昨日はACE阻害剤が白血球による感染防御機能を低下させるという、薬剤の副作用の話を紹介したが、今日紹介するエルサレム大学からの論文は、直接治療薬の副作用に関わらないが、間接的に現在行われているガンへの血管供給を標的にする治療が老化を早めるのではと、気になったので紹介する。タイトルは「Counteracting age-related VEGF signaling insufficiency promotes healthy aging and extends life span(加齢に伴うVEGF不足を補うことで健康的老化を促進し寿命を延長できる)」だ。
この研究はVEGFを抑える治療の副作用についての研究ではなく、VEGFが老化を抑制できることを示したポジティブな研究だ。もともと、老化は血管から始まると言われるが、これを大血管ではなく毛細血管の問題として捉えてみれば、当然VEGFでその量を増やすことが可能になる。
おそらく著者らは加齢とともにVEGF の機能を阻害する可溶性のFlt1が増加することを発見していたのだろう。この結果、利用可能なVEGF量は低下すると考えられるので、8ヶ月目から肝臓でのVEGF分泌量が高まるトランスジェニックマウスを作成してその効果を見ると、期待通り加齢が進んでも、ほとんどの臓器で毛細血管量は高いレベルで維持されることを確認している。
その結果、驚くことにマウスの寿命が40%近く延長する。しかも、生存曲線は理想的とされている健康寿命延伸型の曲線を描く。この理由を探っていくと、VEGFをある程度上げることで、あらゆる老化指数が改善することが明らかになった。
- 栄養代謝では、体重増加が抑えらるが、これは炭水化物の利用が亢進し、基礎代謝が上がることが主因で、これに対応して、脂肪組織で熱を生産するUCP1そ発現する褐色脂肪細胞が上昇している。
- 加齢に伴う内臓の脂肪組織や肝臓での脂肪蓄積が防がれる。
- 核が細胞の中心に来る不健康な筋肉の上昇をおさえ、筋肉中のミトコンドリア数を上昇させ、その結果酸素の消費量が上昇する。要するにサルコペニアを防ぐことができる。
- 骨粗しょう症が防がれる。
- 加齢に伴う慢性炎症を防ぐ。
- 懸念される腫瘍発生促進は見られないどころか、腫瘍発生を抑える。
以上が結果で、VEGFを少しだけ上昇させられれば、いいこと尽くめの結果が待っているという話だ。もちろんまだマウスの話だが、これほどの結果だと、人間でも調べてみたいと考える人は出てくるように思う。徐放型VEGFなどが開発されるのではないだろうか。
一方、この論文を読んで気になったのは、現在ガンの患者さんに使われているVEGF阻害剤だ。もしこの結果が正しいと、ガン増殖を抑えると同時に、血管老化を促進させることになる。とはいえ、こんな懸念がこじつけにしか思えないほど、素晴らしい結果だと思う。