MECP2は性染色体上に存在する遺伝子で、機能低下が起こるとRett症候群、逆に遺伝子重複により機能が高まるとMECP2重複症(MDS)が起こる。いずれも遺伝子治療の研究が進んでいるが、Rett症候群の場合X染色体不活化という現象で、正常遺伝子と、機能不全遺伝子を持つ細胞がモザイク になっているので、変異遺伝子を狙い撃ちにする編集に近い方法の開発が必要かもしれない。
これに対して MDSの場合は、変異染色体だけなので、アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)を用いて遺伝子発現量を低下させる治療が考えられる。この方法は現在他の病気に使われ成功しているし、すでにマウスモデルでこの方法が有効であることが確かめられている。
今日紹介するテキサスベイラー医大からの論文は、ヒト型の変異遺伝子を導入したMDSモデルを用いて、臨床に使うときの問題をより詳しく解析した前臨床研究で、ASO治療がグッと近くなったことを感じさてくれる。タイトルは「Antisense oligonucleotide therapy in a humanized mouse model of MECP2 duplication syndrome(ヒト化MECP2重複症モデルマウスでのアンチセンスオリゴヌクレオチド治療)」で、3月3日のScience Translational Medicineに掲載された。
いうまでもなくこの研究はRettやMDSの患者家族の会でも有名なZoghbiさんたちの研究で、MDSのASO治療に関しては2015年にマウスモデルを用いた研究を発表し、成長後の症状も改善することができることを示し期待を持たせた。しかし、それからすでに7年経過しており、どうなっているのか気を揉んでいた。
とはいえ、MECP2の機能は、クロマチン制御という極めて複雑な過程で、ASOで量を減らせばすぐに元に戻るという単純なものではない。おそらく慎重には慎重を期すという意味で、今回の研究ではまずヒトMECP2重複遺伝子をマウスの遺伝子と完全に置き換えたヒト化マウスを作成し、これを用いて治療実験を行なっている。あまり難しい話はすっ飛ばして、今回明らかになったことを箇条書きにまとめてみた。
- ヒトのMDS変異で置き換えたマウスモデルは、MDSで見られる様々な症状を再現できており、MECP2の過剰発現と、症状とを繋ぐ動物モデルとして利用できる。
- このマウスを用いると、実際の治療用に開発したASOを定量的に調べることが可能になる。この研究では、ASOの取り込みを上昇させ、分解されにくくした人工核酸を用いて20merのアンチセンス核酸を合成し、これを脳室に投与している。しかも、より臨床的な条件に合わせて、一回投与の効果に限って調べている。
- マウスではあるが、ASO一回投与で、投与量に応じてMECP2発減量は、ほぼ全ての脳領域で低下する。従って、MECP2の発現量を正常化させることができる。
- 一回投与では、mRNAの量は1週間目から正常化するが、5週目ぐらいから元に戻り始め、16週では完全に元に戻る。これに対しタンパク質量は遅れ、2週で正常化、これは5週間まで続く。
- 上の結果は、MECP2発現量の上昇によるクロマチン変化の正常化は、2週間ぐらいから始まると考えられるが、その影響を受ける遺伝子の発現量の正常化も同じように遅れて正常化し、しかも16週間まで維持される遺伝子が多い。
- 症状の改善についてはさらに遅れ、記憶や学習能力の改善についてみると、5週間ではほとんど変化がないが、9週目には正常化している。また運動機能も正常化する。しかし、不安行動の改善は認められない。
- 血中のγインターフェロンmRNAが治療により正常化する。これは効果を調べるためのマーカーになるかもしれない。
結果は以上で、MDSの遺伝子治療が、ASO投与ですぐに変化が見られるという単純なものではなく、クロマチンの変化を通した複雑な過程であることを示している。従って慎重には慎重を期すべく、ヒト化マウスまで作成して研究を続けているようだ。そして、困難は必ず克服できるという希望も、結果を見るとよくわかる。
昨年紹介したように、MECP2の機能理解については大きな飛躍があったと個人的に感じている(https://aasj.jp/news/watch/13574)。その目で見れば、今回の治療実験結果も納得できる点が多く、実際の臨床へさらに近づいたと期待している。