潰瘍性大腸炎やクローン病は炎症性腸疾患(IBD)と総称されており、自己免疫、慢性感染症、食事など多様な原因で、腸内に慢性の炎症が続く。従って、最初のシグナルを特定することがこの分野の重要な課題になる。
今日紹介する中国廈門大学からの論文は炎症性腸炎も完全な内因性の原因で起こりうることを示した研究で3月25日号のNatureに掲載された。タイトルは「Gut stem cell necroptosis by genome instability triggers bowel inflammation (ゲノム不安定性による腸管幹細胞のネクロプトーシスは炎症性腸炎の引き金になる)」だ。
この研究では、IBDの患者さんの遺伝子発現を調べて、ヒストンのメチル化に関わるSETDB1が低下しており、またSETDB1低下が幹細胞で著しいことを発見し、SETDB1の低下がIBDの引き金になるのではと着想している。
あとは、腸管幹細胞でSETDB1遺伝子のノックアウトを誘導的に行えるマウスを作成し、成長してからこの遺伝子をノックアウトすると、期待通り強い腸炎が1週間で誘導できることを示している。すなわち、幹細胞内での原因でIBDを誘導することができた。
SETDB1はもともと幹細胞で発現が高く、染色体の安定性を維持し、幹細胞のゲノムを守る役割があるが、この発現が阻害されることで、ゲノムが不安定になることが想定される。実際、ノックアウトされた細胞ではDNAの切断が観察され、またIBD患者さんの腸管幹細胞でもDNA 切断が観察される。実際、SETBD1をノックアウトすると、細胞死が高まるとともに、ゲノム不安定性を反映して、一部で腫瘍性増殖が見られるようになる。
ではどうしてこれがIBDのような炎症につながるかが問題になるが、まずゲノム不安定性により幹細胞のネクロプトーシスが誘導される結果、炎症が発生すると考えた。ネクロプトーシスに関わる遺伝子ノックアウトとSETDB1ノックアウトとを組み合わせる実験を行い、IBD発生を抑えられることを示している。また、この時の引き金は自然免疫受容体RIP3を介しており、RIP3阻害剤が炎症抑制に効果があることも示している。
RIP3はもともとRNAウイルスを検出して自然炎症を誘導する。そこで、ネクロプトーシスと自然免疫を誘導する他の要因を検索し、最終的にSETDB1により誘導されていたヒストンK9メチル化が低下し、内因性のレトロウイルスの増殖が起こることを突き止める。一方、この系では腸内細菌叢の役割はほとんど見られなかった。
まとめると、何らかの要因でSETDB1の発現が腸管幹細胞で低下すると、DNAの切断が起こるとともに、内因性レトロウイルスの転写が起こり、これがRIP3を刺激してネクロプトーシスによる自然炎症を誘導するというシナリオだ。完全に内因性の要因でIBDが起こり、それを抑制する薬剤まで示し得た面白い仕事だと思う。
この論文を読んでいて、新型コロナ肺炎でネクロプトーシスなどの細胞死を調べ直すことは重要だと思った。現在肺でのサイトカイン分泌を制御する治験が行われており、もし肺胞での細胞死がネクロプトーシスなら、介入できるかもしれない。重症になるとなかなかネブライザーで肺胞にまで薬剤を到達させるのは難しいと思うが、RIP阻害剤は考慮する価値はあるように思った。