21世紀は栄養学の世紀になると予想している。というのも、人間の栄養学を変える様々なテクノロジーが開発され、また栄養学的データベースも急速に整備が進み始めている。これは、ゲノムやエピゲノムと言った生物学的指標だけではない。例えば、スマフォやウエアラブルツールを使った大規模データ取得、さらには、安全なアイソトープを用いた代謝の測定法など、多面的な技術革新が進んだ結果だ。
今日紹介するデューク大学を始め、我が国の栄養研や筑波大学も参加した国際コンソーシアムからの論文は、6421人という大規模な数の人間のエネルギー消費量を測ったデータベース構築の研究で8月13日号のScienceに掲載された。タイトルはズバリ「Daily energy expenditure through the human life course(人間の一生にわたる毎日のエネルギー消費量)」だ。
この研究の目的はただただエネルギー代謝を新生児から高齢者まで計測して、人間の一生での変化を集めたデータベースを構築するというものだ。このために、International Doubly Labelled Water Databaseが設立され、2020年、初期の目標にしていた6700人近くのデータを集めることに成功し、これをまとめたのが今回の論文だ。
エネルギー消費というと、完全に閉鎖系で活動して酸素や炭酸ガスの出入りを調べるヒューマンカロリメトリーを思い出すが、doubly labeled water というのは全く初耳で、興味を惹かれ、なるほどと感心して紹介することにした。
できないことはないが、6000人以上の様々な世代のエネルギー代謝をヒューマンカロリメトリー室につれてきて測定するのは簡単ではない。それを解決するのがこのdoubly labeled water法で、まずこれから説明しよう。
この方法は、被験者に一定量の重水素からできた水と、酸素18同位元素からできた水を投与し、この水素同位元素と、酸素同位元素の体内での濃度を調べることで、代謝量を測定する方法だ。最初、同位元素は体内のウォータープール(WP)に溶け込んでいくので、体液のアイソトープの濃度が上昇していく。このときの上昇速度からWPの量を測定することができるが、さらに水の分布から体脂肪とそれ以外のボディーマスを計算することができる。
さて、平衡状態に達した後、同位元素は体外へ排出されていくが、このとき水素同位元素は水とともに排出されるが、酸素同位元素は代謝による二酸化炭素産生によっても排出される。この排出のされ方の違いから、エネルギー代謝を計算できるという原理だ。昨日のマンモスの行動範囲測定や、今日の代謝測定は、すべて正確に同位元素の濃度を測定できるようになった結果だが、そのおかげで6000人を超える規模のエネルギー代謝データベースが完成した。
結論としては、
- エネルギー代謝は脂肪を除いたボディーマスと相関する。
- 新生時期、脳を含め急速にボディーマスが成長する段階では、エネルギー代謝が上昇し、大体5歳ぐらいでピークを迎え、20歳代まで急速に低下する。
- 20歳代から60歳代までは、エネルギー代謝は一定に維持されている。
- 65歳を過ぎると、緩やかにではあるがエネルギー代謝は低下を始める。これは、脂肪を除いたボディーマスの低下に一致する。
- 妊娠中は大きなボディーマスの変化が起こるはずだが、エネルギー代謝は一定に保たれる。
要するに、高齢になると様々な器官が萎縮し、エネルギー代謝が落ちるという結果だが、例えばこれを無理に変更させた方がいいのか、それとも歳相応に生活した方がいいのかなど、今後の問題になるだろう。筋肉だけ増やせばいいという話ではないはずだ。
今後も栄養学についての論文は積極的に紹介するつもりだ。
人規模のデータから解析する(8月13日号Science掲載論文)