現役の頃は、ガンや様々な病気を誘導する環境要因についての疫学研究が盛んで、多くの疾患原因物質が特定された。ただ、それぞれの要因が病気を誘導するメカニズムについて明らかにすることは簡単ではない。例えば6年前に紹介した慢性ベリリウム症の場合、ベリリウムが特定の人の組織適合性抗原に入り込んで新しい抗原になることが示され、これまで疫学的に積み重ねられてきた多くの現象が一挙に解決した(https://aasj.jp/news/watch/1783)が、この解明には、最新の免疫学を駆使した解析が必要になる。
今日紹介するアラバマ大学からの論文は突発性肺線維症、すなわち原因不明とされてきた肺線維症の多くが、喫煙と外気中の大気汚染物質カドミウムによるのではないかというこれまでの疫学的研究結果を、最終的に試験管内や動物実験を組み合わせたメカニズム解析で確認した研究で、疫学からメカニズムへの研究方向を代表するのではないかと思う。タイトルは「Citrullinated vimentin mediates development and progression of lung fibrosis(シトルリン化されたヴィメンチンが肺線維症の発生と進行を媒介する)」で、3月24日号のScience Translational Medicineに掲載された。
この研究までに、肺線維症発症には、遺伝的要因とともに、喫煙、大気汚染中のカドミウムが関わることが、疫学的に指摘されており、喫煙で発生するカーボンにカドミウムが吸着して、線維芽細胞を刺激する可能性が示唆されていた。
この研究ではまず、突発性肺線維症と診断された患者さんの肺組織を調べ、カーポン粒子とカドミウムの量がほとんどの患者さんで高値を示すことを確認する。
もちろん、これらが直接肺を障害して炎症を誘導するとは考えにくいので、彼らが研究してきた炎症誘導分子、シトルリン化されたタンパク質が、カドミウム・カーボン粒子により誘導され、肺線維症が誘導されるとする可能性を次に追求している。
まず、突発性肺線維症の肺組織中のシトルリン化ヴィメンチンとカドミウム。カーボン粒子の量が正比例し、さらに両者が高値であるほど肺線維症が重症化することを発AKTやPAD2分子を誘導することで、シトルリン化ヴィメンチンの分泌を高めることを突き止める。
次は誘導されたシトルリン化ヴィメンチンの炎症誘導作用を検討し、肺線維芽細胞をTLR4を介して刺激し、増殖、浸潤活性の高まった肺線維症型の線維芽細胞へと変化させ、コラーゲンの産生、TGFβ1をはじめとする様々な炎症性サイトカインの分泌が誘導され、繊維化が起こる可能性を示した。また、様々な分子阻害剤を用いた実験から、それぞれの過程に関わるシグナル分子(例えばNFκBなど)を特定している。
これら試験管内の研究に基づき、最後にマウスを用いた肺線維症誘導実験を行い、
- カドミウム・カーボン粒子を吸わせることで、マウスに肺線維症が誘導できる。
- シトルリン化ヴィメンチンを投与しても、肺線維症を誘導できる。
- カドミウム・カーボン粒子で誘導される肺線維症は、試験管での実験で特定されたPAD2依存性で、PAD2ノックアウトマウスでは発症しない。
- カドミウム・カーボン粒子で誘導する肺線維症はTLR4ノックアウトマウスでは起こらない。
を示し、疫学、試験管内実験から得られたシナリオが、実験動物マウスで成立していることを示している。
以上、疫学からメカニズムへの研究が地道に進んでいることがよくわかるとともに、このシナリオが正しければ、肺線維症に対して様々な介入ポイントが存在し、治療や予防が可能になると期待できる。ちなみに、喫煙率が低下している国々では、実際に肺線維症の発症は低下したのだろうか?