骨が見つかった地層の年代を、ネアンデルタール人の骨が見つかる地層と様々な方法で分析し、時代を特定しようとする研究だ。詳細は省くが、実に様々な年代測定法を用いて、それぞれの骨が存在する地層の年代測定を行っている。比較的暖かい時代(20万年前)にデニソーワ人がこの洞窟に住み着く。その後地球の温度が下がり始める15万年前ぐらいからネアンデルタール人が移動して来て、この時両者の交雑が起こったと考えられる。デニソーワの父とネアンデルタールの母から生まれた子供はまさにこの時代の後期に属している。そして再度地球が暖かくなると同時に、この場所からネアンデルタール人が消え、またデニソーワ人がこの洞窟の住民となり、5万年まで続くというシナリオが示された。

同じNatureには、全く同じ課題を追いかけたMax Planck人類歴史科学研究所からの論文が同時掲載されており、利用した方法などは異なるが、ほぼ同じ結論に到達している。

この洞窟での人類史から、アルタイ山脈で寒い気候になるとネアンデルタール人の活動が活発になり、一方デニソーワ人は暖かいときにこの場所に帰ってくるというパターンが明らかになったように思う。すなわち、現代人が最終的に勝利する前は、気候がそれぞれの民族の優位性を決める重要な要素だったことを伺わせる。個人的感想だが、デニソーワ人のゲノム流入が一番多いのがポリネシア人であることを考えると、なんとなくこの結果も理解できる。今後、ポリネシアの人たちに残るデニソーワゲノムの内容が詳しく調べられるのだろう。その意味で、最初の論文がオーストラリアから発表されているのは、将来への意気込みを感じさせる。

何れにせよ、この洞窟はこれまでも多くの研究者が寄ってたかって、微に入り細に入り検討を加えており、謎の多いデニソーワ人だけでなく、異なる人類の交流史が明らかにされる予感がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月5日 実験進化学は可能か?(2月1日号Science掲載論文)

2019年2月5日
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環境が変わることで新しい形質が選ばれる例として最も有名なのが工業暗化として知られている、産業革命で工業が発達し、街が煤けてくると、蛾の羽の色が黒くなったという話だ。もちろん当時、その背景にある遺伝子の変化を調べようなど考えも及ばなかったと思うが、2016年6月にこのコラムで紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/5337)、この原因がトランスポゾンの挿入による進化であることが明らかにされている。このように、ゲノムレベルの多様性と環境による選択を共に追跡できる条件が整ってきたことは確かで、進化を実験的に研究したいという人たちには大きな可能性がひらけていると言えるのではないだろうか。

今日紹介するカナダモントリオールのマクギル大学からの論文は、マウスの毛色の自然選択過程で選ばれるゲノムについて実験的にアプローチした研究で2月1日号のScienceに掲載された。タイトルは「Linking a mutation to survival in wild mice(野生マウスで突然変異を生存に結びつける)」だ。

この研究ではネブラスカ州の砂地と、緑地で野生マウスを野生のまま飼育した時、生存に適した毛色とそれをコードするゲノムとの関係を調べている。砂地は淡い茶色をしており、一方それ以外の場所の土地は黒っぽい。それぞれの土地からまず481匹の野生マウスを集め、土地に適応しているかどうか実地に試すため、50メーター四方のネズミが逃げないように囲ったフィールドを用意し、各土地から集めたマウスを放し飼いにし、なんと14ヶ月観察する。すると、近くに生息する主にフクロウに襲われるため、土地の色から浮き上がったネズミは淘汰されると予想される。実際予想通り、黒い土地のネズミを砂地で飼っていると14ヶ月目にはほとんどのネズミが鳥の餌になる。同じように、砂地のネズミを黒い土に離した場合も同じ結果に終わる。

実際それぞれの土地にどのようなネズミが生き残れるか調べると、砂地には背中の色が薄いネズミ、黒い土には背中の黒いネズミが生き残ることが確認でき、工業暗化と同じことが起こっている。ただこのネズミの場合、すべて茶色のトーンの違いなので、この色をコントロールするAgouti遺伝子の周りの遺伝子変化の結果だと決めて、この遺伝子の前後の塩基配列を詳しく調べ、それぞれの土地で生き残ったネズミで300−500のSNPを特定している。すなわち多様化が怒っている。そして、少なくとも黒い土の上での選択は自然選択により、この多様化した遺伝子の中から特定のSNPが選択されているという可能性が高いことを計算している。

次に、それぞれのSNPから自然選択されたことが間違いない7種類のSNPを特定し、この7種類が連鎖している3種類のブロックを形成していること、そのうちの一つはAgoutiのコーディング領域のserineが欠落する変異であることを確認する。

最後に、直接Agoutiタンパク質の構造が関わる変異を見出しせので、このalleleに絞って毛色の変化との関わりを調べると、このSNPを持つほど背中の毛色が薄くなることを確認している。同じSNPをマウスに導入して毛色を調べると、確かに色が明るくなる。変異の効果をこのように確認した上で、黒い土の上で生き残ったネズミのゲノムを調べると、serineの欠損したSNPを持つネズミが黒い土の上では強く選択を受け、殺されていることを示している。

結果は以上で、短いタイムスケールの中で、明らかに特定の遺伝子の多様性の結果が環境により選ばれるという進化過程を、予測し確認できることを示すことに成功している。おそらく、野生でも同じことが起こって、現在の状態になっているのだろうと納得した。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月4日 統合失調症の異常回路を直す(1月30日American Journal of Psychiatryオンライン掲載論文)

2019年2月4日
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ガンの免疫療法が最近急に注目を集めるようになった最大の理由は、ガンに対する免疫過程を正確にモニターし、効果の予測が可能な科学的な治療を行うことができるようになったからだ。実際、私が大学に勤めている頃は、ガンに対する免疫がいつも成立しているかどうかすら確認することは簡単ではなかった。

当時の免疫学と同じような状況が、統合失調症など多くの精神疾患にも当てはまるような気がする。精神疾患の背景には、大脳の神経ネットワークの異常があると考えられるが、様々な症状と、脳の神経ネットワークの因果関係を特定することは、様々な脳内の画像解析法が進歩した現在でも簡単ではない。また、「脳内ネットワークの異常と症状の因果性が確定したとしても、現在ではその回路を繋ぎ直すことは難しい。・・・」と考えていたが、なんとそれができることを示した論文がハーバード大学のベス・イスラエル病院からAmerican Journal of Psychiatry オンライン版に発表された。タイトルは「Cerebellar-Prefrontal Network Connectivity and Negative Symptoms in Schizophrenia (小脳と前頭前皮質のネットワーク結合性と統合失調症のネガティブ症状)」だ。

この研究が注目したのは統合失調症の症状の中でもnegative symptomsと呼ばれる、普通の人にはあっても患者さんで失われている性質だ。例えば、感情的な反応、モチベーション、社会性、自発的動き、などの喪失はすべてnegative symptomsだ。このような喪失は、それぞれの過程に必要な脳内ネットワークの欠損によると考えるのが一番自然だ。すなわち、神経結合が低下しているため、行動が低下すると考える。

この研究ではまず44人の統合失調症患者さんの機能MRIを撮影し、negative syndromeと相関が高い脳内の結合を探索し、特に右脳の背側外側前頭前皮質と小脳との結合が低下するとnegative symptomが高まることを確認する。

これまでこのような研究は何度も行われていると思うが、negative symptomに焦点を当てたことがこの研究の特徴だ。さらに、症状との相関を確認した後、この研究ではなんと頭蓋の外から電磁波を照射して特定の場所の神経結合を高めることがわかっているTMSを一日2回、5日間照射することで、この結合を高めて、症状を変化させられないか調べている。

データを見ると、照射した7人のうち、3−4人で結合の明確な改善が見られ、また一人では悪化が見られている。症状についてみると結合が変わらなかった一人を含め、5人でnegative symptomが改善している。また、脳全体を調べて、症状改善が基本的には前頭前皮質と小脳との結合の改善の結果だと結論している。

結果は以上だが、本当なら特定のネットワークの異常を治すことで症状を改善するという因果的な治療が可能であることを示した画期的な研究のように思う。もちろん、統合失調症の全症状をもたらす多くの脳の変化については複雑で、この研究では全く扱うことができていない。また、今回の結果も統合失調症に特異的かどうかは分からない。従って、統合失調症の治療としては、今後も薬剤により全体の活動を調整する方針を変えるまでにはいかないだろう。しかし、神経管の結合を標的とする治療が可能であることを示せた点で、何か新しい時代を感じさせられる。同じように、自閉症など発達期の障害がうまく治療できないか、期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月3日 脳波から聞いている声を再現する(1月29日Scientific Reports掲載論文)

2019年2月3日
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脳はすべてのことを神経細胞が興奮するパターンで表象している。このパターンを読み解けば、今脳に入っている現実の刺激や、これから取ろうとしている行動を知ることができる。これをうまく利用したのが、昨年このコラムで紹介した、脊髄神経を硬膜の外から刺激して脊損の患者さんが歩けるようにした新しい治療法(http://aasj.jp/news/watch/9166)で、特に失われた脳機能を補う方法の開発には極めて重要な分野だ。

今日紹介するコロンビア大学心と脳の研究所からの論文は、人の声を聞いている時の脳活動を分析して、その活動パターンから聞いている音を再現しようとする研究で1月29日号のScientific Reportsに掲載された。タイトルは、「Towards reconstructing intelligible speech from the human auditory cortex (人間の聴覚野の活動からはっきりとした言葉を再構成するために)」だ。

この研究は、いわゆる機械学習研究とはなにかを知るには最適の研究だと思うが、このためのメインのコンピューターアルゴリズムの設計については私は全く理解できていないので、気になる人は是非原文を読んでほしい。Scientific Reportsはオープンアクセスの雑誌だ。

さて、同じような試みはこれまで行われており、私も2ー3の総説を目にしたことがある。ただ、ほとんどの研究は音を聞いている脳活動を頭蓋の外から記録する脳波や脳磁図を用いていた。この研究の最大の特徴は、音が最初に感じられる聴覚野に直接クラスター電極を埋め込んだ、てんかんの患者さんを用いて脳の活動を拾っている点で、これにより一段高い精度で脳活動を記録することができる。

その上で、この記録したパターンのどの情報を処理すべきか、機械学習の際に用いる回帰分析モデルにはなにを使うべきかなど、また、処理したあと声として再現するためどの波長の音を重ね合わすかなど、一つ一つ検討して、線形回帰モデルではない(当たり前と思うが)、deep neural networkモデルを用いて脳活動を処理し、それをVocoderと呼ばれる方法で再現することで、かなり正確で、さまざまな音素も重なった声を再現することに成功している。正門表の比較があるが、一見したところその一致率は高い。

その上で、脳活動も長い周期の波と、短い周期の波で表彰される両方の要素を統合した方がよく、学習を重ねれば重ねるほど精度は上がり、脳活動を記録する電極も多いほどいいことをしめし、この再現がまさにAI、機械学習過程そのものであることを示している。

結果は以上で、要するに今機械学習分野を席巻しているdeep neural networkを用いて機械学習を繰り返せば、聞いている音を再現することが可能であることを示している。詳細はわからないにしても、何の不思議もない話だが、声という視覚よりは少ない情報だが、十分複雑な情報を処理するという点では、将来性が感じられる研究だと思う。

いずれにせよ、処理のためのフレームワークは明らかになったので、今度は直接脳記録ではない脳波などの脳活動の記録から、どこまで同じ精度の声を再現できるのかなど技術的な見当が必要になるだろう。

もし自分がこの分野で働くとしたら、おそらく聞いてきた声を後で思い出す時の聴覚野の活動から声が再現できるかをゴールにするなと思いながら、機械学習の将来に夢を馳せている。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月2日 単純な発想でガン免疫を高める治療(1月30日Science Translational Medicine掲載論文)

2019年2月2日
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チェックポイント治療は、ガンに対する免疫がすでに活性化されているという条件で、その反応にブレーキがかからないようにする治療だ。ただ、全ての人がガンに対する免疫を誘導できているわけではないため、全く効果が見られない人も多い。このためバイオマーカーを用いて効果を予想する方法の開発が進められているが、逆に言うとこの手法はチェックポイント治療という点だけに絞れば患者さんの選別と切り捨てを意味する。これに対し患者さんを選別することなく、ガン局所に免疫刺激剤を注射してガンに対する免疫を高める様々な方法の開発が進んでおり、その成功例をちょうど一年前にこのコラムで紹介した(ガン免疫を誘発する戦略としてのNK細胞 http://aasj.jp/news/watch/8038)。

 今日紹介するのは米国のベンチャー企業Modernaが1月30日発行のScience Translational Medicineに発表した論文で、ガン免疫を高めるという意味では同じ方向の研究だが、必要な免疫活性物質そのものではなく、そのmRNAをリポソームで包んでガン局所に注射する方法の前臨床研究だ。タイトルは「Durable anticancer immunity from intratumoral administration of IL-23, IL-36g, and OX40L mRNAs(ガン内に注射した IL23、IL-36γ、OX40をコードするmRNAは長期間続くガン免疫を誘導する)」だ。

mRNAを直接細胞に導入してタンパク質を作らせるデリバリー手段の開発は多くの企業で進められているが、この会社はアミノリピッドを外郭に用いるナノ粒子を用いる独自の方法を開発している。ただ、この研究ではこの技術が優れているのかどうかは分からない。すなわち、基本的にはどのmRNAを投与すればガン免疫が高まるかを調べており、最終的にOX40,IL-36γ,IL−23の3種類のmRNAを一緒に詰め込んだ場合に最も高い効果が得られることを、マウスにガンを移植する実験系で見つけている。

このmRNAメンバーを見ると、OX40LでT細胞の増殖生存を高め、IL23とIL36で眼の周りに強い炎症を誘導するという戦略だ。これまで、ガンの周りの炎症は一般的に直りを悪くすると考えられてきたが、この組み合わせでは特に自然免疫が高まる仕組みになっており、OX40Lだけでは根治できないガンも、動物実験とはいえ根治できている。面白いのは、この効果がCD8陽性細胞に完全に依存している点で、CD4細胞を除去しても効果がある。とはいえ、このmRNAを注射すると、CD8,CD4のみならず様々なタイプのT細胞が集っており、相乗効果を表すのかもしれない。何れにせよ、調べられたガンに関しては、効果が絶大と言える。

もう一つ重要な点は、これらのmRNAをガンの中に注射する時に効果を発揮する点で、転移巣がいくつかあるという状況でも、一つの癌組織にこのカクテルを注射するだけで、他の転移巣も縮小させることができる。

またこの方法だけでは完全に根治できないガンについてもチェックポイント治療と組み合わせることで、腫瘍を完全に縮小することができる。すなわち、ガン免疫の入り口を高めてチェックポイント治療の難点を解決している。

色々な解析が行われているが、省略していいだろう。要するに、mRNAをナノ粒子につめ込んでガン局所に注射すれば、サイトカインを注射するより手軽に、しかも長期に渡ってガン免疫を刺激出来、現在のチェックポイント治療の問題を解決できるという結論だ。

論文にわざわざ第1相試験が終わったことを書いているので、この論文も第2相に向けてお金を集めるための布石かもしれない。しかし、mRNAを直接注射する方法は、この論文を読まなくとも、ガン局所の免疫を高める目的には極めて有望だと個人的にも思ってきたので、ぜひうまくいってほしいと思う。

1990年前後、サイトカイン研究分野では多くのベンチャー企業がトップジャーナルに論文を発表するのが当たり前だった。その中から世界のトップ10にリストされる企業が育っている。癌の免疫分野では同じような現象が今起こっていることをつくづく感じる。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月1日:IgA ではなくIgA分泌細胞が自己免疫性脳炎を抑える(1月24日号Cell掲載論文)

2019年2月1日
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IgAは、抗原に対してB細胞が反応するとき、粘膜組織に多い特別な樹状細胞から分泌されるBAFFを含む様々な因子の作用によりIgAへとクラススウィッチを起こしたB細胞がプラズマ細胞へ分化して分泌される、J鎖で2量体になった交代分子だ。これはそのままだと体内にとどまるが、粘膜上皮や乳腺上皮の分泌タンパク質が結合することで、粘膜から体腔へと分泌される。従って、IgAは粘膜免疫のために進化した特殊なシステムで、一般炎症に関わることはほぼないと考えてきた。

今日紹介するトロント大学からの論文はIgAではなくIgAを作るB細胞やプラズマ細胞が脳内での炎症を抑える働きがあることを示す意外な研究で、1月24日号のCellに掲載された。タイトルは「Recirculating Intestinal IgA-Producing Cells Regulate Neuroinflammation via IL-10(体内を再循環している腸管のIgA 産生細胞はIL10を介して神経炎症を調節する)」だ。

IgAだけではなく、IgGも大量に抗体を産生する細胞が体内循環して他の場所に移ることは少ないと考えれれている。したがって、粘膜組織で形成されるIgA産生細胞が体の他の場所で見つかることはないはずなのに、炎症や腫瘍組織にIgA産生細胞が見つかることがあるらしい。

この研究の目的は、自己免疫性脳炎(EAE)をモデルに、IgA産生細胞が脳に移動するのか、脳での機能は何か、について明らかにすることだ。まず、EAEを起こしたマウスでIgA産生細胞が脳や脊髄に移動してくることを確認する。そして、様々な方法を駆使してこの細胞が腸管内から体内循環を経て脳に移動すること、特異性にかかわらず腸管内で形成されたIgA産生細胞は炎症部位に移動すること、そしてEAEでは例えば腸内で誘導されたロタウイルスに対するIgA産生細胞や腸内の細菌叢によって誘導されたIgA産生細胞が脳内へ移行することを示している。またその結果、腸管内のIgA産生細胞が減少し、IgAに結合するバクテリアの数も低下することを示している。

次に、わざわざIgA産生細胞のような最終分化段階の細胞が炎症部位に移行する意味を調べるために、IgA産生細胞の移植実験を行うと、EAEを抑える効果がある。また、単一のバクテリアが感染した実験系で、腸内細菌が感染してIgAが腸内で分泌される場合、同じ細胞は脳内へ移行しEAEを抑えることを示している。そして、このIgA産生細胞の炎症抑制効果は、IgAをノックアウトした細胞でも見られることから、腸管内でIgA産生細胞が分化する過程で受ける刺激が揃っておれば、IgAが分泌できなくとも炎症を抑制する細胞へと分化できることを示している。

最後にこの分子メカニズムを調べ、IgA 産生細胞が炎症を抑制する過程にはIL-10が強く関わっていること、また炎症を抑制する細胞への分化には予想通りIgA産生細胞への分化を誘導するのに必要なBAFFシグナルが必須であることを示している。面白いことに、BAFFを異常発現させたマウスでは、最初からEAEの発症は抑えられており、これはIgA産生細胞が過剰に誘導されるためであることも示している。

以上の結果は、IgAではなく、IgA分泌細胞へと分化させるシグナルの副作用として、炎症を抑制する細胞ができて、それが脳内に移行して、脳内の自己免疫病を抑えるというシナリオを示している。意外性だけが際立った結果で、本当かという気持ちは抑えられないが、もし正しければ多発性硬化症などの細胞治療が可能になるはずだ。実際に人間でどうなのかを示す研究を進めて欲しい。

カテゴリ:論文ウォッチ
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