2019年3月21日
ヒストン修飾はクロマチンの3次元構造を調節し、それが結合する遺伝子発現を変化させるエピジェネティック機構の中心にあり、実に様々な修飾をうける。その中心は、メチル化とアセチル化だが、他にもリン酸化などが特定されており、遺伝子発現調節機能も研究が進んでいる。従って、他の修飾法が発見されても何の不思議はないが、それでもセロトニンが直接ヒストンを修飾すると聞くと、「え!」と驚くのではないだろうか。
今日紹介するNYのIcahn医科大学からの論文はセロトニンによるヒストン修飾を詳細に解析した研究で3月13日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Histone
serotonylation is a permissive modification that enhances TFIID binding to
H3K4me3(ヒストンのセロトニン化は4番目のリジンがトリメチル化されたヒストンH3へのTFIID結合を高める)」だ。
セロトニンは神経伝達物質として脳内で働くだけでなく、小腸で合成され腸の蠕動を調節し、さらに血小板に取り込まれた後、血液凝固や血管の収縮にも働くことが知られている。また、トランスグルタミナーゼの作用で、細胞質のタンパク質と共有結合することも知られていたようだ。
今日紹介する論文では、核内タンパク質もトランンスグルタミナーゼで修飾される可能性があるかを狙い撃ちで調べ、H3だけが、トランスグルタミナーゼ2(TGM2)の作用でセロトニンと共有結合することを発見する。しかもセロトニンが結合する場所が5番目のグルタミン酸で、遺伝子をオンにするときにメチル化される4番目のリジンの隣に位置している。すなわち、エピジェネティックなプロセスに関わる可能性がある。
そこでこの修飾の機能を調べる目的で、どの細胞でこのヒストン修飾が起こるかを調べ、セロトニンを合成する神経細胞や、腸細胞で修飾されており、セロトニン合成細胞では普通に起こっていること、およびほとんどがK4me3のオン型のヒストンで起こっていることを明らかにする。
そしてiPSからセロトニン神経を誘導する系や、セロトニンの合成を誘導できる細胞株を用いた分化誘導系を用いて、この修飾が細胞分化によって発現が上昇する遺伝子のプロモーター部分に結合しているヒストンがより選択的にこの修飾を受けていることを示している。さらに、5番目のグルタミンをアラニンに変えて、この修飾ができなくしたヒストンを導入すると、オンになっている遺伝子の転写の効率が低下し、細胞の分化が進まないことを示している。
最後に、このような転写の促進はH3K4me3の周りに形成される転写複合体の結合力が高まる可能性について、細胞内のヒストンとTFIIDとの結合の強さを調べ、予想通りこの修飾により、転写複合体がH3K4me3と強く結語していることを示している。
以上、最初は「え!」と人を驚かすだけの論文かと思って読んでみたら、実力のある、説得力のある論文だと感心した。もちろん、病気を含め、まだまだ研究する必要はあるが、遺伝子調節にはなんでも使えるものは使っている生物のしたたかさがよくわかった。
2019年3月20日
実を言うと、小学校の頃学校から児童相談所に行くよう言われた覚えがある。当時は、児童相談が始まったばかりで、目的は覚えていないが、ひょっとしたら授業に集中しないなどの傾向があったのではと思う。今でも一つのことより、同時にいくつものことを並行してやる癖があるので、ADHDと言われても仕方がないかもしれない。当時は自閉症スペクトラムやADHDなどの概念が確立していなかったためか、その後特に指導を受けるというまでには至らなかった。
しかしわが国でもADHDの児童の数は増えており、5%近くに達しているのではないだろうか。小児のケースが多いため向精神薬を簡単に処方することは難しい。一方、私も神戸で発達障害児を対象に診療を行っている今西先生のクリニックを見学させてもらったが、一人の児童に長い時間をかけて行動治療を行なっているため、いまや新患の予約は3ヶ月以上待つ必要があるらしい。このように、薬剤以外の方法での個別治療には医師とスタッフの数が圧倒的に足りない。
そこで期待されているのが、電気や磁気を用いて症状を和らげられないかという試みで、様々な可能性が試されている。中でも期待されているのが、三叉神経刺激で、ここから最終的に大脳皮質へと神経が伝わることで、ADHDが改善すると考えられている。実際、この治療はテンカンやうつ病に使われ、以前紹介した音でアルツハイマー病を治すのと同じ発想だが、神経科学的メカニズムはまだまだわかっていないと言える。従って、治験を科学的に進める以外に評価の方法はない。これまでのオープンラベルの治験でいい成績が出ているが、よく計画された臨床治験が求められていた。
そこで今日紹介するカリフォルニア大学ロサンゼルス校のグループは、この三叉神経刺激の治療効果を無作為化二重盲検試験で確かめようとした研究でJournal of American Academy Child and Adolescent Psychiatryオンライン版に掲載された。タイトルは「Double-Blind, Sham-Controlled, Pilot Study of Trigeminal Nerve Stimulation for ADHD (ADHD治療のための三叉神経刺激の二重盲検かつ偽処置群を対照にした試験研究)」だ。
この研究では、医師により厳格に診断されたADHD患者さんを最終的に62人リクルートし、無作為に三叉神経刺激群と非刺激群にわけている。三叉神経刺激は、ワイヤーで両側のこめかみにはる電極を通して刺激を与える装置を装着させ、2-3mA、120Hzの刺激を30秒ごとに流している。これを4週間続ける。偽処置群も基本的にこめかみに電極を貼るところまでは同じだが、実際の電流は出ない。実際、この程度の電流ではあまり何かを感じるというほどではないようだ。
さて結果だが、ADHD-RSスコアと呼ばれる指標で見ると、最初の1週間で急速にスコアは改善し、あとは4週間まで緩やかに低下する。一方、偽処置群も最初の1週間は少し改善が見られるが、もちろん刺激群には及ばない。そして1週間以降はほとんど変化がなくなる。
面白いことに、脳波検査でほとんどの周期レンジで、脳波の活動が刺激群で高くなるが、偽処置群ではほとんど変化しない。したがって、三叉神経刺激は神経活動を高めることができるのがわかる。しかしながら、これまでの研究では効果があるとされていた、実行能力や、睡眠の改善などは認められていない。
もう一度結果をまとめると、以下のようになる。
- このような機械刺激の治療研究では、常にプラシーボ効果を念頭におく必要があること。
- 三叉神経刺激は、ADHD-RSスコアを中程度に改善することができる。
- 安全性は高い。
- 三叉神経刺激は大脳皮質まで投射路を通して活性化し、その結果として脳波の振幅が高まる。
- 医師による診断でははっきりとした改善が見られるが、親の印象では、刺激群も非刺激群もあまり改善したとは実感されていない。
厳密な統計手法でかなりいい結果が出たという結論になる。今後この効果がどの程度続くのかなど、臨床試験が進められると思う。
個人的に一番気になったのは、医師の診断でははっきりと改善が見られるのに、親の評価ではほとんど改善を認めていない点だ。簡単にこれを解釈するのは問題があると思うが、ADHDの難しさを強く認識した。
2019年3月19日
細胞内にDNA断片が存在すると、cyclic GMP-AMP 合成酵素GASが働いて、cyclic GMP-AMP(cGAMP)が合成され、これがSTINGアダプタータンパク質を活性化、その後TBK1,IRF1, IKKなどを介してインターフェロンや炎症性のサイトカインを作る自然免疫経路は、がん免疫、自己免疫などとの関わりで、今最も注目されている分野だ。
今日紹介するテキサス大学サウスウェスタン医学センターからの論文は、自然免疫のトリガーとして注目されているGAS-STING経路が、本来はオートファジーの刺激センサーとして進化してきたという面白い可能性を示唆する研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Autophagy induction via STING trafficking is a primordial function of the cGAS pathway (STINGの細胞内移動を介するオートファジーの誘導はcGASによりトリガーされる経路の原始的な機能)」だ。
研究では、阪大の吉森さんたちの仕事により、オートファゴゾーム形成の分子標識として使われるようになった微小管結合タンパク質LC3を用いてオートファジーをモニターし、DNAウイルスの感染により自然免疫だけでなく、オートファジーも誘導されることを発見した。
次にSTINGの下流で活性化される自然免疫経路と、オートファジー経路を区別できるか調べる目的で、C-末端を除いたSTINGを細胞に導入すると、自然免疫経路の活性化能力は失われるのにオートファジーは誘導されることを示している。すなわち、同じSTINGによりトリガーされるが、両方の経路は完全に分離できる。
この著者らはこのシステムの進化に注目し、この研究のハイライトと言える一番面白い発見をする。すなわち、イソギンチャクのSTINGには自然免疫を誘導するC末端部分が欠けており、TBK1の活性化が起こらないが、LC3を活性化してオートファジーを誘導する能力があることを発見する。すなわち、GAS―STING経路は本来オートファジーを誘導する仕組みとして進化したことを示している。さらに、脊髄動物の中にもアフリカツメガエルのようにC末端の欠損した自然免疫を誘導できないSTINGが存在することも示している。何れにせよ、オートファジー誘導については、すべての種のSTINGは有しているようだ。
あとは、STINGがLC3を活性化してオートファジーを誘導するメカニズムを明らかにするため、その細胞内の動きを追跡し、小胞体とゴルジの境に移動した後、そこでLC3のファゴゾームとの結合ができるよう、脂肪酸を添加し、オートファジーを誘導することを示している。
以上のことから、GAS-STINGはまずオートファジーを誘導する新しい仕組みとして最初進化したことになるが、DNAの断片が蓄積する条件でSTINGを活性化してオートファジーを誘導すると、DNAが処理されるので、DNAの除去がその機能の一つであることを示している。そして、ウイルス感染においても、自然免疫より重要な機能をGAS-STINGで誘導されるオートファジーが担っていることを示している。
GAS―STINGは自然免疫のトリガーとして、炎症性サイトカインとの関わりで研究されているが、オートファジー誘導能力の方が進化的に古く、ウイルスなどのDNAを直接除去するシステムであることは、自然免疫の進化を考える上でも極めて重要な発見だと思う。
2019年3月18日
これは個人的印象で、統計を調べたわけではないので聞き流して欲しいが、わが国でもいわゆるエラが張ったと表現できる顔は急速に減ってきたように思う。実際子供の顔を見ていると、うりざねの美しい顔に変化している。この印象が正しいとすれば、戦後食品が柔らかく食べやすいものへと急速に変化していることも原因の一つだろうと思う。この大きな顔の骨格の変化は、咬合力の変化にとどまらず、言語にも大きな変化をきたす可能性がある。
今日紹介するスイス・チューリッヒ大学を中心にするグループからの論文はこんな食生活と言語の共進化を農耕の誕生前後を例に考えた研究で3月14日号のScienceに掲載された。タイトルは「Human sound systems are
shaped by post-Neolithic changes in bite configuration(人間の発声システムは新石器時代以降の噛み合わせの変化に依存して変化してきた)」だ。
タイトルに惹かれて読んでみると、この研究の背景には言語学者Hockettの「唇歯音は農耕の誕生により柔らかい食べ物を食べるようになった結果である」という仮説を検証するために行われている。
唇歯音とは、fとかvのように上の歯で唇を噛んで発音する音で、father, vaseなどがある。一方唇音は唇を閉じることで発生する音で、Papa, baseなどだ。確かによく考えてみると、どうして歯で唇を噛んで発音する必要があるのか、日本人にとっては不思議だ。これに対し、Hockettは、最初ホモ・サピエンスは上下の歯が正確に揃うように進化し、硬いものをしっかりと噛めるようになる。この時は、唇音はあっても、唇歯音は存在しなかった。ところが新石器時代以降農耕が始まることで軟らかい食事に慣れて、急速に上の前歯が下の前歯より、前に出た骨格に変化する。そしてこの結果唇歯音が言語に導入されると考えた。
この論文では、まず旧石器時代、中石器時代、そして初期青銅時代の骨格を示し、徐々に上の歯が前に出てきていることを示している。そして、一種の力学モデルを用いて、上歯が前に出ている場合、唇歯音がより少ないエネルギーで発音できることを示している。
次に現存の人類の言語を調べ、今も狩猟採取の生活を送っている民族の言語では、唇歯音が農耕生活民の言語の高々27%しかないことを示している。
さらに、上下の歯が揃っており、その結果前歯を失う確率が多い狩猟採取民族を、グリーンランド、南アフリカ、そしてオーストラリアから選んで言語の推移を調べ、それぞれの地域で最初はほとんど見られなかった唇歯音が、他の民族とのコンタクト(グリーンランドではデンマーク人、南アフリカではアフリカーンス、そしてオーストラリア原住民では英国人との接触)により生活が変化することで、そぞれの言語に取り込まれていることを示している。
最後に、生活、そして骨格を何千年もにわたって調べることができる、インドヨーロッパ語圏を調べ、数千年前パキスタンからヨーロッパにかけて、よく調理した食生活とともに上前歯が前に出るようになることを確認した後、それに伴って唇歯音が徐々に増加すること、そして2500年前に始まる粉挽き技術の進歩とパンの急速な発展とともに、例えば PからF(PadoreからVater, Father)、VからK (来る:Venire からKommen, Come)のような唇歯音の割合が急速に上昇することも示している。
結論としてはHockettの仮説は正しいという話で。言語学も生命科学としてますます総合的になってきたという印象を持つ。
しかし最後に頭に浮かぶ疑問は、我が日本語のことだ。もともと日本語もHa行の音を奈良時代はPa, 平安時代はFaと読んでいたようだが、今や唇歯音のほとんどない言語に変わっている。この原因が何か、とても気になる。米食文化とパン食の違いなのか、興味は尽きない。
2019年3月17日
嚢胞性線維症(Cystic
Fibrosis:CF)は病気の名前からつけられたcystic fibrosis transmembrane
conductance regulator (CFTR)と呼ばれる細胞内から塩素イオンを排出するときのチャンネルをコードする遺伝子の変異によって起こる遺伝疾患で、気管内の水分を維持できず、肺炎が繰り返され、気管支拡張症になる病気だ。遺伝子疾患で、気管上皮が到達可能な場所にあるため、遺伝子治療の対象として様々な方法が開発され、一部は臨床治験が行われている。
もう一つの方法が、CFTR分子の細胞膜上への発現を促進する薬剤と、このチャンネルを開きやすくする薬剤を組み合わせる方法で、以前紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/3450)臨床治験データでは有効性が認められており、遺伝子治療以外の薬剤としてはほぼ独占状態にあると言える。
今日紹介するイリノイ大学からの論文は、後者と同じような戦略だが、CFTRに働きかけるのではなく、気管上皮に炭酸水素塩HCO3– を排出するチャンネルを既存の化合物で形成し、CFTRの機能を独立に助けようとする考えの論文で読んでグッドアイデアだと思う。タイトルは「Small-molecule ion channels increase host defences in cystic
fibrosis airway epithelia(低分子化合物によるイオンチャンネルは嚢胞性線維症の気管上皮の防御力を高める)」で、Natureオンライン版に掲載された。
さてその化合物だが、なんと私にも馴染みのあるアムホテリシンB(AmB)だ。この薬剤は私が学生の頃から存在する細菌由来の抗生物質で、薬剤の存在しない真菌症に使える唯一の薬剤だった。医師として働いている時、その作用機序など考えもしなかったが、この論文によると細胞膜上でイオンチャンネルを作ると同時に、ステロールを膜から除去することで真菌に対する殺菌効果を示すとされていた。ただ、このグループは、実際の抗真菌作用はステロールの除去に依存していることを明らかにしていたようだ。そしてステロールに影響のない低濃度のAmB、あるいは最初から過剰のステロールと結合させたAmBではイオンチャンネルだけ膜上に形成させられることを発見している。
そして、このチャンネルでCFTRの機能低下を補えないかを調べたのがこの研究だ。まず炭酸水素イオンを通すことを確認した上で、CF患者さん由来の気管上皮細胞を用いてASLと呼ぶ細胞表面の水分を指標に効果を確かめている。
結果は上々で、ASLの粘度は低下し、pHは上昇し、さらに緑膿菌に対する抵抗力が上昇する。さらに、臨床用に開発されたリポソームに封入したAmBを用いることでより高い、長期の効果が得られ、嚢胞性線維症モデルの豚に経気管的にエアロゾル化したリポソームAmBを投与し、気管ASLのpHを上昇させることを明らかにしている。
話はこれだけで、まとめるとAmBのような特異性のないイオンチャンネルでも、細胞側のイオン勾配に基づいて働いてくれると、CFTRの様な特異的チャンネルの異常を補ってくれる可能性を示し、現在行われている治療と比べ、かなり安価な嚢胞性線維症の治療が可能であることを示した重要な研究だと思う。もちろん、医師なら誰でも知っているように、AmBには強い副作用があるが、経気管的に投与すること、さらに体内には吸収されにくいリポソーム封入を使うことで、副作用はかなり抑えられるような気がする。着想が面白い点、そして安価な治療という点で、早く治験を進めてほしいと思う。ともかく新薬が開発費の関係で高価にならざるを得ない今日、このような可能性は大歓迎だ。
2019年3月16日
ぬか喜びで終わる可能性はあるとわかっていながら(科学論文はいつもそうだ)、それでもすぐに一般の人に伝えてみたいと思う一群の論文が存在するが、しばしば出会えるわけではない。また多くの論文に目を通していても、結構見落としてしまうことも多い。今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、そんな典型とも言える論文の一で、心の隅では、本当にこんなことがあるのだろうかと、素直に受け入れられない気持ちもあるが、昨日読んですぐに紹介しようと思った。
これまでの研究でアルツハイマー病患者さんでは高次機能と相関性の高いγ震動と呼ばれる脳波成分が低下していることがわかっている。この研究では脳波の成分の一つγ振動と同じ波長(40Hz)の音を繰り返し聴かせることで、脳内にγ振動を復活させアルツハイマー病の進行を遅らせられないかを調べた研究で4月7日号のCellに掲載されている。タイトルは「Multi-sensory Gamma Stimulation Ameliorates Alzheimer’s-Associated Pathology and Improves Cognition(複数の感覚を通したγ刺激はアルツハイマー病の原因になる病変を改善し、認知能力を上昇させる)」だ。
繰り返すが、この研究では感覚器(聴覚や視覚)を介して脳を刺激し、40Hzのγ波をアルツハイマー病に侵された脳内で発生させてやり、この成分の低下しているアルツハイマー病の症状を改善させることを目的にしている。そして、2016年に既にNatureに視覚を通して40Hzの点滅刺激を繰り返すことで、なんとアルツハイマー病の原因と考えられるβアミロイドの沈着を低下させることが可能だという驚くべき論文を発表していた(Iaccarino et al, Nature 540:230, 2016)。なるべく多くの論文を読んでいるつもりだが、全く見落としていた。
今日紹介する論文は、この研究の続きで、1)聴覚刺激を介しても同じ結果を得られるか、2)一時感覚野を超えた領域にも変化を誘導できるか、3)聴覚と視覚の両方から刺激を入れると相乗作用があるか、そして4)記憶を改善させることができるか、の4点について調べている。
まず様々な波長の音を聞かせて、聴覚野、海馬、前頭前皮質についてγ波が発生するか調べている。残念ながら前頭前皮質ではγ波を発生させることはほとんどできないが、聴覚野のみならず海馬までは聴覚刺激でγ波発生に成功している。
次に、家族性アルツハイマー病の遺伝子を導入して早期にアミロイドプラークを形成し認知機能が低下するようにしたマウスに、同じ聴覚刺激を加え、様々な記憶に関するテストを行うと、物や場所についての記憶能力が、40Hzの音を聞かせた時だけ改善している。これらの機能に海馬が重要な役割を果たしており、海馬でγ波を発生させることが、この改善につながったことになる。
しかし、改善は機能レベルにとどまらない。驚くことに、不溶性アミロイドタンパク質の沈殿によるプラークの数がこのような単純な刺激を続けることでうまくいくと半分にまで低下させることができる。すなわち、アルツハイマー病の病理的原因を抑えることができる。
次にこのような病理学的改善が起こるメカニズムを調べ、
- 刺激によりミクログリアの数が上昇し、貪食機能が高まっており、おそらく沈殿したアミロイドプラークを除去できるようになったこと。
- 活性化されたアストロサイトの数が増えていること。
- おそらくアストロサイトから分泌されるサイトカインの作用を介して、血管新生が高まっていること。
を発見し、γ波を発生させる神経興奮は、グリア細胞を通して脳の環境を維持するのに重要な働きをしており、これを変性疾患の治療標的として使えることを示している。
聴覚を介する刺激だけでは聴覚野から海馬までしか影響がなかったので、最後に40Hzの聴覚刺激と、40Hzの光パルス(フリッカー)の両方を合わせて使うと、強いミクログリアの活性化が起こり、さらにその効果が、前頭前皮質にまで及ぶことを明らかにしている。
これは全てマウスの話で、同じことが人間にも可能かどうかは全くわからない。ただ、光パルスや音のパルスが癲癇の刺激になることを考えると、まんざら不可能でもないように思える。しかも、通常の感覚機能を用いて治療が可能であることは、治療には音と光のパルスを発生させる簡単な機械を用意するだけでよく、治験へのハードルは低いように思う。そして成功すれば、自宅で治療を行えるようになると期待させる。ぬか喜びに終わるかもしれないとは思うが、早く伝えたい気持ちになるのはわかってもらえたのではないだろうか。
2019年3月15日
生殖細胞も含めオスとメスの基本的違いは性染色体上の遺伝子により決定されるが、発生が進むと、様々な違いは性ホルモンにより決められる。例えばつい先日紹介したNatureの論文では、複製の失敗によるDNA損傷により誘導されるGAS-STING経路を介する炎症をテストステロンにより抑えることから、DNA損傷が起こりやすい遺伝異常を持つマウスでは、炎症が抑えられないメスだけが胎生致死になるという意外な結果を報告していた(http://aasj.jp/news/watch/9813)。
今日紹介するメリーランド医科大学からの論文もテストステロンの予想もしない効果のおかげでラットの子供の遊び方に見られるオスとメスの差が生まれることを示した面白い論文で4月17日号のNeuronに掲載予定だ。タイトルは「Microglial Phagocytosis of Newborn Cells Is Induced by Endocannabinoids and Sculpts Sex Differences in Juvenile Rat Social Play(ミクログリアの貪食は内因性カンナビノイドにより誘導され、子供ラット社会での遊びかたを形作る)」だ。
このグループは以前から子供ラットのオスとメスの遊び方が違うことに気づき、このような現象にかかわる扁桃体を組織学的に調べていたところ、新生児期の扁桃体内にみられるできたばかりの脳細胞を貪食しているミクログリアの数がオスとメスで大きく異なっていることに気が付いた。そこで、この違いとオスとメスでの遊び方の違いが相関するのではと考え、まずオスの貪食ミクログリア増加の原因から探っている。
その結果、オスでは2種類存在するカンナビノイド受容体(大麻成分に対する受容体)の両方に結合するリガンド2-arachidonoylglyucerol (2-AG)がテストステロンによって扁桃体内で上昇していることがわかった。そして、この2AGによりオスのミクログリアの貪食活性が上がることを示している。
そして驚くことに、貪食活性が高まったミクログリアは、なんと新生児脳で発生してきたばかりの神経細胞を食べてしまう。この結果、オス、あるいはテストステロンを投与されたメスでは新しくできた細胞が減ることになる。
新生児期に分化してきた細胞の運命を調べると、そのほとんどが扁桃体の背側後方のアストロサイトへと分化することがわかる。実際、ミクログリアに貪食された細胞はアストロサイトの分子マーカーを発現している。
この結果、テストステロンの作用を受けた扁桃体ではシナプスの形成に関わるアストロサイトの密度が低下し、その結果神経活動が高まり、メスより活発に他の個体と遊ぶ行動につながっている。
話は以上で、テストステロンだけでなく、カンナビノイドの促進剤や、阻害剤で扁桃体のミクログリアの活動を調整できることや、発生したばかりの神経細胞の貪食シグナルを抑制することで、アストロサイトへ分化する細胞が貪食されることがオスとメスの差になっていることも示している。大変意外なシナリオだ。
しかし、ミクログリアの活性だけで、新生児期の脳構造が変化するとは、大変面白い話なのだ。しかし脳のどこででも起こるのではなく、扁桃体など極めて局所的にだけ起こるようだ。一方、テストステロン、ミクログリア、神経幹細胞、アストロサイトと役者を見ると、脳のどこにでもいていいはずで、なぜこのような特異性が出るのか、まだまだシナリオは完成できていないと思う。この論文も、性ホルモンの作用が細部に及ぶことを教えてくれた。
2019年3月14日
ついにわが国でもCD19陽性の白血病に対するCAR-T治療が認可された。日本へ導入される過程で、不思議な縁があったため、感慨も深い。また、川真田センター長が見事に運営している神戸先端医療財団のCell Processing Centerが日本でのCAR-T供給基地になったことを聞いて、現役の頃神戸市と準備に奔走したことも思い出され、さらに感慨が深まっている。もちろん、CAR-Tの治療効果を示した治験論文が出た時の驚きがこれらすべての思い出の中心にある。
CAR-Tの魅力は、がんに対する免疫の最初から最後まで、極めて単純な戦略で全てカバーできている点だ。CD19を発現しておれば全てのガンはもれなく殺すことができる。逆に、この治療の最大の問題点は、CD19がガン細胞だけでなく正常B細胞にも発現しているため、ガンとともに正常B細胞も体から消えてしまう点だ。個人的には、この副作用を見て、この治療がガンを根治させることを実感したぐらいだ。
今日紹介するテネシー大学微生物教室からの論文は、ガン治療では副作用と考えられるCD19陽性B細胞除去能力を、なんと全身性の自己免疫病SLEの治療に使えないかしらべた全臨床研究で、なるほど同じ治療が最も論理的なSLE治療につながる可能性がよくわかった。タイトルは「Sustained B cell depletion by CD19-targeted CAR T cells is a highly effective treatment for murine lupus(CD19を標的とするCAR-T細胞による持続的B細胞除去はマウスSLEモデルの治療に極めて有効)」だ。
現在、CD20に対する抗体治療が一部の白血病と自己免疫病の治療に使われているが、SLEには効果が出にくいことが知られていた。そこで研究は、SLEのモデルとしてNZWマウス、あるいはMRLマウスを用い、抗体の代わりに、CD19を標的とするCAR-TでこのマウスのCD19細胞を除去して病気が治るかを調べた前臨床研究だ。白血病治療に大成功を収めているのだから、すぐに臨床研究に行っても良さそうだが、CAR-Tでは自己のT細胞を用いることから、SLEのような慢性疾患のT細胞が本当に機能するかどうかを確かめることが、この研究の最初の目的になる。
案ずるより産むが易しで、NZBマウスもMRLマウスも、CAR-T注入で見事にB細胞は完全に消失する。これに合わせて、抗DNAは11週からほぼ完璧に抑えることができる。ただ、面白いのは血清中の免疫グロブリン濃度は確かに低下しているが、それでもCAR-T治療18週目でも残存している。
そして何よりも、マウスの生存曲線を見ると、どちらのモデルでも大体6−7割のマウスが長期生存することが可能になっている。また、症状面でも尿にタンパク質は全く検出されなくなり、脾臓肥大が治り、腎臓や皮膚の病理像が大幅に改善する。すなわち、自己免疫が起こっているマウスのT細胞でもCAR-Tとして使うことができ、SLEの症状を長期間抑えることができることが明らかになった。
この研究では、B 細胞を除去できたのになぜ`免疫グロブリンが残存するのか調べる目的で、CAR―T投与による他の細胞や分子マーカーへの影響を調べている。すると、どの組織でもB細胞はほとんど検出できないのに、不思議なことに記憶T細胞の割合が大きく上昇していることを見出している。ただ残念ながら、なぜこれが起こるのかは説明されていないように思う。
話は以上で、自己免疫疾患なら、免疫系を潰せば病気は治せるという、極めて当たり前のことを粛々とやって見せたのが全てだ。このデータを見れば、おそらく人間でもすぐに治験に入れると思う。とはいえ、効果が分かっているとはいえ、B細胞は骨髄中で作り続けられ、そのB細胞をCAR-Tが殺し続けるというサイクルが体に組み込まれてもいいと踏ん切るのは簡単ではないような気がするが、それは病気の苦しみがわかっていない人間のたわごとかもしれない。
2019年3月13日
神経細胞は大人になると全く増殖しないと考えらていた。しかし、試験管内で細胞を増殖させるための知識が集まり、神経細胞を培養してみると、成人の脳にも増殖能のある神経幹細胞が存在することは広く認められるようになった。その後、スウェーデンのJonas Frissenらのグループが、人間の細胞の増殖の痕跡を脳内に取り込まれた原爆実験時に発生したアイソトープを使って調べるという、驚くべき方法で調べ、正常状態で成人になっても神経幹細胞が増殖しているという証拠を提出した。とはいえ、幹細胞の増殖は老化とともに低下し、脳が傷ついてもそれを修復するだけの細胞を生産できないこともわかっていた。
今日紹介するドイツ・ハイデルベルグ・ドイツガンセンターからの論文は、マウスとはいえ、なぜ老化マウスの幹細胞がうまく働かないのかを明らかにした論文で3月7日号のCellに掲載された。タイトルは「Quiescence Modulates Stem Cell Maintenance and Regenerative Capacity in the Aging Brain(静止状態が老化した脳の幹細胞の維持と再生能力を変化させている)」だ。
この研究では、若いマウスと、老化マウスの脳内の幹細胞の増殖動態を調べ、老化マウスの幹細胞も増殖能は持っているものの、静止期から抜け出すのに時間がかかるため、結局必要な細胞数を産生出来ないことを確認する。そして、神経幹細胞を試験管内で培養すると、若いマウス由来の幹細胞も、老化マウス由来の幹細胞も同じように増殖できることを確認している。そこで、昨日も紹介したsingle cell trascriptome方法を用いて両者の遺伝子発現を比べ、個々の細胞の発現遺伝子は増殖に関わるものも含めて、年齢でほとんど差がないことを明らかにする。
次に、老化マウスの幹細胞が静止期から抜け出しにくい理由を調べる目的で、幹細胞のニッチを作っているsubventicular zoneに存在する細胞の遺伝子発現プロファイルを調べ、インターフェロンにより誘導される炎症反応に関わる遺伝子が幹細胞のニッチで上昇していることを発見する。事実幹細胞をインターフェロンαとβで処理すると、増殖が抑えられる。そして、インターフェロン遺伝子がノックアウトされたマウスでは幹細胞の数が上昇していることを見出している。さらに、インターフェロンにより誘導されるケモカインCXCL10に対する中和抗体を脳内にミニポンプで投与し、幹細胞の増殖を調べると増殖細胞が上昇し、静止期の細胞数が低下することがわかり、インターフェロンやケモカインがニッチによる静止期細胞の維持に重要な働きをしている事を明らかにしている。
最後に、コンピュータによりニッチに関わる分子を探索して、Wntシグナル阻害分子FRP5を発見している。神経幹細胞のみならず、多くの幹細胞の増殖に必須の分子であることがわかっているWntによって誘発されるシグナルはcanonical とnon-canonical 経路に分けることができるが、canonical経路は老化マウスの幹細胞の方が上昇していることがわかった。このことから、著者らはFRP5がWntのnon-canonical 経路を抑制して幹細胞を静止期に留めており、この結果canonical経路が代償的に高まっていると考えている。そこで、同じようにFRP5に対する抗体をポンプで脳に投与し、静止期の幹細胞数が大幅に減少し、強い増殖が見られることを確認している。
話は以上で、老化マウスでは搦め手からのWnt抑制因子と、炎症により幹細胞の増殖が止められているという結論になる。幹細胞増殖シグナルおよびニッチによる静止期の維持についてはこれまでも多くの論文が発表されてきた。この研究は老化に絞って、幹細胞の静止期誘導を扱ったという意味では独特で、今回示された方法が、例えば卒中など細胞の急性障害が起こった時などに効果が認められれば、重要な貢献になるだろう。とはいえ、人でも同じことが起こっていると考えるためには、まだまだ研究が必要だろう。
2019年3月12日
バーコード技術を用いた単一細胞レベルの遺伝子発現検出方法の開発は、発生学や癌研究分野を中心に、大きな変革の力になっていることを繰り返し、繰り返し紹介してきた。実際、昨年の雑誌サイエンスが選んだ今年のブレークスルーの中でも、この技術は最も大きくとりあげられていた(Science 362:1344, 2018)。この技術では組織の中に統合されていた細胞をバラバラに分離して、各細胞の性質を明確にし、組織レベル、集団レベルの知識と対応できるようにした点が大きく、いわば社会に属する個人を精査して、社会の構造を理解することに似ている。したがって、いかに正常の性質を保ったまま細胞をバラバラに分離できるかが重要なポイントになる。
この意味で、単一細胞の分離が簡単な白血病では研究が進んでいるのではと思うが、実際にはそうではない。というのも、白血病の場合、慢性骨髄性白血病のようなケースは別にして、白血病のマーカーとして使うCD34細胞を純化して調べたとしても、正常細胞と白血病細胞が混在してしまっており、調べている細胞が100%白血病であることを確信することが難しかった。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、single cell transcriptome検査に加えて、ゲノム遺伝子の変異を同じバーコードをつけた同じRNAから特定する方法を開発して、白血病細胞のゲノム遺伝子変異と遺伝子発現を単一細胞レベルで調べられるようにした点が売りになっている。具体的には、今回対象にした患者さん16人のゲノム変異から起こりうる変異に対応するmRNAを網羅的に集めて、一般的なshort readだけでなく、ナノポアシステムを使ったlong readも組み合わせ、個々の細胞のゲノム遺伝子変異をできるだけ詳しく調べられるようにしている。これにより、白血病細胞特異的に遺伝子発現を調べることができるだけでなく、ゲノムの突然変異と遺伝子発現との相関を調べることができる。
さて結果だが、個人的に面白いと思った点をまとめてみた。
- まず正常骨髄のCD34陽性細胞のsingle cell transcriptomeを行なって、血液幹細胞からそれぞれの系列への分化の道筋をsingle cellのプロファイルから再構成している。こうして示された経路を見ると、赤血球、B細胞、白血球が骨髄中の幹細胞に直接連結しているように見える一方、T細胞やNK細胞が全く独立した系列として見える点で、ここでもT細胞とB細胞になるリンパ性の幹細胞の存在はあまり支持できないようだ。
- こうして得られるデータセットを用いて機械学習を行わせることで、白血病と正常細胞を区別することができるようになった。
- 正常骨髄のプロファイルと、白血病細胞のプロファイルをオーバーラップさせてみると、それぞれのAML患者さんの白血病細胞は未分化から分化細胞まで極めて多様性に富む。また、患者さん同士でもプロファイルは大きく異なる。
- この違いの多くは、ゲノムの変異の違いで説明することができる。7種類のサブタイプを定義できるが、それぞれでゲノム変化と、遺伝子発現の変化は一致している。
- AMLの中に、未分化細胞と、分化細胞が同時に増殖する症例があるが、この2種類のサブタイプの違いがFLT3遺伝子の変異の種類が違うことに起因していることがわかった。この症例の場合、FLT3-A680V変異にFLT3-ITD(internal tandem duplication)を持つ細胞は未分化なまま増殖し、FLT3-N841K変異を持つと分化した細胞が増殖している。すなわち、FLT3はただ細胞の増殖を支えるだけでなく、白血病細胞の分化にも大きな影響がある。
- 白血病になると、正常では完全に分離していたプログラム、例えば未熟幹細胞と、顆粒球マクロファージ前駆細胞のプログラムの両方が同じ細胞に発現されるようになる。
- 未熟幹細胞と同じ遺伝子を発現している白血病ほど予後が悪い。
- そして何よりも面白かったのは、分化したタイプの細胞が増殖するAMLでは、分化した単球が発現するサイトカインによってエフェクターT細胞が強く抑制されている。AMLも免疫から逃れるシステムを独自で開発している。
などだ。改めて、single cell transcriptomeの力を認識した。比較的近い未来に、これが普通の検査になる日もくるのではないかと思えてきた。