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3月25日 抗原濃度に対するfeed forward回路を持つCAR-T(3月12日号 Science 掲載論文)

2021年3月25日
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ガン細胞が発現している抗原に対する抗体とT細胞受容体とのキメラ分子を発現するCAR-Tは、我が国でも臨床応用が進んでいるが、なかなかガンだけに発現する抗原が見つからないため、例えばリンパ性白血病に対するCAR-Tは、同じCD19を発現するB細胞も同時に除去され、免疫不全が起こるとともに、サイトカインストームの原因にもなることを覚悟しなければならない。B細胞が障害されても医学的には対応できるが、同じことが他の細胞で起こってしまうと、それ自体が致死的になる可能性が高い。そのため、固形ガンに対するCAR-Tの開発には、完全にガンだけに発現している抗原を発見するか、あるいは正常細胞に発現しているレベルの抗原には反応できないCAR-Tの開発が必要になる。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、多くのガンで発現がみられるが、正常細胞でも低いレベルの発現が見られるEGFRやHER2を標的にしたCAR-Tを可能にする一つのアイデアを示した研究で、3月12日号のScienceに掲載された。タイトルは「T cell circuits that sense antigen density with an ultrasensitive threshold(高い閾値感度で抗原濃度を感知するT細胞サーキット)」だ。

これまで、2種類の異なる抗原が同時に存在したときだけガンを殺せる様にして、HER2などを標的抗原として使おうとする試みはあったが、今日紹介するシステムは、抗原濃度が高い時に反応する転写スイッチをCAR-Tに組み込んで、ガン細胞だけを殺せる様にするスマートなアイデアだ。

実際には、抗原に対するアフィニティーの低い抗体、Notchの膜通過ドメイン、そして転写因子の3者を合体させたキメラ分子を導入し、抗原濃度が高い時だけNotchドメインが活性化され、その結果転写因子が細胞膜から核内へ移行して転写を誘導できるスイッチにしている。そして、高い親和性の抗体とT 細胞受容体のキメラ分子が、このスイッチで誘導できる様にしたT細胞を作成している。すなわち、高い抗原濃度が検知されたときだけ、抗原に高い親和性で結合できるキメラ受容体が誘導され、標的細胞を殺す。このとき、低い抗原しか発現しない正常細胞は、そもそもスイッチが入らないため、T細胞のキラー活性は発揮できないという凝ったシステムだ。

あとは、本当にこの様なシステムが働くのか、抗原濃度の異なる細胞を用いて、試験管内での反応を調べている。普通のCAR-Tを使うと、抗原濃度にかかわらず標的細胞は障害される。一方、サーキット型CAR-Tでは、期待通り抗原濃度が高い細胞が障害される。また、スイッチとT細胞受容体に使う抗体の高原への親和性を調節すれば、反応する抗原濃度を変化させることができる。

ただ問題は、スイッチが入ってから、T細胞受容体が転写されるまでにタイムラグがあるため、細胞障害は完璧でも、時間がかかる。しかし、HER2抗原濃度の異なる細胞を同じ動物に移植し、サーキット型CAR-T細胞の効果を確かめると、確かに最初、抗原濃度の高いガンも少し増殖するが、その後完全に増殖は抑制される。一方、抗原濃度が低いガンでは、サーキット型CAR-T細胞は浸潤しているが、ガンはそのまま増殖しており、キラー活性が誘導されていないことが確認された。

サーキット型CAR-Tが、計画通り生体内でも働くと結論していいだろう。とはいえ、実際の患者さんに使うとなると、まだまだハードルが高い様な気がする。特に、正常細胞は殺さないとしても、ガン細胞上の抗原濃度も一様ではないだろう。HER2の場合、発現の低いガンだけが選択的に増殖してくる心配がある。方法論はスマートだが、まだ投資する気にはならない。

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