現在のところ、避妊目的でコンドームを避けたいなら、エストロジェンとプロゲストロンが配合された経口避妊薬が利用可能だが、乳ガンのリスクを高めたり、うつ病を誘導したりする可能性を知ると、服用を躊躇する人も多い。
今日紹介するノースカロライナ大学からの論文は、精子を凝集させてしまう抗体避妊薬が副作用のない避妊を実現する可能性を示す研究で8月11日号Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Engineering sperm-binding IgG antibodies for the development of an effective nonhormonal female contraception(精子結合性IgG抗体を分子操作してホルモンに依存しない有効な避妊薬を開発する)」だ。
タイトルを読んで、なるほど抗体で精子の機能を抑制するのかと考えて読み始めたが、実際にはそんな簡単な話ではなかった。将来はわからないが、現在のところ、例えば、結合して即座に精子の運動を止めるといった抗体は見つかっていない。一方、精子に対する抗体が原因の不妊症についての研究などから、抗体によって精子が凝集して、その結果粘膜を通る運動ができなくなることが、抗精子抗体の作用であることがわかっていた。
この研究では、精子が発現するCD52に対するIgG抗体の精子凝集能力を高めるために、抗原結合領域(Fab)の数を順番に増やし、IgM並の10個の抗原結合活性を持つ抗体を作成している。これらを元のIgGと比較すると、精子凝集能が10-16倍増加し、また30秒以内に鞭毛運動は見られるものの、凝集の結果、精子が運動できなくなることを示している。このように、IgG抗体でも、操作を加えて抗原結合部位の数を何倍も増やして使えることを示したのがこの研究のハイライトだ。
capacitationと呼ばれる精子ヘッドを覆う分子を外して受精能力を獲得させた精子でも同様に凝集し粘膜で中でトラップされてしまうことを示し、すべての精子に対応できることが確認されている。
最後に人間の精子を、抗体で前処置した羊の子宮に注入したときに、抗体により凝集できるかを、前臨床実験として行い、期待通り98%近くの精子を凝集し粘膜内にトラップできることを示している。
結果は以上で、今後卵巣摘出した女性のボランティアなどの参加を得て、研究が進められるようだ。このようにデザインされた抗体の精子運動抑制効果が高いことを示すのが今回の研究の趣旨だが、元になったIgGについては先行して、ヒトを用いたテストが進んでいるようで、避妊に抗体という選択は実現が近いようだ。