新型コロナウイルス(Cov2)は、ウイルスとしては巨大なゲノムを持っており、しかも30以上の機能的分子が必要なため、変異が起こるとウイルスの活性がすぐ失われるので、RNAポリメラーゼ複合体には、nsp14のようなミスマッチを検出して切り出し、校正するプルーフリーディング機構を持っている。実際、この分子が変異したウイルスでは、変異の数は20倍増えることが知られている。
一方最近世界が警戒を強めているイギリス型変異や、南アフリカ型変異では、スパイクだけでも10種類近くの変異が起こっている。なぜプルーフリーディング機構を持つコロナウイルスでこんなに変異が蓄積するのか不思議な気がする。ただ、イギリス型にしても、南アフリカ型にしても、長期間感染した人の中で複製を繰り返した後現れたと考えられており、しかもプルーフリーディングでは修復しようがない欠損を有している。
考えてみると、ゲノムと発現タンパク質が一致している我々の細胞と違い、ウイルス粒子のゲノムと発現している分子は必ずしも一致しない。すなわち、複製と翻訳が別々に行われて、その後パッケージされて出てくる。従って必ずしも欠損が感染力を落としたとしても、変異株は感染できるし、一つの細胞の中で組み換わったり様々な変異が蓄積できる。
この可能性を示す論文がピッツバーグ大学から3月10日号のScienceに掲載された。タイトルは、「Recurrent deletions in the SARS-CoV-2 spike glycoprotein drive antibody escape(SARS-CoV-2スパイク糖タンパク質の繰り返す欠損が抗体作用を回避する)」だ。
この研究では、免疫抑制があるガン患者さんが長期間にわたってCov2を排出し続けた症例(同じような症例は昨年紹介したことがある:https://aasj.jp/news/watch/14412)について、診断後72日目のウイルスを調べたところ、スパイクタンパク質N末端ドメインに2種類の欠損変異があることの発見から始まっている。さらに同じような患者さんのデータをデータベースから調べると、感染が長い場合には多くの例でやはり欠損が見られているのが明らかになった。
あとは、世界中のデータから、スパイクタンパク質遺伝子で繰り返して見られる欠損(RDR)を分類し、繰り返し欠損が起こっている領域を4種類特定、
- 全ての変異は一回きりではなく、現在進んでいるパンデミックの全ての時点で繰り返し起こっている。
- それぞれの領域は変異の多様性で異なり、RDR2、RDR4では変異が多様だが、RDR1、RDR3では制限があり、RDR3のほとんどは3アミノ酸欠損。
- RDR2、RDR4は世界に広がる様々な変異系統で認められる。一方、RDR1、RDR3が起こる系統には強い偏りがあり、これに対応して地理的にも偏りがある。
- このような中から感染性の高い系統が急速に広がる。
- RDR1、RDR3での欠損は一つのモノクローナル抗体(4A8)に対する反応に大きな影響はない。一方、RDR2、RDR4あるいはRDR1+RDR2欠損では、同じ抗体の結合性が低下する。
以上が結果で、プルーフリーディングの効かない欠損変異、及び1人の患者さんの中で様々な変異が共存することで、抗体が効きにくい新しい系統が生まれる可能性を示した重要な研究だと思う。
この研究は現在問題になっている英国株などの欠損変異が特定される以前に始められた研究である点が重要で、欠損変異がACE2結合性を維持しながら抗体を回避し、進化する過程を研究することで、今後の変異を予想することも可能になるかもしれない。