1型脊髄性筋症は、MSN1と呼ばれる運動神経の生存に必須の遺伝子変異により、生まれた時から筋肉を動かすことができず、ほとんどの子供が1歳までで亡くなるという悲惨な病気だ。しかし、運動神経に子供が元気に歩くところまで回復させることができる遺伝子治療法が開発され、大きな話題になった。さらに、現在利用できる2種類の治療薬の初期費用コストがいずれも1億円を越すと聞いて、医療費高騰問題のシンボルになっている。
このように、遺伝子変異による病気の場合、対応する遺伝子や遺伝子断片を導入するしか治療方法がなく、直接標的の細胞に遺伝子を導入する治療法になり、決して飲み薬で治すことなど難しいように思う。
これに対し、ロッシュ社は脊髄性筋症を治療できる飲み薬の開発にチャレンジしており、その第2−3相の治験論文が3月11日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Risdiplam in Type 1 Spinal Muscular Atrophy(1型脊髄性筋症に対するRisdiplam)」だ。
なぜ遺伝子変異による病気を飲み薬で治せるのか?
まず、SMN遺伝子はSMN1以外にSMN2が存在し、SMN1変異があっても、正常なSMN分子を合成できる。ただ、SMN2は元々イントロンの配列のせいで7番目のエクソンがスプライシングの際に飛んでしまうため、ほとんど役に立たない。このエクソンスキップを抑えることができれば、SMN2を復活させ運動神経死を防ぐことができる。実際、エクソン7近くの特定部位にアンチセンス遺伝子を結合させてエクソンスキップを抑え、機能的SMN2遺伝子を復活させる遺伝子治療が、ヌシネルセンで、髄膜注射で神経に導入する。
同じことを、小分子化合物でできないかチャレンジして開発されたのがRisdiplamで、スプライシング自体がRNAと結合タンパク質の3次元構造に基づいていると考えると、それを阻害する小分子化合物があってもいいと思うが、特異性など二の足を踏む要素が多いにもかかわらず、チャレンジを続け、2014年ついにマウスの脊髄性筋症モデルを治療できることをScience に発表した。
メカニズムを完全に特定するのは難しいようだが、2016年にNature Communicationに発表された論文では、この分子がスプライスに関わるhnRNPGがエクソン7に結合するのを阻害して、エクソン7が飛ばないSMN2分子が合成できることを示している。
Risdiplamは、その後サルを用いた前臨床研究、そして臨床研究を経て昨年8月FDAの承認を得ており、現在いくつかの治験が並行して進んでいるが、この論文では最重症の、幼児発症のケース21人について、用量を変えて毎日薬剤を服用させたオープンラベルの治験結果が報告されている。
前臨床試験から予想されたとはいえ、驚くべき結果で、この薬剤を服用することで血中のSMN2レベルが上昇、維持される。そして、治療途中で肺炎で亡くなった人を除くと、全て平均寿命の10ヶ月を超えて生存しており、最長例では3歳になっている。しかもほぼ全例自分で飲み込むことができ、全く呼吸補助を必要としていない。
この研究の最も重要な目的の一つは副作用を確かめることで、最も深刻な問題は肺炎(3人が亡くなっている)だが、もともと筋肉の働きが低下しているため肺炎は起こりやすく、オープンラベルで対照がないため、副作用かどうかはわからない。ただ、白血球減少が見られていることから、感染症には最も注意する必要がある。いずれにせよ、ほとんどの患者さんで治療が継続していることは、副作用の問題はなんとかコントロールできる範囲と考えていいだろう。
結果は以上で、科学的にはスプライシングを遺伝子特異的に飲み薬で制御する画期的な薬剤が実現したというだけでなく、RNAワールドの広がりを感じさせる。一方臨床サイドから見ると、遺伝子治療、アンチセンス治療、そして小分子化合物とレパートリーが揃った脊髄性筋症で、どの治療が最後に残るのかが問題になるように思う。飲み薬は有利なようにも思うが、一生飲み続けることを考えると、個人的には最終的に、遺伝子編集へと収束するように思う。